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<ホド編> 9.黒服の女

その9.黒服の女



 ドガラガガララガン!!!


 指蛇を押しつぶしていた岩が一斉に崩れ始める。


 「むん!この歯で何度も噛み砕いて粉々してから味わってやろう!」


 指蛇は威嚇するように腹を見せて立ち上がり構える。


 「シャァァァァ!!!」


 アレックスは背中から長い棍棒を取り出しまるでカンフーの棒使いのように振り回し、今にも丸かじりしそうな指蛇口を棒で抑える。

 指蛇の力は相当なもののはずだが、アレックスも負けていない。

 

 (それにしてもアレックスは幾つ武器をもっているのか?いや背中に仕込めるはずもない数々の武器はいったいどこから出てくるのか?いかんいかん!そんな事を考えている場合じゃない!)


 アレックスは指蛇の攻撃をうまく抑えているようだが、指蛇には牙に加え尾もある。

 既にアレックスに斬り裂かれているが、叩きつける攻撃は相当なパワーでまだまだ有効だ。


 「甘いわ!」


 予想通り尾を振り回そうと体をくねらせる指蛇。


 「ん?!なんだ!?尾が動かん!!」


 なんとワサンが指蛇の尾を光る縄で縛り上げ動かないようにしている。


 (アレックスがワサンに頼むといったのはこう言う事か)


 しかし、流石は神に数えられる世界蛇、光の縄は今にもちぎれそうだった。

 しかもアレックスに斬られた尾がいつの間にか再生されて尖った尾が左右に素早く暴れ動いている。


 「こんな柔な魔法で我を拘束できると思うたか!」


 ヌギリヌギリ・・・!


 「んぁ、いやぁほんのちょっとでいいんだよ」


 指蛇は暴れ出し抑え込んでいた棍棒を噛み砕き、動きを止められていた光の縄を今にも引きちぎりそうだ。

 そして素早い動きでアレックスに噛みつこうとする。


 グガキィィン!!


 アレックスが指蛇に食われそうになった瞬間に力で口が閉じるのを止めている。


 「おぉい!そろそろ頼むぜぇ、あんまり持ちそうにねぇからなぁ」


 グギリグギリ・・・。


 指蛇の咬合力を抑えるアレックスの腕や足が尋常じゃないほど膨れ上がっている。

 涼しそうな顔をしているが、相当な力を抑え込んでいるはずだった。

 

 (そりゃそうだ、一部とはいえ相手は神だ。でもそれを押さえつけているアレックスって何者なのだ?)

 

 しかしそれも限界に近づいていた。

 徐々に指蛇の口が締まっていき、アレックスの抑える体制も縮こまり苦しくなっているように見える。


 「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


 ものすごい雄叫びをあげるアレックス。

 次の瞬間。

 尾を抑え込んでいた光の縄が引きちぎれ尾がアレックスめがけて飛んでくる。


 ドッグォォォォォン!!!!

 ズヴァァァァァァァァァン‥‥‥


 すごい砂煙が立ち込めどうなったかが見えない。


 「アレックス!!」


 思わず叫んでしまう。

 彼はどうなったか。


 「ごめんなさいねぇーお待たせしちゃってぇ、アレックスボウヤ」


 「もう少し遅かったらあいつの言う通りギタギタに何度も噛み砕かれて今頃胃の中だったぜぇ・・・はっはは・・」


 煙の中からアレックスの影が見え始める。


 「生きてた!」


 (しかし、どうやってあの状況から?指蛇はどうなった?)


 砂煙が晴れてくるにつれて状況が見えてくる。

 完全にアレックスが劣勢だった。

 今にも噛み砕かれそうに指へに口を抑えていたはずのアレックスが息を切らしてはいるが傷一つなく戻って来たのだ。

 背後には指蛇の鋭い尾がアレックスに襲い掛かろうとしていた。

 優勢だったはずの指蛇がなぜかペシャンコに押しつぶされていた。


 (どういうことだ?)


