<ホド編>20.アレックスとダンカン
20.アレックスとダンカン
素市に着いた一行は転送準備に入る。
3日間ヴィマナには戻らないので食料を詰め込んだバックパックを背負ってガースを残し全員が転送される。
視界がヴィマナから変わるとそこはいきなりダンジョン内部になっていた。
「あれ?てっきり素市のステーションのどこかに転送されるのかと思ったけど、確かにいきなりダンジョンなら移動時間が短縮できるな」
「いえスノウ殿、素市のこのダンジョンはステーションからは入れないのですよ。入り口が海底に有りそこまでの通路もない為に潜水艇かヴィマナのような転送、または空間転移魔法でくるしかないのです」
「そう、つまり閉鎖されているようなダンジョンだから冒険者も滅多に来なくてねぇ。魔物が好き放題繁殖してるのよぉ。ここのダンジョンにいる魔物、外に出られないからこの中だけで生態系が進んでいて、弱いものは強い魔物に食べられ、その魔物はさらに強い魔物に食べられる。どんどん魔物のレベルが上がっているのねぇ。これが短期間でレベルを上げるにうってつけっていう理由なのねぇ」
ドヤ顔でロムロナが補足する。
「しかも中には知能の高い魔物がいてねぇ。4つの派閥を作っているらしいのよねぇ。つまりダンジョン内で強く知能の高い魔物が4体いて。いわゆるボスモンスターってやつねぇ。基本的にはほとんどの魔物がいずれかのボスモンスターに付き従っていて日々抗争を繰り返しているって噂」
「それら4体のボスモンスターを3日のうちに狩るというのが今回我らがレベルを上げるためのミッションになるわけです」
なるほど、わかりやすいとスノウは思った。
闇雲に戦闘を続けても強くなっているかわからないが、そのボスモンスターを倒せればそれなりの強さにレベルアップしているという事になる。
「わかったよ。じゃぁ早速そのボスモンスターを倒しに行こう。それでその4体のボスモンスター、どういう分担にする?」
「分担などありませんよ。これはいわゆるタイムトライアルです。魔物を倒し、情報収集してボスまでたどり着き倒す。時間があればさらに次のボスを目指し倒す。成長が遅く弱ければボスまでたどり着けません。一方でいち早く強くなれればそれだけ早くボスにたどり着き倒せる」
「面白イ。死ヌノヲ恐レ戦イヲ避ケレバ、ソレダケ生キノビル可能性ガ高クナルガ、強クナレナキャ烈ニ殺サレル。烈ニ殺サレタク無ケリャ、死ヲ恐レズ魔物ヲ沢山殺サナイトナラネェ」
「そうね。どっちにしてもやるしかない」
ニンフィーも珍しく目をキラキラさせてやる気を出している。
決してこの美人半精霊がいつも面倒くさそうに戦闘に赴いているというわけじゃないのだが、なんというか、今まで本気ではなかったのか今回は本気を出すぞ的なキラキラ感がある。
(うかうかしていられない‥‥)
スノウは焦りを感じていた。
紛れもなくレヴルストラの面々は強者だ。
少なくともスノウより遥かに強い。
このタイムトライアル、下手したらスノウはボスを1体も倒せず終わるかもしれない。
1体も倒せないという事は大きな成長ができずに終わる。
つまり成長がない場合、烈に殺される可能性が高まるということだ。
「ロムロナ!行くよ!」
「あら〜スノウボウヤ、すっかりやる気ねぇ。いいわよぉ、なんなら今ここでぇ、ウッフフー」
そう言い終えた頃には既にワサンはいなかった。
エントワは余裕なのか悠然と歩きながらダンジョンの奥へと向かって行く。
エスティは心細そうに走り出した。
ライジは、泣きそうな顔で行こうか行くまいか迷っている感じだ。
(自己責任‥‥とにかく強くなるしかない!)
