<ケテル編> 25.突如訪れた豪商
25.突如訪れた豪商
「へぇ、これは凄い!」
薬草の入った大きな瓶が数多く並べられている棚を前に一際裕福さを感じさせる姿の男が立っていた。
店の店主、ザンザロスはここ一年この店を任されているが、裕福な出立ちの男に目線を向けて、大きな商談を予感していた。
元々ザンザロスは冒険者だった。
だが、戦闘力は低く、冒険者生活のほとんどを戦闘役というよりサポート役として過ごしてきた。
その中で彼はクランと呼ばれる小規模の冒険者仲間を3つほど経験している。
理由は最初の15名ほどのクランも次の30名ほどのクランも全滅してしまったからだ。
そして3つ目のクランもまた、30名を超えエメラルド級が何人もいる強者揃いのクランだったにも関わらず全滅している。
なぜ彼だけが生き残ったのか。
それは彼が戦いの中で磨いてきた鑑識眼が有ったからだ。
人を観る目、状況を観る目、命の危機を察する感覚。
戦闘力が弱い分、生き残るためにそのような “観ること” に全精力を注いできたからこそ、3つのクランが全滅してもたった1人だけ生き残ることができたのだ。
そんな中、新たにクランを探しているところで、この店のオーナー代理であるペロトゥガの目に止まり拾われたのだ。
3つのクランが全滅したにも関わらずただ1人生き残っているザンザロスの高い生存本能と運を買われたようだ。
そのザンザロスが予感する大きな商談。
その根拠は何か。
ひとつは男の身なりだった。
この店に来る客のほぼ9割が一般民だ。
この店の6割を支える収入源である。
残りの1割が裕福な富裕層であり、まとめて購入してくれる残り4割の収入源となる最重要顧客だ。
目の前の男は間違いなく最重要顧客となる人物だった。
(あれは相当金持っているはずだ。だが、不思議なオーラを感じる。何故かぎこちない雰囲気なんだが、鋭く尖ったオーラ‥‥。ははぁん‥あれは油断させてから豹変してやり手の商売人の本性を出して一気に落とす凄みのある男だな‥‥。ああいうタイプは厄介だが、俺には通用しない‥)
そしてふたつ目は男の後にいる怪しげな仮面を被った者。
サンザロスの細胞アラートが鳴り響いている。
(こいつはヤバい‥‥恐ろしく強い‥‥)
決して怪しい狐の面に恐怖している訳ではない。
これまで幾多の戦いを生き延びてきた鑑識眼から直感したのだ。
そして最後に、その横にいる豪華な装飾の入ったマスクをつけている女。
マスクで目以外は覆われているが間違いなく絶世の美女だ。
(だが、あの眼光の鋭さはヤバい。迂闊に近づいたらとんでもないダメージを受けるな‥‥)
ザンザロスは確信した。
3人とも只者ではないと。
富裕層の約7割が世襲だ。
つまり生まれながらの富豪であり、そのほとんどが場慣れはしているが、窮地に弱く本当の意味での商才を持っていない事が多い。
だが、この富豪は幾度となく窮地を乗り越えてきた凄みと、まるで攻め込まれるような戦闘体勢にもにたオーラを放っていると感じていた。
「これはお目が高い!」
ザンザロスは裕福な出立ちの男に近づいた。
声を掛けると、低く心に響くような声で言葉が返ってきた。
「おや、これはどうも。この店の支配人とお見受けします」
「支配人などと‥‥確かにこの店を任されてはおりますが、雇われ店長に過ぎません。それはそうとこの辺りではお見かけしない方ですね。あ、いや、このような商売をしておりますと、大体のお客様のことは頭に入ってしまうのですが、あなた方ほどのお召物を纏われた方々をお見受けした事がないと思いまして、失礼がないかと何とも内心焦っております」
「焦る必要はありませんよ。ご存知ないのも仕方ありません。私は南のノトスから参りましたからね」
「おお、これは失礼致しました」
「いえいえ、良いのです。それはそうとこの薬草棚は素晴らしいですね。おそらく否国アペリオの沿岸部の絶壁に生息する野草や砂漠地帯で地中深くで育っている根などを収集されているのでしょう」
「!‥‥いやぁ素晴らしい!瓶から見ただけでそこまで言い当てられたのは初めてです!」
「ははは‥‥あなた程ではありませんよ。さぞかし優秀な冒険者をお持ちなのでしょうね」
「そうですね。その分報酬は高いので、利益はほとんど出ておりませんが」