 「あぁ、あたしが魔法で指蛇ボウヤをミイラにして潰しちゃったってわけ」


 「ミイラぁ?つぶしちゃったぁ?」


 (なんじゃそりゃ!神だぜ神!そんな簡単に言えるほどのことやったの?!)


 「クラス4の魔法だからね。本体には全く効かないだろうけど分身の指蛇ならなんとか効いたって感じね。もちろん魔力全て注ぎ込んでるわけだけどね。あぁ、スノウボウヤは絶対に使っちゃダメよ?また気絶しちゃうからねぇ」


 「そういうことだなぁ。切っても再生するだろうし、燃やせねぇ、水も雷も効かねぇ、となれば内部から攻撃するしかねぇからな。ロムロナの魔法を錬る時間さえ稼げりゃよかったんだが、流石に危なかったなぁ、はっはは‥‥」


 「ははは‥‥」


 (改めて恐ろしい方々と行動しているってことを認識しましたよ‥‥全く)


 スノウは自分の成長の速さはこの強者と行動を共にしているからと改めて思った。


 指蛇は干からびた内臓が飛び出て粉々に潰れてしまっていた。

 確かにこれだけ潰れていては得意の再生もできないだろう。


 「さぁて、ミッション完了だなぁ。これでクソジジイとの約束は果たしたわけだから自由だなぁ。そこの奥で待機しているねーちゃん、帰って元老院のクソジジイに伝えなぁ!これでチャラだ!何かチョッカイ出してきたら全力で叩き潰すからよろしくってなぁ!」


 エストレアはアレックスの発言にムッとしながらもレヴルストラメンバーの疑いようのない強さと連携力に感服せざるを得ず、深々とお辞儀をしてわずかに生き残った疲弊した部下たちや冒険者を労いながら立たせ始めた。


 アレックスたちも服の汚れや埃を払いながら帰り支度をしている。


 キィィィィィィィィィン‥‥‥


 次の瞬間、一瞬で殺されたと思わされるような緊張が走る。

 なんとも言えない温かみのある殺意だ。


 

 「あらあら、殺してしまいましたね。ごく一部の分身とはいえ、九獣神の一角を担う存在ですよ?」



 「誰だあんたは?」


 突然指蛇の死体のそばに人影が現れ話しかけてきたのに対し、珍しくアレックスが敏感に反応した。


 見た目は若い女性で蒼く長い髪を後ろでポニーテールのように束ねており、服装は黒いスーツを着ている。


 明らかにこの世界の服装ではなく、スノウのいた日本で売られているようなスーツだ。


 見た目は弱々しいが放っているオーラが尋常ではなかった。


 疲労困憊のわずかに生き残った騎士隊と冒険者は口から泡を吹いて一斉に気絶してしまった。


 皮膚がビリビリする。


 「スノウ下がって‥‥」


 ニンフィーが耳打ちする。


 「これはどうも、マズイわね。とんでもないのが現れたみたい‥‥」


 いつも斜に構えて余裕を見せているロムロナまでもが、真剣な表情で警戒している。

 レヴルストラメンバーを守るような立ち位置でアレックスがさらに話しかける。


 「あんた、そのオーラは例のあれか‥‥何しに来た?いや、その前にそのオーラちょっと抑えてくんねぇかなぁ。そんなに無造作に気の刃突きつけられてると耐えられねぇやつもいるもんでね」


 「別に戦いに来たわけではないのですよ。あなた方が警戒を解いてくれればこちらも優しく応対します」


 「おぉう、お優しいんだなぁ。だが、細胞が反応しちまってるんでねぇ。敵意はねぇからそっちからオーラ抑えてくんねぇかなぁ?頼むよ‥」


 アレックスの様子を見る応対も頷けるほどの存在というのがスノウも感覚で分かった。


 (一体何者だ‥)


