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<ケブラー編> 172.簡易評議会

172.簡易評議会



 ザラメスたちは自治区庁の一室に来た。

 自治区長のラング・リュウシャーは、ゼネレス評議会の評議長であるイーリス・バーン・ジャグレアが来ていることに驚いたのだが、最も驚いたのはマルトスが傷だらけの状態で連れて来られた点と、両腕が剣の状態の遺体が運ばれた点だった。


 「な、何かこちらの方で対処が必要でしたら何なりとお申し付けください」


 「ラング、大丈夫だ。しばらくこの場所を貸してくれるだけでいいんだ」


 「ディル‥‥分かった。それでは皆さんご自由にお使いください。部外者も一切この部屋に来ることは御座いません」


 「ありがとう、リュウシャー・グムーン自治区長」


 ラングは緊張しているのか顔が少しひきつった状態で慌てて深々と礼をして部屋を出て行った。



 「さて‥‥」


 ディルは会議室の机や椅子を動かしてマルトスの事情聴取のための場を作った。

 いきなり評議会の諮問委員会にかける前に整理しておいた方がよいとしたのだが、本音はマルトスに準備期間を与えたないためだった。

 評議会議員の買収や根回しによって事実を捻じ曲げられる可能性が高いと判断したのだ。


 ガタ‥‥


 ディルはマルトスを椅子に座らせた。


 「無礼にも程があるとは思わないのか?私は上流血統家の一人だぞ。このような手を縄で縛られるのはいくら寛大な私でも容認しかねる。きっちりと評議会に報告し、そのままイーリス卿の議長解任を提案させてもらう」


 「いいでしょう。お好きになさい。ですがその前にここで貴方に色々と伺っておく必要があると思っています」


 「はぁ‥‥イーリス卿‥‥。貴方もゼネレス評議会議長ならば戒律、規則はご存知でしょう?いちいち言わせないで頂きたい」


 「存じ上げています。ゼネレス評議会規リー5章・概項 “何者もエルフ上流血統の一族を評議会承認なく、諮問・詰問・恫喝・拘束・監禁・拷問・処罰してはならない”‥‥ですね」


 「ふん!でしたら話は早い。今のこの状態は拘束と監禁に該当するでしょう。そしてこの後、詰問や恫喝される予定だったのでしょう。いずれにしても会規違反は明確です。このツケは大きかったようですな評議長」


 「いえ、私は会規に違反はしておりません。評議委員4分の3の承認が得られれば評議会の承認とみなされる‥‥ここに私を含めて3名の承認署名がございます」


 「!!あ‥‥あり得ない!」


 イーリスは示した事前聴取申請書類には以下の名前と共に意思決定がなされていた。

 

  1)ゼネレス評議会議長 : イーリス・バーン・ジャグレア   承認

  2)  〃    議員 : アーランド・ジーン・ファビリオス 承認

  3)  〃    議員 : ネルベス・レーン・ジルボア    承認

  4)  〃    議員 : ペルセネス・スーン・ガンターマン 不在



 マルトスは下を向いて目を見開いている。


 (くそ!くそ!くそ!ネルベスめ‥‥誰のおかげで評議員をやっていられると思っているのだ!裏切りおって!何のためにわざわざペルセネスを出兵させたと思っているのだ!金でフラフラ寝返るやつを不在にして、ネルベスが私につけば4分の3は取れないからだろうが!)


 表情は鬼のような形相になっているが周りからは見えない。


 「マルトス卿。よろしいですね?これから色々とお話を伺います」


 「そういうことでしたら喜んで協力しましょう」


 顔をあげる直前に満面の笑みに顔を変えて返事をした。


 ザラメスとゼーゼルヘンはヘアの一角に机で担架のようにベッドを作り簡易的にグレンの遺体を寝かせた。

 ザラメスの目に涙が滲む。

 涙を拭き取った後、意を決したように険しい表情になり立ち上がった。




 マルトスに対して向き合う形で中央にイーリス、右にザラメス、左にディルが座り、ザラメスの背後にはゼーゼルヘン、ディルの背後にはニーラ、ウーラが座っている。


 「始めましょう」


 イーリスは右手を上げた手は中指・薬指・小指の3本をくっつけて人差し指と親指は開いた状態になっている。

 これはエルフの宣誓時の儀式でとるポーズだった。


 「イーリス・バーン・ジャグレアの名において簡易評議会を始める。これから話す内容は全て嘘偽りのないものであることをこの場の出席者全員が宣誓するものである」


 マルトス以外全員手を下ろした。

 

