<ケテル編> 1.風の世界
<ケテル編>
1.風の世界
『!!!!』
(なんじゃこりゃぁ!!)
バルカン、フランシア、ワサン、ソニア、シンザはこれ以上ない程の驚きの表情を浮かべている。
声を発することもままならない。
なぜなら、越界して辿り着いたケテルの世界は、はるか上空だったからだ。
一同は両手両足を広げてムササビのような体勢を取りながらうまくバランスを維持しようとする。
流石は強者の5人であり、超越した運動神経からバランスを取るのに時間は掛からなかった。
(何だあれは?!)
ワサンが何かに気づいた。
遠くに巨大な風の渦が空から地上に向かって流れていたのだ。
直径にしておよそ1キロメートル。
周囲の空気は徐々にその巨大な空気の渦に引き寄せられているようだった。
ワサンは手でピースをつくり自分の目に向けた後、巨大な渦の方へ向けた。
皆それが指を向けた先を見ろという合図だと察し、その方向に目を向ける。
『!!』
先ほどとは比べ物にならないほどの驚きの表情を浮かべる4人。
なぜなら、空気の引き寄せられている流れからほぼ間違いなくあの風の畝りに巻き込まれることが容易に推測できたからだ。
(何とかしなくては!)
シンザがジェスチャーで他の4人に語りかけた。
(ソニア!ソニックでもいい!魔法でなんとかならないか?!)
バルカンがソニアに無茶振りをする。
(フランシアに言ってよ!彼女の方が魔法得意なんだから!)
(フランシア頼む!)
バルカンたちがフランシアに魔法で何とかしてくれとジェスチャーで伝えた。
(あっあー!これはもしかして私の魔法でどうにかなるというプランはないけど、例のあの有名な“藁にもすがる” という心境ね!わかるわ!あなたたちのその焦っている感情がどんどん伝わってくる!)
といった心の声をフランシアは何かジェスチャーで表現しているようだったが、他の4人には伝わるわけもなく、早く何とかしてくれという苛々をつのらせていった。
フランシアはリゾーマタのクラス2の風魔法ディヴァイドウィンドを放つ。
「?!」
何も変化がない。
(どういうこと?!クラス2の魔法よ。私の魔力ならこの程度の空気の引き寄せなど簡単に断ち切れるのに?!)
フランシアは今度はクラス3のジオストームを放つ。
しかし何の反応もなかった。
(まさか?!ここでは魔法が使えない?!)
フランシアはさらにクラス4の炎魔法アトミックデトネーションを放つ。
バシュゥゥゥ!!
わずかに魔法が放たれた。
しかし、人間の魔力領域を超えるクラス4の魔法であるはずが、クラス1のフレームレイ以下になっている。
(どういうこと?!)
バリバリバリ!!!ドッゴォォォン!!
そうこうしている内に地面が見えてきた。
そして風の畝りが次第の巨大に見え始め、引き寄せられる流れの速さが早まってきた。
畝りの中では稲妻が走っている。
フランシアはジェスチャーでなぜか魔法が使えないことを伝えた。
試しにソニアも音熱魔法を放つが手の平が熱くなる程度だった。
(どうなってるの?!)
(姉さん代わって!)
ソニックに代わって音氷魔法を放つが数個氷が出てきた程度だった。
(これは?!)
ソニックが皆に合図を送る。
(手を取って!あの空気の畝りに巻き込まれる!逸れないように皆手を握りあうんです!)
その合図は的確だったが、少し遅かった。
すぐそこまで迫っている風の畝りに引き寄せられる空気の流れが速すぎて思うようにお互いの位置に近づくことができないので手を握ることができない。
かろうじて何組かで手を握れたようだがバラバラになるのは必至だった。
(とりあえず東へ向かってください!)
