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<ゲブラー編> 150.冷静な怒り

150.冷静な怒り



 ジヌークが神殺しと呼ばれる所以は何か。

 前々回のグランヘクサリオスの覇者であるイズンという名の神の領域と呼ばれた炎魔法使いを齢17歳で瞬殺したのがジヌークだったためだ。

 イズンは “神炎” とよばれ炎魔法使いとしてゲブラーいちで自由自在に炎を操る姿はプロメテウスの再来とまで呼ばれた男だ。


 神炎イズンが神の領域と呼ばれた理由は、その類稀なる炎魔法の技術や魔力の異常な高さだけでなく、心優しい善良な人物だったからだ。

 幼いヒーンを育てて炎魔法の基礎から応用を叩き込んだのもイズンであり、今は革命軍を去ってしまったマイトやダイナといった孤児を引き取っては、一人で生きていけるようにと炎魔法を教えていた人格者だったこともあり、ゲブラー中が尊敬の念を込めて神の領域と呼んだのだ。


 そんなイズンをジヌークは試合開始10秒で斬り殺した。

 その時イズンは全盛期の動きが取れない老齢であったこともあったが、決して油断していたわけではない。

 イズンは、ジヌークの凄まじい突進と巨大な大剣の斬撃をかわしながら超高熱の爆裂魔法を仕込んだ炎のホーミングレーザーを放った。

 イズンの勝ちは確定した状態だったのだが、ジヌークはその爆裂魔法を発するレーザーを受けても怯むことなく突進し続け大剣でイズンを縦に真っ二つに斬ったのだった。

 その異常な勝ち方に対して観客からは声も出ず、悲しい啜り泣きさえ聞こえてきたのだが、神のような強気人格者を殺した男として忌み名で “神殺し” と呼ばれていたのがいつしかその強さの代名詞的な扱いとなっていた。


 マインはヒーンからイズンのことを聞いていた。

 ヒーンはジヌークを恨んでいるわけではなく、グラディファイスに身を置く以上いつ死ぬかわからない中で、その瞬間が訪れただけであり、その相手がジヌークであっただけと吹っ切れていた。

 マインは弟のように可愛がっているヒーンが育ての親を失った原因はジヌークであり、いつかジヌークを自らの手で倒すと心に決めていたのだ。

 そしてついにその対決が実現したのだが、マインはジヌークの強さを戦いの中で痛感していた。


 (この男。単なる粗暴で残虐な強さだけを追い求めている者と思っていたが、違う。この巨大な大剣をこうも簡単に振る舞わすだけの辛く厳しい地道な鍛錬を耐え抜いている精神力と、実は繊細な動きで戦っている肉体的鍛錬、そして卑怯な手段や技を一切使わない正々堂々とした清々しい戦いっぷりが窺える。この男は一体何なのだ?!)


 マインは困惑していた。

 試合中に困惑することは剣の振りに迷いが生ずる。

 迷うと太刀筋がズレ、力が入りきらなかったり致命傷を与えられなくなってしまうどころか剣撃を弾かれるとバランスを崩してしまう恐れがある。


 (余計なことは考えてはいけない!この試合に集中するのだ!)


 マインはジヌークの目線や筋肉の躍動、足先の向きや剣を握る手の力の入れ具合、肩と肘の動き、腰の捻りなど、相手の攻撃を読むために常に見続けなければならない全てに意識を集中させた。


 「うおおおおお!!ラッシュオブペイン!!」


 マインは凄まじい速さで剣撃ラッシュを繰り出す。

 切断攻撃と突き攻撃がランダムに押し寄せるだけでなく、その速さから判断が追いつかなくなり次第に至る所が斬られ、ついには出血多量もしくは反応が遅れて致命傷を負うといったいわゆる蟻地獄的な剣撃ラッシュでこれに耐えられる者はほぼいない。

 だが、ジヌークはその剣撃の一手一手を的確に捌いており、持久戦の様相を呈していた。


 (化け物か!)


