<ゲブラー編> 151.大きな代償
151.大きな代償
―――レグリア王国軍―――
ゼーガン帝国軍とガザド公国軍が共闘してレグリア王国軍を追い込むというガザドどの裏切りによってレグリア王国軍は窮地にたたされており、ゲムール総司令の指示に従ってゼーガン帝国領南西に軍を進めていた。
レグリア王国に戻る進路で後退すればレグリア本土を危険に晒すため、反対方向に軍を後退させているのだが、これは完全にレグリア王国軍が孤立することを意味しており、王国軍兵士たちに不安とゲムールに対する懐疑の念が広がっていた。
「ゲムール公!」
「皆‥‥すまない。私の判断が誤っているのかもしれない」
「ゲムール公!」
「腕がもがれようと最後の最後まで戦い続けてみせる!」
「ゲムール公!なぜ我らがあなた様を責められようか!無駄死にはしませんぞ!我らも最後の最後まで戦って歴史に爪痕をのこしてやるのです!」
「みんな‥‥すまない」
「さぁ勝負はここからですぞ!」
しかし、戦況は覆わぬ方向に進む。
―――ゼーガン帝国軍―――
軍総司令であるワナークは勝利を確信し、既に大量のワインを飲みながら騎馬車で進軍を続けている。
(いよいよあの忌まわしいムルのやつを出し抜いて我が次期皇帝の座に躍り出る時がきた!)
「おい!ムーンライトを呼べ!あやつに早く敵将の首をもってこいと伝えろ!我は待ちくたびれたぞ!」
酔っているのか10分ほど前から同じ言葉を繰り返している。
「ワナーク殿下!報告にございます」
「なんだ貴様!気安く我に話しかけるな!ムーンライトはどうした?!早く呼んで来い!一体我をいつまで待たせるのだ!貴様らは確実に処刑だぞ!」
「も、申し訳ございません!た、ただ‥‥ムーンライト殿の軍は、わ、我本陣の軍と離れて既に分離状態にあります!」
「な、なんだとぉ?!どういうことだ?!」
「さ、さらにガザド軍も我らが本陣軍から距離をとっており、げ、現在この本陣軍はムーンライト殿軍と、ガザド軍、レグリア軍にトライアングルで囲まれた状態にあり‥‥ます‥‥」
「はぁぁぁぁ?!?!ムーンライトを呼べ!今すぐ呼べ!来ない場合は首を斬れ!一体何を考えているのだあやつは!許さんぞ!我の‥‥次期皇帝の権限で必ずあやつの首を刎ねてやる!」
―――ゼーガン帝国 ムーンライト軍―――
「今頃あのドラ息子の皇子は焦っているでしょうな」
側近がムーンライトに話しかけた。
「ああ。だが、あのような小物に用はない。即刻殲滅し、我らは首都ゼーガンを目指す!現在の狂った支配から脱却するためにな!我ら皇帝はただ一人!グレザス・ジェルドール・ゼーガン皇帝以外にはありえん!」
「は!」
「さぁ!全軍に伝えよ!これより我らは大義の戦いへと転ずる!敵は目の前の偽皇帝一族であるワナーク・ガーランドだ!」
『おおおおおおおお!!』
ムーンライト軍はゼーガン帝国の現体制に対して謀反を起こしたのだった。
―――ガザド公国軍―――
「全軍!攻撃目標の変更を伝える!」
パラディン・スレイン総司令が突如剣を掲げて大声で言い放つ。
ガザド軍は混乱している。
「先ほどの指示は本当の敵を欺く作戦だ!本当の敵は前方にあるゼーガン帝国ワナーク皇子軍である!」
2点3点する指示に未だ困惑の色を隠せないガザド軍だったが、フルフェイスに水色の甲冑に身を包んだ小柄な騎士が突如馬に跨った状態で天に向かって炎魔法を放つ。
炎魔法はまるで火龍のように空高く舞い上がった。
