<ゲブラー編> 116.好きって言えなかったな
116.好きって言えなかったな
タッタッタッタッタッタッ!!!
メザナは最大限の集中力で周囲を警戒しながら全速力で王城内を下層階に向かって走っていた。
(ヤバいヤバいヤバい!!)
突然のセクトからの接触に思わずその場から走りさってしまったのだ。
これでは自分が怪しいと宣言しているようなものだった。
だが、そうせざるを得ない状況だった。
セクトの囁いた不気味な言葉と共に放った全身串刺されるオーラで殺された感覚になったからだ。
仮にその場では耐えられたかもしれないが、直後にその感覚が現実になっていただろう。
メザナの鋭い感覚が瞬時にその場から自分を逃し生きながらえさせたのだった。
「!!」
ドッゴォォォン!!!
十字路になっているところを勢い余ってまっすぐ進もうとするが、進行方向からセクトの滅殺オーラが近づいてきたため、壁を蹴って方向転換して左の通路を進んだ。
(なんで後ろにいるはずが、前から来るの?!あたし真っ直ぐ降りてないのか?!)
再度十字路になったが、またもや前方からセクトの強烈な滅殺オーラが襲ってきたため、メザナは壁を蹴って今度は右方向に進む。
(おかしい・・・着実に下層階へ向かっているはずなのに何故追い越される?!)
三叉路になるが、今度もセクトの強烈なオーラが迫ってくるもどちらから来るか分からない。
(これしかない!!)
バッゴォォン・・!!! ガシャァァァン・・・
メザナは壁を蹴って方向転換し窓から飛び出した。
飛び出した窓は10階以上の高さだった。
バシュウウゥゥゥゥ・・・!!
メザナは背中に背負っていた弓矢を別の城の塔へ打ち込んだ。
鏃はガッチリと塔の石の隙間に食い込んだ。
矢にはロープが付いており、そのロープを掴んで地上に着地する。
ガラン!!タッタタタッ!!!
メザナは前転するように受け身を取りそのままのスピードで走っていく。
(何とかまけたか?!)
後ろを振り返る余裕はないが、セクトの気配は感じられない。
間も無く王宮から出られる門に差し掛かろうとしていた。
「!!!」
ズザザッ!!!
メザナは突如足を止めた。
そして体が勝手に戦闘体制に入る。
まるで細胞が緊急事態を知らせるアラートを発動したかのように無駄な動きなく弓矢を構えた。
ガチャ!!
目線は王宮から出る門の先に向いている。
メザナのこめかみから汗が滴っている。
だが心の中は冷静だった。
ドクン・・・ドクン・・・ドクン
心音も落ち着いてる。
(来てみろ・・・急所を撃ち抜いてやる・・・)
ドクン・・・ドクン・・・ドクン
門右手側の地面に影だけが見えている。
「君・・・誰に頼まれた?」
「!!!」
(やはりセクト・・・どうやって先回りしたの・・・?!ありえない・・・)
「無言・・・ですか。まぁいいでしょう。いずれ喋ることになりますからね」
そう言いながらセクトは姿を現した。
と同時に確実に眉間を貫く矢を放つメザナ。
シュゥゥゥゥゥン・・・
「!!!」
なぜか矢はセクトをすり抜けて後方へ飛んでいった。
無常にも矢の空を切る音だけが響いた。
「いきなりですね。人と会ったら矢を放てと教えられたのですか?親の顔がみてみたい」
「!!」
メザナの表情が怒りのそれに変わる。
「おや?落ち着いていた精神が揺らぎましたね。君の隙は親ですか。それではあなたを殺した後、あなたの親を調べ上げてきちんと殺して差し上げなければなりませんね」
「そんなことはさせない!!」
バシュバシュ!!!
メザナは矢を連続で放ちその場から素早く移動した。
確実に急所を狙って放っているにも関わらず、矢はセクトの体をすり抜けるようにして後方へ飛んでいく。
(なぜ当たらない?!ならば!!)
メザナはセクトの背後に周り剣で斬りつける。
カキン!!
セクトは腰に下げていたグラディウスをいつ引き抜いたのか分からない速さでメザナの太刀筋を見ることなく、背後に回して受け切った。
メザナはカウンターを警戒してそのままバク転を繰り返して距離を取る。
「なるほど・・・君は、インビジブルアロー・・・メザ君だね?」
「!!!・・・それがどうした?!」
隠しきれないと判断し、自分がメザであることを認めて、着ていた甲冑を脱いだ。
「なかなかの強さだ。さぁもっと打っておいで?突いてもいいし、斬ってくれてもいい。君の全力をみせてくれ」
「??・・・じゃぁ要望に答えてやるよ!」
ダタン!!!ヒュウゥゥ・・・バシュバシュバシュ!! ガキン!!!
メザナは凄まじい跳躍と共に数本矢を放ち、そのまま矢と同じスピードでセクトの後方に周り剣で背後から突きを繰り出したが、またしても太刀筋を見ることなく、セクトはグラディウスの刃でメザナの突きを受け切った。
そしてそのまま体を捻って強烈な蹴りを繰り出した。
ボゴン!!!
