<ケブラー編> 113.暗躍
113.暗躍
とある部屋――。
「悪魔風情がなんのようだ」
「随分な言い方じゃないか。たかがニンゲンの分際で」
「貴様らが如何に畏敬の存在だからといってヘクトル様に簡単にお目通りできるなどと考えるな」
「ふふふ。一応手順は踏んでいるつもりだがね」
部屋には大きな長テーブルがあり、片方には三人の人物が座っている。
白いスーツに白髪のオールバック。
首元や袖口からは派手なタトゥーが見えている。
ディアボロスだった。
机に両足を乗せて腕を組んでいる。
そしてその横には3つの試練を乗り越えてザンテルーガに挑みオーガロードとなったズイホウと首に怪しげなネックレスをはめたユメ・アミゼンがいる。
ズイホウの中の精神体はサルガタナスだった。
目の前に座っている相手を怪しく赤く光る眼で凝視している。
ユメはつまらなそうな表情を浮かべて肘をついて横を向いている。
もう一方にも三人座っており、その背後に5名ほどの人物が立っていた。
一人はヘクトリオン5の統括でありゾルグ王国の官房長官を務める男、トゥラクスという人物だ。
彼は今ゲブラーで最もヘクトルに近い人物と言われている。
その強さは謎に包まれており、ヘクトリオンの中でも知るものはごく一部だが彼に逆らう者は誰一人としていなかった。
その横には同じくヘクトリオンのセクトが座っている。
国防長官を兼務しており、彼の号令ひとつでゾルグ全軍が動くほどの権力を有しており、トゥラクスに次いでヘクトルに近い存在と言われている。
そしてセクトの反対側に座っているのはレティスだった。
彼女はヘクトリオン5の副統括にして外交長官だった。
わがままで横暴な女性だがトゥラクスとセクトの手前お淑やかな女性を演じているようだ。
だが内に秘める刺すようなオーラは隠しきれていない。
「手順を踏んでおられると言っても入り口も通らずにいきなりこの部屋に登場とは、いささか無礼が過ぎるのでは?アスタロト殿」
セクトが言葉を返した。
「この世界で2度とその名で俺を呼ぶな。魂ごと無に還されたいなら話は別だが。これは警告じゃない。宣告だ。破れば必ず実行される言葉の縛りだ。せいぜい気をつけろ」
「ははは、相変わらず怖いですねぇ。私に脅しは効きませんが大魔王の力を侮るほど無能ではありません。気をつけましょう。ふふふ」
話を遮るようにトゥラクスが話しかける。
「それで要件は何だ?貴様とてリスクを承知でここまで来たはず。それ相応の目的があるのだろう?」
「お前も口の利き方が分かっていないようだな」
サルガタナスが割って入った。
それに対してディアボロスは軽く手をあげて制した。
「貴様たちが本質を見ずに呑気にゲブラー全土征服を進めている間に大きく成長する不安因子が生まれていることを伝えてやろうと思ってな」
「不安因子?なんだそれは」
「簡単に言うと思うのか?」
「ふん。悪魔の常套手段か。取引を装って誑かそうとしても無駄だ。何か要求があるのだろう?それを言ってみろ。ことと次第によってはこの場で貴様を冥府に送り還すことになるだろう」
「貴様にそんな力があるというのか?トゥラクス。猿の分際で」
ガタン!!!
