<ゲブラー編> 195.勝利の後 その3
195.勝利の後 その3
―――ゼネレス―――
ここはエルフの住まう国ゼネレス。
上流血統の一族とそうでない血統の者たち、つまり支配する者とされる者が明確に区分され、支配者側は権限や権利、所有物などありとあらゆるものに対して半永久的に保証されている立場にあった。
生まれながらにして恵まれ優位に立ち続ける者たち、上流血統一族。
彼らの地位や立場は血脈で約束されているため、そこから失墜したり、その地位や立場を失ったりすることはない。
更に長寿であるエルフにとって、時の速さに焦燥感を覚えることもほとんどない。
多くのエルフがその長い一生でやるべき事や成し遂げたい事を納得するまで行うだけの時間がある。
高望みさえしなければ、多くのエルフは幸せな一生を送ることができるのだ。
だが、その上流血統の一族においてもどうやっても手の届かない存在があった。
ヴァジレス一族。
エルフの上流血統一族が唯一自分よりも上の存在として一生涯認識し続ける一族。
長く生き全てを手に入れたと思い込んだマルトス・レーン・ラガナレスは、自分がまだ全てを手に入れていないことに苛立った。
毎日襲う言い知れない不安と苛立ち。
思案を続けたどり着いた結論が、自身がヴァジレス一族、またはそれ以上の存在になることであった。
彼は上流血統一族は一般血統の者たちとは変わらない同じエルフだと理解していたが、それが単に上流血統の家柄に生まれたかそうでないかの違いである運にすぎないことも理解していた。
一方で上流血統一族と一般血族とには知識にも知力にも大きな差があるという認識もあった。
なぜなら上流血統一族は、受けられるあらゆる英才教育、武芸などが圧倒的に多く質も高いため、必然的に一般血族と差が出てしまうからだ。
従って多くの上流血統一族の者は、後天的に一般血統の者たちよりも優れたエルフになるのだった。
逆に言えば、上流血統一族である自分とエルフを統べるヴァジレス一族にもさして違いはなく、ヴァジレス一族に生まれたという最強運を持っていただけの違いなのであり、後天的な教育や与えられる知識の量、高度な武技などを与えられているだけなのではという結論に至る。
故に自分はヴァジレス一族、またはそれ以上の存在になれると信じて疑わなかった。
そのために必死に勉学に励み、野心を持って経済力を高めてきたし、人脈を作る手段も磨いてきたからだ。
やがて彼の思考は自分がヴァジレス以上の存在になるためには自分以外の全ての者たちが自分の悲願の達成のためにいる存在なのだと思うようになる。
評議会を騙し、ラング・リュウシャーを唆してグムーン自治区を立ち上げ、そこから自身の懐に資金が集まるスキームを作り上げ、財力を蓄えると密かに軍隊を作って行った。
同時に異端研究に興味を持っていたゼシアス・バーン・エヴァリオスに改造生物技術の餌を与えて自分をサポートする立場として利用する。
だが、マルトスには大きな誤算があった。
それは自らの策に溺れてしまったことだ。
マルトス自身はゼシアスを異端研究好きの無能な男と高を括っていたのだが、結局彼の研究によって多くの獣人たちが生み出され、それらを率いたトウメイの活躍もあり、マルトス軍は敗北し真のエルファムの姿を見せたゼゼルヴェン・ヴァジレス・シャウザリオンV世の持つ第3の目によってエルフの血脈を抜き取られることになったのだ。
自分の策がきっかけで後の自分の策を潰してしまい、破滅に至ったと言うのはなんとも皮肉な話であった。
そしてもうひとつ誤算。
エルファムという存在を知らなかったことだ。
エルフが高次元に進化した存在であるエルファムはエルフとは全く違うレベルであり、単なる血統の違いなどではないことを知らずにヴァジレスに近づいたことだった。
マルトスは今、エルフでなくなった何者か分からない存在としてジーグリーテを越えられずにグムーン自治区から少し離れた森の中の小屋に住んでいる。
エルフではない彼はグムーン自治区にも居場所がないと信じ込み、人里離れたところで一人で住んでいる。
