<ゲブラー編> 144. 業魔剣
144.業魔剣
ーーーゼネレス ジーグリーテ南ーーー
ギーザナ率いるジオウガ軍と突如出現した改造生物部隊との交戦が始まっていた。
最初は敵か味方かも分からない状況であったがオーガの1人が攻撃を受けた事に端を発し交戦となった。
改造生物軍2千に対して圧倒的に数で勝っておりさほどの脅威ではなかった。
開戦直後はー。
常に戦いに身を置き武技や魔法鍛錬を欠かさず自身の体にダメージを与え限界越えを繰り返し、それを諦めず続ける事で肉体的身体的強化を常に追い求めている種族オーガ。
彼らの強さはその身体能力の高さと思われがちだが実際にはそれは一つの要素でしかない。
彼らの強さを示す根幹は精神的強さに他ならない。
その精神的強さとは、この世界の種族で最も恐怖を克服し、痛みへの耐性を備え、四肢がもがれようと最後まで諦めずに戦い抜く強さである。
オーガを恐怖させ、痛みで屈服させ、諦めの境地へ陥れる事の出来る存在は少ないだろう。
勝てずともオーガは決して臆さず諦める事はない。
それは戦う相手には必ず恐怖心があり、痛みを嫌がり、絶望を感じてしまう瞬間を持っており、日々の過酷な鍛錬によって自分達オーガはそれらへの耐性で負ける事はないと言う自負があるからだ。
そのオーガが今苦戦を強いられている。
肉体的にではなく精神的に。
ジオウガ軍後方から突如現れた改造生物軍との交戦で僅か2千の軍にジオウガ軍は1千を失ってしまっている。
身体能力は5分か若干改造生物の方が上かもしれないが、だからと言ってオーガ達が怯む理由にはならない。
彼らが怯む理由ー。
それは改造生物に感情というものが無かったからだ。
殴られ、斬られ、焼かれ、いかなる攻撃を受けても表情ひとつ変えずにただひたすら突き進み攻撃をやめないのだ。
その戦う姿はまるでアンデッドのようであり、自分達と互角以上の肉弾技や武技を使いこなし且つ恐れや痛みの感情を一切持たないその戦いぶりは次第にオーガの不撓不屈の精神を蝕んでいった。
ーーージオウガ軍本陣ーーー
「伝令!」
「どうしたのだ?!」
「申し上げますギーザナ様!ジーグリーテより再度ネザレン軍と思しきエルフの大群が押し寄せております!まだ森から全ての軍が出てきていないように思われますがその数大凡2万!」
「!」
ギーザナは腕を組んで報告を聞き考えていた。
(完全に策にハマったようだ。あの改造生物軍はおそらくゾルグで行っていた生物実験の結果生み出されたものだな‥‥。エルフにはあれだけの大々的に兵数を確保するほど大っぴらに実験出来るところはないだろう。そしてあの感情を司る部分を抜き去ってしまっているのか分からないが、無表情に突進し攻撃してくるのを止めないところ‥‥。何にしても我らの士気を削ぐ相手には違いない。そしてこの誘い込んで再度登場してくるエルフ共の手際のよさ。ゼネレスとゾルグは繋がっているな‥‥)
そしてギーザナは意を決した様に右手を高らかに掲げた。
「東籏時方向へ全軍退避だ!一旦引いて形勢を立て直す!」
ギーザナの指示を受けて副指揮官が各部隊長へ伝達し全軍が東方向へ動き出した。
後方部隊はネザレンのエルフ軍と、そしてゾルグの改造生物軍と戦いながらの退避であるため部が悪く、次々に兵を失っている。
特にエルフの放つ正確性の高い弓矢攻撃を回避しながら、矢が刺さってもまるで怯む事なく表情一つ変えずに突進し攻撃してくる改造生物軍の歪な連携攻撃によって更に兵を失う状況となっている。
オーガの中には元々逃げるという戦術はなかったが、シャナゼンが王になって以降、様々な戦術が取り入れられた。
