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<ホド編> 14.交渉

14. 交渉



 「グノォォォォォォォォォォ‥‥」


 既に自分たちは見られていた。

 

 恐ろしく巨大な目に。

 

 スノウ達は睨まれたカエルのように一歩も動けない状態になっていた。


 「ヒョホホホ。そろそろ退屈していた頃だったからな。うぬらのような客人が来るとは実に愉快。おれの爪を潰したことも許してやろう。直接手を下したのは呪われた水の子のようだしな。やつをよこさず正解だったな、ヒョホホホ」


 「世界蛇‥さま?えぇっとお願いがあるんですけど‥‥」


 とスノウが切り出した次の瞬間、凄まじい地響きが起こり居合わせた3人は立っていられず体勢を崩す。


 「アギャギャギャァァァァァアアアア!!なんと呼んだか!クソが!俺をあのような嫉妬に狂った地を這う輩と一緒にするな!」


 胸が割れそうなほど響く声で叫び出すヨルムンガンド。

 体はちょうど蛇が威嚇するような体勢になり、3人を今にも飲み込みそうなほど巨大な口を開け威圧する。


 (終わった‥‥)


 この状況で生き残れるものがいるわけないと誰もが思う姿とその威圧感だった。


 「魂まで噛み砕いてやろうか!このクソが!‥いかに古代の盟約があろうとも関係ねぇ、てめぇらの魂を残らず食い尽くして2度と転生できねぇようにしてやるからなぁ!えぇ!クソが!俺様をだーれだと思ってんだぁ?!竜の王だぞ!あんな地を這うしか能がない輩と一緒にするんじゃぁねぇ、クソが!」



 「‥‥‥‥‥‥」


 3人は何も言えずにただ黙ってその場で立っているしか無かった。

 黒服の女から受けた忠告を無視して世界竜ではなく世界蛇と読んでしまったことを今更ながら後悔したスノウだった。


 「グノォォォォォォォォォォォォ‥‥」


 怒りを吐き出し切ったのか、低い唸り声が途切れると共に静寂が訪れる。 


 「‥‥‥‥‥‥」


 「あ‥‥いや、分かればよいのだ。俺は世界竜ヨルムンガンド。一度言えば分かるな?よし、いい子達だ」



 「‥‥‥‥‥‥」



 (なんだろう、この世界へ‥‥じゃなかった、世界竜‥‥)

 (チョロい気がするわ‥‥)

 (同意です‥‥)


 3人は小声で思ったことを共有した。

 しばらく続いた沈黙に耐えられないとばかりにヨルムンガンドが話しかけて来た。


 「ヒョ、ヒョホホホ、そうそううぬら、我に願いがあるのだったな。申してみよ。うぬらの態度次第では聞き入れなくもない。我は竜の王で神だ!寛大だからな、ヒョホホホホ」


 3人が小声で話をした後、し少し余裕の表情を浮かべているのを見て焦ったのか取り繕うように切り出したように聞こえた。


 「あの、世界竜様のご加護を頂きたいのですが‥‥」


 スノウに続いてエントワが話始める。


 「私たちは蒼市にあるダンジョン奥深くにあると言われる飛翔石を入手するために旅をしています。その飛翔石は火の鳥の化身のフェニックスの腹の中‥‥得るためには火の鳥と同等のお力をもつ貴殿のご加護が必要と耳にしました。そのために私たちは貴殿のご加護を頂きたいのです」


 「ど、同等だとぉぉぉぉぉ!」


 目を真っ赤に光らせて明らかに怒り狂った声と動きで感情をぶつけて来る。

 スノウたちはまた地雷を踏んだのだと理解して今度こそ殺されると感じた。


 「だぁれぇがぁ!あの雑魚の小鳥野郎と同等だぁ?てめーらの目は節穴かぁ?!あの燃える雀と並べるならまだしも、自分自身じゃ生きていけねぇ小鳥野郎と一緒にするんじゃあねぇ!‥俺様をだーれだと思ってんダァ?!竜の王だぞ!神だぞ!このクソどもがぁ!」



 「‥‥‥‥‥‥」



 「グノォォォォォォォォォォォォ‥‥」



 先ほどと同様に怒りを吐き出し切ったのか、低い唸り声が途切れると共に静寂が訪れる。 



 「‥‥‥‥‥‥」



 「ふ‥‥ふむ、物分かりがよいなうぬら。わかれば良い。我が9獣神の頂点に位置する存在であるとな!ヒョ、ヒョホホホホ!」



 「‥‥‥‥‥‥」



 (間違いない‥‥この世界竜‥‥)