「がはぁ!!」
メザナは凄まじい速さで後方に吹き飛ばされた。
「んー。なかなかやるねぇ。この私の蹴りのスピードに合わせて体を仰反ってダメージを最小限に止めるとはね。しかもあの体勢から。いやぁ君は余程の鍛錬を積んできたということか。んー。興味がある。君はどこかの組織に属しているのではないかな?・・・君はどうやらエルフのようだからゼネレスに何か組織があるということか」
(!!!・・・まずい・・・)
「組織?何を言っている?この国を滅ぼしてやりたいと思っている者はゼネレスにもいるってだけだ!あたしはこの国を滅ぼすために革命軍に入った!それを組織というならそうなんだろう」
メザナはラガンデに辿り着くことのないように革命軍に与していると誤魔化した。
革命軍には申し訳なかったが、既に知られている敵対組織であるため自分一人が勝手に行動していることにすれば大した問題にはならないとふんでいた。
「革命軍ねぇ」
セクトは頭をぽりぽり描きながらにやけている。
「まぁ、そういうこともあるだろうね」
グザァ!!!
「がっばぁぁぁ!!」
メザナは何が起こったのか分からなかった。
突如自分の腹からセクトの持っていたグラディウスの刃が飛び出てきた。
血が噴き出る。
「な・・・なん・・・で?!」
「何で?まぁ、そうなるな。目の前にいた者が突如後ろに現れて自分の背中から剣で腹を突き破ったのだからな」
「セ・・・クト・・・は・・」
「おお、優秀ではないか。きちんとヘクトリオンの動向を探った上での侵入とはな。つまり、それだけ長くこの地に潜伏していたことになるな」
「・・・お・・ま・・えは・・・誰・・?」
「お前がどこの組織に属し、何の目的であの研究室を探っていたのかは追々調べるとしよう。だが、あの研究室の秘密を知ってはならんのだ。見たところ何も盗んではいないようだが・・・完全に抹消するするためにはどうすればいいか・・・」
「!!・・お・・・お前は・・・ま・・さか・・・」
グリンッ!!
「おい。まさか我の名を口にしようというのではあるまいな?んっんーそれはならん」
「んんーー!!!」
次の瞬間、自分の口の中に丸めた布が突っ込まれており言葉が喋れなくなっていた。
血反吐を吐きたくても布が邪魔をして吐くことができず、メザナは呼吸困難に陥っている。
「そうか・・・ここにあの研究室の情報が残されているな・・・ココに」
セクトはメザナの頭のてっぺんを指でトントンと叩いている。
「んんんーーーー!!!」
「じゃぁ、忘れずに殺して抹消するしかあるまい」
・・・・・
・・・
―――エンブダイ とある食堂―――
「だからよぉ、お前は詰めが甘いんだってコウガ!そんなんじゃグランヘクサリオスでトップ10に入れないぜぇ?」
「お前に言われたくないぞグレン!あんな出鱈目に剣を振り回して当たる方が奇跡だよ!お前こそトップ10入りは夢のまた夢だな」
「はぁ?!槍を速く突くだけのお前の単調な技に、俺様の芸術的な変幻自在剣技の凄さが分かってたまるかっての!俺の剣はなぁ、出鱈目じゃねぇ!相手の動きに反応しながら斬ってんだからなぁ!」
「意味がわからん!明日から出鱈目剣と二つ名を変えたらどうだ?相手の動きを読んで素早く攻撃!これぞ王道だぞ!」
「分かってねぇなぁ!相手の動きを読んじゃだめなんだよ!相手の目線と手首と爪先、あとは腕とか足の筋肉!それらの動きで次の0.01秒後に剣の刃先がどういう風な軌道を描いてどこ目掛けて振られるかをだなぁ!一瞬で見極めて体に反応させて斬るんだよ!じゃなきゃ当たらねぇんだから!」
「意味がわらかん!」
「なにぃ?!」
「ちょっと二人ともやめろよ!いちいちうるせぇんだよ!食事の度にもめんな!」
「お前なぁ、女の子ならもちっとかわいい言葉遣いしないと・・・」
そう言いかけたところでグレンはナージャに耳打ちした。
「アンジュロに嫌われるぞ・・・キヒヒ・・いいんか?ええ?いいんか?」
「!!う、うるせぇ!あいつは俺にやさしいからな!だ・・・大丈夫だ・・・よな」
「あはー!こいつちょっとしおらしくなってやんの!」
「て、て、手前ぇグレン!ぜってー許さねぇ!」
ナージャはフォークを持ってグレンを追いかける。
キィィィィィィィィィン・・・・
グレンは突如耳鳴りで言葉を失った。
ザクッ!
ナージャのフォークがグレンの尻に突き刺さる。
「あ、なんかごめん!まさかお前、立ち止まるとは思わねくてよ・・・グレン?・・・どした?」
普通なら痛がるはずがグレンは目を見開いて険しい表情で窓の外を硬直しながら見ている。
パキン・・・!!