オーガには、“ 情報なき行動は、毒虫に殺されるも同じ” と言うことわざがあるのだが、過去オーガは見た目で相手を判断し負ける事が多々あり、その度に相手を卑怯者や臆病者と罵っていた。
だがそれは、相手の戦術を知ろうともせず、己の力だけで勝てると思い込んでいる驕りであり、負けた者は何を言っても遠吠えにしかならないと言うのを教えたシャナゼンの言葉であった。
勝つために一時的に逃げる。
これをオーガ達が理解し、自身の戦いに反映できる様になるまで実に50年以上も費やしている。
そんなオーガ達でさえ、今逃げながら押されている状況は流石に耐え難く、ギーザナの判断を疑う者さえ出始めた。
「ギーザナ様!部下たちの士気が異常に下がっておりますぞ!」
ギーザナが今のこの瞬間痛いほど感じている事をわざわざ意見する側近にイライラしている。
ジオウガ軍がグムーン自治区の近くを超えてゼネレスを更に東へ進む。
少しずつ改造生物軍とエルフ軍を引き離した事で戦死傷者は減ってきているが、最も危険な状況はこの士気が下がっている状況だった。
「しばし先頭の指揮を頼む」
「ギーザナ様何を?!」
副指揮官は驚いてギーザナに問いかけた。
「心配するな。後方に少し喝を入れるだけだ」
そう言うとギーザナは馬を反転させて後方へ向かった。
しばらく走り後陣が見えて来た頃、再度向きを反転させてゆっくりと最後尾に回り込んだ。
「ギーザナ様!」
「なぜここに?!」
「危険です!奴ら化け物だ!普通の攻撃じゃぁ歯が立たない!」
「おまけにエルフのクソ共の小賢しい矢が邪魔しきやがるんです!」
シュワン!
ギーザナは軽く腕を振り上げて問題ないと言わんばかりのジェスチャーを見せた後馬上で飛び上がり後ろに向きを変えて鞍に着座した。
「ギーザナ様‥‥何を?!」
「後ろ向きで馬を操るとは?!」
「ジオウガ王国軍の者たちよ!よく聞けい!お前たちオーガはこのギーザナ!オーガロードがいる限り何も臆する事はない!何故なら我らオーガは負ける事がないからだ!」
そう言うとギーザナは背中に背負っている巨大な大剣を手に持った。
そしてその大剣を両手で真横に持った。
刃を掴んでいる方の左手部分が赤く燃え盛り大剣の刃もまるで製鉄時の様に赤くなっている。
「義炎剛嵐爆」
そう言い終えるや否やギーザナは持っている大剣を思いっきり上へ放り投げた。
ブワンブワンブワン!!
シュウウウウゥゥゥン‥‥
放り投げられた大剣がブーメランの様に地面に向かって戻ってくる。
着地点は丁度改造生物軍とエルフのネザレン軍の手前辺りだった。
ドスン!ドッゴォォォォォォォォォォォン!!!
まるで超強力な爆弾の様に半径300メートルの球体状に爆炎が発生する。
その超高熱の爆炎と爆風で数百体の改造生物とエルフが一瞬にして焼かれ吹き飛んだ。
『うおおおおぉぉぉぉぉぉ!!』
ジオウガ軍から歓喜の声が沸き起こる。
「流石はギーザナ様だ!」
「オ、オーガロード万歳!!」
「わ、我らも続くぞ!気落ちしている場合じゃない!!」
爆風で髪が靡いているギーザナは少しホッとしていた。
「さて、ここからだ」
ーーーアムラセウムーーー
闘技場ではこれから第5戦が始まろうとしていた。
既にバルカンとヘクトリオンのムルが闘技場内に登場しており中央で向かい合っている。
ムルは怒りの表情を浮かべており、今にも攻撃を繰り出しそうな勢いだ。
( ホプロマが雷帝スノウに敗れて以降消息が不明だ‥‥。恐らくヘクトル様の手の者によって捕えられ制裁を受けているに違いない‥‥.いや、そんな生やさしいものではないだろう‥‥。俺は皇帝に成らねばならんのだ‥こんなところで殺されてなるものか!)