シンザが皆に合図した直後、5人は風の畝りに巻き込まれた。
体が引き裂かれると思うほどの凄まじい空気の凝縮と分裂、そして縦横無尽にうねる無数の風の流れにもはや天地も認識できず呼吸もままならない状態でただただ、無事で済むことを祈るしかなかった。
・・・・・
・・・
「う、うう‥‥」
フランシアは目を覚ました。
徐々に視界が広がっていく。
若干と頭痛と長らく轟音の中にいたためかひどい耳鳴り、そして全身の所々に痛みを感じていた。
ある程度回復した視力で周囲を見渡す。
周囲は草原で、遠くに街が見えた。
だが、見渡しても他の仲間は見当たらなかった。
(ひとり‥‥なの)
仲間が見当たらない状況ではあったが、不安な気持ちはなかった。
シンザの “東へ” という言葉から目指す方向がわかっていたからだ。
方向さへ共通の認識となっていればいずれ合流できる。
シンザの指差す方向には低い太陽が見えた。
自身が気を失っていた時間はさほど長くはない感覚があったがあるのだが、現在の太陽の位置を確認すると、風の畝りに飲み込まれる直前に見た太陽の位置からさらに上に登っていたため、日の登る方向に歩いていけば良いと理解できた。
進むべき方向がわかっているため不安な気持ちはなかったのだ。
とはいえ、動けるのかどうか自分の状態を確認する必要があったため、冷静自身の体の状態を把握する。
体は傷だらけではあるものの骨折や切断、深い裂傷、臓器不全などはなく普通に歩ける状態であることがわかった。
だが、一つ気がかりなのは魔法がうまく発動しなかった点だ。
フランシアはウルソーのクラス2の魔法のジノ・レストレーションで傷を治そうと試みたが、傷は治らなかった。
ウルソーのクラス4の素早さを超絶に強化する魔法をゲノア・アジリアルを自身にはなつが、ほんの少し動きが早まった程度で通常とほとんど差はなかった。
(クラス1から3はほぼ発動しない。クラス4は少しだけ極めて弱い威力で発動する。魔力そのものがないのであれば、何も使えないはず。ということはこの世界には魔力はある。そしてクラスが低い方が魔力消費は低いから空気中の浮遊魔力密度が低いということであればクラス4よりクラス1の方が発動確率は上がるはず。これは、浮遊魔力密度も高くはないけど、それが原因ではないということね‥‥。もっと本質的な何かがこの世界では欠けている気がする‥‥それを突き止めない限り、ディアボロスを追い込みマスターを救い出すのはかなり難しくなるわ)
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ‥‥
今になって耳鳴りが治まってきたのだが、治っていくにつれて、背後から低い轟音が聞こえた。
フランシアは後ろを振り向いて驚きた。
巨大な風車のようなものがいくつも設置されていたからだ。
轟音はその風車の回る音だったのだ。
(魔法は使えない‥‥風車‥‥ここはマルクトと同じようにエレキ魔法があるのかもしれないわね。少し情報を得る必要がある。太陽の位置からするとあの風車のある方向が東なのだけど、このまま向かっても情報不足で不利な状況に陥る可能性がある‥‥とすれば逆方向だけど一旦あの街に行って情報収集ね。それと薬があれば買いたい‥‥いえ、そうだわ!薬や食べ物を得るにはお金が必要なはず!まさかゲブラーの貨幣など使えないでしょうから、そのお金をまずは稼ぐところから始めないと!)
「きゃぁぁぁぁ!」
街の方から悲鳴が聞こえた。
「あっあー!これはもしかして助けたらお礼にお金がもらえるというイベントでは?」
突っ込む者がいないため、この意味不明なコメントは野放しになっている。
いや、正しくは周りに仲間がいてもツッコミを入れられるような柔軟な思考を持ち合わせた者はいないので、静まりかえっているのは同じ状況だった。
フランシアは急ぎ悲鳴のあがった方向に向かう。
そこには20歳前くらいの女性と10歳くらいの子供がおり、その前には地面から這い出てきたのか巨大なワームが口を開いて今にも二人を飲み込もうと迫っているところだった。
スタタ‥‥シャビン!ジャジャキン!!
フランシアは持っている剣を抜き大きく跳躍してワームの首の部分を一瞬で切り落としてしまった。
切り落とされた部分がウネウネと動き、本体の方は痛みからか激しく動いた後に穴の中に引っ込んでいった。
女性はフランシアの動きの機敏さと凄まじい攻撃に呆気に取られている。
一方子供の方はウネウネと動いている切り落とされた部分を指差している。
フランシアはその指さされた方に目をやるとウネウネはワームそのものではなく、ワームの中で何かが蠢いているように見えた。
「中に何かがいる?魔物か何かか?!」
フランシアは警戒しながら近づく。
そしてウネウネと蠢いているワームにゆっくりと剣を突き刺してみる。
「いでぇ!!」
「!」
声が聞こえた。
「まさか!これは‥‥‥喋るワーム!」
「ちがうわ!」
ドッパァ!!