「ふむ‥‥そうですね。原材料の調達の難易度を考えた場合の報酬に対して、販売価格がこれですと相当な薄利に思えます。まぁでもこれだけの店構えをお持ちという事は薄利ということもないのでしょう。何か上手いしくみをお持ちなのだと想像します」
「!‥‥流石は超一流の商売感覚をお持ちだ。嘘はつけませんね。まぁこれは謂わゆる目玉商品というやつでしてこれでお客様にこの店にお越しいただいて他の商品を買って頂くことで儲けております」
「なるほど、そうでしたか。勉強になります」
「いえいえ、こちらが勉強させて頂きたい。相当なお店をお持ちなのでしょうね?」
「いえ、こちらのお店に比べれば小さな箱です。それに私はオーナーではありません。大番頭とは言われておりますが、あなたと同じ雇われ店長ですよ」
「おお、そうでしたか!」
「ええ。ですのでご苦労はよく分かります」
男は苦笑いをしながら答えた。
ザンザロスはいつの間にか親近感を抱いていた。
(いかんいかん!‥‥いつの間にか相手のペースになってしまっている。まだ商談にすらなっていないのにここまで引き込まれるとは‥‥!恐ろしい人物だ。本当に雇われ店長なのか?とすれば、この男を雇っているオーナーとはどれほどの人物か‥‥)
いきなり男は手を差し出してきた。
「ノトスのサワンと申します。どうやらあなたとは気が合いそうだ」
「あ、はい、わ、私はザンザロスと申します!こちらこそよろしくお願いします!」
ザンザロス差し出された手を両手で握る。
男はまた明日来ると言い店を出て行った。
・・・・・
・・・
ザンザロスは、情報網を駆使してサワンという商人が泊まっている宿屋を調べた。
首都ゲズにある最も高級な宿屋のVIPルームに宿泊していたため、調べるのは容易だった。
既に別の店でも色々と買いつけているようで商売人界隈ではちょっとした話題になっているようだ。
「あれだけの男を他の店にとられては不味い。あとからペロトゥガ様に何と言われるか‥‥。どうするか‥‥」
ザンザロスは翌朝宿屋へ出向くことにした。
接待でも何でもして抱え込んで他の店との商談を遮る目的だった。
このゲズでサワンとの商談の窓口となれれば手数料だけでも相当な利益を生み出せる。
ザンザロスはその日の内にペロトゥガに報告するため、彼の邸宅へ訪れた。
「おやおやザンザロスさん。こんな時間にお越しになるとは急用でもありましたか?」
大きな邸宅の客間に通されたザンザロスの前に現れたのはペロトゥガだった。
常に目を閉じていると思わせるほどの笑みを浮かべて人当たり良さそうな表情の男。
身長も然程高くなく、中肉中背でこれと言って特徴のない、一見人の良さそうな風貌の男だ。
だが、ザンザロスの鼓動は速く、はちきれんばかりの血流を全身に回らせていた。
(いつ会っても恐ろしい‥‥何なんだよこの笑ってない笑顔‥‥不気味すぎる‥‥)
「ザンザロスさん」
「え、は!も、申し訳御座いません。どうご説明しようか考えておりまして‥‥。既にお聞きおよびかも知れませんが、本日ノトスからとある豪商が来られており、商人界隈では噂になっております」
「ええ、聞いていますよ。それでどうするのですか?」
「!」
優しい物言いの奥に潜む殺意に近いプレッシャーを感じて冷や汗をかくザンザロス。
「彼らの泊まっている宿は把握しておりますので、明朝出向いて終日我らの店や倉庫を巡り、食事やその他色々と手配しましたので接待漬けにします。そうして囲い込んでゲズとの商売の窓口を一手に引き受けたいと打診致します。店や倉庫を見せれば我々の鑑識眼は信用されること間違いなしですし、その鑑識眼で選定したゲズの物品を格安で紹介・提供すると持ちかければ、必ず乗ってくるかと」
「いいですねぇ。でも80点です」
「!‥‥は、はい。残り20点分‥‥どうかご教示ください」
「私を使うことですよ。私も明日の夜の会食は出席します。私がどれだけこのゲズの有力者とパイプがあるかを示すことで、80点が120点にも150点にもなりますからね」
「あ、ありがとうございます!」
「いやぁ、貴方を雇って正解でしたね。これからも頼みましたよ」
ザンザロスは深々と礼をしてペロトゥガ邸を後にした。
自分はペロトゥガが仕入れいた物をただ、狙いを定めた客に売りつけるだけだった。
どう仕入れいているのか分からないものが沢山あるが、莫大な利益が生み出されている。