ゼクトは笑みを浮かべた表情で目を血走らせて見開き血管が浮き出た状態で立ちあがろうとするもトゥラクスに制された。
トゥラクスから内臓をかき回されるような恐ろしいオーラが発せられる。
「ははは!やるじゃないか猿の分際で。心地よいカルマだ。それに免じて殺すのはやめてやろう。俺が望むのはとあるニンゲンを捕らえて引き渡してもらうことだ」
「ふふふ、あなたほどの力を持っていながらその人間を捕らえるのに私たちの力を借りたいというのは理解できませんね。大魔王といえども所詮は仮初の姿。威圧するのがお上手な去勢を張っているだけの存在ですか・・・」
セクトの言葉にサルガタナスが怒りの表情を浮かべる。
「セクトと言ったな。時が来たら貴様はこの私が殺してやる。せいぜい夜の影には気をつけるんだな」
「怖い怖い」
トゥラクスが話を戻す。
「それでとある人間とは?」
「それはまだ言えない。時が来たら俺が貴様に知らせる」
「わからんな。それでは我らがどう行動すればよいかがわからなくなる」
「それでいいんだよ。俺たちがお前たちの行動を裏でサポートしながら俺たちの目的が果たせるように動く。だがそのためにはお前たちに邪魔されるのも困るし、そもそもお前たちが滅ぼされては元も子もないのだ」
「我らが滅ぼされる?一体誰にだ?!」
「さっき話をした不安因子だよ」
「だから不安因子とはなんだ?誰のことを言っている?どんな組織だ?もしくはこれから起こりうる事象か?」
「強いて言うならゲブラー以外の国々だな。とある組織を中心にして再度この国を滅ぼそうと動き出している」
「ふん。モウハン事変の再来とでもいうのか。だが、そのようなもの取るに足らん。既に我らの配下の者たちが方々に散ってそれぞれの国力低下と属国化を進めている。不安因子などどこにあると言うのだ?」
「まぁ表向きレグリアは完全に属国化しているし、ハーポネスは内乱で国力が低下している。ガザドやジオウガも権力者は徐々に力を失っている。ゼネレスは沈黙しているが、元よりお前たちと協定を結んでいるようだからな。そう見えても仕方ないだろう」
「何が言いたい」
「個の力とその結びつきに気をつけろということだ。レグリアのジムールは隷属化していても心まで死んでいるわけじゃない。ガザドのデュークは依然権力を維持しているしジオウガにはオーガ史上最強のシャナゼンが健在だ。ハーポネスは天帝を軸に国が一つになりつつあるが、それをなし得た金剛の旋風七星とよばれる強者がいる。そしてお前たちの膝下には革命軍とやらが暗躍しているし、死ぬことを許されていないヤマラージャもいる。この個の結びつきが大きな波紋を広げるとは思わないか?」
「不安を煽るのが上手いな。貴様こそ不安因子のようだ。一方で貴様の言うこともあながち間違ってはいないだろう。個の繋がりは脅威になり得る。だがそれに対して我らが黙って見ているわけもなかろう?」
トゥラクスの言葉にディアボロスが返す。
「そうか。ならいい。この場で確認したいのは、俺たちが貴様らのサポートにまわってやるからとある人物の捕獲の邪魔をするなということと、俺たちは貴様らの敵ではないということをヘクトルに承諾させられるかどうか・・・と言うことだ」
「貴様の物言いは気に食わないが、話は悪くない。旧神が攻めにでもこられたら流石に骨が折れるからな。その際は貴様らに捨て駒になってもらう。それが条件だ。飲めるなら私が責任を持ってヘクトル様を説得しよう」
「ははは。いいだろう。ヘクトリオンの統括が馬鹿ではなくてよかった。契約成立だ。言葉の縛りは厳格だ。間違っても反故にするなよ?」
「みくびるな」
「ふはは。いい返事だ。裏切りは俺たちだけの専売特許じゃないからな。念を押しただけだ。ではまた会おう」
そう言うとディアボロスたちは煙のように消えた。
セクトは部屋にいる警護の者たちに部屋から出るように指示した。
密室にヘクトリオンが三人残った形になる。
「トゥラクス様、よいのか?あのような輩と取り交わしをして」