 マインの筋肉に乳酸が溜まっていく。

 次第に腕の振りがコンマ数秒単位で遅くなっていく。

 対するジヌークのスピードは一向に変わらない。

 そしてついにジヌークとマインの剣撃の差が一手分に差し掛かった時、ジヌークの凄まじい振りがマインを襲った。


 「殺神」


 真上から大剣の刃先がマインを襲う。

 距離を取るにも剣そのものが長いため、間に合わない。

 横に避けるにしても回避が間に合わず、おそらく片足を失うことになるだろう。

 マインは本能的にかがみながら前に出てジヌークの懐に入った。

 そしてまるでタックルのように体当たりする。


 ガシュウゥゥゥン!


 ジヌークは若干体勢を崩した。

 それをチャンスとばかりにマインは地面を思い切り蹴り飛び退いて距離をとった。


 『ワァァァァァァァァァァァァァ!!』


 大歓声が沸き起こる。


 この大会でこれほど真正面から本気で撃ち合う剣の応酬があっただろうか。

 観客はそれを誰に言われるでもなく感じ、あまりの高レベルな撃ち合いに感動したのだ。


 「流石は神殺しだ。だがマニエでの借りはきっちりと返させてもらう」


 マインがジヌークに話しかける。


 「借り?何か貸した覚えはねぇけどな。オイラぁ貸し借りはしねぇ。稼ぐだけだ。この剣一本でな」


 ジヌークが言葉を返す。

 彼ほどこの世界でシンプルに生きているものはいないだろう。

 生きるためには金が必要で、金を得るためには戦って勝つことが必要、勝つためには剣技を磨くことが必要だと。

 純粋にそれだけに生き、それだけを実践してきた。

 愚直に毎日毎日ただひたすらそれだけを繰り返してきた男なのだ。

 それゆえ大凡教育といったものは受けていないかったが、そんなものはジヌークには必要ない。


 「なるほど、じゃぁピュアに行かせてもらう!」


 マインは再度ラッシュオブペインを放つ。


 「おめぇ頭悪いのか?それはオイラにゃ効かねぇってわからねぇのか?」


 再度凄まじい剣の応酬になる。


 ズザァ!


 マインは剣を繰り出しながら靴のつま先の上に砂を乗せて一気に蹴り上げ砂をジヌークの顔面に浴びせて目潰し攻撃を繰り出した。


 「ジョーンジー!」


 マインは強烈な突き攻撃を繰り出す。

 突きは相手にとって軌道を読みづらく、目潰しをくらったジヌークにはテキメンだったはずが、ジヌークは大剣の刃先で何なく受け止めた。


 「ばかか!目潰しなんて目を瞑らなければ目潰しにならねぇんだぞ!」


 その通りの言い分にマインは思わず笑ってしまった。


 (この男には戦いの常識が全く通用しない!ならば!)


 マインは両腕に力を込めて凄まじい力とスピードで剣を振り下ろした。


 ガキアァァァン!!


 重くつん裂くような金属音が響く。


 「ぬおおおお!」


 ジヌークはマインの渾身の一撃を受け止めた。


 「ガガントニー!」


 マインは流れるように剣を振る。

 先ほどの強烈な一撃は相手を力ませるのが目的だった。

 力んだ瞬間に生じる隙をついてジグザグに剣を振り遠心力で斬れば斬るほど速さと力を増す必殺技を繰り出したのだ。


 シャババババババババ!!


 「おおおおおおお!!」


 ジヌークの叫びが聞こえる。


 ガガガガガガガガガン!!


 ジヌークは巨大な大剣をまるで盾のように自分の中心に当ててマインの必殺の剣撃に耐えた。

 大剣で隠せない体の両端はマインの剣撃によって斬られており、そこから血が大量に吹き出ている。


 「倒神!」


 血が噴き出ているままジヌークはまるで野球バットの振りのように剣を真横に振った。

 足の踏ん張り、腰の捻り、上半身の軸に腕のしなり、そして手首のバネ。

 体全てが相手を斬るために連携し、それぞれの部位が的確適切にその役割を果たす。


 ブワァァァァン!! バッゴォォン!!


 闘技場にあるものがまるで巨大な扇子で吹き飛ばされたように吹き飛んだ。


 バシュン!


 すぐさまジヌークは凄まじい跳躍を見せた。

 ジヌークが飛んだ先には、吹き飛ばされて壁にめり込んでいるマインがいた。


 「滅神!」


 ジヌークは剣の腹を思い切り地面に叩きつけた。


 バゴァァァァァァン!!!!