・・・・・
・・・
―――とある墓地―――
アレックスは3メートルを超える大男だが、その倍はあろう石碑の前で跪いて祈りを捧げている。
ここは王家の墓。
歴代の王たちが眠る場所。
アレックスはこのヴォヴルカシャで唯一生き残っている王族。
ヴォヴルカシャの名を冠する正当な王位継承者だ。
ヴォヴルカシャ家は先代の王であるレイズクラウド・ヴォヴルカシャ王がロン・ギボールの襲撃を受けて亡くなって以降、兄弟たちが次々に亡くなっていった。
昔から誰の言うことも聞かないわがまま放題の悪ガキだったアレックスはこの素市の寄宿学校に放り込まれていたが、結果的にそれが彼の身の安全を保証する結果となった。
兄や妹、兄弟たちが次々と亡くなっていった理由とは。
明らかに元老院が暗躍し自身が実権を握るために暗殺したに違いない。
しかし証拠がない。
証拠を掴むために、そして元老院から国を取り戻すためにアレックスは強くなるしかなかった。
自分が強くなり、元老院を凌ぐ力を手に入れ、再度この国をヴィヴルカシャ家に取り戻す。
元老院が実権を握ってから貧富の差が激しくなっている。
その元老院の圧政から解放するためにはヴォヴルカシャ家の王政復活が必要だ。
かつて父が、祖父が、いや代々の王が民のために粉骨砕身尽くしてきた姿勢はまだヴォヴルカシャ国民の心に残っていると信じているからだ。
そのためには父の仇であるにっくき巨大亀 ロン・ギボールを殺し、四獣神を殺す力を得たことをヴォヴルカシャ国民たちに知らしめる必要がある。
王を殺した四獣を王が倒す。
これが大きな意味を持つことをアレックスは感じていた。
そして王政復活とともに元老院を断罪し追放する。
それが彼の望みであり目標であった。
久々に訪れたこの地で父の墓前で改めて誓うのだった。
・・・・・
・・・
しばらくしてアレックスは、王墓から少し離れた場所に来ていた。
大きな木の下にある小さな丸い石。
その横に大きな酒瓶を置き、一人酒を飲んでいた。
丸い石の前には並々と酒が注がれたコップが置かれている。
ヴォヴルカシャ第2勢力のキュリアであるパンタグリュエルの総帥だった『ダンカン』の墓だ。
本来であればパンタグリュエルほどのキュリアの総帥であれば巨大な墓に埋葬されるはずだが、ダンカンが常々言っていた、 ”塵に生まれ塵に還る” の言葉通り自然葬にしたのだ。
アレックスの脳裏にダンカンとの思い出が昨日のことのように思い出された。
・・・・・
・・・
アレックスとダンカンは寄宿学校時代に知り合った。
ダンカンは寄宿学校内にある宿舎の清掃員の息子だった。
寄宿学校で学ぶ生徒たちは、アレックスの他にも貴族の出や、成金商人の息子など力ある身分の子供がほとんどであったため、ダンカンのような使用人の息子のような存在はその身分の差から格好のいじめの的だった。
掃除をしている最中にバケツの中の汚水を浴びせられ、いじめるやつらの気まぐれでダンカンは宿舎の裏まで連れて行かれ彼らの気のすむまで殴られる毎日だった。
ダンカンは成人する頃にはアレックスと同じ大男に成長し、巨大キュリアを取り仕切るまでになったのだが、子供の頃は小さくひ弱な体つきだった。
いじめられやすい見た目であり、ダンカンの父親も息子がいじめられているのを知っていたが、生活のために涙を流して耐えるしかなかった。
アレックスが無理やり寄宿学校に入れられた初日も、ダンカンはいじめられていた。
いつものように宿舎の裏で腹を殴られてうずくまっていた。