 (チョロいわ‥‥)

 (同意です‥‥)


 しかし3人とも分かっていた。

 加護を与える条件は当然牢の鍵を渡すことであり、うまく加護を先に得る形に持っていかなければならないことを。

 万が一先に牢の鍵を渡してしまうようなことになれば、世界竜はこの牢獄から這い出た瞬間にスノウ達を一瞬で食い尽くすはずだからだ。

 

 (いや、この気性の荒い超短気な邪竜を解き放った場合、世界が滅ぼされるんじゃないのだろうか?‥‥自分を閉じ込めた元老院、そして爪?と消した指蛇をぶっ潰したアレックスを呪われた水の子と罵っていたことからすると、このヴォウルカシャに存在する全てのホドカンを破壊し尽くさないとも限らない‥‥)


 心理戦としては然程難しくない相手だ。

 しかし順番は決して間違えてはならない。

 そしてこの牢獄は決して開けてはならないとスノウたちは確信した。

 恐らく加護を得て鍵を渡さない場合、スノウ達はこの世界竜にとって最も恨むべき存在になるはずだ。

 しかし、解き放った瞬間にこの世界全てが滅ぼされかねない。

 元老院への報復という形で。

 一方で牢獄の鍵を渡さないことによる報復も防ぐために絶対にこの牢獄を開けてはならない。

 スノウたちは固く決意した。


 「ヒョホホホ。タガヴィマを欲しているという事か。確かに我の加護が有ればあの鳥公の化身の炎を無効化できるであろうな。我の属性は風。炎は我なくして呼吸することさえままならん。脆弱なうぬらでもやつの腹中を弄ることなど造作もないことだな!ヒョホホホホ」


 「では頂けるのですね?流石は獣神の頂点に君臨するお方だ。私たちには想像も及ばないレベルで力を示されていることに敬服致します。して、そのご加護とはどういったものでしょう?」


 「ヒョホホホホホホホオ!!そうであろう!うぬは物分かりがよいな。よし、名を申せ。特別におれの記憶に留めてやろう」


 「ありがとうございます。私はエントワ。一介の紳士で御座います」


 「よし、エントワとやら。加護をやろう。ただしこれには2つの条件がある」


 「条件?」


 「そうだ。1つは忍耐力だ。おれの加護には強力な呪詛が籠っているからな。脆弱なものには耐えられないほどの苦痛を与えるものなのだ。一度受け取ってから手に余るといって捨て置くと、その土地は腐り果てるであろう。それほどの呪詛が込められた加護にうぬら耐えうる覚悟はあるか?」


 「あります」

 「あるわ」

 「あ‥‥あります」

 

 (あるのか?ニンフィーかな‥?)


 2人同時に答える。

 それに釣られるようにしてスノウも肯定した。


 「ヒョホホホ!子気味良いな!愉快愉快!それでいざ加護を手にしてあっという間に死んでしまったらさらに愉快!ヒョホホホ!思い切り呪詛を込めた加護をやろう!楽しみだヒョホ!悶え苦しむ顔も見られるかもしれないな!ヒョホ!よし!決めたとびきりの加護をやるぞ!ヒョホホホ!!」



 「‥‥‥‥‥‥‥」



 「あ、いや、うぬらの即断潔しと思っただけだからな!決してうぬらが苦しむ顔を見るのが愉しみというわけではないからな!我は殺生が嫌いだ!」



 「‥‥‥‥‥‥‥」



 沈黙が続き、辺りを静寂が包む。



 (こいつ‥‥)

 (根っからの)

 (悪ね‥‥‥)



 3人が全く同じ感覚をもって小声で言葉をつなげる。


 「では、そろそろ加護を頂けますでしょうか?」


 「おお!いや、待て条件は二つあると言ったであろう」


 (きた!)