ラガナレス一家全てエルフの血脈を剥奪されたため、マルトスの家族もまた何者でもない存在となりジーグリーテを越えられないことから、グムーン自治区内で薬草などを自ら調合して売りながら慎ましい生活を送る羽目となっていた。
ルシウス・レーン・ラガナレス以外は。
首都クリアテ。
評議会のある中央評議会会館の中に評議委員とザラメス、ゼーゼルヘン、ディル他ラガンデの者たち、そしてルシウスが裁判を受けるために出頭していた。
罪状は評議会決定として通達され出兵されたジオウガ軍討伐の指示に対して、ジオウガ軍に加担する行動を取ったとされる国家反逆罪だった。
評議会には評議長のイーリス・バーン・ジャグレア、評議委員のネルベス・レーン・ジルボア、アーランド・ジーンファビリオスの2名の評議員、計3名で判決を下すことになる。
もう一人、ペルセネス・スーン・ガンターマン評議員がいたのだが、先の戦いで死亡している。
「出頭頂いたみなさん。これより評議会を始めます」
議長のイーリスが口を開いた。
続いてネルベスが少し怯えた様子で羊皮紙を開き記載内容を読み上げた。
「評議会議題 第30211。ゼネレスへ侵攻せしジオウガ軍討伐目的で派遣されしペルセネス軍、マルトス軍に対する妨害工作及びペルセネス卿殺害並びに多数のゼネレス兵の殺害実行の大罪の議題。これに対し、ゼネレス評議会倫理規定及び法規に従って裁判を行い然るべき根拠に基づいて結論を出す者である。容疑をかけられし対象者は、ザラメス・バーン・エヴァリオス、ゼーゼルヘン・ジーンハート、ディルオーネ・ガリネス、ニーラ・ラムゼン、ウーラ・ラムゼン、そしてルシウス・レーン・ラガナレスの計6名である」
イーリスが口を開く。
「先の罪状に事実と相違があるなど異議があれば申し出てください」
「評議長並びに評委員のみなさん。先の罪状について一部事実であることを認めます」
ザラメスが答える。
聞かれたことに対して嘘偽りなく端的に答えることがエルフの評議会では常識でありルールであった。
余計な言葉は弁解や誤魔化しと判断され、自分に不利に働くためだ。
一方適切な質問の重要性も認識されており、質問が不足していたり、的を得ない質問や、誘導的なものなどは最終的な判断を誤らせる。
そのため評議委員に選ばれる、特に評議長に選ばれるのはそういった中庸的かつ客観的な立場から多角的に質問できることが必要最低限の資質となる。
また、その応対についても紳士的な姿勢が求められる。
これは罪が確定するまでは罪人としては扱わない規則となっているためだ。
威圧的な対応などにより真実がねじ曲げられるようなことがあってはならないという理念に基づいていることと、そのような行動をとるのは野蛮な一族であり、エルフは紳士的な種族だという信念があってのことだった。
「一部とは?」
「はい。ペルセネス軍、マルトス軍に対する妨害工作は確かに私たち6名がそれぞれの役割はあれど、実際に行ったものです。多くのゼネレス兵に対し攻撃したのも事実です。ですが、ベルセネス卿を殺害はしておりません」
「なるほど。6名全員が今述べた内容に対し、相違なしということでよいですね?」
一同は頷いた。
「あなた方はペルセネス卿を殺害したのは誰か知っていますか?」
「はい。マルトス・ラガナレス氏です」
ザラエスが答えたその言葉を聞いてネルベス評議員は一瞬ビクッと震えた。
「それは確かですか?」
「はい。私はマルトス氏の率いる軍に潜入しておりました。シンク・ゼンヴィールという強者の戦士に扮してマルトス氏の護衛兼副官的な役割を担っておりました」
イーリスたちは真剣に聞いている。
「ジオウガ軍の指揮官ギーザナとペルセネス卿の一騎打ちの後、ペルセネス卿が敗北した直後にマルトス氏がペルセネス卿の首を切断しこう言いました。 “この首を差し出すので軍を引いてもらえないか?”と。結局それはマルトス氏の罠でギーザナに一撃を加えましたが、相手に攻撃を加えるための騙し打ち材料としてペルセネス卿は殺害されたのです」
バキン!