 「私はこの通り縛られているのできちんと宣誓できているかはわからないな」


 「いいえ、問題ありません。嘘偽りなく答えるようにお願いします」


 イーリスがマルトスに隙を与えないように説明した。


 「さて、この簡易評議会で話をしたいのは2点です。まず1点目。‥‥グムーン自治区における交易収入の中で一部多額の収益金が使途不明として消えていることについて、ニーラ・ラムゼンが入手したこちらの資料に基づくとその使途不明の多額の収益金がある数名の懐に流れている表と、それを受け取った署名が書かれた文書が残っています。貴方もよくご存知の通り、グムーン自治区は一般血統のエルフたちに自治権を与えるのに対して、ゼネレス全体への利益還元と、街を警護するための軍備税としてマルトス卿管理の下明瞭に収益金の徴収及び報告がなされる規則となっていますが、この証拠に基づくとその規則を遵守していない完全なる違反行為ということになります。相違ありませんか?」


 「事実無根だ」


 ガタ‥‥


 ニーラは思わず怒りに任せて立ちあがろうするが、ディルに制された。


 「根拠は?」


 「まずその資料が信用に足るものかという事とそこに名前の書かれている者が誰か?ということだ。まずそこに書かれている名前には誰が載っているのか?」


 イーリスは文書を見ることな答える。


 「ネルベス・レーン・ジルボア、ルシウス・レーン・ラガナレス、スレン・レーン・ラガナレス‥‥この3名です」


 「なるほど‥‥我息子たち‥‥嘆かわしい‥‥まさかこのような不透明な金を得ていたとは‥‥。どうして私はもっと早く気づいてやれなかったのだ‥‥親として、ラガナレス家当主として恥ずかしい限りだ。如何なる処罰も受けさせよう。これは親としての私の責任だ。そしてこの場で誓う。レーン一族を、ラガナレス家を必ず汚名返上してゼネレスに貢献できる上流血統家として蘇らせると誓おう!」


 饒舌に語るマルトス。

 ニーラは苛立ちを隠せずにグラディウスを握っている。


 「そうですか。ご子息のルシウス卿及びスレン卿の仕業であると?」


 「そうだ」


 「ご子息のしでかした事に対する責任は父親であるマルトス卿、貴方にあると?」


 「そうだ。だが、本人の事も考慮して罪を償わせることこそ親の愛というもの。私の責任を持って二人を更生させると誓おう」


 イーリスはウーラに目配せした。

 ウーラはスクっと立ち上がりドアから出て行った。


 しばらくしてウーラが戻ってきた。


 ガチャ‥‥・


 「!!」


 ウーラと共に入ってきたのはルシウスとスレンだった。

 二人を見ても表情ひとつ変えないマルトス。


 「見ての通り、この書類に記載されている当事者の二人、ルシウス・レーン・ラガナレス卿とスレン・レーン・ラガナレス卿を呼びました」


 「父上‥‥」


 「ち、父上!助けて下さい!私は何もしていないのに、何やら犯罪者のように扱われているのです!これは上流血統家に対する冒涜ではありませんか!」



 落ち着き、父親であるマルトスの顔を見て少し落胆している表情を見せるルシウスに対して対照的に騒ぎ父を頼って懇願しているスレン。


 「さて、お二人とも。ここにある書面はグムーン自治区における交易の収益金の中で多額の使途不明金が記載されており、それを受け取る相手の名前として、お二人の名前が記載されていのです。つまりルシウス卿、スレン卿、あなた方二人は本来グムーン自治区またはゼネレスのエルフのために使われるべき収益金を自らの懐にいれて隠していた‥‥重罪に当たります。これは事実ですか?」


 「は、はぁ?!な、何言ってんだよ!知らねぇ!一体何の事だ?!収益金の使途不明金?!訳分からねぇ!」


 「父上‥‥」


 「黙りなさい!!」


 ドン!!


 「!!」


 マルトスは縛られている手で机を叩いて騒ぐスレンを黙らせた。


 「ラガナレス家の者として恥ずかしくないのか?自ら犯した罪をそのような小芝居で誤魔化そうなどと‥‥なんとも情けない!お前たち二人は私が責任を持って更生させる。覚悟しておけ!」


 ドン!


