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<ゲブラー編> 190.サラマネグ

190.サラマネグ



 「お涙頂戴はそれくらにしたまえ」


 シファールの発言で一気に場の空気が凍り、緊張が走る。

 エスカのことを考えれば、もう少し優しい言葉も選べただろうにと皆が言いかけたが、この男の先ほどから発せられる異常な重圧感と串刺されるようなオーラがそれを遮った。


 「宰相殿。それでなぜ貴方がこの場に?先ほどスノウ殿がディアボロスという大魔王に拉致された理由をご説明いただけるとのことでしたが‥‥」


 スレインが勇気を振り絞って皆を代表して問いかけた。

 この場にいる全員が戦闘力の高い、ゲブラーでも間違いなく上から手で数えられるレベルの強者たちだ。

 そんな面々が皆、拳を握って必死に意識を平静に保っている状態だった。

 それだけきついプレッシャーに感じる距離感なのだが、その中で言葉を発したスレインは半分死を覚悟したほどだった。

 おそらくはパラディンとして皆の盾となり守護しなければならないという意識が働いたのだろう。

 丸メガネをかけた小太りのシファールがスレインをチラッと目をやったがその瞬間スレインは殺されたと錯覚した。


 「皆の者。そう構えなくとも良い。説明とともにお前たちの勝利との祝いとこれまでの謝罪を言うために来たのだ」


 『!!』


 意外な切り出しに全員驚いている。

 マイトレーヤですらほんの一瞬目を見開いた。


 (流石ですね。恐ろしいほど頭の回るお人ですよ、貴方は。それで話し終える頃にはここにいる者たちを巻き込んで利用する雰囲気を作り出し操ってしまう。ですが、そうはいきませんよ‥‥)


 マイトレーヤは心の中でそう呟いた。


 「まずは此度の勝利、おめでとう。もちろんヘクトル王政権を倒したという勝利だ。お前たちはゲブラント歴405年に起こされたヘクトルによる反乱から約120年もの間圧政に苦しんだゲブラー全土の民たちをその苦しみから解放した。これまで誰もなし得なかった偉業だ」


 皆、どの口がどんな立場でそんな高圧的なことが言えるのか?といった思いはあったが黙っていた。


 「そして先代、つまり私の父からゾルグ王国で宰相として国に仕えてきたヴィンシャーレ家としてもヘクトル王からの圧政からこの国が、いや世界が解放されたことを心から嬉しく思う。そして王政を預かるものとして、これまでのヘクトル王による圧政に対して抗うことも止めることもできなかった無力・無能さを心から詫びよう。申し訳なかった」


 そう言うとシファールは深く頭を下げた。

 一同は、目の前で一体何が起きているのか理解が追いつかないほど意外な展開になっていたが、とにかく話を聞くしかなかった。


 「さて、本題に入ろう。雷帝・スノウを攫った者‥‥マイトレーヤ殿の言われる通り、大魔王ディアボロスだ。彼は密かにヘクトル王と契約を交わしていた。ヘクトル王の言い分としてはこうだ。‥‥今回のお前たち率いる反乱共闘軍に対して軍を出して応戦する形でゾルグに協力すれば、目当ての雷帝はくれてやると。それに対して雷帝を受け渡してもらえるという条件をゾルグが飲んだことで利害が一致して今回の状況となっている」


 ガタンッ!!


 フランシアが無表情のまま立ち上がるが、シャナゼンとヤマラージャが必死に抑えている。


 「雷帝はディアボロスに連れ去られたのだが、一方でヘクトル王もまた何者かによって連れ去られた。ここからは推測でしかないが、彼は元々何かの組織に属していた者なのかもしれぬ。今となっては確かめようもないがな」


 「そんなつまらない事を言いに来たのかお前は!マスターを連れ戻しに行くために必要な情報が何一つ得られていない!」


 フランシアが抑えられながらも声をあげる。


 ガチャ‥‥


 「そうでもありませんよ」


 「あなたは?!」


 ソニアが驚きの表情を浮かべる。


 「誰?」


 バルカンやヒーンたちは面識のない者が突然この重要な秘匿エリアに入ってきた事に警戒する。


 「この人はエルフでモウハンとともに戦おうとしたエルフのグレン・バーン・エヴァリオスやその息子のザラメスの面倒を見られているゼーゼルヘンさんです」


 「ザラメスの!」


 ザラメスで繋がった事で安心する。


 「お初にお目にかかります。ゼネレスでザラメス様に仕えておりますゼーゼルヘン・ジーンハートと申します。以後お見知り置きを」


 礼儀正しくお辞儀をしながら挨拶するゼーゼルヘンの紳士ぶりにバルカンたちは恐縮している。


 「グレ‥‥ザラメスは?!あいつは来ていないんですか?」


 コウガがゼーゼルヘンに問いかけた。

 ザラメスはコウガにとって最も長く過ごした友であり、同じようなポジションを争い続けた良きライバルでもあったため、今回のこのゲブラー全土の戦いが終わった今、親しいメンバーの安否が気になる中で最も状況を知りたい者のひとりなのだ。