一方、12歳のアレックスはまだ成長期の前であり、いまの図体からは想像もできないほど小柄で細かったが、気性だけは荒く誰の言うことも聞かないわがまま放題で世間知らずの子供だった。
そんなアレックスがたまたま通りかかった宿舎の廊下から殴られているダンカンを見つける。
当時のアレックスには正義感などないし、身分の差でいじめられる者など呼吸するのと同じくらい当たり前のことだったため見過ごすはずだった。
(弱い身分に生まれたのが悪いのだ)
(殴られても殴り返せない弱い心が罪なのだ)
弱い心の持ち主はそれに甘んじている限りそれなりの待遇になって然り。
そういった思いの冷たい目でそのいじめの光景を見つめていた。
しかし、アレックスは衝撃を受ける。
殴られているダンカンの目が死んでいなかったからだ。
毎日周りで見ていたいじめや虐待、蔑みといった行為では、やられる側の目は恐怖に怯えただただ耐えるだけの死にそうなものだった。
人生を諦めた目。
己の不幸を呪う目。
苦しみに歪む目。
これまで見てきた全員が死んだ目をしていた。
しかし、ダンカンの目は燃えるように鋭く光っており、貴族の息子であろう殴っている方の歪んだ目に対して明らかに生きている実感を放つものだった。
おそらく、殴っても殴っても鋭く光るダンカンの目が、いじめる側をイラつかせさらにいじめを重ねている状況なのだろう。
アレックスの胸が急激に熱くなる。
まるでロン・ギボールの強大な力の前に絶望している大勢の戦士たちの中でたった一人、必ず勝つと奮起し、剣を振り上げ火のアーリカ隊を指揮して巨大亀に挑んでいった父の目のようだった。
父を失いたくないという気持ちだったのか、同じような目をしているサンドバックのように殴られ続けるダンカンの前に飛び出し、殴りかかっている貴族の息子にタックルしていた。
自分より50cmも背の高い者にタックルしたため相手はびくともしなかったが、アレックスはしがみつきがむしゃらに歯向かっていた。
「なんだこのチビは?」
相手はビクともしていない。
「こいつ、没落王家の生き残りですよ、ダリオさん」
「あのわがまま王子のアレクサンドロスか!居場所がなくてこんな牢獄に入れられるとは笑える、ギャハハ」
「やっちゃいましょうよ!こいつも!昔こいつに蹴り入れられたことがあるんですよ!マジでムカつく!」
「でも一応王子だぜ?」
「かまいませんよ!今や元老院様がこの世界を牛耳っていますしダリオさんのお父様は元老院様に使える上級貴族じゃないですか!こんな腐れ王子殴ったところで誰からもお咎め受けませんよ!」
「それもそうだな!」
しばらくの間サンドバックのように殴られ続けたアレックスとダンカン。
引率していた教師も時代の潮目をみたか、助けには入らず見て見ぬ振りだった。
夕暮れ時、傷だらけでズタボロになったアレックスとダンカンは殴られた後そのまま二人横になっていた。
節々が痛み動けなかった。
「イタタ‥‥ところで‥‥お前‥‥名は何と言うのだ?」
「‥‥ダンカン‥‥」
「俺の名はアレクサンドロス・ヴォヴルカシャ‥。この国の王子だ」
「‥‥‥王子なのに弱いな‥」
「な!弱いんじゃない!今はまだ殴られてやってるだけだ!」
「殴られて負けたら弱いんじゃないの?」
「違う!心で負けなきゃ負けじゃない!」
「あぁ、それ、なんとなく分かるよ‥‥」
「分かるか!」
「うん」
「わがるか‥‥‥」
そう言うアレックスの目に涙が溢れてくる。
「わがるか‥‥‥わかる‥‥があああぁぁぁぁ」