ネルベスは持っているペンを思わず折ってしまう。
「どうしましたかネルベス卿」
「い、いえ‥‥なんでもありません」
イーリスはネルベスに向けていた冷ややかな目をザラメスに戻した。
「わかりました。それではその動機について聞きましょう。なぜあなた方は冒頭言われたような妨害工作をしたのでしょうか」
「はい。マルトス氏が私利私欲のために多くのエルフたちを陥れ私腹を肥やしている情報を掴んだ我々は証拠を得ようとしておりました。その証拠は既に提出している文書であり、それはグムーン自治区の中に保管してありました。そこへマルトスが軍を出してグムーン自治区へ向かうとなった際、その証拠を隠滅するために兵をあげたのだと推測し、マルトス氏とペルセネス卿の侵攻を妨害をしたのです」
「その証拠とはこれですね?」
イーリスは事前に手渡されていた書面を見せた。
そこにはマルトスの数々の不正や残虐非道な取引などほとんどの契約内容が記載されていた。
おそらくはほとんどの者が気づかないような抜け道的な手口で不正を働いていたのだがその複雑性から備忘録としてマルトスが残しておいたものだあろう。
「ここには見るに耐えない数々の不正の状況詳細が書かれています。量も多いので全ての情報の裏取りはできておりませんが、一部を照合した結果確かに不正に動いた金銭や、他国に売られた行方不明扱いの方たちの名前も一致しました。つまりこの証拠は有効なものだ、ということです」
イーリスは証拠が有効であることを示した上で再度動機について尋ねた。
「この証拠をマルトス氏が隠滅を図るやもしれないということでこの証拠があった場所へいかないように妨害したというのがあなた方動機ですね」
「はい」
「この証拠に書かれていることが事実であるということは、マルトス氏はゼネレスへの犯罪行為を行っていたということになります。その証拠が失われそうになるところを阻止してくれたということはこの国の不正・悪事に対して身を呈してくださった証です」
イーリスは評委員たちを見渡す。
「それでは引き続き次の議題に入ります。皆さんは次の議題における容疑者ではありませんが、重要な証言を求める対象にしておりますのでこのまま残ってください。それでは容疑者をここへ」
イーリスの指示に従い、評議会の場の扉が開いて容疑者が二人の警護人に連れられて入廷した。
「!」
一同は容疑者を見て驚いた。
そこにはゼシアス・バーン・エヴァリオス卿だったからだ。
「傍聴人も来ていただいています。こちらへ」
入ってきたのはルグウェル・バーン・エヴァリオス卿もだった。
彼はゼシアス、そしてグレンの父であり、エヴァリオス家の当主だ。
ルグウェル卿の姿を見たゼシアスは目を見開いて驚いている。
イーリスはネルベスに再度罪状を読むように目で促した。
「評議会議題 第30210。怪しげな改造技術を使い、他種族だけでなく多くのエルフを生きたまま改造手術を施したという非人道的且つ残虐な行為をおこなった件。容疑者はゼシアス・バーン・エヴァリオス卿」
「それではゼシアス卿。質問します」
イーリスが質問し始める。
「ネルベス卿の読み上げた罪状に関して事実と認めますか?」
「いいえ」
ガタン‥‥
ニーラとウーラが怒りを抑えられずに立ちあがろうとするが、ディルに抑えられた。
「異議を唱えるということですね。どの点にが貴公の認識と違うのかお答えいただけますか?」
「全てです」
「貴方は一切関与していないと主張されますか?」
「はい」
「もし虚偽の返答と後で証明されれば貴方の罪は重くなりますがそれを理解した上でのお答えということでよろしいですね?」
「はい」
「それでは証言人の皆さんにお尋ねします。ゼシアス卿の発言に対して何か認識と違う点はありますか?」
「はい、ございます。我々がマルトス氏の隠れ家から入手した証拠によれば、マルトス氏がゾルグ王国の科学者ゲルグリアス・ガンゾローネ、通称ゲルグ氏から改造技術の提供を受ける代わりに誘拐したエルフやニンゲンを提供するとあり、その改造技術の提供を受けた方がゼシアス卿であったとされています。マルトス氏がゼシアス卿にそのような改造技術の提供を行なった理由は、グムーン自治区設立に賛同してもらうことでした。先ほどの議題にあった通り、マルトス氏の動機はグムーン自治区から巨額の裏金を得るためでしたが、ゼシアス卿の賛同によって実現されています。一方でゼシアス卿については医学実験に多大なる興味をお持ちだったとのことで両者の利害が一致したものになります」