「!!・・」
「お、おいグレン!どうしたんだよ急に!お前が真面目な顔をするなんて気持ちわりーんだよ!」
そんなナージャの声も届いていないかのようにグレンは自分の腕を見て驚いている。
なぜならグレンがつけているミスリル製のリストバンドにヒビが入ったからだ。
(このリストバンド・・・ミスリル製だぞ・・・幼い頃父上からもらって直しながらずっと使っているから金属疲労か何かか?・・・いや、ありえない・・・ま、まさか・・・何か不吉なことでも起きたのか・・・?このリストバンド・・・メザナ?!)
・・・・・・
・・・
「じゃぁ殺して抹消するしかあるまい」
グバババァァァァァ!!!
セクトはメザナの腹を貫いたグラディウスを真横に動かして腹を切り裂いた。
「がばばぁぁぁぁ!!」
吐血量が凄まじいため、メザナは押し込まれていた布ごと吐き出した。
ガクン・・・
首を垂れるメザナ。
だが、垂れる髪の隙間から鋭く光る目でセクトを睨んでいる。
「ほう!すばらしい!この状況でまだ諦めていない目だ!」
グアァァァ!!
「ぬぉぉ!」
なんとメザナは持っていた剣を自分の腹ごと背後にいるセクトに躊躇なく突き刺したのだ。
「がはぁ!!」
血を吐くセクト。
だが、その表情は歓喜に満ちている。
「す、すばらしい!!その闘志!見事だ!数年前に現れた・・エルフ以来だな!」
ザバァァァ!!!
セクトはメザナに突き刺しているグラディウスを引き抜いた。
「さらばだインビジブルアロー・メザよ」
セクトの持つグラディウスが真上からメザナの左肩目掛けて振り下ろされた。
グラディウスは鎖骨を折り、そのまま肋骨を打ち切り抜いた。
・・・・・
・・・
「ザラメスは剣が下手ね」
「君はいいよなぁ・・・どれをとっても上手くてさ。でもおかしいなぁ・・・頭の中ではうまく振り回せているんだけどなぁ」
「きっと弓矢の感覚で剣を振っているのね」
「どういう意味だい?メザナ」
「弓矢は感覚としては遠くの的に対して軌道を計算して少しずらして放つでしょ?あと、相手の動きを読んでその動きの先のタイミングを狙って矢を放つ。つまり、2つの予測が入るのよね。厳密には風とか温度とか色々な要因が重なるけどね。一方の剣は今目の前のこの瞬間の駆け引きだから予測というより体が勝手に反応する感じっていうのかな。この感覚の差をうまく使い分けなければ弓矢も剣もうまく仕えないのよ。なぁんて、これはお父さんの受け売りだけど」
「僕は相手の動きを計算して読んでそこに当てる弓矢とか炎魔法の方が戦っていてすっきりするんだよなぁ。剣だと一振り一振りの軌道を読む時間が短すぎて相手の動きに振り回されてしまうからさ」
「そうそれ!相手の動きに振り回れちゃだめなのよ。相手の動きを読むんじゃなくて、相手の動きに反応するの」
「うーん。よくわからないなぁ。どうやって反応するの?」
「私が心がけているのは・・・相手の目線と手首と爪先。あとは細かいところだけど、腕とか足の筋肉?それらの動きで次の0.01秒後に剣の刃先がどういう風な軌道を描いてどこ目掛けて振られるか一瞬で見極めて体に反応させている感じかなぁ」
「すごいねメザナは!みんなディルさんがお父さんだから自分たちより沢山教えてもらっているから強いって勘違いしているけど、メザナが誰よりも鍛錬しているのは知っているよ。そうやって自分に厳しく鍛錬しているから体がついてくるし、体がついてくるから頭で理解したことも納得できているんだね」
「そ、そんなんじゃないよ・・・。でもありがとう!えへへ。ザラメスに褒めてもらえるとすごく嬉しいな。でも私が本当にすごいなぁって思うのはザラメスのその読みの速さと正確さだよ?お父さんも驚いていたもの」
するとメザナは父親のディルの表情を真似て言った。
「ザラメス様の動体視力と予測スピード、正確さはすばらしい!あれはエルフイチの弓使いになられるぞ!」
「あっはっは!似てる!似ているよ!そっくりだ!ディルさんに!あっはっは」
メザナはザラメスの笑った顔が好きだった。
一方ザラメスは、年下だが優秀なメザナを尊敬していたし、悩んだり落ち込んでいる時いつも自分を笑わせてくれる優しいところが大好きだった。
・・・・・
・・・
(あの頃は・・・楽しかったな・・・。ザラメス・・・ザラメス・・・・あたし・・・こんなにカッコ悪い負け方・・・しちゃった・・・許してくれるかな・・・嫌われたらどうしよう・・・。結局・・・好きって・・・言えなかったな・・・。ザラメス・・・一緒に・・・いたかった・・・よ・・・)
・・・・・
・・・
ガタタン!!
グレンは窓から空を見上げた。
遠くジグヴァンテの方角に夜空に登っていく光が見えた。
グレンは妙な胸騒ぎに襲われた。
窓枠を掴む手に知らず知らずのうちに力が入って爪が割れて血が滲んでいた。
次のアップは金曜日の予定です。