「貴様らはパラディン卿の指示が聞こえなかったのか?!これより我らガザド軍は本当の敵であるゼーガン帝国・ワナーク皇子軍との交戦に入る!これまでの敵を欺く作戦によって敵陣営は体制を整えられていない!今が好機!心を奮い立たせるのだ!貴様らは強い!自分たちを誇れ!そしてその誇りを力に変え勝利をもぎ取るのだ!」
『おおおおおおおおおおおお!!』
兵士たちは鼓舞されたのか、地面を震わすほどの雄叫びをあげた。
「全軍攻撃開始!」
パラディン・スレインの指示でガザド軍によるワナーク軍攻撃が始まった。
―――レグリア王国軍―――
「き、奇跡が起きた‥‥」
ゲムールも側近たちも力が抜けるほどの安堵感を覚えた。
だが、ここで気を緩ませてしまっては危険であることもゲムールは把握していた。
「全軍油断するな!ガザド軍の裏切りはワナーク軍を欺く策であった!そして、どういうわけかは不明だが、ゼーガン帝国ムーンライト軍も我らの仲間のようだ!これより3箇所からの一斉攻撃を始める!王国の屈強な戦士たちよ!底力を見せてやるのだ!」
『おおおおおおおおおおお!!』
危機的状況から一気に優勢に立ったレグリア王国軍だった。
南西に位置するレグリア王国軍、北に位置するゼーガン帝国・ムーンライト軍、そして東に位置する軍はパラディン・スレイン率いるガザド軍であり、数的にも陣形的にもワナークの勝利は想像すら出来ない状態だった。
―――ガザド公国―――
デュークの下へ鳥が飛ばされてきた。
トゥラクスからだった。
「‥‥‥」
ボワッ‥‥
デュークはトゥラクスからの手紙を燃やした。
「ジム!」
デュークは執事の名を呼んだ。
だが、数秒経ってその名を呼ぶことに意味がないことを思い出した。
長年グランド・デュークに仕えてきた執事のジムは、デュークの執務室でその生涯を終えた。
老衰と診断され埋葬されまだ然程日も経っていない。
だが本当の死因は心臓を焼かれたからだった。
当然それを行ったのはデュークである。
ガチャ‥‥
「ジム殿はいませんよ」
「!」
デュークは驚いた。
ドアを開けて入ってきたのはジェラルド・ルーレン・フィンツ男爵だった。
「ジェラルド‥‥」
ジェリーはデュークに深く一礼した。
「ご無沙汰しております。お元気そうでなりよりですグランド・デューク」
「ジェラルド‥‥君もね‥‥」
「座っても?」
「もちろんだよ」
ジェリーはデュークに断ってソファに腰掛けた。
部屋は緊迫した空気で包まれていた。
デュークはジェリーの対面のソファに浅く腰掛け膝の上に手を組んだ状態で肘を乗せている。
組んだ手で口元を隠しながらジェリーに話しかけた。
「それで、今日はどういう用件だい?君も知っての通りジムが亡くなってしまって料理は少しお預けなんだ。次の執事が着任するまで待ってくれるかい?」
「もちろんですよグランド・デューク」
しばしの沈黙が流れた。
重い空気の中、ジェリーが口を開いた。
「そろそろ話して下さってもよいのではありませんか?」
「‥‥何を‥‥だい?」
「グランド・デューク‥‥いえ、カインズ様」
ジェリーはデュークをカインズと呼んだ。
カインズとは現デュークが大公の地位に就くまでの名であり、生まれた特に授けられた名前でもあった。
幼い頃からジェリーを兄と慕い、友として接し、ずっとカインズ様と呼ばれてきたのだが、デュークに就任して以降呼ばれたことのない名だった。
デュークはその意味が痛いほど分かっていた。
「なぜ‥‥暗殺で死んでくれなかったのだ‥‥」
デュークはボソッと言葉を発した。
「お前に‥‥」
「どうされましたか?」
ガタン!