ザラメスの説明にイーリスは納得した表情を浮かべた。
「なるほど。先程の議題と繋がりました。ゼシアス卿。このような証言がありましたが、貴方の認識はいかがですか?」
「事実無根ですね。証拠とはなんでしょう?大方羊皮紙か何かに書かれた程度のもの。証拠としては不十分でしょう。それより、この議題は明らかに私を侮辱しているものだ。侮辱罪として新たな議題登録させていただきますがよろしいかな?」
ニーラとウーラは怒りを噛み殺している。
「そうですか。それでは新たな証言者を3名呼んでもよろしいでしょうか?」
「結果は明白であるのに何人に証言させるおつもりか?早く済ませていただけますか?これでも私は公務で忙しい身でしてね。次期エヴァリオス家当主としての仕事もあるので」
「そうでしたか。それでは手短に済ませます。証言人をこちらへ」
登場した姿を見て一同は困惑する。
なぜなら見知らぬ人物が入廷して来たからだ。
そしてその種族もまた驚きの理由だった。
入ってきたのはトウメイとファーゼルだったのだ。
「どなたでしょうか?それよりもイーリス評議長。このゼネレス評議会を侮辱するおつもりか?ここは神聖な場所。エルフ以外の入廷は認められないはずですが?」
「今回は重要な事案につき、特別に許可しています。もちろん評議員全員一致の上での対応です」
「わかりましたが早く済ませていただきたい」
ゼネレスは苛ついた表情を浮かべながら言った。
「トウメイ殿、そしてファーゼル殿。この度は遠路遥々ゼネレスまでお越し頂きありがとうございます。皆さん、こちらのお二人は隣国ハーポネスの要人の方々でトウメイ大関白とファーゼル殿です。お二人とも天帝殿の配下で金剛の旋風七聖という国の守護者の方であり、ご多忙の中わざわざお越しいただいたものです」
ゼシアス以外の一同は会釈した。
(トウメイ‥‥スノウが言っていたハーポネスの‥‥。仲間であり、聡明な人物だと言っていたな)
ザラメスは名前を聞いてスノウから聞いていたことを思い出し、安心した。
「イーリス評議長、ネルベス評議員、アーランド評議員此度はお招き頂きありがとうございます。貴国のしきたりに則り、この場では嘘偽りなく証言いたしますことをここに誓いましょう」
「お、わ、私も誓います!」
トウメイに続いてファーゼルも嘘偽りなく答えることを誓った。
「ありがとうございます。それでは早速質問です。あなた方は獣人の里の北部にある禁断区域というところでとある施設を見つけたとありますが、それは一体どういう施設だったのかお聞かせいただけますか?」
「!!」
ゼシアスの目が見開いた。
「はい。そこはいわゆる研究施設でして、人体実験を行う場所でした。その中ではエルフや動物たちの体の部位や臓器が大きなタンクの中で培養されている状態で、中にはタンクから上半身が生えているような状態の生物もおりました。そしてそれらの実験には記録があり、さまざまな図式も書かれていましたがそこにはゼシアス・バーン・エヴァリオスのサインがいくつもありました」
トウメイに目で合図されたファーゼルはカバンから羊皮紙の束を出してイーリスに手渡した。
ファーゼルが元の位置に戻ろうとした際にゼシアスの顔を見た瞬間凍りつくような感覚になった。
恐ろしい形相で睨んでいたからだ。
イーリスはざっと目を通すと口を開いた。
「ゼシアス卿に質問します。トウメイ殿の発言に対して何か異論はありますか?」
「あります。全くの嘘、事実無根です。その羊皮紙に書かれた細胞結合式など私は知らない。名前など字が書けるものであればいくらでも書くことができましょう。これは私を陥れるための陰謀です!然るべき調査を要請したい!まずはここにいるニンゲンと獣人を捕らえていただきなぜ私を陥れようとしたのかを私が問いただす権限を頂きたい」
「もしお二人の仰ることが本当に事実無根であるならばそのような方向で協議しましょう。それではもうひと方の証言人をお呼びしましょう」
扉を開けて入ってきた人物を見て全員が驚いている。
二人入ってきたのだが、ザラメスたちが驚いたのはそこにソニアがいたからだ。
「な、なんでだよ?!」
思わず声を漏らすザラメス。
ソニアは毅然とした態度で入ってくる。