どう考えても、普通の商売で得られる利益ではないので、裏で何か悪どい行為があるのではと勘繰っているが、そこは絶対に追求してはならない。
なぜなら、将来自分の店を持ちたいと精進していた自分の部下が儲ける秘訣を突き止めるべく、探っていたところある日から姿を消したからだ。
その理由をペロトゥガに問うことも無いし、調査することもない。
何事もなかったかの様に過ごすだけだった。
自分の役割を愚直に行なっていればそれなりの報酬が貰え、それを貯めて元手にすれば自分の店を持つのも夢ではない。
だが、ザンザロスは自分の店を持つ夢などなく、とにかく安心して生きれられればいい、それだけだった。
そういう意味では今の立ち位置は非常に安定的で安心できるものだった。
ペロトゥガだけに気を遣い、ペロトゥガの指示通りに動けばよかったからだ。
(しくじったらこの自分の安寧の日々が終わりかねない)
・・・・・
・・・
―――翌朝―――
ザンザロスは宿屋のロビーに居た。
しばらくすると朝食を終えたサワンとその従者2人がやって来た。
「おや、あなたは」
「おはようございます、サワンさん。このようなとこへ押しかけてしまい申し訳ありません。不躾でしたがどうしてもあなた方にご覧頂きたい場所がありまして。もしご都合つくようでしたら、どうか用意した馬車へお乗り下さい」
「これはどうも。実は昨日この近辺は一通り回ってしまったので本日特に予定もアポイントも有りませんでしたから有難い。ご好意に甘えさせて頂きます」
「有難うございます」
ザンザロスはサワンとその従者2名を馬車へ案内し出発した。
店から少し離れた場所に物品倉庫がある。
その横には薬草栽培プラントもあり、厳重な警備体制が敷かれていた。
馬車は、警備ゲートをそのまま素通りした。
ザンザロスはもちろん顔パスであり、来訪者についてもペロトゥガの許可を得ているため、客人たちもVIP扱いで中に入ることが出来た。
「素晴らしい!」
サワンは感動のあまり声をあげる。
そして両腕を広げながら話始めた。
「ここには様々な原材料が揃えられていますね。そして調合師の方々も一流だ。商売をするものにとってお客様に物をお売りする際気をつけなければならないことは、お客様からは付加価値における対価しか頂けないということです。普通の物販における付加価値はお客様がほしいと思った時にすぐ購入頂ける品揃え。その品揃えにかかる調達こそが付加価値ですから、その対価しか頂けません。しかし、薬草は違う。この草や根、花びらなどは単体では単なる植物であり、何の効果もない、もしくは時に毒を持つことだってある。ですがこうやってきちんと調合してやることによって、毒は取り除かれるばかりか、普通では得られない効能を得ることができる。病気を緩和したり、傷を治したり、睡眠を助けたり、体の不調を改善したりとその効果、つまり付加価値は様々です。そしてその付加価値における対価はお客様に寄る。重傷をすぐにでも治したいお客様なら持っているお金のほとんどを対価として支払うでしょう。ここは、それをよく分かっていらっしゃる」
サワンはザンザロスの方へ振り向いて話を続けた。
「このような薬草の生産体制を作り上げたあなたは素晴らしいと思います」
「い、いえ、私ではありません。私のオーナーのペロトゥガ・ジャイナースンと申す商人です」
「そうですか。あ、斯くいう私も偉そうに語りましたが全てオーナーの受け売りなのですがね」
「お互い偉大なオーナーの下で苦労されているということでしょうか」
「いかにも!ははは!」
その後もサワンを案内し、満足した様子にザンザロスは順調に事が進んでいると確信した。
そして、生産工場の敷地内にあるゲストホールへ案内し、用意した高級料理を振る舞った。
「サワンさん。どうでしょう、今晩オーナーのペロトゥガがサワンさんにどうしてもご挨拶をしたいと申しているのですが、ご都合はいかがでしょうか」
「もちろんです!嬉しいお話です‥‥フラノ」
そう言いながら徐に秘書に何かを出す様に指示を出した。
「はい、こちらに」
秘書が差し出したのは小さな包み紙だった。
「これは?」
「いえね、これは信頼を置ける方にお話しようと思っていたのですが、この度私がこのケテルを行脚している最大の理由は、この包み紙の中身について‥‥パートナーを探すことなのです」
「パートナー?」
「ええ、フラノ」
「はい」