 思い切り叩きつけた剣の風圧はまるで重力攻撃にように周囲のもの全てを押し潰す。

 この攻撃は明らかにマインを殺す攻撃だった。


 ガカン!!


 凄まじい圧風によって砂嵐が発生した。

 次第に砂埃は風で流された。


 「!」


 壁に埋まったマインの前に人影た一人。


 「おめぇは!」


 「勝負ついてんのに随分としつこいやつなんだねぇ‥‥お前!」


 立っていたのはヒーンだった。


 「レンス!試合終了だ!ジヌークの勝ちを宣言しろ!」


 ヒーンが叫ぶ。

 レンスが慌てて答える。


 「しょ、勝者神殺しジヌーク!」


 『わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』


 大歓声が沸き起こる。


 「ふん。つまんねぇな。まぁいい。オイラの滅神を防ぐとぁ只者じゃねぇことたぁわかった。おめぇと戦えるのを楽しみにしておくぜ」


 ジヌークはそのまま去っていった。

 その姿を冷静な怒りを抱えた複雑な表情でジヌークを見つめていた。


 (今回戦えるとしても決勝か‥‥。まぁいいよ。戦いの世界だと割り切っていたけどお前のそれは虫を叩き殺すのと変わらない‥‥。師匠のこともそうやって殺したんだろうね‥‥)


 ヒーンはマインを背負って闘技場を後にした。



・・・・・


・・・



―――トゥラクス軍―――



 エンブダイに向かって軍を進めているトゥラクスは休むことなく進んでいた。


 その進路を塞ぐように一人の兵士が立っている。


 「止まれぇ!!」


 トゥラクスは軍を止めた。


 立っていた兵士は王宮特殊部隊の鎧を着ていたため、トゥラクスは軍を止めた。

 王宮特殊部隊は10名程で組織されたヘクトル王直轄の諜報部隊であり、王の命令のまま行動し、死ねと言われれば死ぬと思考に刻まれた部隊でもある。

 そしてその兵が現れたということはヘクトル王からの指示があるということを示していた。



・・・・・


・・・




 軍は一旦進行を止め、騎馬車をホロで覆った。

 騎馬車の中にはトゥラクスと兵のみがおり、誰も入ることを禁じた。


 「ヘクトル王とお繋ぎします」


 兵はそう言うと炎魔法でホログラムを映し出した。


 ジジジ‥‥‥ブワン


 「ヘクトル様!」


 目の前に映し出されたのは玉座に座る人物だ。

 影になっており顔はわからない。


 「首尾は」


 「は、は!ゾルグに侵攻しているハーポネスをわ、我が軍とディアボロス率いるアディシェス軍によってほぼ撃退の状況です」


 「首尾はと聞いている」


 「も、申し訳ございません!グ、グランヘクサリオスではホプロマとムルが敗北、そしてナラカではレティスがヤマラージャに敗北、現在セクトは王城を警備中にございます」


 「貴様死ぬか?首尾はと聞いているのだ。敗北した結果などを聞いているのではない。最終的にお前は我のためにどれだけの貢献をするのだ?」


 ヘクトルの鋭く重苦しい言葉がトゥラクスの意識を抉る。


 「こ、これよりナラカへ行き、ヤマラージャを八つ裂きにします!各国では反乱が続いておりますが、西は予定通りガザドの寝返りでレグリアは殲滅いたします!東のハーポネスはアディシェス軍により殲滅いたします!北のジオウガ軍は改造生物軍で殲滅いたしますので予定通りゾルグに被害が及ぶことはありません!」



 「グランヘクサリオスはどうなるのだ?」


 「こちらにはグラディファイサーランク1位の闇虎と、突如現れたクアンタムという戦闘力の高いグラディファイサーを取り込んでおりますので問題ございません!いざとなれば私めとセクトで反乱因子を殲滅いたします!」


 「そうか。お前はそう答えるのだな。そうなるように命をかけるが良い。失敗する場合は死すら生ぬるい刑が待っていると知れ」


 そう言い終えるとホログラムは消えた。


 「以上です」


 そう言い終えると兵は消えた。


 「ふぅ‥‥」


 (相変わらず生きた心地がしないな)


 「鳥を用意しろ」


 トゥラクスは各地に鳥を飛ばした。






次は火曜日のアップ予定です。

いつも読んでくださってありがとうございます!

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