 「ち、父上?!一体何を‥‥」


 「スレン‥‥まだ気づかないのか?」


 「な、何だよ俺に喋りかけんな!偽善者の出来損ないが!」


 「父上はな‥‥私たちを売ったんだよ。ご自分の保身のためにな」


 「は、はぁ?!んな訳ねぇだろうが!次期当主の座を俺に奪われたからといって妬みついでに父上を罵倒するのはやめろ!」


 「‥‥。イーリス評議長、そしてザラメス卿。その書面にも、その書面に書かれている事も、署名についても一切身に覚えはありません。これは私だけでなく、弟のスレンについても同様に預かり知らない事です。父、マルトス卿による虚偽発言であると主張します」


 「マルトス卿。お二人はこのように主張していますが何か反論はありますか?」


 ボロボロボロ‥‥


 マルトスは突然涙をこぼし始めた。


 「すまない‥‥」


 「それは認めるということですか?マルトス卿」


 「すまない‥‥お前たちを追い詰めてしまったのだな‥‥このラガナレス家というレーン一族を取りまとめる家系における重圧が‥‥お前たちをそのような犯罪に手を染めるまでにして、更にこの嘘偽りを許さない簡易評議会でも平然と事実を歪める発言をしてしまう‥‥そのような状態に追い詰めてしまったのだな‥‥くっ!‥‥仕方ない!今この時をもってルシウス、スレン、お前たち二人を勘当する。安心しろ、お前たちはこの瞬間からラガナレス家でもなければ上流血統家でもなくなった。自由に生きなさい。イーリス卿‥‥二人の上流血統家剥奪を持ってこの罪を免除してもらえないだろうか?後生だ」


 「最終的な判断は本評議会にかけることになりますので、今の発言は記録しておきましょう」


 イーリスは3名の発言を羊皮紙に炎魔法によって消えない形で文字にした。


 「ルシウス卿、スレン卿下がって良いですよ」


 二人はウーラに連れられて出て行った。

 スレンに至ってはマルトスの発言が衝撃的過ぎて平静を保てずにヘラヘラと笑いながら出て行った。


 「さて、2点目です。ウーラ」


 「はい」


 ウーラはべつの書類をイーリスに渡した。


 「こちらには三つの情報があります。一つ目はゾルグ王国のゲルグリアス・ガンゾローネ氏との密約です。そこに記されているのは人体改造技術の提供の見返りとして実験体、検体の供給で、その供給に対する対価としても一体当たりの金銭を受け取る旨が書かれたいわゆる契約書です」


 マルトスの表情は平然としている。


 「そして二つ目は貴方が供給したとされている実験体、検体リストです。そして驚くべきはその中に多数のエルフの名前があり、グレン・バーン・エヴァリオス卿の名前もありました」


 バゴ!!


 ザラメスの座っているテーブルが割れた。

 イーリスは抑えるようにと軽く手を上げた。


 「さらに三つ目。ゾルグのゲルグリアス氏から提供を受けた人体改造技術をゼシアス・バーン・エバリオス卿に渡し、実験施設と共に実験体も提供していますね?‥‥」


 イーリスは一瞬目を瞑って呼吸を整えた後に目を開いて話を続けた。


 「これはゼネレスの会規の上位に位置付けられるエルフの倫理に反する極めて残虐な行為です。事実と認めますね?」


 「身に覚えがありません。ちょっと見せてもらえるかな?」


 マルトスが手を差し出したため、ウーラが3つの書面をマルトスに手渡した。

 書面をマルトスは丁寧に読み始めた。

 隅々まで目を通しているのか、時間をかけている。

 ザラメスは何かしでかすのではないかと気が気ではないようだ。


 「ふぅ‥」


 マルトスは観念したようにも見える表情でため息をついた。


 「これは‥‥とても残念だが、所々文字が消えているようだ。そして何度読み返しても私の名は見当たらない」


 ガタン!


 ザラメスは立ち上がってマルトスの胸ぐらを掴み上げた。


 「ザラメス卿!」


 ザラメスは、イーリスの制する声を無視してさらにマルトスの胸ぐらを掴み首を締め付ける。


 「出鱈目を言う者ではありませんよ‥‥仮にもここは簡易評議会です」


 怒りを噛み殺しながらザラメスは丁寧に発言した。


 ガシィ‥‥


 「貴様こと簡易評議会で胸ぐらを掴み上げるとは何事だ?ここはエルフの評議会だ。ニンゲン如きが入って良い場所ではないのだ」


 マルトスは異常な力でザラメスの手を引き剥がした。

 そしてウーラは書面を受け取ったが驚きの表情を浮かべる。


 「!!」


 「どうしましたか?!」


 「も、文字がいくつか燃え滓のように消えています‥‥」


 「何ですって?!」


 イーリスは書面を確認する。

 しまった、という表情を浮かべながら書面を確認している


 「全部消されている‥‥マルトス卿の部分だけが‥‥」


 マルトスは太々しい表情を浮かべている。

 読んでいるフリをして、炎魔法で自分の名前が書かれているところだけ焼いて見えなくしたのだ。

 そんな単純な証拠隠滅行動に引っかかってしまったことを悔いるイーリスたち。

 