そしてその手に握られてもう一人入ってきたのがなんとゾルグ王国のマッドサイエンティスト・ゲルグだったのだ。
ゼシアスが驚いた表情を見せたのはそのゲルグが入って来たからだった。
「この度は遠路遥々お越し頂きありがとうございます。ソニア殿、そしてゲルグリアス・ガンゾローネ殿」
ソニアは深々とお辞儀した。
ゲルグは不貞腐れた顔をしていた。
「証言人はゲルグリアス・ガンゾローネ殿で、ソニア殿はその警護という形でお越しいただいています。それでは早速質問にはいりま‥」
「待て!このような者がこの場に入廷などありえないでしょう!ゲルグリアス・ガンゾローネ氏は今やゲブラーにおける大罪人という話ではありませんか!そのような人物の発言に公正性など担保できましょうか!」
「そこは問題ありません」
ソニアが口を開いた。
「この者が真実以外を語る場合、私はこの者を処刑して良いと元ゾルグ王国宰相のシファール王政代行から仰せつかっております。紳士であられるエルフの皆さんには厳しい対応でしょうが、我々人間には問題なく対処できる、いわゆる虚偽の発言時には罰を与える形を取ります。嘘は言わせません」
「ありがとう。ソニア殿。貴方のご発言を認めます」
「!!な、何を言われるのです評議長!私は認めませんよ!」
「ゼシアス卿。評議会の意思に異論を唱えるのですか?」
「くっ!」
イーリスはそのまま質問した。
「ゲルグリアス殿。貴方はこちらにいるゼシアス卿に生物改造技術の提供をおこないましたか?」
「ちっ!イエスだ!早く終わらせてくれ!こんな居心地の悪いところに閉じ込められては私の脳が硬化してしまうじゃないか!」
「嘘だ!」
ゼシアスが慌てたように口を挟んだ。
「はぁ?!貴様ド低脳か?貴様はなかなか筋が良かったのにガッカリだ。大失望だ。私の技術で二つの偉業をなしたとしてその傑作を見せてくれたじゃないか!そのほとんどは私の研究成果によって導き出された細胞結合式の応用だったがな!」
「知らぬ!そのような世迷言、信じるに値しない。評議会を侮辱し、私を侮辱する行為だ!次の議題にあげさせていただく!」
すると少し威圧的にイーリスが発言する。
「いえ!次の議題は既に決まっています」
ネルベスは慌てて議題を読み始めた。
「評議会議題 第30212。グレン・バーン・エヴァリオス卿が両腕を剣に変えられる改造手術を施され、意識も奪われた状態で殺人兵器と化した状態となった。これは実兄であるゼシアス・バーン・エヴァリオス卿の改造手術によってなされたものである。エルフを生きたまま改造している事実、実弟且つ上流血統一族に改造手術を施しているという事実から、ゼネレス評議会倫理規定及び法規における最極刑に該当するものとして裁判を行い然るべき根拠に基づいて結論を出すものである」
「!!!」
ゼシアスの表情が恐ろしい形相に変化する。
それを無視してゲルグが発言する。
「ああ!面倒くさいから質問される前に答えてやろう!この男が私に研究成果だと見せた検体が2体だ!1体は様々な生物遺伝子を掛け合わせた新種だ。私の予測では鰓呼吸と肺呼吸の両方を兼ね備えた特別種になるもので、それはさすがの私も心躍ったのを覚えている!」
「モルカだ!」
トウメイが思わず叫ぶ。
「そしてもう一人が此奴の弟だ!武術に優れていたからな!此奴が切り落としたその弟の腕は私がもらった。ヘクトル様に献上するためにな!強い魔法を練ることのできる腕なら役に立つからな。だが肝心の検体の方には興味はなかったぞ!単純に脳を弄って意識を失わせる手術と、金属を骨と融合させるという技術に過ぎなかったからな。そのようなものは私はとっくに完成させていたからな!さぁ!もういいだろう!こんなところ早く出せ!このド低脳どもが!」
「ち、違う!狂っている!こんなニンゲンのいうことなど信じるに値しない!」
「はぁ!貴様いい加減にしろ!この私を狂人扱いするのか!その弟に対して目障りだとか、一般血族を大事にする無能なやつだとか言って唾吐きかけてただろうが!貴様如きがあの研究成果を出せたと思うなよ?!貴様は所詮私の技術を真似ただけにすぎんのだ!」
「違う!あれは私の研究成果だ!‥‥はっ!!」
「今認めましたね」
「卑怯だぞ!このようなやり方は卑怯だ!評議会のやり方はこのような公正性を欠いたやり方ではないはずだ!やり直しを要求する」
バァン!!