アレックスは泣き出していた。
悠然としていた父を失った時のことを思い出しのか、ボコボコに殴られっぱなしで殴り返せなかった悔しさからか、とにかくいろんな感情が溢れ出して思いっきり泣いていた。
「ぐえぇぇぇぇぇん」
そんなアレックスを見てダンカンも泣いていた。
いじめで殴られても、何をされても涙を流したことはなかったダンカンは殴られた痛みではなく、アレックスの何かの思いに触発された号泣を見てなぜか泣いた。
「ぐやじいぃぃよぉぉぉ、があぁぁぁぁぁぁぁ」
「ぐやじいぃぃねぇぇぇぇ、ぐえぇぇぇぇぇん」
しばらく思いっきり泣いて、泣き疲れた頃には二人とも笑っていた。
「きみ、カッコ悪い王子だなぁ、べっへへーー」
「お前こそカッコ悪いぞ、はっははーー」
それから二人は連みはじめた。
いつも一緒に行動した。
そして、弱い自分と決別したくて毎日毎日、雨が降っても雷が鳴っても喧嘩の特訓をしていた。
本気で殴り合う。
殴られること自体はへっちゃら。
自分の拳が相手に届かない方が辛く苦しいことを二人は知っていたからとにかく本気で殴り合いの特訓をしていたのだ。
おかしな話だが、王子と使用人の子が仲良く連んでいる。
しかも使用人の子が一国の王子に本気で殴りかかっている。
あり得ない光景だった。
ダンカンの父親は相変わらず生傷が絶えないダンカンの顔をみて毎日泣いていたが、いつしかいじめよりも喧嘩の特訓でできた傷の方が増えていた。
父親はそんなこと知る由もなかった。
アレックスが寄宿学校に入って3年が経ち15歳になっていた。
身長はそれほど伸びてはいなかったが体つきはがっしりしていて、ダンカンも似たような体つきになっていた。
冬を越し、少し暖かくなってきたある日、寄宿学校の講堂では上級生の卒業式が執り行われていた。
式は終盤に差し掛かり卒業生が拍手とともに見送られ、講堂から退場するところだった。
涙するものはほとんどおらず、皆この牢獄のような寄宿学校からオサラバできる事を心から喜んでいた。
アレックスを入学初日にボコボコにしてくれたダリオとその取り巻きも退場する列の中にいた。
ニヤニヤしながらダリオたちが出口からでようとした瞬間、アレックスとダンカンが目の前に現れ腕を組んで通せんぼした。
「なんだぁ?お前ら‥‥腐れチビ王子と使用人のゴミじゃねぇか!またいつものようにボコられたいみたいだなぁ!もう卒業したし、こそこそする必要もねぇ、おい!お前らも手伝え!今からこいつらを半殺しにするぜ!いや!全殺しにしたって構わねぇ!」
「オッケー!」
そういうといきなり殴りかかってきた。
思いっきり振り上げアレックス目掛けて飛んでくる拳をさっと避けるアレックス。
勢いあまったダリオはそのまま前のめりにずっこけて顔面から地面にスライディングのように倒れこんだ。
「ダリオさん!!!」
取り巻きが叫ぶ。
「い、イッテェ‥‥きはまら‥‥ん?え?え?えぇぇぇ?」
「どうしました?!ダリオさん?!」
「おへの歯が!歯が折れはーーーー!!!許はねぇぞぉぉぉぉ!!!」
「勝手に転んでおいてぇ何言ってるかわかんねぇなぁ!」
そういうとアレックスは倒れ混んでいるダリオの腹に強烈な蹴りを食らわせる。
ドブグオォォーーーン!
「グッファー!!!」
あまりの激痛に思わずのたうち回るダリオ。
歯が折れ、着ている服は泥だらけで惨めな姿に変わり果てた。
「ダリオさん!テメェら調子に乗るなよぉぉぉ!!!」
取り巻きの2人がアレックスとダンカンに殴りかかる。
ガシィィーーン!
