<ケブラー編> 107.まだ続けるか?
107.まだ続けるか?
「がっはぁ・・・」
スノウは、20秒程度の高熱の蔦に巻きつかれただけで全身に蛇が這ったかのような火傷が生じ、癒しの魔法も封じられたままひたすら痛みに堪えていた。
久しく味わっていない激痛に弱かった自分を思い出した。
そんな苦しんでいるスノウにお構いなしと言わんばかりに、審判がスノウの目の前に立ち顔を近づけた。
「まだ続けるか?」
痛みで集中できない中、スノウは迷っていた。
一旦リタイヤして回復魔法で火傷を治してから再度挑む手もある。
痛みで思考が働かないことを考慮すればここは一旦退くのが妥当だろう。
いやむしろ一刻も早くこの地獄から逃れたい。
「まだ続けるか?」
まるで催促するかのように迫る審判。
スノウは自分の掌を見つめているがその手は震えている。
魔法を封じられた状態で先へも進めないばかりか、死を覚悟しなければならない状況に恐怖を感じているのか。
常に死を覚悟して行動してきたつもりだが、どこかで自分は強いと過信していなかったか?
戦闘で死ぬならまだしも、このようなゲームで命を落としたといったらアレックスやエントワ、エスティやゴーザたちは自分をどう思うだろう。
何かあれば建物を破壊してでも戻って来ればいいとたかを括っていたが、何という無様な姿だろう。
自分がホドに戻れば三足烏との決戦も戦局をひっくり返せると思っていたがとんだ奢りだったとスノウは自分を恥じた。
(一瞬でも逃げることを考えた・・・。おれはこんなに情けなかったか?肉体的な強さはあるかもしれないが、精神的にはまだまだ弱すぎる・・・)
「まだ続けるか?」
まるで続けろと言わんばかりの審判の言葉が、一旦退こうと考えたスノウに精神的弱さを突きつけているようだった。
(これじゃぁ誰もついてきやしない。誰も守れやしない・・・)
「また続けるか?」
まるで最後通告のように審判が迫ってくる。
「も、もちろんだ・・・」
スノウは2回戦目をやることを伝えた。
「ぐっ・・」
震える手でテーブルを掴み必死に椅子に座る。
火傷から血が滲むというより、肉がぐずぐずになっていて力を入れるとそこから血が噴き出る箇所があるほどだ。
「ふぅ・・・」
「準備はいいか?」
「ああ・・・」
対戦者は不敵な笑みを浮かべている。
「それではサイコロを振ってくれ」
最初にスノウが振り、その後に対戦者が振る。
サイコロがまた対戦者先行を示す。
イカサマがあるのではと勘繰るスノウ。
だが今はそれを追求するだけの余裕はない。
「悪いな。また勝たせてもらう。死んでも俺を恨むのはお門違いだからな?あの世で自分の乏しい戦術を嘆くことだ」
そう言いながらニヤニヤとした笑みを浮かべた対戦者はギロを掴む。
「くっ・・・」
ギロを最初に取るということはギロを2体以上確実に入手できるということだ。
ギロはムン以外を確実に一発で仕留める攻撃力がある。
逆にムンではギロを何回攻撃しても仕留めることはできない。
ギロにダメージを与えられるのはギロかロアだ。
だが、ギロを当てれば一発でギロを仕留められるが同士討ちで自分もギロを失う。
しかも相手はもう1体ギロを持っている。
ロアでは4回攻撃する必要があるが、逆にギロの攻撃で一発退場だ。
スノウはギロを取る。
その直後、対戦者は不敵な笑みを浮かべながらギロを掴みゆっくりと自分の手元へ運ぶ。
(どうする・・・。次で何を取るかで勝負が決まるぞ。ギロに対抗しうるベラトルはなんだ・・・。くそ!痛みで集中できねぇ・・・思考が鈍る)
「早く選べ」
審判は早く決めるよう促した。
「くっ・・・」
「どうした?腹でも減ったのか?腹が減っては戦はできないというだろう。腹ごしらえも勝負のうちだ。そんなことも分からないお前は、戦さで敗れるのではなく、空腹で敗れるということだ。さっさと選べ」
嫌味なことを言う審判だとスノウは思い彼を睨みつける。
「くそ!」
半ばやけくそになりながらスノウはムンに手を伸ばす。
「?」
(ま、待てよ・・・。空腹?)
