<ケテル編> 49.神殺しの覚悟
49.神殺しの覚悟
「さて‥‥」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ‥‥‥
ビギィィィィィィィィィィィン!!
凄まじい殺意のオーラに一同は斬り刻まれた感覚を覚えた。
バルカンとワサンは剣のグリップを握っているがその手を動かせないでいる。
あまりの強烈なオーラに体が硬直しているからだった。
アイオロスはゆっくりと立ち上がる。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ‥‥‥‥
「君たちは‥‥‥」
バルカンは業魔剣の業識でアイオロスを見た。
凄まじい業の炎が見える。
(ありえねぇ‥‥一体何をしたらこれほどまでの業火が‥‥‥)
アイオロスはゆっくりと近づいてくる。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ‥‥‥‥
「神に‥‥‥」
アイオロスは背中に背負っている剣を抜きながらゆっくりとバルカンたちの方に近寄っていく。
ワサンは根源種銀狼の力を解放を試みるが発動しない。
(何故だ?!)
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ‥‥‥‥
「立ち向かえるか?」
アイオロスは剣を背中の方から大きなモーションで凄まじい殺気のオーラと共に振り下ろす。
ブワァァァァン!!‥‥ビュゥゥン‥‥ドッゴォォン!
一同は背後の壁に激突するほどの凄まじい嵐のような突風に吹き飛ばされた。
バルカンとワサンだけはその場で何とか堪えて立っていたが、剣を抜くことすらできずにただ突風に耐えているだけだった。
「ふぅ‥‥」
カシャン‥‥
アイオロスは剣を背中の鞘にしまった後、再度椅子に腰掛けた。
既に恐ろしいほどの殺気は消えていた。
「今ので君たちは確実に死んでいたよね」
「‥‥‥‥」
アイオロスは返答できないバルカンたちを見て話を続けた。
「君たちはゼピュロスを守りに来たと言ったね」
「‥‥‥‥」
バルカンたちは言葉が出なかった。
「君たちはそれほど弱くはない。でも僕を容易に射程に踏み込ませて剣を振るわせた。これは何故だと思う?」
「‥‥‥‥」
「その無言は既に理解したという事だね。‥‥そう、神に立ち向かう覚悟がないんだよ。君たちと僕ら神とでは埋められない差がある。例えばこの魔法が使えない世界であっても神技と呼ばれる特殊能力を使える。それにそもそも不老不死だったりする。‥‥でもね‥‥実際には殺せるんだよ。神であってもね」
『!』
驚くバルカンたちだったが、凄まじい殺気のオーラが消えても尚構えを解く事が出来ずにただ話を聞く事しか出来なかった。
「この地上世界における死とは、肉体の活動停止または消滅を意味するよね。生きとし生けるもの全てが活動を停止したり、消滅したりするとそれを “死” と認識する。でも神は肉体に宿って肉体に依存して生きているわけじゃないんだ。そもそも姿形なんてものは自分たちを欲するこの世界の者たちが作り上げたイメージの具現化でしかない。神は精神体としてそのイメージを吸い上げて形にしているんだ。でもその力が弱まればイメージの片鱗を何かの物体に宿して具現化する程度にもなる。ソニック君が会った異系の旧神で泥人形のラフムや光の輪のシャマシュなどがそうだ。つまり我々神が自ら望めばこのペンになる事だって出来るという事なんだよ」
(もしそれが本当ならエウロス神やノトス神はこの世界の肉体が消えただけで、精神体としては存命しているということになる‥‥それならばなぜここまで騒ぎ立てる?!直ぐに復活すればいいのに‥‥肉体が取り戻せない?!‥‥なぜだ?‥精神体で風の秩序の維持はできないのか?‥‥肉体がなければこの地上世界では力を振るうことができないという事?‥‥いや‥‥精神体も消滅するってことに違いない‥‥ヘラクレスが神を殺しているという話からすればその推測が正しいように思える‥‥)