「構わん。やつらの要望する人物が誰かは知らないが、ヘクトル様の支配において重要な人物などいない。好きにさせればいい。我らにとっては適度に属国を抑え込めればよいのだからな。生かさず殺さずだ」
「生かさず殺さず。とっとと殺して奪って支配下におけばよいと思うがね」
「広い国土を支配下に置く場合、反乱に目を光らせる必要がある。国土が広ければ広いほど人口も多くなり散らばる。そうなればなるほど管理が難しくなる。自分たちが管理している以上はな。だが、国で分けて、国ごと弱らせてしまえば把握はしやすい。その国の長は自国の繁栄を第一に考えるが、支配国への配慮も怠れない。そのような国は底辺から蝕んでやれば簡単に操れる。要は隷属国の長を忙しくしてやればその国は反乱を起こす暇などなくなる。これが支配のコツだ。まぁヘクトル様の受け売りだがな」
「なるほど。一国が反乱しても簡単に抑え込める。だが、方々に散らばった自国の反乱因子は取り除くのが難しくなる。そういうことか。流石はヘクトル様だ」
セクトは感心している。
「故に先ほどディアボロスが言っていた不安因子・・・つまり個の力と結びつきは言わば自国に散らばった反乱因子と同等の脅威になりうる・・・そういうことよね?トゥラクス様」
「その通りだレティス。だが、全く同じではない。個が把握しやすいからな。我らが目を光らせるべきは各国の長だ。そう言えばジムールは最近息を吹き返したそうではないか。詰めが甘いな、レティス」
「申し訳ないわ・・・。まさかグリーンドラゴンに気づき排除し、更には毒を浄化する術を持ったものがこの世に存在するとは思わなかったのよ」
「一体誰だい?そんなことのできる者は?」
セクトが食いついた。
「何やら地方貴族の出らしいのだけど、変な狐面を被った男と盲目の剣士、あとは炎使いだったと聞いているわ。確か名前は、男がカムス。盲目の剣士はアン、炎使いはトーカだったわね」
「知らん名だ。地方貴族?どこの国の出だ?」
「ゾルグらしいけど、ここにそんな名の貴族はいない。全て私が把握しているし、骨抜きにしているからね」
「おお怖・・」
「あら、怖がる必要なんてないわよ。すぐ天国へ連れて行ってあげるんだから・・うふふ・・」
「調べる必要があるな。他国とも接触しているやもしれん。狐面を被った強者とあれば目立つ行動をとっているに違いない。手下を放って調べさせろ。徹底的にな」
「わかったわ」
「それじゃぁ私はそろそろグランヘクサリオスの開催準備にでも取り掛かるよ。今年は粒揃いだ。さぞかしヘクトル様もお喜びになられるはずだ」
セクトがグランヘクサリオスを取り仕切るようだ。
「そうか。ただしくれぐれも英傑10人の内半分は支配下にあるものが入るように頼んだぞ。ヘクトル様が最も楽しみにされている表彰式に何かあっては困るからな」
「そこは抜かりないよ。今回はムルとホプロマも出るから」
「ふん。過信するなよ。奴らとて情けでヘクトリオン5に入っている存在だ。ルデアス程度であれば問題ないが、エクサクロスに当たれば敗北もありうる」
「私を誰だと?お膳立ては十分にできているよ」
「ならいい」
そう言って三人は解散した。
・・・・・
・・・
―――ジオウガ王国 王の間―――
「なるほど」
スノウはシャナゼンに共闘の申し出をした。
「それで勝算は?」
「五分五分」
「十分だ」
「だけどそれは戦力の話で最終的な勝敗はまだ見えていない。モウハン事変と同じ轍は踏めないから戦略はしっかりと念には念を入れて且つ実践できるレベルまで落とし込まないとならない」
「ははは」
「?・・・どうした?」
「いや、すまんな。嬉しいのだ。心躍らないか?強敵に全力で立ち向かい勝利をもぎ取る・・・これこそ戦士の本懐。そんな状況がやっと巡ってきたのだ。それをお前が叶えてくれる期待があってな」
紛れもない史上最強オーガのオーラと言葉の重圧感だった。
普通なら臆する状況を最も簡単に笑い飛ばし心躍ると言い切った。
「我が友モウハンを失っておおよそ100年。国は次第に衰えるばかり。ヘクトルは各国の土地に毒をまき土地を痩せさせているとも聞く。食の貧しい国は民も余裕がなくなり国が沈んでいく。まるでじわじわと死期が近づいているかのようだ。だが今そんな憂鬱な日々に終止符が打たれる気がしたのだ」
