<ゲブラー編> 132.ゼネレス侵攻
132.ゼネレス侵攻
―――ゾルグ王国首都ジグヴァンテ王城内会議室―――
「動き出しましたね‥‥ウジムシどもが」
セクトがトゥラクスに話しかけた。
ここは王城内の会議室であり、炎魔法のホログラムでグランヘクサリオスの第1ステージの一部始終を見守っていたヘクトリオンのトゥラクス、セクト、レティスの三人がいた。
「我らも行動を起こす時が来た」
「そうね」
トゥラクスが反応し、レティスが同意する。
「グランヘクサリオスはどうなりますかね」
「そうだな。第2ステージも問題なく、我らの側の者たちは勝ち進むだろうな」
「そうね。そして反乱軍のやつらはそこで終わる」
「あとは小賢しいウジムシどもの軍勢を踏み潰せばいいってことですね」
「ああ」
「それじゃぁ私は地下のゴキブリたちを始末してくるわ」
「頼んだぞ。無駄に長生きしているデクの棒は捨ておけばいい」
「私、ああうの趣味じゃないのよね。だから鼻っから相手にするわけないでしょ」
「そうか。ならいい」
「じゃぁ行ってくるわ」
そう言うとレティスは姿を消した。
「さて、我々はどうしますか?」
「ここで待機だ」
「待機‥‥ですか?」
「ああ。ここにも必ずやって来るからな」
・・・・・
・・・
―――ジグヴァンテにあるとある酒場―――
会議室での会話から数時間後。
レティスはとある酒場を訪れていた。
「ここ、いいかしら?」
レティスは一人の男が座っているテーブルの向かいの席に座ろうと男に声をかけた。
「どうぞ、よろこんで」
答えた男の容姿は、細く色白で綺麗な顔立ちをしているいわゆる草食系イケメンのような感じで、喋り口調も穏やかかつ低くもなく高くもない心地よいものだった。
「お久しぶりね」
「ですねぇ」
「元気だった?シルベルト」
男はシルベルトだった。
シルベルトー。
スノウたちがレグリア王国で知り合った男だが、ダイヤモンド級の冒険者で炎魔法を得意とする強者だ。
グリーンドラゴンのザロンが幽閉されていたレグリア王国の地下を探索する際に同行しているが、途中で姿を消しクエスト報奨金を独り占めしようとした悪どさを持っている。[ゲブラー編36以降参照]
だが、なぜこのシルベルトがヘクトリオンのレティスと知り合いなのか。
「ちょっと地下にお散歩‥‥どうかしら?」
「ははは。お散歩と言うには激しそうな予感がしますね」
「相変わらず流石だわね。話をする前に読み取るなんて。ちょっと忙しいゴキブリ退治だわ」
「ゴキブリ‥‥‥数は?」
「ざっと2千。でも巨大ゴキブリは殺しても死なないやつだけど」
「ああ。あのゾンビですか。それは骨が折れそうだ」
「こちらは5千。参加いただきたいのだけど?もちろんいつも通り報酬ははずむ条件でね」
「いいでしょう。ちょうどグランヘクサリオスが開催されている中で、各国の怪しい動きの噂を聞いています。これは面白いことになりそうだ。それに私の友人も何やら色々と裏で動いているですしね」
「じゃぁ、追って連絡するわね」
「了解しましたよ」
・・・・・
・・・
―――ゼネレス首都クリアテ 評議会―――
バァン!
「なんだと?」
一人のエルフが眉間に皺をよせてテーブルを叩いて立ち上がった。
ここは評議会メンバーが集まるゼネレス首都クリアテ内にある評議会メンバーとの謁見の間だ。
評議会メンバーは4名。
評議長1人と評議員3名で、4つの上流血統一族から一人だけ選出されるものであり、ゼネレスの政、軍事方針などは全てこの評議会で決定される。
一族とはバーン一族、スーン一族、レーン一族、ジーン一族の4つあり、その中に本家、分家のような位置付けで上流血統家が存在する。
現在の評議長はバーン一族から選出されており、イーリス・バーン・ジャグレアという名の女性だ。
既に300歳を超えており、ヘクトル支配前からゲブラーの歴史を知る数少ない歴史の生き証人だ。
そのため、ジャグレア家はバーン一族の本家的位置付けではないが、一族最年長にして思慮深く公平公正な判断ができる人物として推薦されて評議長となっている。
驚くべきはその容姿で300歳を超えているにも関わらず若々しい姿を保っており、人間で言えば30歳中盤といった見た目だ。
イーリスは軽く手をあげて立ち上がった評議員に座るよう促した。
評議会に急報が伝えられたのだ。
「状況を詳しく伺いましょう」
「は!オーガ軍総司令のギーザナ率いる軍勢約4万が間も無くこのゼネレスに侵攻するとの状況で、既に国境警備の者たちによってその軍勢を確認しております!」
ドン!