 3人は心の中で身構える。

 いよいよこの牢獄を開ける鍵の交渉になる。

 交渉は慎重に行わなければならない。

 間違ってもこの邪悪な竜を解き放ってはならないと本能のアラートが鳴り響いている。

 元老院の意図は分からないがこいつを牢獄に閉じ込めたのは正解だと確信する。


 

 「2つ目の条件とは?」


 「この忌々しい牢獄からおれを解放する鍵を取ってくるのだ!」


 「鍵‥‥ですか?」


 あえて想定していなかった話のように聞き返すエントワ。


 「そうだ、鍵だ」


 「しかし、この広いヴォウルカシャ、どこを探せばよいかも分からない状況では私たちが生きている間に見つけられるかどうかわ分かりません。元老院に聞くにも生憎私たちは彼らと敵対している関係。まともに教えてもらえるとは思えません。それどころか、聞き出すために出向いた時点で消されるでしょう」


 一瞬の間を置いて世界竜から凄まじい破壊のオーラが押し寄せた。


 「ごちゃごちゃうるせぇなぁ!!俺様が取ってこいと言ったら取って来るんだよ!取って来る気ねぇなら加護やらねぇぞ!代わりに永遠に続く呪いをかけてやろうか!クソが!」



 「‥‥‥‥‥‥‥」



 「グノォォォォォォォォォォ‥‥‥」



 しばらくしてエントワの合図で3人はヨルムンガンドの牢獄から立ち去ろうとする。


 「おい!どこへ行く!加護はいらねぇのか!いいんだな!タガヴィマは手にはいらねぇぞ!クソどもが!」


 「ええ、私たちは別の方法で飛翔石を手に入れようと思います」


 「!」


 驚くヨルムンガンド。


 「ちょっと待て!わかった我が悪かった!エントワとやら!まずは話をしようぞ!」


 「いえ、この交渉は私たちにとって非常に不利だと判断しました。おそらく牢の鍵を持参し解錠してから加護を頂いても世界竜殿は私たちを喰い殺すでしょう。仮に先に加護を頂けたとしても鍵を渡す限り解錠した直後に私たちは食い殺される。この交渉における選択肢はいかなる選択を行なっても最終的には私たちの死に帰結する。ここで死ぬということは飛翔石を手に入れられなくなるということであり、フェニックスから飛翔石を得る別の手段を考える方がまだ可能性があるわけです」


 「!」


 世界竜が慌てた様に顔を近づけて来た。 


 「分かった!喰わない!うぬらのことは喰わないと約束しよう!我は神だ。二言はない」


 「流石のお言葉です。ですが、大きな疑念が頭を過ぎります。果たして神が約束を守る必要性はあるのでしょうか。約束とは弱き者が意を通すため、自分を守るための手段です。先ほど申し上げた通り、解錠された瞬間に世界竜殿に一切の不利は無くなるわけですから、私たちのようなちっぽけな存在との約束など守る必要など微塵も無いのです」


 「いや、我は守る!我は他の神とは違う!守ると言ったら守る。この水の世界を滅ぼそうともうぬらだけは守ってやる!どうだ?良い話であろう?」


 「有難きお言葉。ですが貴殿は神です。間違いなく私たちの存在などゴミ。もしこのヴォウルカシャを滅ぼすなら、あっという間でしょう。私たちのようなちっぽけな存在がどこにいるかも気づかずに破壊し尽くすでしょう。そこにはもはや私たちの命の保証があるとは想像できません」


 「ぐぬぬ、確かに‥‥そうだな。この水の世界を滅ぼす時にうぬらのことを気にかけることなど出来ないな。では滅ぼす時にうぬらに合図を送ろう。そして別の世界へ逃がしてやる。それでどうだ?」


 「流石は神のご発想、敬服致します。ですが‥‥」


 「何だ!まだ何かあるのか?!」


 苛ついているヨルムンガンド。


 「いえ、申し訳ありません、ご気分を害すような申し出、分を弁えず大変失礼いたしました。やはりこの話は取り下げさせて頂き‥‥」


 「いや!違う!我は何とも思っていない。続けよ!続けてくれ、頼む!」


 エントワの下手に出ながら強気な交渉。

 そしてこの落ち着いた声。

 和んで気を許してしまうと同時に言葉を間違えるとその場で交渉が終わってしまうような冷たさも感じる。


 「恐れ多いお言葉。問題は世界竜様の呪詛に我らが耐えられるか‥‥です」


 「それはそうだな。うぬら脆弱な人間には耐えられないかもしれぬな、ヒョホホ」


 「はい。ですが、せっかく呪詛を頂きたくとも死んでしまっては鍵を取ってくることができません」


 「そ、それもそうだな‥‥分かった。うぬらに最弱の状態で呪詛を渡す。そしてそこからあの小鳥からタガヴィマを奪い取れるだけのところまで徐々に我呪詛をあげてやる。もちろん死ぬ直前で止めてやる。だが、もしうぬらが小鳥からタガヴィマを奪えるだけの呪詛耐性を持っていなくても鍵は取ってくるのだ!どうだ!我がここまで譲歩しているのだ。ありがたく思え!」