 「コウガさんですね。ザラメス様はご無事ですし、これからゼネレスを大改革する大役を果たさねばなりません。落ち着いたらご挨拶に伺うよう申し伝えておきます」


 「そ、そうですか!ありがとう!」


 ゼーゼルヘンはシャナゼンを見つけると目で合図しながら軽く首を縦に振った。


 「エルファムがこのようなところに何のようだ?」


 シファールが口を挟む。

 やはりシファールの発する一言一言は場を凍らせるほどの緊張感があるが、ゼーゼルヘンの態度はシファールを前にしても異様なまでに落ち着いていた。


 「これは驚きました。そのような呼び方をここで耳にできますとは。私のようなとるに足らぬ存在に対して僭越ではございますが、事情を察していただけると幸甚にございます」


 ゼーゼルヘンはシファールに向かって先ほど以上の深いお辞儀をした。


 「ふん。まぁいいだろう。お前たちには一目置いているし、遥か昔に助けてもらった恩もある。それで用は何だ。雷帝を探す手に当てがあって無礼にも突然この部屋に入って来たのだろう?」


 「仰る通りでございます」


 ゼーゼルヘンはテーブルの上に炎魔法を放った。

 炎魔法のホログラムによって映し出されたのはキューブだった。


 「こ、これは!」


 「スノウが持っていたものだ!」


 ソニアとエスカが反応した。


 「やはりスノウさんはこれを持っているのですね?」


 「ええ。肌身離さず持つようにとそのキューブを渡してくれた怪しい老人が言っていたと聞きましたからスノウはそのキューブを持っていると思います」


 「そうね。しばらく経ってからもチラッと彼のカバンの中にそのキューブが入っているのは見た事がある」


 ソニアの後にエスカが記憶を頼りにスノウがキューブを持っていると話す。


 「そうですか。それであれば、今スノウさんがどこにいるかが分かるかもしれません」


 「どういうことだ?!」


 ワサンが身を乗り出して質問する。


 「はい。あれは “サラマネグ” と呼ばれるエルフのいにしえの技術によって作られた遺物で、本来の用途はお伝えできないのですが、どの次元やどの世界に居てもその居場所を知る事ができるのです」