「そうか・・・あなたはモウハンを知ってるんだったな・・・」
「ああ。知っているとも。あやつの面倒臭さも潔さも・・・そして強さもな。あの戦いは先の先を読まれてしまったが、戦力では上回っていた。握った拳はヘクトルの喉元まで届いていたのだ。・・・だがモウハンは負けた。真剣勝負については結果が全てだ。勝った者が強く、負けた者が弱い。だがな・・・どうしても納得がいかんのだ。モウハンがヘクトルに負けた理由がな」
「あなたが認めるモウハン以上の強さ・・・。例えばディアボロスのような大魔王が憑依しているとか・・・?」
「可能性はある。だがな・・・解せんのだ。知っての通りこのゲブラーには神がいた。その神託を受け不老不死を得たヤマラージャのような存在もいる。まぁヤマラージャはヘクトルに負けたがな・・・。だがそのような人知を超えた存在がいるにも関わらずヘクトルが勝ち続けられる理由は何だ?仮にきゃつのような大魔王がヘクトルに憑依し力を与えているとしたら、それを捨て置くのはなぜだ?」
「・・・神でも大天使でも大魔王でもないそんな存在がいるのか・・・?」
「いや・・・そのような存在がいるとは思えん。いるとすればそれこそ神や魔王がこぞってヘクトルを倒そうとするはずだからだ。この世界は神と悪魔の地上に生きる者たちの魂を賭けた騙し合いだ。その騙し合いに水をさす存在はきゃつらには邪魔でしかない」
「とすればヘクトルは何者・・・?モウハンはなぜ負けた・・・?」
「そこだ。その謎を解けない限りヘクトルに勝つことは難しいだろう」
スノウは険しい表情になった。
史上最強オーガのシャナゼンをして勝てないと言わしめるヘクトルに対しいくら共闘をもし出ても意味がないのかという半ば諦めのような感覚に襲われたのだ。
「安心しろ。モウハンの時と明らかに違うことがある」
「それは?」
「お前だスノウ」
「お、おれ?!」
「そうだ。お前には人にはない力がある。モウハンも我も所詮はニンゲンでありオーガだ。どんなに強くともその器の大きさには限界がある。だが、お前には人知を超えた何かを感じるのだ。我がそう感じるのだから間違いない。お前にはモウハンがなし得なかった何かができる」
「か、買い被りすぎだ!!やめてくれ・・・そういうの・・・。ディアボロスを前に動けなかった男だよ?!」
「ははは・・・そうだな。だがそれがどうした?」
「はぁ?!あんた一体何言ってんだよ!!」
「息巻くなスノウよ。我が何の根拠もなくお前に期待させるようないい加減なことを言うと思うのか?モウハンという友を救えず失った経験をしている我が気軽に出任せを言うとでも思うのか?」
「い、いえ・・・」
シャナゼンは笑顔になる。
「よいかスノウ。お前にはさらに強くなってもらう。それも短期間でな」
「?」
「お前にはザンテルーガに挑んでもらう」
「!!!」
「ザンテルーガは何もオーガがオーガロードに覚醒するための試練ではない。オーガは過酷な状況下で常に重圧と負荷が与えられ飢餓状態に陥りながらも生きる希望と信念を失わなかった場合、自らを進化させることができる。ザンテルーガはそのきっかけに過ぎない。特別な儀式や呪いの類ではないのだ。だからニンゲンであるお前もこの試練によって大きく昇華することができるのだ」
「・・・」
「お前一度波動気の無動を使ったことがあるだろう?」
「無動・・・わからない・・・」
「まぁいい。その技はニンゲンで言えば何十年もかけてその鍛錬だけに時間を使いやっと掴めるかどうかの技だ。お前にはそれを容易に使いこなすだけの力がある」
「そうなのか・・・?」
「我が言うのだ。間違いない」
このまま流れに任せてヘクトルに挑んでも勝ち目はない。
ならば少しでも強くなる好機があるなら全て試そうとスノウは思った。
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