 「流石は世界竜殿。名だたる神の中でもこれほど寛容な御心の持ち主は知りません。ここへくる途中ロン・ギボール殿に遭遇しましたが、くしゃみひとつでヴィマナが沈みかけた始末。しかも私どもの存在に全く気づかない!それに対して世界竜殿は取るに足らない私たちのようなゴミにも慈悲をくださる寛容さ。この話は伝説として語り継がれることでしょう!」


 「ヒョホホホ!そうか?ヒョホ。よしじゃぁまず加護の依り代を渡すとしよう。うぬらの中のどの者が我の加護を受け取るのだ?」



 「このスノウにございます」


 (え?‥‥)


 スノウは絶句した。

 事前の打ち合わせではエントワが加護を得る手はずだったのだ。

 

 (エントワより遥かに弱いおれじゃぁ即死だろ!)


 あまりの衝撃的な展開に面食らうスノウ。

 断りたいが、断ることを許さない雰囲気にスノウの体は無意識のうちに震え出す。



 (もしかすると‥‥呪詛に耐えられるかどうかをお、おれで確かめようとしているのか?)



 予想もしていなかった状況には見覚えがあった。

 自分が元いた世界でも、上司のミスを責任を取る必要は無いから一旦自分のミスだと受けてくれと頼まれた際、突如ハシゴを外されて、自分の責任として擦りつけられていた状況に似ている。

 フワフワと担がれるが、結局は良い様に利用され切り捨てられる。

 自分の置かれていた状況と重ねた時に妙にしっくり来た。

 違う点を挙げるとすれば、今回は失敗した死ぬ、ということくらいだ。


 (それもそうか‥‥)


 元々期待もされず、困った時の犠牲になる役目。

 そんな自分の運命が嫌でなるべく人と関わらないようにしてきた。

 目立たないようにしていたのにも関わらずマーケティングチームのマネージャーへの抜擢。

 結局あの人事も、ミスを擦りつけられる役割として自分に充てがわれたものだった。


 そして今回も。

 突然連れてこられたこの世界で、何も分からない怪しい人間に武具を買い与えたり、鍛えたり。

 普通はそのような慈善事業のようなことをするはずがない。

 考えてみれば直ぐ分かることだったのだ。


 (そう‥‥何かがあった時の囮‥‥いや実験台か。いずれにしてもこの世界でも何かあった時のために利用される存在だったって事だな‥‥)


 スノウの顔から生気が失われていく。 


 (もう疲れたな‥‥)


 スノウは一気に脱力した。

 この世界に来てアレックスや他の者たちと接する中でスノウは自分の運命が変わったと思い込んでいたが、それは単なる思い込みだったのだと理解した。

 

 (どこに行っても呪われたこの人生‥‥元の世界に帰る当てもない‥‥いや、帰ったところで人生が好転する見込みもない‥‥そうなればそろそろ終わらせてもいいかもしれないな‥‥)


 

 「わかったよ‥‥」



 捻り出された諦めの同意の言葉でヨルムンガンドが動き出す。

 檻の中から尖った歯のようなものが浮遊してスノウの目の前に届き、スノウが手を出すとポトンっと手のひらに転がった。


 「これは‥」


 「おれの牙だ。それを握ってみろ」


 「は、はぁ‥」


 (小さいな‥‥これだけの図体に対して釣り合っていない‥‥まぁどうでもいいや‥‥)


 「我の目と牙の大きさが釣り合っておらずに面食らったか?うぬは想像力が足りないぞ。本来の大きさを我の牙を渡すわけなかろう。本来の大きさではうぬらでは見ることさえ叶わんぞ、ヒョホホ」


 世界竜の説明もスノウには届いていなかった。


 「よし。じゃぁこれから呪詛を注ぎ込む。抗うなよ?心を無にして全てを受け入れろ。お前が強ければ然程痛みはない。だが弱ければ激痛が全身に走って下手をすれば狂死にするだろう、ヒョホホホ!」

 

 光っている目を閉じた瞬間に当たりが真っ暗になる。

 呪文のようなものがかすかに聞こえてくる。

 ヨルムンガンドの声だった。


 1分ほど呪文のようなものを唱えていたかと思うと突然、光る眼を見開いた。

 

 次の瞬間、体が急に重くなる。


 「うぅ‥‥」


 (これが呪詛の影響‥‥痛くない‥‥体は重いな‥‥)