レンスが試合開始の合図を出す。
ピィィィィィィィィィィ‥‥
合図が鳴り始めるかどうかの瞬間に凄まじい跳躍を見せ一気にバルカンの懐に入り手をバルカンの腹部に当てる。
ドムゥゥゥン!!
炎魔法に爆発によって吹き飛ぶバルカンが宙を舞っている間に、背中に背負っている弓矢を取り出し一度に数本バルカンに向けて放った後、再度大きく跳躍を見せてグラディウスを振り上げる。
「エンペリオス・ラッシュ!」
凄まじい速さの剣撃ラッシュがバルカンを襲う。
スザァ!ヴァザ!ジャキ!ザバ!
バルカンの四肢が斬られ切断されている。
(勝った!)
最後の一撃とばかりに頭部にグラディウスを突き刺そうと強力な突きを繰り出した。
ズキィィン!
頭部にグラディウスが突き刺さっている。
そしてムルは振り向いて手を高らかに手に掲げ勝利宣言した。
「?!」
(何故大歓声が起こらない?レンスは何故勝者を告げて試合終了を伝えないのだ?!)
疑問は不安に変わる。
辺りを見回すムル。
観客は皆静かだ。
もしやと思い自分が倒したバルカンを見る。
するとそこには死体も血飛沫もない。
「何がどうなっている?!俺は勝ったはずだ!バルカンを圧倒し最後には顔面に剣を突き刺して殺した!こ、これは‥‥幻覚?!幻覚を見せられているとでも言うのか?!」
アムラセウムの観客達は言葉を失っていた。
ムルが試合開始の合図が鳴って以降、全く動かずに虚な目で立ち尽くしているからだ。
VIP席ではヒーンがスノウ達に説明している。
「あれはね、バルカンだけが使いこなす恐ろしい力だよ。業魔剣‥‥それは単なる二つ名じゃないんだ。彼が使いこなしている剣術そのものなんだよね‥」
「どう言う意味だ?業魔剣って言うのは一体?」
スノウが問いかけた。
「ああ、ごめん。ちゃんと説明するよ、って言っても僕は一部しか知らないんだけどね」
そう言いながらヒーンは話を続けた。
「業魔剣‥‥。人の業を認識する業識の力を持った者だけが使える、恐ろしい武術と言うより神技って言った方がいいのかな。神々の力を自身に降ろして相手のカルマと意識を繋げている精神回廊から神技の影響を相手に与えるというもので、相手の業の深さによって威力の変わる神技も在れば、自分の業の深さで影響度合いが変わる技もあるらしいんだよねぇ」
「業識‥‥」
スノウはバルカンの強さを単純な力や武技、魔法力だけでは無い事は感じていたが、自分の知らない領域の強さを知り、それを会得したいという欲求にかられた。
「それで今のこの状況は?」
「恐らくバルカンがムルのカルマに触れて彼の欲望を感じ取ったんだろうね。相手の精神をカルマに囚われている思いに縛り付ける、えっと何だったかな‥‥そう、カルマン・ヴィルパークシャって言ったと思うよ。カルマンは業識で触れて繰り出す神技、その後のヴィルパークシャは降ろす神の名だったかな。ヴィルパークシャは別な言い方で毘楼博叉‥‥広目天とか言ってたな」
「広目天!」
スノウは聞き慣れた名前をこんな場所で聞くとは思わなかったと言った表情になっている。
(仏教でいう天部の四天王って呼ばれている鬼神の一角じゃ無いか‥‥この世界‥‥聞いたことのある神の名前とかよく出るけど、日本との繋がりは一体どうなってるんだ‥‥。まぁ今更か‥‥)
「それでそのバルカンが放った業魔剣によってムルはあんな風に硬直したままなのか?」
「きっと一試合終えたくらいじゃ無いかな」
スタ‥スタ‥スタ‥
バルカンは虚な目で動かないムルの目の前に立った。
「来世で洗い清めよ」
バルカンは剣を振り上げてムルに斬りかかる。
ガキン!!