勢いよく中から何かが飛び出てきた。
バルカンだった。
「フランシアお前!なぜ刺した!痛いだろうが!」
「様子見よ。だって中で何かが蠢いていたら魔物だと思うでしょう?それより何でそんなところから登場するの?あの風の畝りの中からどうやってそのワームの中に?」
「オレだって分からねぇよ!」
「あ、あのう‥‥」
女性が話しかけてきた。
「助けてくださってありがとうございます!」
「私とこの男、どちらに言っているのですか?」
「りょ、両方です。薬草積んで帰る最中、突然ワームに襲われたところその方がすごい勢いで突っ込んで来られて、私たちが飲み込まれそうになっているところに丁度壁のようになっていただいて、そのまま飲み込まれてしまったのです。中で大分戦われていたのか、私たちは飲み込まれずに済みましたが、その直後貴方が来られて一瞬でワームを切り落とされて‥‥驚きました。お二人がお知り合いだなんて‥‥でも本当に助かりま‥‥!!ぎぃやぁぁぁぁぁ!!」
女性はバルカンの右腕がないのを見てワームに飲み込まれた際に失われたのだと思い悲鳴を上げた。
「わ、私のせいですぅ!!す、すぐにて、手当を!」
「あ、あぁこれぁ」
「い、いえ!私たちの家は街の入り口からすぐ近くですから是非手当をさせてください!」
女性は大分慌てている様子でどうやらバルカンが右腕を失ったのは自分の責任だと思い込んで罪の意識で震えていたのだった。
・・・・・
・・・
「なぁんだ!そうだったんですぁ!」
女性はホッとしたのか、崩れた笑みで安堵のため息まじりに言った。
女性の家について、救急箱を持ってきて狼狽えている女性にやっと説明できるとなり、バルカンが既に傷も癒えている腕の切断部分を見せながら説明すると、自分の責任ではないと理解した女性が安心したのだった。
その横で子供がフランシアをじっと見つめている。
「どうしたの?私がそんなに綺麗に映っているの?」
「ううん。お姉ちゃん、とっても強いね。アネモイの戦士なの?」
「アネモイ?」
「こ、こら失礼でしょ!申し訳ありません。いきなり不躾で」
「いえ、いいのです。色々とこの世」
バルカンが慌ててフランシアの口を抑えて、話し始めた。
「いや、オレたち旅をしていたらあのすごい風に吹き飛ばされて頭を打ってしまったようで記憶喪失になったみたいなんです。お互い名前しか覚えていない状態の‥‥。だからちょっと色々と教えてもらえるともしかしたら記憶を取り戻すかも‥‥とか思って」
女性は少し怪しんでいるが、助けてもらった恩もあり信じようという雰囲気が態度から滲み出ている。
どうやらこの女性は感情が態度や表情にすぐ出てしまうタイプらしい。
「わ、わかりました!そ、そういえば自己紹介!ま、まだでしたね。私はクレア。そしてこの子はフラン。10歳の男の子です」
「私はフランシアよろしくクレア、そしてフラン。お母さんはとても綺麗な人ね」
「お母さんじゃないよ」
「あ、あぁど、どうしよう、え、えっと。私はこの子の母親ではなくて、実はこの子は姉の子供なのです。姉はここにはいなくて私が今育てているのです」
クレアは、すぐに慌てふためくあまり気持ちに余裕のない女性だった。
「オレはバルカンだ。まぁ細かい話は気が乗ったらでいいじゃないか。ようフラン。バルカンだ!よろしくな!」
「おじさんは弱いね。アネモイの戦士じゃないでしょ」
「!!」
子供の素直な反応に思わず絶句するバルカンだった。
(た、確かにフランシアの方が強いかもしれないが、オレもそこそこやるんだがなぁ‥‥)
「そのアネモイの戦士というのは?この街はどこの国なのですか?」
「そ、そうですよね。記憶を無くされているから色々とお知りになりたいですよね。食事をとりながらではいかがですか?そろそろお昼ですから。お礼といっては何ですがご馳走させてください」
「おお、それはありがたい!」
・・・・・
・・・
フランシアとバルカンは、食事をとりながらクレアから色々とこの世界ケテルのことを聞き出していた。
「すごいな‥‥」
バルカンは感心している。
なぜならゲブラーとは全く違う世界だったからだ。
ケテル。
巨大な大陸の中央に直径1キロメートル以上の巨大な塔がそびえている。
その塔はバベリアと呼ばれ、天から降り注ぐデヴァプラーナ、別名神の息吹とも呼ばれる凄まじい風の畝りを取り込んで、この大陸の東西南北にその風を振り分けている。
バルカンたちが越界して辿り着いたのはこのケテルの遥か上空で、落下している内にそのでヴァプラーナに飲み込まれたのだった。
クレアによればその風の畝りは凄まじく通常なら人は生きていられないのだという。
デヴァプラーナはバベリアという超巨大な変風塔を介して大陸の4つの国に常に風を送り続けているのだが、この世界の人々はその風を恩恵と呼んでいるのだそうだ。
何が恩恵なのかというと、フランシアが目覚めたところから見えた無数の風車を動かしている風というのが恩恵なのだという。
「紅茶をいれますね」
カチ。
クレアは何かのスイッチのようなものを押した。
台の上にはポットのような物が置かれいる。
しばらくするとお湯が沸いた。
(エレキ魔法か!)