 

 スノウの顔からは既に生気が失われており、完全に生きる気力を失っている状態だったが、それがヨルムンガンドの言う心を無にして受け入れるということに合致したようだった。


 「ほぅ、なかなかやるじゃぁないか、ラグナの小倅。つまらんな‥‥。じゃぁもっとあげてみるか!お前の苦しむ顔が見たくなってきた!ヒョホホホ」


 「そうですね。このスノウまだ余裕の表情を浮かべています。殺されては困りますが、世界竜殿のご加護は大したことないなどとふれ回られたら私も申し訳が立ちません。痛みに顔が歪むところまで見たいですね」


 「おお、エントワ!うぬとは気が合うな!ヒョホホホ!じゃぁちょっと遊んでみるか!ヒョホ!」


 先ほどと同じように眼を見開いた瞬間に恐ろしいほどの重力を感じ立っているのもやっとの状態になる。


 「ぐぅぅぉぉぉ‥‥」


 痛みはないが、重力に耐える。

 耐える必要もないのかもしれないが、体が勝手に反応してしまっているようだった。


 (死ねないのか‥‥)


 人の顔が痛みに歪むのを見たがっている鬼畜の世界竜に平然とした態度を見せてしまっては蛇がヘソを曲げて加護が得られなくなってしまう。

 かと言ってこういうタイプに演技をして苦しい表情を見せてもすぐ見破られることだろう。

 するとすかさずエントワが畳み掛ける。


 「世界竜殿!まだほとんど呪詛を注がれていないのでしょう!このスノウの涼しい顔、だんだんと私は苛立ってきました。いかがでしょう、少しだけ本気をだされては?」


 「そうだな、つまらぬ!遠慮なくいくぞ!ムンッ!」


 (それが本性か‥‥紳士ぶっててあんたも鬼畜だな‥‥)


 このエントワの言葉が決定打となり、スノウは完全にエントワたちへの信頼感を失った。


 呪詛そのものは、やっと痛みというより鳩尾の辺りがムズムズする程度の影響しかなかった。

 

 (このいじめにも耐えてしまうのか‥‥)


 スノウは学生時代から続くいじめを思い出していた。

 抜け出す術がなく、かと言って壊れてしまうわけでも無かった。

 まるでいじめを受け続けるための心身の頑丈さを持って生まれたのではと己を呪ったこともあった。

 そんな過去の辛い思い出が頭を過ぎり、苦い表情に変わると、勘違いしたのか世界竜は自分の呪詛でスノウが苦しんでいるのだと思い嬉しそうな表情を浮かべてた。 


 「しかし我の一寸だけ本気を出した呪詛にも耐えるとはな!うぬは腐ってもラグナか。いつのまにか十分な加護になってしまったが、ラグナの苦痛の顔が見られた。ちょっとした余興であったな!ヒョホホホホ!」


 エントワは完結していない交渉に気を抜く事なく表情ひとつ変えずに切り出す。


 「世界竜殿、順番は多少早まってしまったようですが、このスノウめはご加護を得、呪詛に耐えうることが分かりました。今度は私たちがお約束を果たす番です。鍵のありかはご存知でしょうか?」


 「おお、流石はエントワ!話のわかる男だな!この間おれの爪を元老院の童がいる人工島のダンジョンに遣わしたのだが、だいたいの場所は掴んだ。ここだ。」


 そういうとヨルムンガンドは目の前に魔法だろうか、映像を映し出した。

 そこには鳥瞰視点のダンジョンが映し出されており、85層とかかれている。


 「そのダンジョンの85層にこの忌まわしい牢屋の匂いがする物体を感知した。おそらくはこの辺りだろう。ここへ行って鍵を取ってこい」


 「御意」


 「因みにそこには闇の存在がいるようだがな。呪われた水の子を連れて行け。やつの力があればそこそこ足止め程度は出来るだろう。その隙に鍵を取ってこい。くれぐれも裏切るなよ?爪を遣わすからな。こんどは前回のようには行かない。どこまでもうぬらを追いかける究極のチェイサーとなる。間違っても殺されるなよ?鍵を持ってくるまでは!ヒョホホホホ!」


 エントワは深々と頭を下げ、ニンフィー、スノウと共に世界竜を閉じ込めている牢を後にした。

 

 自分を神と豪語する巨大な竜は少し寂しそうな表情を浮かべ、また眼をとじて眠りについた。

 

 牢獄は暗闇に包まれた。







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