「何ぃ?!」
バルカンは驚いている。
なぜなら反応できるはずのないムルが自分の振り下ろした剣をグラディウスで受けているからだ。
カァン!
シュッ!ズダン!!
ムルに自分の振り下ろしている剣を弾き返えされたバルカンはすぐさま凄まじい跳躍を見せてムルに当て身を食らわせた。
「!!‥‥わ、我は負けたのか?!これは一体どう言う事だ?!」
意識を取り戻したムルは当身によって別の意味で意識を失いながら、起こった状況を把握できず混乱しつつ倒れた。
「第5戦勝者!業魔剣バルカン!」
第5戦はバルカンの圧勝によって静かに終わった。
観客達はヘクトリオンが2人とも簡単に敗れた事から困惑の色を隠せずにいた。
バルカンの勝利に歓喜の声を上げれば処刑されるかも知れず、一方でヘクトリオンの実力に落胆もしていてそんな者達が自分達を支配していたのだと思うと苛立ちさえ湧いてくるのだった。
ーーーハーポネス軍ーーー
総大将のマカムは嫌な予感を覚えていた。
「リュウソウを呼べ」
マカムが副将に指示を出した。
しばらくすると一頭の馬がやってきた。
ブルルン!
馬が唸っている。
急いで来たのだろう。
馬に跨っていたのはリュウソウだった。
「すまんの、急に呼び立てて」
ハーポネス軍は既にゾルグに入っているが、ゾルグ軍が現れる気配が無かった。
だが油断はできず、とある情報によるとヘクトリオンの隊長であるトゥラクスがハーポネス軍に向けて出兵したとも言われており、その様な状況下で重要な右翼の大将をになっている男を呼びつけるなどはあり得ない事だったのだ。
それを知りつつリュウソウは早馬で中央軍のマカム総大将のところへ来た。
「率直に言おう。どう感じる?」
おかしな質問だった。
通常マカムからは、戦況なら ”読む“ と聞かれるし、状況なら ”観る“ と聞かれてきたからだ。
だがリュウソウは、 ”どう感じる?“ と言う問いかけがしっくりきていた。
「私もそれがあって急いでこちらへ参上したのです。隠さず申し上げると、私の体の細胞が引き返せと言っています。生まれて物心つく前から戦闘に身を置いて磨いて来たと自負するこの感覚が、勝ち負け以前に逃げろと言っています」
その表情は決して冗談を言っているものではなかった。
そしてマカムはより険しい表情に変わる。
「お主がそう言うならそうなのだろう。だが今回は‥‥」
「はい、引けませんね。私はもう覚悟を決めました。天帝だけでなく、姉の様に慕っているイシルを裏切り友であったザムザも裏切った私には、この戦いをやり抜くしか借りを返すすべがないですしね」
リュウソウは苦笑いを見せた。
「恨んでいるものなどおらんぞ、既にな。だが、言う通りやり抜かねばならん。ゲブラーの命運を握る戦いにおいて曲がりなりにも大将を仰せつかったこの身、これ程名誉な事はあるまいて。名誉で死ぬことほど戦士として命を粗末にしている事はないが、それほど満足のいく死もあるまいのう」
「そう言うものでしょうか」
「お主にはまだ早かったか」
すると伝令兵が現れる。
「報告!」
「どうした?」
「前方5キロメートル先にヘクトリオン・トゥラクス軍と思われる軍約1万を確認!」
「来たか」
「ですが我々の感じているものではないですね」
「その様だが先ずは目の前の敵の殲滅に集中じゃ。右翼頼んだぞ」
「は!」
この後、ハーポネス軍とトゥラクス軍の交戦が始まる。
次のアップは火曜日の予定です。
日付けまたぐ可能性あります。
いつも読んで下さってありがとうございます!
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