 「なんだって?!」


 バルカンが驚きの声をあげる。


 「どうすればいい!?今すぐにスノウの居場所を教えてくれ!」


 ワサンが声を荒げて言う。


 「これはエルフでも限られた者しか使えません。幸い私にも扱える代物ですから今ここで確認しましょう」


 そう言うと、ゼーゼルヘンは皆を少し遠ざけて会議室の壁に向かって魔法陣を描き始めた。

 そしてジャケットのうちポケットに入れてあった小さなナイフを取り出して、その刃の部分を右手で掴み強く握った。

 そしてそのままナイフを引き抜いた。


 ゼーゼルヘンの右手からは血が流れ出ている。


 その手を魔法陣の中心に血を吹き当てるように振ってから手を当てた。


 「リグ・ジンヌグー・リザラゼルバ・ヴァジレス・ゴート・サラマネグ・18・アザムズグ」


 ゼーゼルヘンが手を壁から離すと付着していたはずの血が壁に吸い込まれた。


 周りの者には壁にはただ魔法陣が描かれているだけに見えるのだが、ゼーゼルヘンの眼球には魔法陣の中に映像が映し出されていた。

 ゼーゼルヘンはその映像を操作するようにして両手を色々と動かしている。

 しばらくその操作をした後に動きを止めた。


 「見つけました」


 『!!』


 「ここは‥‥バベリア‥‥風の神‥‥巨人‥‥‥申し訳ありません、具体的なも‥」


 「ケテルだな」


 ゼーゼルヘンが何やら映像から発した言葉を聞いたシファールは確信を持って結論めいた言葉を放った。

 ゼーゼルヘンはそのまま手を下ろした。


 「この方の仰る通り、スノウさんは今ケテルという別の世界にいるようです。ただ、何やらおかしな世界が広がっているように見えました」


 ガチャ‥‥


 また扉から入ってくる者がいる。


 「お前は‥‥ミサキ!」


 バルカンが驚いた表情で名を呼んだ。

 入ってきたのはアミゼン・ミサキ。

 アミゼン・ユメの妹だ。


 「そ、それはおそらく私の姉の力です」


 「ちっ!全くこの国の宰相として恥ずべきことか。こうも重要な場に誰も彼も入ってこれるようなセキュリティとは由々しきことだ。レンスよ。これは貴様の責任だぞ」


 「は!すぐに対処いたします」


 突然振られたレンスは何とか返事を返したが生きた心地がしなかった。


 「ミサキさん‥‥と言われましたか。貴方のお姉さまの力とは?」


 マイトレーヤが割って入った。


 「はい。わ、私の姉は夢を操ります。とても恐ろしくそして強い天技です。人を夢の中に引きづり込んで幻覚を見せるのですが、人々は自分が夢を見ている、夢の中にいることに気づきません。そしてそこでは姉が全てを支配します」


 「この娘が言っていることは本当だ。我も、そして我がジオウガ王国もアミゼン・ユメの力によって夢の中に引きづり込まれ多くのものが操られていた。おそらくそのケテルとかいう別世界の中に夢の世界を展開してその中に閉じ込めているに違いない」


 「わ、私もそう思います。ですのでゼーゼルヘンさんが見た見覚えのない景色は姉が作り出した世界だと思います」


 ドン!!


 「なんでもいいわ!マスターがケテルにいるならすぐにでも出発します!」


 「そうだ!オレもすぐに発つ!」


 フランシアとワサンは立ち上がって声を張り上げた。

 やっと会えたスノウと逸れてしまった事に対して自分たちの力の及ばなかった無力さを痛感し、居ても経ってもいられなかったのだ。


 「待て」


 シファールが重苦しい声で一同を制した。


 「越界という世界を超える行為のためには特別な力が必要だと聞いた事がある。その手段・方法をお前たちは持っているのか?」


 フランシアはその言葉を聞いて下唇を噛んで険しい表情を浮かべた。

 ソニアも同様に越界者として特別な装置でゲブラーに来ていたため、越界するための手段に当てがないことに対して愕然としている。

 他の者たちは何を言っているのか理解できない表情を浮かべている。


 「仕方あるまい。ここは私の権限でお前たちに希望を与えてやる。明日、ジグヴァンテの王城へ来い。そこで越界するための手段をお前たちに与えてやる」


 『!!』


 シファールの提案に、一同は全く想像ができない状態であったが、驚きの表情を浮かべながらも一縷の望みに託すことにした。



・・・・・


・・・



 その後、一旦解散となった。





―――アムラセウム内の最高貴賓室―――



 ゾルグ王国でもごく僅かの者しか入る事が許されていない部屋にシファールがいた。

 ソファに腰掛けている。

 そして目の前にはマイトレーヤとゼーゼルヘンがいる。


 「随分と都合良く色々と押し付けましたね。人は天使や悪魔のように単純ではないと知っているでしょうに」


 マイトレーヤがシファールに話しかけた。


 「まぁそう言うな。時には力でねじ伏せるのも必要だ。それよりエルファムよ、お前が介入したという事は継ぐ者が見つかりでもしたか?」


 「はい、まだまだこれからではございますが」


 シファールの問いにゼーゼルヘンが返した。


 「しかし、サラマネグ‥‥。よく都合良くアノマリーに持たせたものだ。お前はエルファムの中でも優秀なのだな」


 「いえ、私ではございません」


 「では誰だ?」


 「わしじゃよ」


 突如壁に異空間と繋がっているようなゲートが開きそこから老人が現れた。


 「貴様‥‥勝手に入ってくるなと言ってあるだろう‥‥カマエル」


 現れた老人は大天使カマエルだった。


 バッ‥‥


 その姿を見た瞬間、ゼーゼルヘンは膝をついて平伏した。


 「カマエル様。ここでお会いするとは何たる幸運。ご機嫌麗しゅう」


 「おお、元気そうじゃのゼゼルぼうや」


 「なんだ貴様ら知り合いか」


 「ほっほっほ。この坊がまだ小さい頃、ちょっと危ないところを救ってやったのよ」


 「カマエル様がいらっしゃらなければ私は今頃この世におりません」


 「そんな事はないわい。天がお前を生かしていたはずじゃての。それでその時にお礼としてもろうたのがサラマネグじゃ。あれはヴァジレス一族にとっては一人ひとつしか持てない大変貴重なものじゃが、命の恩人と言ってわしにくれてよこしたんじゃよ。あの頃から律儀な男じゃったのおぬし」