 「さて。信じがたい話ではあったが、この場で話をすることはなくなったようだ。他に話がないならこれで簡易評議会は終了でよろしいか?」


 ザラメスは背中に背負っている剣に手をかけて引き抜こうとしている。

 目は真っ赤に染まり、その腕や首元、こめかみには血管が浮き出ており、明らかに怒りで我を忘れている。


 ガッ!!


 ザラメスが剣を引き抜こうとしたところを抑えられた。

 今まで見たことのないような怒りの表情をうけべているザラメスは後ろを振り向いた。


 そこにはゼーゼルヘンがおり、ザラメスの剣を持つ手を抑えて鞘に収めさせた。


 不思議とザラメスの怒りがゼーゼルヘンの手から吸い取られるように消えていく。


 そしてゆっくりとマルトスの方へ歩いていく。


 「何だお前は。グレン卿に仕えていた執事じゃないか。一般血統の分際で私の前に馴れ馴れしく立つ者ではないぞ。とっとと席に戻れ。出なければ私の権限で貴様を極刑に処すぞ」


 マルトスは威嚇する。


 「最後だ」


 「??‥‥何がだ?」


 「これまでの発言‥‥。撤回し、本当のことを話すならザラメス様が怒りを収めたことに免じて許してやろう。だが、このまま虚偽の発言を訂正しないのなら、お前は後悔することになる」


 「おい!貴様!私に向かって何という言い草だ!極刑に処す!これは決定事項である!」


 「そうか。訂正はしないのだな」


 そう言うとゼーゼルヘンの体がゆっくりと光を帯び始める。


 みるみる内に顔が若返っていく。


 そして白髪で七三分けの髪が伸び始めて金色に輝き始める。


 金色の長い髪は美しくたなびいている。


 体つきは老人のそれではなく、若々しい肉体になっている。


 そして額に皺のようなものが現れた。



 「!!‥‥き、貴様‥‥一体何者だ?!」


 イーリスはゼーゼルヘンの横に立ち、そのまま跪いた。

 そして首を垂れたまま、マルトスに向かって話しかけた。


 「マルトス卿。無礼ですよ。今すぐに膝をついて首を垂れなさい。この方をどなただと思っているのですか」


 「だ、誰だって‥‥知るわけ無いだろう‥‥」


 イーリスは戸惑っているマルトスの発言に言葉を返す。



 「この方は‥‥ゼゼルヴェン・ヴァジレス・シャウザリオンⅤ世であらせられます‥‥」



 「‥‥ヴァ‥ジレス‥‥」



 マルトスは、意識を失いそうになりながら体が勝手に動いて床に跪いて首を垂れていた。






次のアップは金曜日の予定です。

ゼネレス決戦を少し長く書いてしまいましたが、世の中に多くいる横暴で太々しい権力者を懲らしめるところを書きたくて長くなってしまいました。

読みづらかったら申し訳ありません。

次話では、エルフを統べるヴァジレス一族によって怠惰で横暴な権力者を象徴する者のひとりであるマルトスが完膚なきまでに叩きのめされるシーンとなります。

その後、いよいよグランヘクサリオス決勝、ハーポネス軍とディアボロ率いるアディシェス軍の戦いが一気に進む展開となる予定です。


いつも読んでくださって本当にありがとうございます!

楽しんでいただけましたら高評価をいただけるとモチベーションも上がりますのでどうぞよろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 大魔王配下の一軍悪魔の中で一番強い悪魔達は全員マスターデーモンではなく魔王なのでしょうか。立て続けに多くの質問をしてしまってすいません。お答えいただけると幸いです。
[気になる点] 前の質問と同じような質問になってしまいますが、もしかして魔王ベルフェゴールも大魔王の中の悪魔である誰かの配下だったのでしょうか。だとしたら一軍悪魔だとは思いますが、個人的にベルフェゴー…
[気になる点] それとアルマロスはディアボロスの配下ではありませんが、他の大魔王であるベルゼブブやサタン、アドラメレクの中の誰かの配下なのでしょうか。それとも完全なる一匹狼ですか。
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