イラつく審判の言葉が妙に引っかかる。
(そういえば、さっきの戦いで5ターン目に相手のギロにムンを当てたのに、LPを10も削ってた・・・)
「・・・・」
「早く選べよ!すっとろいな!どうせ負けるんだからよ!」
対戦者までが威圧してくる。
もちろん心理作戦だ。
「そうか!」
思わず声をあげるスノウ。
そして手を伸ばした先には。
「はぁ?!よりにもよって最弱のガジを取ったのか?血迷ったか!いやもはや精神崩壊してるんだな!勝ったぜ、はは・・はっははは!!」
そう言うと対戦者はムンを取る。
すぐさまスノウは同じくガジを取る。
対戦者は首を横に振りながら、首を掻き切るジェスチャーをする。
そしてムンを取った。
スノウのギロの攻撃を受けてもムンが2体あれば生き残る可能性が高まるからだろう。
スノウはさらにガジを取る。
最後に対戦者とスノウはロアをとって選択終了となった。
「よし。それでは配置せよ」
囲いの中でスノウは相手の配置を想像しながら自軍の駒の配置を決めた。
「それでは囲いを取れ」
その合図で二人同時に囲いを取った。
目の前にベラトルが並んでいる。
「はぁ?!!」
(こいつ・・・もはや本当にイカれちまったな!まぁいい。今回も買ったらたんまり報酬がもらえるからな。ラッキーだぜ)
対戦者はさらに笑みを浮かべた。
お互いの配置は以下の通りになっている。
スノウはテーブルに肘をついて目の前で手を組んでじっとギムロガボードを見ている。
【スノウ】5 【対戦者】5
1 ガジ(20LP) ギロ(20LP)
2 ガジ(20LP) ギロ(20LP)
3 ガジ(20LP) ムン(20LP)
4 ロア(20LP) ムン(20LP)
5 ギロ(20LP) ロア(20LP)
「第一ターン!」
審判が叫ぶとベラトルは戦うような動作を見せる。
激しい戦闘のようだが数秒で結果が出る。
ガジ2体がギロによって激しく攻撃され、無惨にも燃え尽きた。
第一ターン結果
【スノウ】7 【対戦者】1
1 ガジ(0LP) ギロ(25LP)
2 ガジ(0LP) ギロ(15LP)
3 ガジ(15LP) ムン(20LP)
4 ロア(20LP) ムン(20LP)
5 ギロ(25LP) ロア(0LP)
(うひひ!早速に2体死亡だ。こっちはロアを失ったが、俺様のギロを殺せるのはロアしかいない。そのロアも次のターンでギロの餌食になる!これだから勝ちレースはやめられないぜ・・・)
対戦者はそう心の中でつぶやいてニヤついている。
スノウはじっとボードを見つめている。
「第二ターン!」
先ほどと同様に審判が叫ぶとベラトルは戦うような動作を見せる。
ギロの攻撃は相変わらず豪快で、オーガがギロを好むのも頷けた。
ガザとロアは断末魔の叫びをあげているような表情で燃え尽きた。
今回も数秒で結果が出る。
第2ターン結果
【スノウ】7 【対戦者】0
1 ガザ(0LP) ギロ(20LP)
2 ロア(0LP) ギロ(10LP)
3 ギロ(35LP) ムン(5LP)
4 ムン(20LP)
「クヒヒ・・」
嬉しさが溢れんばかりの笑みが止まらない対戦者。
スノウは相変わらず無言だ。
「第3ターン!」
同様に数秒で勝敗が出る。
第3ターン結果
【スノウ】6 【対戦者】0
1 ギロ(15LP) ギロ(0LP)
2 ギロ(0LP)
3 ムン(0LP)
4 ムン(10LP)
「はぁ?!!!」
驚く対戦者。
先ほどまで圧倒的に勝っていたにもかかわらず自分がムンだけになってしまったのだ。
しかも戦う動作すらせずに勝手に倒れ燃え尽きた。
対戦者に残されたベラトルはムン1体となった。
対するスノウはギロ1体。
そしてムンはギロに攻撃を与えられない。
勝負はついた。
「第4ターン準備」
「ちょ、ちょっと待て!これは何かの間違いだ!計算間違いに違いない!やり直しを要求する」
「お前はこのギムロガボードの魔法陣が計算間違いをしているとでも言うのか?」
審判は無表情で対戦者のクレームに言葉を返した。
「あ、い、いや・・・そういうこと・・ではないのだが・・でも・・」
焦りまくる対戦者。
今目の前で肉がぐずぐずに爛れて血が噴き出している挑戦者の姿が数秒後の自分の姿だと想像した瞬間、とてつもない恐怖が襲ってきた。
スノウの腕などから血が噴き出している。
まだ高熱の蔦の餌食になっていないにも関わらず対戦者は体に痛みを感じ始めた。