「お前に一国を背負う苦しさが分かるかジェラルド!!」
デュークは立ち上がって声を荒げた。
ジェリーは座ったまま静かに答える。
「分かりませんよ。私はデュークではありませんから。でも‥‥あなたの苦しみをほんの少しかもしれませんが肩代わりすることは出来たと思います」
「!‥‥‥勝手なことを言うな‥‥」
デュークは拳を力一杯握って下を向いている。
「そうですね。勝手かもしれません。私はデュークではありませんから。あなた様の苦しみの1%も理解して差し上げらなかったのでしょう」
「そ、そうだ!日々ヘクトルの使者から受けるプレッシャーやガザナドに蔓延るゾルグが牛耳っている裏組織、貴族共の好き勝手な振る舞い‥‥そしてそんなことはつゆ知らず呑気に生きるガザドの民‥‥‥。それらに争い、守るべきものを守り続けてきた私が、この国の将来を考えた末に出した結論がゾルグの属国として生きる道だ。滅ぼされるくらいなら、血を流すくらいなら‥‥‥」
苦しそうな表情で声を荒げて話すデュークに応えるようにジェリーは立ち上がった。
「その過程で指示されたのが、私やソニア、スレインの暗殺ですか」
「!!‥‥ああそうだ!暗殺は私の指示だよ!」
「それで何か得られるものはありましたか?」
「あったさ!今頃スレインに扮した兄のブラヴィンがゼーガン帝国と共闘してレグリア王国軍を追い詰めているはずだ!ガザドはその功績を買われてゾルグの属国ではあるが、自治権が与えられる!民はこれまでと変わらず平和に暮らしていけるんだよ!ジェラルド、君が今更足掻いたところでこのシナリオは変わらないんだ!」
「いえ、そのようなシナリオ‥‥最初からありませんよ」
「?!‥‥どういう‥‥ジェ、ジェラルド!な、何をしたのだ?!」
デュークは慌ててジェリーの胸ぐらを掴む。
「私同様にスレイン、ソニアは生きています。そして今ガザド軍を指揮しているのはスレインであり、そのサポートをソニアが行っています。今頃、ゼーガン帝国第2皇子のワナーク軍に向けてスレインの軍はゼーガンのムーンライト軍、そしてレグリア王国軍に包囲網を敷かれて大苦戦していることでしょう」
「な‥‥なんだと?!」
「グランド・デューク‥‥今からでも遅くはありません。ゾルグへの寝返りだけはおやめください!」
「‥‥‥フフ‥‥フハハ‥‥遅くないだって?!冗談言うなよジェラルド!」
精神が崩壊しそうな表情で膝をガクガクと振るわせながら叫ぶデューク。
「ゆ、許さない!」
デュークはジェリーの胸元に手を当てた。
バシュゥゥゥゥゥン‥‥
ジェラルドは白目を剥いた状態でデュークにもたれ掛かっていた。
「がはぁ!」
ジェリーが血反吐を吐いた。
デュークは、その血反吐浴びている。
だが、その目からは赤い血ではなく大粒の透き通るような涙が溢れている。
「死んでくれ‥‥ジェラルド‥‥」
「カイ‥ンズさ‥ま‥お気に‥なさら‥ず‥です‥。こうなることは分かって‥‥おりました‥ガフッ!!」
「!!‥‥」
ジェラルドの血を目の前で見たデュークは、我に返ったかのように驚き後悔する。
「ジェラルド!ジェラルド!だ、誰か!ジェラルドを助けてくれ!」
ヘクトルやゾルグ王国からのあまりのプレッシャーから半ば洗脳されたかのようにゾルグの属国になることを進めていたデュークは尊い存在を自分の手で殺めてしまう直前になって初めて気づいた。
自分は一体なんてことをしてしまったのかと。
「カインズ様‥‥これで‥‥よいので‥‥すよ。どうか‥ガザドを‥たの‥みます‥」
「な、何を言っているのだ!だめだ!死ぬな!息をしろ!ジェラルド!」
「かぁつ!‥‥カイ‥ンズ様‥気合いですよ‥‥男が‥メソメソ‥するもんじゃ‥あり‥ま‥がはぁ!!‥‥」
ガクン‥‥
ジェリーを抱き抱えるデュークはジェリーの体から鼓動が聞こえなくなったのを感じ大粒の涙を流しながら叫び続けた。
齢15歳にして大国ガザド公国を治める大公ネザルグ・カインズ・ガザナドは国を思うあまり、そして優しすぎるあまりにゾルグの軍門に降る決意をした。
だが、その選択に未来はないことも分かっていた。
しかしデュークにはそれ以外の選択をする勇気がなかったのだ。
その勇気を命と引き換えに与えてくれたジェラルド・フィンツ。
幼い頃から兄と慕い、なんでも話せる友でもあったジェラルドの命を賭した説得にデュークはゾルグとの決別を宣言した。
あまりにも大きな代償だった。
次のアップは水曜日の予定です。
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