二人のパンチをクロスした両腕で受け止めているアレックスとダンカン。
「こんな弱っちいパンチで今の僕たちを倒せると思ってんのか!」
ダンカンが受け止めた取り巻きの腕を思いっきり振り払う。
その衝撃で取り巻きは後方へ吹っ飛んでいく。
「やるなぁーダンカン!俺も負けねぇぞぉー」
そこからは一方的な喧嘩だった。
身長差は前と変わらず50cmはあったが、アレックスとダンカンの強力な拳や蹴りにダリオたちはなす術もなく、泣きながら逃げて行ったのだった。
「俺ぇの方がぁいいパンチいれたぜぇ!」
「いいや!僕の蹴りの方がクリーンヒットしたね!音が違ってたしさ!」
二人は自分たちをいじめてきたダリオたちと戦っていたのではなく、アレックスとダンカンどちらが強いかを競っていたようだ。
その夜、ダリオの父親から抗議と圧力がかかり、アレックスはともかくダンカンは貴族にたてついた罪で死罪を言い渡された。
裁判などない。
抗議があったその日に言い渡された。
元老院の支配する世の中に変わり、取り巻きとなった貴族のいう事は絶対的なものになっていたからだ。
上級貴族はダンカン家族のような身分の低い国民は、上級貴族の気分で殺されるような自体も日常茶飯事だった。
15歳とはいえ、実権もないただのお飾り王子であるアレックスにはなす術もなく、学校内で暴れまわることしかできなかった。
だが事態は一変した。
ダンカンが連れて行かれる当日、突然ダリオとその父親がアレックスとダンカン、ダンカンの父親に謝罪を申し入れて来たのだ。
アレックスとダンカンは何が起こっているのかさっぱり分からなかったが、とにかくダンカンが無事だとわかり、アレックスは涙が止まらなかった。
死ぬほど嬉しかった。
ダリオとその父親の後ろには、背が高く、背筋がピンっと伸び優雅で気品がありそして亡き父であるレイズクラウド・ヴォヴルカシャ王と似たような猛々しいオーラを発する紳士が立っていた。
王家聖騎士隊の隊長であるエントワ・ノル・ヴェルドロワール公という最上級貴族だった。
「貴様は父上といるのを見たことがある。確か王家聖騎士隊を仕切っていた者だな?」
「いかにも」
「感謝する。よくぞダンカンを救ってくれた‥‥」
アレックスは深々と頭をたれ感謝の意を評した。
「ほう。きちんと礼を言うことは出来るようですね。4年前に見たときはマナー知らずでお父上の威光の下で吠えているだけの空っぽの若僧くんでしたが」
「随分な言い方だなぁ。まぁでもその通りだな。確かにあの頃の俺ぁ何が強さで何が正しいかも分からず、父上の息子として生まれただけで偉いと勘違いしていた、ただのガキだったからな」
「なるほど。今は違うと?」
「さぁな。だけど、このダンカンは俺の生涯の友だ。身分なんか関係ねぇ。ただ、事実さっきまでの俺はその生涯の友を守れずに見殺しにするところだった‥‥‥。処刑されるならその前に連れ出すか、処刑の場に出て行って暴れまわるつもりだったがな。はっははー」
アレックスは頭を掻きながら苦笑いする。
「ふむ。まぁそんな事をすればすぐに捕らえられ、あなた様のご兄弟のようにひっそりと殺されていたでしょうね。それでこのダンカンが喜んだと思いますか?」
「!!!‥いや、だけどよぉ!‥そ、それしか思いつかなかったんだ‥‥」
紳士の言葉に思わず言葉を詰まらせるアレックス。
「でしょうね。それでは質問です」
「んん?」
「今あなたがそうやって虚勢を張らなければならないのは何故でしょうね?」
「虚勢?そんなんじゃねぇ!馬鹿な貴族が多いからだなぁ!地位や名誉なんてその人の価値を決めるものになりえねぇのにさぁ!そんなくだらねぇやつらが多いから、俺たちみたいなのが苦しむことになる。だから俺ぁ自分のこの拳でそいつらをぶっ倒していくんだ!」
紳士は人差し指を上に向けながら一言。
「違いますね」
上に向けた人差し指をゆっくりとアレックスの方に向けて言う。
「理由は明白です。それはあなたが弱いからです」
「なぁにぃ?!」
頭に血を登らせたのか紳士の胸ぐらをつかもうと飛びかかるが、アレックスに向けた人差し指でアレックスの突き出した腕を往なしそのまま優雅に避けた後、額に指をあてる。
大した力をかけていないようだが、筋骨隆々なアレックスがどんどんしゃがんでいく。
いや、しゃがまされていると言った方がいい。