秘書は別の何かを差し出した。
それはビンに入った薬草だった。
「これは?」
「この包み紙の中身‥‥とある植物の根を擦り、他の薬草と特別な配合で調合した薬草です。効能は‥‥」
サワンは小声になった。
「疲れを癒やし、筋力を元気にしてくれるというものです」
ザンザロスはピンときたようだ。
「毒性はもちろん害も中毒性もありません。そういった成分は全て調合のプロセスの中で全て取り除きます。私たちは健全な商売をモットーとしておりますので、本当にお客様のためによいものしかお売りしませんから。試してみますか?」
「え、ええ」
ザンザロスは半信半疑だった。
突如持ちかけられた話は、聞こえはいいが確認のしようがない。
もし確認せず顧客に売って問題でも起きれば、ペロトゥガ含めてどのような処分を受けるか分からなかったからだ。
(リスクはおかせない‥‥)
「はっはっは!そうですよね。いきなりこのような事を言われてハイそうですかと試すほど私も信用を得ているはずもありませんから」
そういうとサワンは自らその瓶に入っている薬草を取り出して、秘書に煎じさせた。
そして躊躇なく飲み干す。
しばらくしてからサワンは笑顔のまま立ち上がり、軽くウインクした。
ガタン‥‥
テーブルの縁に親指を当てたと思うとそのまま逆立ちをしてみせた。
「おお!」
すぐに降りて椅子に座り直した。
「失礼、少し行儀が悪かったですね。お詫び致します。これはこの薬草の効果で筋力を増強します。先ほどは指一本で逆立ちをしたのですが、これは普段私が出来ない芸当でして、薬草を飲んだことで得られた効果なのです。これは筋力に活力を与えるものでして、しばらくすると消えてしまいます。効果と共に成分は全て消え去りますので中毒性は無くなります。これで信じて頂けますか?」
目の前で煎じて飲み、大道芸人がみせるような芸当を見せられたザンザロスは驚いていた。
そして自分で試し、確認することにした。
何も問題ないサワンを見て彼を信じたのだった。
ザンザロスの鑑識眼はサワンは自分を騙していないと言っていたからだ。
「ゴク‥ゴク‥」
サワン対して煎じた残りをザンザロスは試した。
(何も‥ない。当たり前か。そんなすぐに効果が出るわけもないか‥)
するとしばらくして、全身が熱くなるのを感じ始めた。
「なんか全身が熱くなり始めました」
「そうです。もうそろそろですね。何か持ち上げられなかったものを持ち上げるとか、力を確認する方法があればお試しください」
するとザンザロスは立ち上がり、部屋の特にある扉を開けて中に入り、何かを持って出てきた。
持っているのは鉄の剣だった。
「これは私が冒険者時代に憧れたバスタードソードです。仲間が使っていたものですがその仲間は既に亡くなっていて、遺品のようなものなのです」
そう言いながら剣を構えた。
「これを使って戦って仲間の存在を感じていたいなどと考えて使おうとしたのですが、私には剣技の才能がないようで、両手で持つのがやっと。ましてや振り回すことなどできずに私物倉庫にしまっている始末です」
そういうとザンザロスは剣を振り上げた。
ブゥン!
「!」
今までどれだけトレーニングを行い筋力増強も図ってきたが、振り上げられなかった剣が今自分の頭上にあったのを見てザンザロスは感動している。
ブワン!
振り下ろした。
剣を落とすようにではなく、力で軌道を描きながら振り下ろし、地面スレスレで止めたのだ。
「すばらしい!!」
嬉しくなったザンザロスはその後も素振りをして感動していた。
だが、数分もするととたんに重たくなり、剣を床に落としてしまった。
「な、なるほど‥‥」
ガタン!
いきなりザンザロスは土下座した。
「どうかその薬草を私どもの店に売ってください!」
サワンは席をたってザンザロスの肩に手を乗せた。
「どうか立ってください」
サワンに立たせられる。
「これはビジネスです。私もあなた方にお願いしたい。どうかこのゲズの薬草や特産品を売ってください」
ザンザロスは思わず目に涙を溜めて首を縦に振った。
全てが上手くいくと気分が良くなった。
(これでペロトゥガ様との今晩の会食が上手くいけば全て順調に運ぶ)
ザンザロスが望む安寧の日々がより盤石になる感覚を持った瞬間だった。
いつも読んでくださって本当にありがとうございます!
次のアップは日曜日の予定です。