唯一ソニックだけはアイオロスの説明から状況を整理していた。
そんなソニックを一眼見てアイオロスは少し満足げな表情を浮かべて話を続けた。
「では神が不老不死な理由とは何か‥‥。つまり肉体が老いて機能を停止しかけても精神体がその体を再度具現化し続けている状態‥‥これが不老不死の理由だよ。だから仮に肉体が消滅しても精神体が消滅しない限り何度でも甦る。これが神だ」
『!』
一同は突如神の不老不死の秘密を暴露されてどう受け止めれば良いか分からずただ驚いていた。
ソニックだけは自分の推測が正しいのかを確認したいという欲求にかられて冷静に話に聞き入っていた。
「だが神も万能じゃない。精神の強さに差があるだけなんだ。つまり精神体ごと叩けば神も傷を負い死ぬって事だ」
『!!』
「神を殺せる‥‥どうやって‥‥」
一同が驚く中、ソニックは自分の推理が正しかったと理解した上で質問した。
殺す方法がわかれば、神レベルが襲ってきたとしてもゼピュロス神やボレアス神を守ることも可能になってくるからだ。
「神殺し‥‥つまり肉体だけじゃなく神の精神にダメージを与えるためには本当に心から消滅させる覚悟を持って攻撃することだ。これは例えば殺人鬼が持っている殺人衝動とは違う。欲求を満たす行動では神は殺せない。神はその欲求を満たすことによってその相手から存在意義を与えられるからね。瞬間的に消えたとしてもすぐに復活してしまうってことだね。でも消滅させる覚悟は違う。消滅し続けさせることを強く望みその罪の意識を背負い続けていく覚悟から神は復活の隙を与えられなくなってしまうんだ。そしてその精神の消滅が定着した瞬間に神は死んだ状態になる。もちろん特殊な条件で精神体を復活させる事は可能だけどね」
「アイオロス神‥‥これを教えるために僕たちに攻撃を仕掛けたという事ですね?神の持つ強烈な攻撃オーラに臆する事なく、滅する覚悟を持つ事が出来ない限り、神は殺せないし、逆に守ることもできない‥‥それを教えるために‥‥」
「え?!」
アルジュナはソニックの言葉を聞いて驚きそして落ち込んだ表情を浮かべた。
なぜ突然アイオロスがレヴルストラメンバーに攻撃を仕掛けたのか理解出来なかったのに対しその理由が明らかになった事と、その攻撃をただ見ているだけしかできていなかった自分の不甲斐なさからだった。
「流石はソニック君だ。その通りだよ。それに引き換えジュナときたら、何も理解できずにオロオロと‥‥見習い剣士からやり直すかい?」
「も、申し訳ありません‥‥」
パン!
「さて‥‥」
アイオロスは手を叩いてまとめるかのように話を続けた。
「君たちには改めてゼファーを守ってもらうことをお願いしたい。‥‥何故ならエウロスとノトスは正真正銘死んでしまっているからだ。既にこのケテルにおける風のバランスは崩れつつある。僕はそれを食い止めなければならない。でなければこの世界は長くは持たないからね。仮にゼファーかボレアスのどちらかが死んだら流石に僕でも食い止めることは不可能だ。だから君たちにはもしゼファーやボレアスを殺そうと攻撃を仕けてくる相手がいたら、 “滅する覚悟” を持って対処してもらいたい」
「そ、それは、相手が神である可能性があるから‥‥ですか?」
やっとの思い出口を開いたバルカンが質問した。
「その通りだ」
「待ってください」
ソニックが割って入ってきた。
「話を整理すると、この世界を支配したいと思う神はいても破滅に導こうとする神はいないという事だったはずです。でもエウロス神とノトス神を滅した者は風の均衡を崩した‥‥。破滅に導いても何の価値もないのに。つまりそれは‥‥アイオロス神‥‥あなたにこの崩れたバランスを修正させて力を使わせるため‥‥弱っているあなたを攻撃する‥‥狙いはあなたなのではないですか?」
「はっはっは!素晴らしいよソニック君!僕もね、同じ結論に至ったよ。でも僕なら大丈夫。優秀な護衛がついているからね」
「優秀な護衛?」
「ああ。彼の名はギルガメッシュ。アネモイ剣士協会上位剣士のひとりだよ。彼は僕のためならどんな神でも殺せる男だからね」