突如大きな音がしたため、一同は全員そちらに目を向けた。
ルグウェル卿がテーブルを叩いたのだった。
「父上!そうです!父上からも言ってやってください!バーン一族を代表して!」
「恥ずかしいことだ」
「そ、そうですぞ!評議員の方々!これは恥ずべき行為だ!」
「恥ずかしいとは私のことだ」
「へ?!」
「何ということをしてくれたのだ。我が家系から同族・兄弟殺しが出てしまうとは。私はエヴァリオス家の当主として先祖たちに顔向けができない。ゼシアス、評議会がどのような決定を下そうともこの時点でお前はエヴァリオス家から勘当する。もはや上流血統家を名乗ることもできん。一切の権利、権限、地位、財産を没収する。これはエヴァリオス家当主としての決定だ。エヴァリオス家は地に落ちたのだ」
「父上!」
「ゼシアス殿」
イーリスはあえて卿とは呼ばなかった。
「くっ」
ゼシアスは怒りの表情で顔を歪ませた。
「最後に何かいうことはありますか?」
「‥‥」
(こうなったらあのグレンの愚息を道連れにしてやる)
「グレンは本当に出来損ないだった。エヴァリオス家の恥だ。才能がありながらも一般血族に肩入れし、上流血統一族としての威厳を失墜させた。それどころかこともあろうにニンゲンの女と結婚までした。しかもそのニンゲンの女はネザレンの当主にまでなりおって!全くどこまでエルフや上流血統一族を愚弄すれば気が済むのだ。あのような愚弟は私の実験台となるのは当たり前だったのだ。あいつの脳を弄るのは楽しかったよ。最初は涙を流して訴えていた。どうか家族には手を出さないでくれと。断ったがなぁ!それでさらに脳を弄るともはや自我が崩壊し涎を垂らしていたな。涙や鼻水と共に。せいせいしたぞ!目障りな愚弟を壊せてなぁ!」
ガタン!!!
ザラメスが凄まじい勢いで跳躍しゼシアスの前に着地して今にも殴り殺そうという表情になっていた。
「なんだ?殴れば良いであろう?!貴様どうせあのイカれたニンゲンの血を引いた半端者だ!さぁ、ニンゲンらしく暴力で解決するがいい!」
ザラメスは拳を振り上げる。
誰もそれを止めるようなことはしなかった。
だが、ザラメスは拳をゆっくりと下ろした。
「貴方は悲しい人だ。父は海のように広い心と深い愛情を持った人だったのにそれに気づけずに傷つけた。そして母は底なしに優しく、そして強い人だった。そんな母の本質を貴方は見ることもできなかった。せっかく上流血統家に生まれながら、エルフやゲブラーに住まうあらゆる種族のために知恵と力を振るえる立場にいながら貴方がなし得たことは悪戯に命を弄ることだけだった。生命に対する尊厳を持ち得ずに、冒涜した。そしてそれに気づくことさえできない小さくて愚かな悲しい人だ。貴方のこれからも続く長い人生でこれまでの行いを悔いて、改心することを願っています」
ザラメスはゼシアスから目を離すことなく言った。
「ゼシアス殿を大罪人として投獄してください」
ゼシアスは魂が抜けたような表情で警護人たちに連れて行かれた。
その後に文句言い散らかしているゲルグがソニアに連れられて出ていった。
出る際にソニアはザラメスにウインクした。
「さて、ザラメス卿。元の場所へ戻っていただけますか。もう一つ議題があるのです」
「はい」
イーリスはネルベスに目配せして議題を読むように指示した。
「評議会議題 第30213。評議員が不足していることに対する新たな評議員任命に関する提案。ペルセネス卿死亡に伴い評議員に欠員が出ているため、新たに評議員を任命するにあたり、候補者を挙げる。当人及び評議員に異議申し立てがない場合は候補者を新たな評議員として認め任命するものとする」
続いてイーリスが話す。
「候補者は‥‥ザラメス・バーン・エヴァリオス卿です」
「はぁ?!」
『え?!』
その場にいるほとんどの者が驚いているが、ザラメスはもっと驚いていた。
「ザラメス卿、異論はありますか?
