<ケテル編> 7. 観察者 その6
7. 観察者 その6
何もない空間に一粒の種子が現れる。
その種子は芽を出しみるみる内に成長する。
緑の幹はすぐさま太い木となり、無数の枝を生やし始める。
枝は不可思議な方向へと伸びていく。
その形状は半径20メートル程の円を描くように伸びていく。
枝が伸びて形成された円は徐々に太くなっていく。
そしてその円の上に等間隔で4つの木製の椅子が生まれた。
円を形作っている太い枝からは小さな枝が生えて、そこに無数の花を咲かせた。
「色とりどりだな。これを感情生物に言わせれば華やか‥‥と言うのだろう。その感覚はわからなくもない」
いつの間にか椅子の一つに座しているホワイトウルフが低く響くような声で語りかけた。
その毛並みは美しく艶やかで周囲の花と同化すると一層花々の色鮮やかさを引き立てた。
「ルルラ‥‥ルルラ‥‥褒められるというのは不思議な感情を生み出すのね。とても嬉しいわ。この場を想像するのにそれなりに時間を掛けたのですもの」
椅子の一つから生えている小さな花が透き通る風のような声で歌いながら言葉を返した。
幹と葉は深い緑色で花びらはエメラルドグリーンのような美しい碧色をしている。
「どうやら次に落ちるのは貴様のようだな。それはそれでよいのだが、この匂いは消せ。臭くて敵わん」
椅子の座部から突き抜けるように現れた美しく輝く剣が威厳を込めた低い声で割って入ってきた。
世の中のどの剣よりも鋭く、そして美しい銀色に輝く剣だった。
「僕はいい匂いだと思うし、この円卓も嫌いじゃないなぁ。いつも殺伐としているからね」
最後の椅子の上に黄色い髪、黄色い眼球、黄色い爪の子供の姿をした存在がいつの間にか座しており、いつもの通り剣の意見に反した言葉を発した。
「まぁ意見はそれぞれだ。好きに言えばよい」
「あれぇ?珍しいねぇ。いつもなら食ってかかってくるのにさぁ。ははぁん、もしかして少し次元のズレを感じたんじゃないのぉ?」
銀の剣の言葉に黄の子供が返す。
「ふん。好きに言うがいい。我は観察者。宇宙意思に沿わない存在を観るだけだ。改めてその立場を認識し、行動に移しているに過ぎぬ」
銀の剣の後に白狼が言葉を挟む。
「それで今回の招集は‥‥君だな。理由はなんだ?」
白狼の言葉に緑の花が言葉を返す。
「みなさんもお気づきかと思いますが、ゲブラーに紛れ込んでいる虚無が別世界へと飛びましたね。これで彼らは他の世界への侵入方法を認識したと言えましょう」
「まだ弱々しい存在だ。あやつにも管理できる範疇だと思うが?」
白狼の反応に緑花が返す。
「そうでしょうか?今回の事象は彼らに気付きを与えましたよ」
「気付き?」
黄の子供が質問する。
「そうです。大規模な隕石を落とさずとも、侵入できるという気付き、自ら世界に根を生やさずとも寄生し貪れるという気付きですね」
「なるほどぉ。確かにね。それじゃぁいよいよ介在する必要が出てきたということ?」
「私はそう思います」
「アノマリーも期待外れだしね」
「我はそうは思わぬ。アノマリーの着実な進化は後に劇的な変革を生む。そのきっかけはノーデンスとの接触であり、それも時間の問題であろう。いずれにせよ両者殲滅の必要性に変わりはないが、アノマリーを虚無に当てて両者同士討ちか疲弊したところを秩序もろとも殲滅するでも構わん」
「待て、それでは虚無と変わらん。きゃつらに委ねるべきだ。それぞれの紡ぐ糸の先々には小さな力が宿り始めている。それらはやがて実を結び大きな力となり自らの力で跳ね返すはずだ。我らはそれを見届けるのが使命だ」
「温いな白狼。貴様のその中途半端な判断は観察者としては不適格だ。我らは宇宙意思の求む方向に宇宙を導く役割も担っていると知れ」
銀剣と白狼の言い合いが続く中、黄の子供が割って入る。
「あらあらやっぱり自分最高主義は抜けないねぇ。まぁでもアノマリーは一旦放っておいて成り行きに任せてもいいと思うけど、虚無は少し厄介だよ」
「私もそう思います。ただ、きっかけは必要でしょう。次の虚無の襲来にあの世界の者たちが自分たちの力で対処できない場合は介在するというのではいかがでしょうか?」
緑花が提案した。
「いいね、異論なしだよ」
「異議なしだ」
黄の子供、銀剣は同意した。
「基本的には同意だが、介在する際に今一度一堂に会して意向を確認したい。判断を誤れば宇宙意思から弾かれる。我らの後釜は山ほどいるが、皆欲に塗れている。宇宙崩壊を招きかねないからな」
「心配いらないでしょ!宇宙意思が選ぶなら存続も崩壊もまた宇宙意思の一つの方向性でしかないんだから」
「そうですね。私たちの知るところではありませんね」
「もう良いか。これ以上の話は下らん領域を出ぬ。さらばだ」
銀剣は椅子の座部に沈むように消えた。
「僕も帰ろっと。じゃぁねぇ」
黄の子供は椅子から飛び降りて闇に消えた。
「銀剣の言う通り、判断できない存在は観察者に適さないのかもしれませんよ。それでは失礼」
緑花は一気に枯れた。
それと同時に円状の太い枝も木も皆枯れ果てて粉のように消えた。
「‥‥‥」
闇の空間にひとり取り残された白狼は無言のまま遠くを見つめていた。
しばらく遠くを見つめた後、何かを決意したかのような表情でその場から消えた。