 重苦しい雰囲気の中で身体中に強い電流を流され続けているように制御不能なまま体が固まっている。

 その間精神的な痛みというか衝撃が頭を駆け巡り何度も殺されている気になってしまう。

 呼吸も苦しい。


 「そうですね。分かりました。これで如何でしょうか?」


 一気に楽になる。

 なんという存在だ。


 「ありがとよぉ。それでどんな用でわざわざこんなところまで?」


 「トゥトゥトゥ‥ヨルムンガンドの小指を殺したのがどんな者たちか見に来たのと、そこの特異点に話があったので来ました」


 「特異点!‥‥何を吹き込む気?!素直に去りなさい!」


 ニンフィーが琴線に触れたように声を張り上げた。


 (ニンフィー!)


 声を出す事もままならずスノウは心の中で叫ぶしかなかった。


 「あら、あなた特異点のことを知っているのですね。ちょっと邪魔ですね。でもよいでしょう、蚊ほどの障害にもならないですし」


 クイ‥‥


 黒服の女は右手の人差し指を軽く動かした。


 「クッ!!」


 原理は不明だが、ニンフィーは縛り付けられたようで動くことができなくなった。

 スノウは勇気を振り絞って足を前に出そうと意識を集中する。


 (動け!おれの足!ニンフィーを助けなければ!)


 「動かないでください」

 

 クイ‥‥


 黒服の女はそう答え、スノウも縛り付けて動けなくした。


 「んんっ」


 動けないどころか、口も開けない状態だった。

 一方、アレックスは何か策を巡らせているようでワサンとロムロナに目線を送っている。

 何度も見ているがこのレヴルストラのメンバーは本当に通じ合っていて素晴らしい連携を見せるため、スノウはワ藁にもすがる思いで見つめた。


 「余計なことは考えない方がよいですよ?アレクサンドロス・ヴォウルカシャ。あなたの事は殺せませんが、

海の底に沈めるくらいなら1秒かかりません。お仲間達の命は保証できませんが」


 周囲にさらなる緊張が走る。


 「あっそ、じゃぁさっさと用事済ませてお帰り下さると嬉しいんだがなぁ」


 「ええ、そのつもりです」


 そう言うと、そのままの姿勢でこちらの方に移動してきた。

 そしてスノウの目の前で止まる。


 「スノウ・ウルスラグナ」


 (なぜその名を知っている?!) 


 黒服の女はスノウの名前を言うと、スノウの額に右手の人差指を当てた。



 キィィィィィィィィィィィン‥‥‥



 強烈な耳鳴りが襲う。

 激しい頭痛で吐き気をもよおしてくる。



 次の瞬間。


 スノウが目を開けると、会社勤めの頃によく通っていた見慣れたカフェのいつもの席に座っていた。

 

 「なっ!!」


 (どう言う事だ?!夢か?)


 スノウは自分の腿をつねってみる。


 痛い。


 夢ではないようだ。

 つねって確かめたからと言って現実なのかどうかはわからないが、ただリアルな通い慣れたカフェにいる。

 温度、空気感、テーブルや椅子の質感全てが、越界して以降の出来事全てが夢だと思うほどにリアルなものだった。

 そしていつのまにか激しい耳鳴りと頭痛は消えていた。

 