「き、棄権する!俺は棄権だ!もう、いいだろう?!負けだ!俺の負け!こいつは試練に合格した!だからこれで終了だ!」
「第4ターン!」
「ぎいぃやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
まだ高熱の蔦は出現していないにも関わらず情けない叫び声をあげる対戦者。
第4ターン結果
【スノウ】5 【対戦者】0
1 ギロ(15LP) ムン(0LP)
「勝者!挑戦者カムス!おめでとうお前は試練に合格した!・・・そしてお前」
対戦者は逃げようとしていたようで既にドアの方向を向いてそそくさと立ち去ろうとしていたが、審判が襟を掴みその場に止めた。
その拍子にテーブルが揺れ対戦者の座っているところから何かが転がった。
スノウはそれを手に取る。
サイコロだった。
徐に振ってみる。
そして2回、3回とサイコロを振ってみる。
(やっぱりか・・・)
対戦者はイカサマをしていた。
そうこうしている間に審判が対戦者を椅子に座らせる。
「ルールはルールだ。さぁ、潔く罰を受けろ」
「ひっ!」
「因みに4ターンで全員死亡だから罠魔法の発動継続時間は約1分半だ」
「!!!!!」
あまりの衝撃だったようで対戦者は白目を向いて気絶した。
だが、直後に高熱の蔦が出現し対戦者の全身に絡みついて凄まじい熱を発した。
気絶していたはずの対戦者は突如起き上がり、大凡聞いたことがない程の声量の悲鳴をあげた。
シュゥゥゥゥゥゥ・・・
ほぼ黒焦げ状態になった対戦者をスノウはさりげなく魔法陣の外へ運び、見られないようにして回復魔法で傷を癒した。
同様にスノウ自身にも回復魔法をかけて傷を治した。
炎魔法以外の存在はこの世界にないため、怪しまれるのを避けるためだ。
「それでは失礼する」
スノウはそそくさと試練の部屋をでようと出口の扉へ向かう。
次の瞬間。
キィィィィィィィィィン・・・
突如耳鳴りが響く。
一瞬視界に全く別の景色が映るが、すぐに試練の部屋に戻った。
(な・・なんだ?!今のは?!)
『・・・す・・て・・』
(???)
『た・・け・・て・・』
シュゥゥゥゥゥゥン・・・
耳鳴りは止んだ。
それと同時に何者かの声は聞こえなくなった。
「う・・」
異常な疲労感が襲う。
(何かが頭の中に入ってきたような感覚・・・いや、違う。意識の中の自分に触れられた感覚だ・・・。まるで生気を吸われたような感じか・・・。まぁそうだよな・・・さっき死にかけたし・・・)
スノウは高熱の蔦で恐ろしい目に遭ったのを思い出し、体がまだ万全じゃないのだと結論づけた。
そしてそのまま扉開けてで外へ出る。
バタ・・・
スノウが部屋を出た直後に審判はまるで糸が切れた操り人形のように地面に倒れた。
意識がないようだ。
すると対戦者がムクっと起き上がる。
周りを見渡した後、自分の体を確認する。
怪我が治っているのに安堵した後、不思議そうな表情を浮かべ、審判の安否を気にすることなくそそくさと部屋を出て行った。
・・・・・
・・・
「んも〜遅い〜!」
ボゴン!!!
スノウの鉄拳がエルガドの腹にヒットする。
「だから遅れてきた彼に拗ねる彼女みたいな演技やめろ。お前がやると気持ち悪いんだよ」
「イッテェなぁ!気持ち悪いってなんだよ!こっちは一生懸命やってんだぞ!」
「一生懸命やることか!もう少し真面目にやれ!次はいい加減本気でその土手っ腹に穴開けるぞ!」
「怖いわ〜ってウソウソ!冗談だって!もうやめるから!」
スノウが怒りの表情で拳を握って近づけてきたのを見てこれ以上ふざけたら殺されると察したエルガドはふざけるのをやめた。
「それでどうだったんだ?ギムロガは」
「どうもこうもない。第1試合には負け死にかけた。そして第2試合の直前でひらめきがなかったら今頃死んでた」
「ははは、そうか。でも面白かったろう?」
「ああ。確かに奥深いゲームだ。今回の相手は単純だったから何とか勝てた。あれはカードを取る時と配置を決める時の心理戦だな。本来は心理戦と相手の癖なんかも読みながらやらないと勝てないゲームなんだろう。でも普通に対戦するのがいい。あんな恐ろしい魔法陣の上でなんて2度とやらん」
そう言ってスノウはエルガドが運んできた馬に跨った。
・・・・・
・・・
2時間ほど馬を走らせる。