 「ありがたきお言葉にございます」


 「そんな昔話には興味がない。それでなぜアノマリーに渡した?予知でもしたか?たしか貴様らにはそんな能力はなかったと思ったがな」


 「予知なんてできるわけなかろうが。あれはあの箱が勝手にあの若者について行ったまでのことじゃて」


 「!!‥‥サラマネグが‥‥人を選んだと?!」


 ゼーゼルヘンは驚いた表情で問いかけた。


 「そうじゃ。あれはエルフのいにしえの技術ではない。もっと遥か昔に生まれた技術じゃからの。そのルーツがあの青年と繋がった時に箱自身が何かを悟ったのじゃろうて」


 「なるほど‥‥。しかしサラマネグがエルフの技術ではなかったとは。ヴァジレス一族の真理が覆りかねない最高機密情報となりますね」


 「いや、エルファム最高議長は知っておるよ。まぁこの話はまた今度じゃな」


 「は‥」


 ゼーゼルヘンは深々とお辞儀をした。


 「それで何か用か?まさかそれを伝えるだけのために来たのではあるまいな?」


 苛々した表情でシファールが老人姿の大天使カマエルに言葉を放った。


 「ほっほっほ。年寄りは労るもんじゃぞい?」


 「ちっ!くだらん。お前がその年寄り演技をやめろ」


 「いやじゃ!!ほっほっほ!それでな‥‥ちと気になることがあってお前さんにちょっと話を聞こうかと思うての」


 「何だ」


 「アスタロトの話じゃよ。あやつはおぬしに逆らうような者ではなかったはずじゃ。むしろ、おぬしに逆らう輩を排除するような動きすらとっていた忠誠心の厚い者だったはずじゃが、それが一体どうしたというのじゃ?」


 「さぁな。何やら別の主人ができたそうだ」


 「また何も掴めていないということではないのでしょう?」


 マイトレーヤが会話に割り込んできた。


 「どう言う意味だ?」


 「いえ、あのアルキナ・コントロールを使う天技使いのニンゲン。あの子の天技に争わなかった‥‥いえ、争えなかったのは各世界にあなたの分霊を放っているからなのでしょう?それは言い換えれば、貴方自身によるハノキアに張り巡らされた情報網があるから‥‥。つまり同時進行的にそれぞれの世界で起こっていることを把握できるということですからそれなりに情報は掴まれているのではと」


 「ちっ!面倒なやつだなお前は。賢すぎる推測は邪推だぞ。確かに何も掴んでいないわけではないがお前たちに披露する義理もない」


 「そうですね」


 「なんじゃ、教えてくれんのか」


 「無邪気に聞けば教えてもらえるという思考は夜郎自大の典型だ。反吐が出る」


 「それにしてもあのニンゲンの天技は強力でした。不完全だったとはいえ私も囲われた柵を無視できませんでしたし」


 「確かに忌々しい天技ではあったな。お前の言う通り、力を分散している関係であのニンゲンの天技には争う力もなかったが。あれもまたディアボロスがマルクトから見込みのあるニンゲンを無理やり越界させた行動で生み出された産物だ。あやつにはニンゲンの中のあれが作り出した紛い物とそれ以外見分ける力はないからな。相当な数のニンゲンがカルパに溶けて消えたはずだ」


 「どういうことですか?」


 「いや忘れてくれ。口が過ぎた」


 「そうですか」


 マイトレーヤはソファに座り腕を組んだ。


 「とにかくアノマリーのいる世界は特定できた。何を企んでいるかは突き止めるがまずはあやつらからアノマリーを解放する」


 「何かお考えが?」

 

 「もちろんだ」


 翌日、シファールの指示に基づいて関係メンバーがジグヴァンテの王城前に集まった。






ワクチン接種ダメージでアップ遅くなりました。すみません‥‥。

まもなくゲブラー編が終わりを迎えて次の世界に舞台が移ります。


いつも読んでくださって本当にありがとうございます!感謝です!

よろしければレビューや高評価を頂けるとさらにモチベーションがあがり様々なアイデアが浮かんでくると思っています!

どうぞよろしくお願い致します!


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