(間違いないわね)
越界前に古代装置を動かすためにテスレンが見よう見まねで再現したエレキ魔法がこの世界では当たり前に使われていたのだ。
二人は周囲を見回した。
灯りや換気を行うプロペラなど至る所にエレキ魔法で動く装置が置かれているのに気づく。
「あの風車はエレキ魔法を生み出すものだわ」
「ああ、そしてその動力源が風‥‥ここでいう恩恵ってやつだ。てかこの世界にはハーベスト(火)がないのか?」
「見当たらないわね」
フランシアとバルカンは小声で確認した。
カタ‥‥
目の前にはいれたての紅茶が置かれた。
「なんとなく、思い出してきましたか?」
「い、いやまだですね‥‥。相当強く頭を打ったらしい、ははは」
誤魔化すバルカンをよそにフランシアが質問する。
「先ほどフランが言っていたアネモイの戦士とは?」
「アネモイの戦士のこともお忘れなのですね‥‥。この世界には4つの国と4つの否国とよばれる計8つの区画に分かれていることは覚えていますか?」
「いえ‥‥」
「そうですか。国はいわゆるマニフィセを受けている東西南北に位置する国です。そしてそれ以外の場所、北東、南東、北西、南西に位置する場所が否国と呼ばれ、国の規模がありながらも国と認められていない場所なのです。そしてアネモイの戦士とは、このケテル全土を守護する剣士協会のことで、国という垣根を超えた警護を行う組織なのです。一番の特徴‥‥と言いますか人々が憧れるところはそのアネモイの戦士は皆半神‥‥つまりデミゴッドなのです」
「デミゴッド。神とそれ以外の種族から生まれた子‥‥ですね」
「はい。剣士協会会長はボレアスというティターンで、すごい怪力だと聞きます。それ以外の剣士たちもとても強いと聞きます。会ったことはありませんが」
「アネモイの剣士はとても強いんだよ!」
「お兄さんとどっちが強いかな!」
「おじさんはすぐ踏み潰されるよ!」
「ははは‥‥‥」
これ以上凹みたくないということでバルカンは黙った。
食事を終えて、少し街を散策することになった。
その日の宿を探すのもあったのだが、しばらくこの街にいるなら空いている部屋に泊まってくれとクレアに言われたので宿を探す手間は省けたのと何よりここでの貨幣を全く持っていないことから、まずは職を探すことにした。
この世界にもフォックスがあり二人は冒険者登録を行った。
文字も読めるため、いくつか簡単なクエストをこなすことで半日で小銭は稼げた。
「これでこの世界で収入を得る手段は確保できたわね」
「ああ。だが、早くワサンたちと合流してスノウを探さないと。あれ‥‥なんて言ったか」
「探知機ね。マスターの持っているキューブ内のビーコンを探知できる装置はシンザが持っているからいずれにしても彼を探さないとならないわ」
「そうか。まぁとにかく、この街である程度金を稼いだらすぐに出発だな」
その日、二人はクレアの家に泊めてもらった。
スノウを救いにケテルへ越界してきたバルカンたち。
魔法がほとんど使えず、天から降り注ぐ風を活用してエレキ魔法で生活を営む世界。
8つの区域とアネモイという半神の剣士集団。
どこかで暗躍しているはずのディアボロス。
バルカンたちは今後神々の壮絶な戦いに巻き込まれることになるが、まだ知るよしもなかった。
いよいよケテル編のスタートです。
この世界では神や半神、悪魔といった人智を超えた存在が多く登場する予定です。
楽しんでいただけるように頑張ります。
次のアップは日曜日の予定ですが、遅れるかもしれません。
いつも読んでくださって本当にありがとうございます!
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どうぞよろしくお願いいたします!