ガザンからケイレンまでの道のり同様に両端が壁に覆われているため閉塞があり、うんざりしていたがやっと違う景色にたどり着いた。
「ここがゴンジョウか」
「なんだか大分変わっちまったな・・・」
「ん?どう言う意味だ?」
「ああ、俺はこの街の出身なんだよ。この街で生まれてこの街で育った。その当時は小さい街で一生この街でこじんまりと暮らすのかと思ったら、窮屈に思えてきてな。そのまま荷物となけなしの金握りしめて家出したんだ。その頃はもちろんこんな風に壁に囲まれて試練の場なんてなかったんだがな」
「家出・・・。じゃぁこの街から出て行ったのはそれほど昔じゃないのか。短期間で壁作ったり試練作ったりシャナゼン王ってのは相当恐ろしい存在みたいだな。やれと言ったら皆んな直ぐにやるなんて大体が恐怖政治だぞって、それは偏見か・・・」
「昔じゃないのかって?まぁそうだな。まぁかれこれ30年前くらいだからな。あとシャナゼン王を悪く言うなよ。彼は恐怖政治なんかしないぞ。皆が彼の指示に従って直ぐ行動するのは彼の指示が正しくて民衆のためになるからだ。皆王を信じ、頼っている証拠ってやつだ」
「30年は家出とか言うレベルじゃねぇ。それは完全に引越してる状態だぞ。っていうか、やけに王を褒めるじゃないか。言わされているのか?」
「そんな訳ないだろう!彼はとても有能で尊敬すべき王だぞ!」
「なんか変だぞ?王に向かって彼とかお前自分の身分わかってんのか?」
「・・・ま、まぁ昔知り合いだったってことかもしれない可能性があるのかないのかっていう雰囲気だ」
「お前、何言ってんだ」
・・・・・
・・・
スノウたちは例の如く情報収集することにした。
もちろん手分けして情報収集する。
(精神鍛錬・・・我慢大会みたいなやつか?おれの苦手なジャンルだよ我慢とか・・・。全くこの時点で精神鍛錬になってるわっての)
そう言いながらスノウは一人で街中を歩いて行く。
1時間ほど情報収集した後、日も暮れてきたため宿に戻り食事を取ることにした。
予想通りエルガドは大した情報を持って帰ってこなかった。
むしろ、幼馴染やこの街に住んでいた頃の知り合いに会いに行っていて碌な情報収集をしていなかった。
久しぶりといったような感動の再会を期待していたエルガドであったが、会う者悉く自分の存在を覚えていないようで結局誰一人としてエルガドを知っている者に会うことなくしょんぼりした表情で戻ってきていた。
本来ならまともに情報収集していない彼に対し怒りをぶつけるはずだったが、しょんぼりした顔が面白かったので誰にも相手にされなかったことをチクチクと弄って楽しんでいた。
「なぁス、カムスぅ。俺にエールをもういっぱい奢ってくれないか?」
「働かざるもの、飲み食いするべからず」
「そんな〜・・・俺だって頑張ってるじゃないか・・」
「初恋の人に会いにいったが誰一人自分を知る者がいないという驚愕の事実をしった行動がか?・・・まぁ頑張ってるよな。ある意味。自分が存在感が薄くどれだけ相手にされていないかを確かめに行ったという勇気と行動力。うん、頑張ってる」
「おーい!コラァ!」
下手なツッコミで返してくるエルガドを無視してスノウは食事を続ける。
キィィィィィィィィィィン・・・
「うっ・・」
突然、再度耳鳴りがし始める。
視界が一瞬別の景色へと変わるが直ぐに宿屋の食堂に戻る。
まるで一瞬だけどこか別の場所へテレポーテーションしたかのような感じだった。
『ス・ウ・・こ・・は・・・げ・・か・く・・気・・け・・て』
まるで微妙にバンドの合っていないラジオのように途切れ途切れのその声はさらにスノウに向けて何かをうったえようとしている。
『は・・く・・す・・・て・・』
どうしてもはっきりと聞き取れないため、エルガドも聞こえているかと思い何と言っているかを尋ねようと声をかける。
「!」
エルガドの動きが止まっている。
エルガドだけではない。
周りの全てが時間を止めたかのように動きを失っている。
(どういうことだ?!)
その直後、耳鳴りは止みまるで動画の再生ボタンが押されたかのように動き出した。
と同時にスノウの全身を疲労感が襲う。
思わず意識を失うようにテーブルに突っ伏してしまった。
「お、おい!カム・・お・・お・・・」
エルガドが自分を呼ぶ声がするがその声は遠のいて行きついには聞こえなくなった。
次はおそらく金曜日の夜か土曜日の朝のアップになります。