「え?!アイオロス様‥‥ギルガメッシュさんは長い間行方不明だったんじゃ‥‥」
アルジュナが驚いた表情で質問した。
「しばらく僕の特別な指示に従って行動してもらっていたんだ。だがその役目も十分果たしてもらったから今度は僕の護衛をお願いしているんだよ」
「そ、そうだったんですか‥‥」
「それでと」
アイオロスは机の引き出しから一通の手紙を出した。
手紙はアイオロスの紋章で封蝋されている。
「君たちはこの後、人類議会のグランドマスターに会いにいくんだよね?彼にこの手紙を渡してくれないか?これは君たちと協力するようにという内容が書かれている。彼はとても警戒心が強いからね。君たちが彼から信用を得るまでに軽く見積もっても10年はかかるだろう。でもそれを一瞬で信用してもらうための手紙だ。無くさないでくれよ?」
アイオロスはそう言ってソニックに手紙を渡した。
「それじゃぁ健闘を祈るよ‥‥いや、違うな。くれぐれもゼファーのことよろしく頼むよ。どうか彼を殺させないでくれ」
アイオロスは立ち上がって深々と頭を下げた。
アルジュナは顎が外れるほど驚いている。
神が人間にお願いしているこの状況は絶対に有り得ないものだったからだ。
「ぜ、全力を尽くしますから!‥‥どうか頭を上げてください!」
バルカンが思わず叫んだ。
頭を上げたアイオロスは微笑んで頷いた。
やっと体が思うように動かせるようになった一同は人類議会のグランドマスターに会うべくアイオロスに一礼して部屋を出ようと扉を開けた。
「あ、バルカン君とワサン君。ちょっと」
「先に行っててくれ。すぐに追いかける」
バルカンにそう告げられたソニックはアルジュナやフランたちを連れてとりあえず昇降機の方へ向かった。
「バルカン君‥‥ゼファーに言われたことは君を苦しめているようだね」
「!」
死期が近いとゼピュロス神に言われた事で、半ば自暴自棄的にいつ自分を犠牲にしてスノウや仲間に貢献するか、無意識に死に場所を選んでいる行動をとっていたことにバルカンは気づいた。
「避けられない運命なんだけど、負の思考に囚われちゃいけない。額を出してごらん」
「こう‥でいいですか?」
「いいよ」
そういうとアイオロスはバルカンの額に人差し指と中指の先を当てて目を瞑り何か唱え始めた。
「よしこれでいい。君は強い。でも自分を軽く見てはだめだよ。君には強い信念がある。それに従って行動すればきっと満足のいく結果を迎えることができる。怖がることはない」
バルカンは心が軽くなった感覚を覚え軽く頷いた。
「そしてワサン君。君の根源種の力はとある存在によって封じられている。先ほど使えなかったのはそのせいだ」
「!」
神だからと納得はしたものの、自分の秘められた醜い力とそれを使おうとしたことが知れていたことにワサンは驚いた。
「気にすることはない。その力を使わなくても君は強いし、もっと強くなれる。その力に頼るのではなく、利用する‥‥と考えてその力を引き出す訓練をするといい。君のその力を封じた者は君のことを考えて敢えてそうしたようだ。ありがた迷惑に感じているかもしれないが、これは逆にチャンスだよ。封印されているその力を部分的に引き出す訓練ができるわけだからね。でもこれは簡単じゃない。君自身が戦いの中で見つけ会得するしかない。それには “神を滅する覚悟” これが大きく関係するから覚えておくといいよ」
(神を滅する覚悟‥‥‥)
「まぁ悩むのは君の性に合っていないだろうから行動あるのみだ。期待しているよ。それじゃそろそろ行くといい。あまり待たせちゃ悪いからね」
バルカンとワサンはアイオロスに一礼して部屋を出た。
バタン‥‥
バルカンたちが部屋を出て行った後、1人残されたアイオロスは椅子に座って天井を見上げていた。
「‥‥悪いがまだ死ぬわけには行かない。罪を償うのはもう少し先にさせてくれ‥‥」
アイオロスはゆっくりと目を瞑った。
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