「野蛮人どもめ!だから早いうちに滅しておくべきだったのだ!」
机を叩いて大声を出しているのはエルフきっての武闘派一族のスーン族代表で評議員のペルセネス・スーン・ガンターマンという名のエルフには珍しい筋骨隆々な姿をし、スーン一族の象徴でもある緑色の髪後ろで束ねた男性だ。
エルフに何か危機が訪れた際に先頭に立って戦うことを使命と考えており、その日が来ることを待ち望んでいる。
「まて、ペルセネス。まずは情報収集であろう?」
制したのはジーン一族の代表の評議員であるアーランド・ジーン・ファビリオスという細身で青い髪を七三分けにした髪型の男性だ。
青い髪はジーン一族の象徴であり、ジーン一族はエルフの中で最も賢く聡明な血族と言われている。
「ふん!どうせいつもの通り能書きを垂れるのだろう?そうやって初動が遅れて後手に回ってしまったらあなたは責任を取れるのか?」
「責任はこの評議会で取るものであり、一個人でどうするものでもない。評議会規定を読み直したまえ」
「ちっ!相変わらずだ。一言一言癇に障る」
ペルセネスは腕を組んで椅子に深々と勢いよく腰掛けた。
「それで国境付近の防衛配備とオーガの進行経路は?」
今質問したのはレーン一族代表のネルベス・レーン・ジルボアという男性だ。
レーン一族はその卓越した交渉力で主に外交などを任されている。
ネルベスはレーン一族の代表として評議員に就いているが、レーン一族の本家はラガナレス家である。
ネルベスのジルボア家はいわゆる分家的位置付けだが、マルトス・レーン・ラガナレスを筆頭に財力にものを言わせて権力を握ろうとする動きを警戒して、分家のジルボア家から評議員が選出されたという経緯がある。
「防衛配備は今の所、グムーンから自主的に出された約5千のみで数は圧倒的に足りません!」
「おかしいですね。グムーン自治区には約3万の軍備があるはずでは?国境の配備といっても侵入できる経路は限定されます。2万いれば5日は持ちましょう。その間にネザレンから援軍を送ればよい。どうして5千程度で警備配置しているのですか?」
「‥‥じ自治区長のラング・リュウシャーの判断にございます」
「なんだって?!自治権を与えているとはいえ、あの街はジーグリーテに侵入する者どもを防ぐ防波堤でもあるんだぞ?!あの蛮族相手になぜ5千しか兵を出さんのだ?!まさか自分たちの街を守るのに兵を温存しているのではないだろうな?」
「わ、わかりません!」
評議長のイーリスは黙っているネルベスに一瞬目をやった後、口を開いた。
「いきなり交戦も被害が大きくなりましょう。ここは交渉に長けたレーン一族から相手の総司令であるオーガに侵攻の理由と撤退要求の交渉に出向いてもらいましょう」
イーリスが提案する。
ドン!
「ぬるい!もしそんな口先だけの対応で突破されたらグムーンどころかネザレンやこのクリアテも危うくなりますぞ!」
「話は最後まで聞くものですよ、ペルセネス」
「ちっ!」
ペルセネスはドンと腰掛けた。
「同時にネザレンからも軍を出し、グムーン自治区と国境とグムーンの中間地点の2箇所に軍を分けて配置しましょう。先にグムーンから2万の兵を出し、あとからネザレン2万の兵でグムーンの防衛にあたる。ネルベス、交渉役の選出とグムーンからの2万の出兵指示は頼みましたよ。ペルセネスはネザレンからの出兵に対して指揮官の選出と出兵指示をお願いします。異論ある者はおりますか?」
「異論はありません。それが賢明でしょう。オーガも思考はできる。思考ができれば交渉も可能です。かといって交渉だけに頼るのはリスクが高い。2重の軍配備も効果的でしょう。中間地点で交戦し、劣勢になりそうであればグムーン警備軍は横からぶつけて挟めばいくらオーガ4万の兵力といえども止められましょうな」
アーランドがイーリス評議長の提案に賛同した。
「私も異論はない。すぐに出兵準備を始める」
ペルセネスも賛同し、ネルベスの意見も聞かずすぐさま席を立って出て行ってしまった。
「ネルベスはよろしいですか?」
「異論を唱える暇もありませんでしたね」
「では評議会の決定として今回のオーガ侵攻に対処します」
・・・・・
・・・
イーリスは評議堂内にある自室に戻った。
ここは防音対策が施されており、完全にプライベートが守られた空間だ。
上流血統といっても4つの一族と9つの家系があり、それぞれが好き放題に振る舞っているため、評議会の運営は異常なほど神経を使うのだ。
そのため、この自室にこもっている瞬間がイーリスにとって唯一安らぐ時でもあった。
「ふぅ‥‥」
(厄介なことになりましたね。でもなぜこのタイミングでオーガはゼネレスへ侵攻など‥‥。現在ゾルグではグランヘクサリオスが開催されている‥‥。なるほど、100年前のモウハン事変の再来‥‥ヤマラージャ率いる反乱軍が各国と共闘してヘクトル王を倒そうとしていると考えるのが妥当ですね‥‥。そして前回は共闘軍に加わらずヘクトルに加担した、いや傍観していたゼネレスに対してオーガが先手を打ってきた‥‥‥。彼らにはギヴェラザルノ山を騙し取られた積年の恨みもありますからね。これは本格的な戦争になると思った方が良さそう。厄介です)
ガタ‥‥
「!‥‥誰ですか ⁈」
突如部屋の本棚の影から物音が聞こえたため、イーリスは警戒している。
(迂闊!油断しました‥‥)
上流血統は血の争いの歴史でもあり、自分たちの一族や家系に不利な判断が下される場合など、暗殺が行われることが過去の歴史でしばしば起こっていたのだ。
コツ‥‥コツ‥‥
「!!!!あ‥‥あなたは ⁈」
イーリスは突如目の前に現れた人物に驚きを隠せずにいた。
次は火曜日アップの予定です。所用にて少し間空いてしまい申しわけありません。