「ふんぐぐぐ!ぬぅぅ!!!」
踏ん張り巻き返そうとするがどんどん押さえつけられてついに正座状態にされられた。
「あなたは自分が強いと思っていますね。でも今まさに人差し指だけで正座させられたわけです。あなたの信じる強さ。つまり腕力はこんなものということです」
「んぐぐぐぐぐ!!!」
アレックスはまだ立ち上がろうと抗っているが前に動くことすらできない。
「いいですか?あなたには何もないんです。腕力ですらこの有様。王子であるにも関わらず、あのような低俗な貴族すら従わせる事ができない。あなたはあの貴族の親子に負けたのです。地位という彼らの武器に抗うこともできずに完敗したのですよ」
「ふんがぁぁぁ!!!」
顔を真っ赤にして抗っているが紳士は微動だにしない。
「あなたは只のなんの取り柄もない “若僧くん” なのです」
そういうと紳士は軽く力を込めさらに押し込む。
抗うことができないアレックスはそのまま地面にひれ伏す形となった。
「アレックス!!」
思わずダンカンが叫ぶ。
「申し訳ありません!気高い騎士様!この男は粗暴で馬鹿なところはありますが、正義を知っている男です!必ずこの国を救う存在となる男なんです!どうかご容赦を!」
「あなたも弱いです」
そういうと魔法でダンカンも押さえつけた。
「ぐあぁぁ!!」
ダンカンもアレックスと同じように地面にひれ伏している。
「いいですか?強さとは友のために命を捨てることでも、腕力で弱者を痛めつけて気分を晴らすことでもありません。大切なものを守るためにわがままを通す力を持つことです」
「ふんぐぐ‥‥‥」
「自分の気持ちや気分を晴らす為に腕力を誇示しているのは、理不尽に自分の地位を誇示して正義を捻じ曲げていることと何が違いますか?」
(くそぉ‥‥‥なんなんだぁこいつは!こんなにかよぉ!こんな差かよぉ‥‥‥俺たちが必死にぃ特訓してきても‥‥こんな差かよぉ‥‥!!)
アレックスは泣いていた。
そんな姿を見てダンカンも泣いていた。
地面に顔を擦り付けられ泥まみれになりながら泣いていた。
「どうですか?弱いということは」
「うるへぇ‥‥‥うおおおおおおお!!!!」
アレックスは悔しくて泣いた。
自分の弱さを嘆いて泣いた。
自分は一体何者で何ができるのか?
こんな弱い自分では何もなし得ない。
ましてや、父を殺した巨大亀に復讐など夢のまた夢。
「お、俺ぁどうしたらいいぃ?隊長さんさぁ‥‥」
「簡単ですよ。真の強さを身につけるのです」
「なんだよぉそれは‥‥」
「さぁてね。それを身につけたければ私と一緒に来たらいい。ちゃんと教えますよ。厳しいですがね、若僧くん」
・・・・・
・・・
アレックスはダンカンの墓の前で酒を飲みながら昔を思い出した。
「エントワのやつ、人とは思えねぇシゴキだったなぁ、はっははー」
アレックスとダンカンに戦闘を教え、男としての生き様を教え鍛えたのはエントワだった。
「まぁ、なんども死にそうになったが、おかげで俺たちゃぁ敵なしになったなぁ。そんでもって俺ぁレヴルストラを立ち上げ、おめぇはパンタグリュエルを立ち上げバラバラな道を行きながらこの世界を変えるって誓ったなぁ」
「あんだけぇ強かったおめぇがなぁ」
新たに注いだ酒を一気に流し込む。
「結局おめぇも弱かったってぇことだなぁ」
アレックスはうつむき涙を流す。
「本当に弱っちぃんだよ‥‥。どうせ俺のためにあのくそったれ三足烏の烈をぶっ潰そうとしたんだろうや。わがまま通しきれねぇヤワなおめぇがよぉ‥‥。カッコつけやがって。それじゃぁお前ぇが処刑されるって時に止められねぇから暴れてやるっていってた俺と同じじゃぁねぇかよ‥‥」
もちろん同じだとは思っていない。
ダンカンはアレックスの為に自分を犠牲にしたのではない。
アレックスと共に見ている ”この国を変える” という夢の為に命を落としたのだ。
アレックスは立ち上がる。
「まぁ見てなってぇ。弱っちいお前ぇに俺のわがまま通す様を見せてやるよぉ、はっはは」
アレックスは木に微弱の電撃魔法をかけた
木は活性化し、あっという間に花を咲かせる。
花びらは舞い散り、花吹雪となった。
「手向けだぁ‥‥友よ‥。それと預けたもんを貰って行くぜぇ」
アレックスはダンカンに別れを告げて去っていった。
9/6 修正