「異論も何も、私はエヴァリオス家当主でもありませんし、何よりハーフエルフです!評議員になる資格がないと考えます!」
まるで訴えかけるようにザラメスが言った。
「そうですね。それでは一つ一つ解決していきましょう。ルグウェル卿。今この場を持ってエヴァリオス家当主の任を退いてザラメス卿へ譲り渡すというお話について、お答えはご用意頂けましたか?」
「え?!」
既に事前にルグウェルに打診しているかのような口ぶりだった。
だが、ザラメスは少しホッとしていた。
ルグウェルが自分を当主と認めるはずがなかったからだ。
「はい。答えは‥‥承知‥‥私は本日この場この瞬間を持ってエヴァリオス家当主の座を我が家系を継ぐザラメス・バーン・エヴァリオスに譲るものとする」
「!!!」
予想外の発言に全員が驚きの表情を隠せなかった。
「ありがとうございます。それではもう一つ。ハーフエルフであることが評議員になるに値しないという点ですが‥‥これは私から決定事項をお話しましょう。今回のゲブラー全土の戦いでゼネレスだけが、自国のためだけに兵を出し、自国の問題で揉めているだけ何一つ貢献していないという事実があります。これは高貴な種族であるエルフとして恥ずべきことであり、真摯に受け止めるべきことだと考えております。エルフも変わらなければならないという時がきたのです。そしてそれはエルフとして足りないモノを補うことが必要だという結論に至りました。ザラメス卿。貴方はには先ほどあれだけの侮辱する言葉をゼシアス氏から言われたにも関わらず、紳士的に冷静に答えておられましたね。あれはまさにエルフの血を、上流血統の血筋を受け継いでいる証拠です。そしてもう一つ。ここが重要です。今回、エルフがマルトス氏によって間違った方向に煤でしまうところを食い止めたのはラガンデの功績が非常に多いかったと認識していますが、加えてスノウ氏や革命軍の面々との友情や絆を築き強い結びつきで連携されたことも大きかったと認識しています。それはまさにザラメス卿の中に流れるシルビア卿の意思と血筋に他なりません。エルフ足りないもの‥‥それは多様性、そしてそれを認め受け入れる心の優しさと強さ‥‥先ほどザラメス卿が言われたシルビア卿の心そのものなのです」
ザラメスの目から一筋の涙が溢れた。
「この話を提案した際に、やはり様々に議論が起こりました。ですが、古い伝統や固執した考えに縛られていることこそ、此度の内輪揉めという目も当てられない状況に陥ったのだと皆気づいたのです。ザラメス卿‥‥確かにこのお話にはこの先たくさんの障害があるでしょう。まさに荊の道です。ですが貴方にはそれを乗り越えてエルフをさらに発展させるだけの力と意思を持っていらっしゃる。‥‥どうか受けていただけませんか」
ザラメスはしばらく黙っていた。
肩にそっと手を乗せたのはゼーゼルヘンだった。
その手から伝わってくる温かさにザラメスの心は徐々に晴れていった。
そしてもう一つの肩にも温もりが感じられた。
目を閉じたザラメスには、父グレンと母シルビアが優しく手を乗せてくれている姿が映っていた。
そして心にある言葉が響く。
“お前は一人でないよ”
止まらない涙で目の前が滲む中、ザラメスは深々と礼をした。
ここにゼネレス評議会史上初のハーフエルフの評議員が誕生した瞬間だった。
だいぶアップが遅くなり申し訳ありません。
激務で睡眠時間が確保できずに頭が回らず書くことができませんでした。
加えて今回でゲブラー編が終わり次回からケテル編に移行するはずだったのですが、思いの外ゼネレスのその後を書くのに拘ってしまい、文字数も多くなってしまいました。
申し訳ありません。
どうしても勧善懲悪というか悪人を野放しにするのが気持ち悪くサイコパスなゼシアスに正義の鉄槌を下したいということで長くなってしまいました。
次回こそゲブラー編完結話になります。
アップは金曜日の予定です。
いつも読んでいただいて本当にありがとうございます。
楽しんで頂けているようでしたらぜひ高評価とレビューを頂けるととてもモチベーションが上がり、創作意欲が沸きまくりますのでどうぞよろしくお願い致します!