 スノウがキョロキョロしていると突然話しかけられる。


 「スノウ・ウルスラグナ」


 「!」


 声のする自分の対面に目を向けるとそれまで誰もいなかったはずが、先ほどの黒服の若い蒼髪の女性が座っていた。

 その瞬間、越界して以降の出来事が夢では無いのだと理解した。 

 だが、あまりにリアルな越界前の世界のカフェにいるこの状況が理解できない。


 「ここは?!現実・・ですか?」


 「現実かどうかはあなたがどう感じるかです。現実とはあなたが実体験していると感ずればそうですし、否定すればそれは非現実です」


 「‥‥」


 黒服の女性の言葉を理解できなスノウは無言のままだった。


 「さて、あまり時間がないようですので、手短に‥」


 「あ、アレックスや他のみんなは?」


 「無事です。‥‥他の方々は、私の存在を畏れており聞く耳を持たないため、あなたとの会話から排除しました」


 無事だと言う言葉を信じる根拠は無かったが不思議と信じてしまう。 


 「わかり‥‥ました」


 「早速ですが、あなた方はこれからタガヴィマを手に入れるために獣神の加護をもらいに行かなければなりません」


 「タガヴィマ?」


 「ああ失礼、あなた方は飛翔石と呼んでいまししたね」


 「飛翔石!‥‥でもどういう意味ですか?‥‥フェニックスが持っているって情報ですが、そのフェニックスが九獣神で、そのフェニックスに加護をもらわないといけないという事?」


 「いえ、フェニックスが飛翔石タガヴィマを持っているのですが、獣神の加護を持った者にしか飛翔石タガヴィマを入手することが出来ないのです」


 「フェニックスは不死鳥だから殺せないにしても、奪う事はできるんじゃないですか?それにおれ達は闇のランプっていう特殊アイテムを持っています」


 「トゥトゥトゥ‥‥闇のランプですか。確かに炎は吸い取れますね。フェニックスの繰り出す炎には有効でしょう。ですが飛翔石タガヴィマはフェニックスの腹の中。腹の中は消せない業火でそのランプも効果はありませんね。そしてフェニックスは殺せません。そんな状況でも奪えるのですか?」


 「腹切り裂いて奪うとか?腹切り裂いても死なないと思いますけど‥‥」


 「フェニックスは九獣神の一角火の鳥の分身で実態のある幻影なのです。腹を割くどころか触れる事もできませんよ。トゥトゥトゥ‥‥本体を殺さない限り触れられない実態化している幻影‥‥本体が死なない限り死ぬことのない全てを焼き尽くす存在ということです」


 「!!!」


 スノウは言葉を失ってしまう。


 「そこで必要なのが、フェニックスの業火に焼かれずにフェニックスに触れられる力です。そしてそれは別の獣神の加護を得ることで可能になる‥という話です」


 「‥‥その‥‥獣神の加護はどこで手に入れれば?」


 「世界竜です」


 「世界竜?」


 「ああ失礼、世界蛇ヨルムンガンドです」


 「え?!‥‥あのアレックスが潰してしまった指蛇ですか?」


 「いえ。世界蛇ヨルムンガンドの体は、あんな大きさではありません。このホドでも入りきらず、複数の世界に跨って存在するほどの大きさなのです。本来はね」


 「!‥‥そ、そんな蛇からどうやって‥‥それは今どこに?」


 「彼は今、海底神殿の牢獄に幽閉されています。あなた方の地図で言えば漆市というホドカン‥‥ステーションがあったところです」


 (か、亀に滅ぼされたところ‥‥か)


 「その通りです」


 「!」


 スノウはまた心が読まれたと感じた。


 「なぜあのような出来事が起こったのか‥‥それは追々あなたたちが自分の力で見つけるのが良いでしょう」


 「で、でも‥その加護っていうのはどういったもので、どうやって貰えば良いのですか?」


 「それはあなた達が自ら考えて行動し入手するしかありませんね。‥‥因みにあの者は蛇ではなく竜です。蛇扱いすると怒り出すのくれぐれもお気をつけて」


 「‥‥」


 「あともう一つ。恐らく近いうちに源水の緑亀に会うでしょう。確か、アレクサンドロス・ヴォウルカシャは源水の緑亀を殺したがっていましたね。でも決して殺してはいけません。九獣神一体たりとも欠けてしまうと加護を入手することは困難になります。もし殺すようなそぶりを見せたら私がアレクサンドロス・ヴォウルカシャを殺しますが。トゥトゥトゥ」


 (ゾゾッ!‥‥何度聞いてもこの笑い方、背筋が凍る思いがする。笑いながら殺されているような感覚‥‥)


 「さて、そろそろ時間ですね。そこの珈琲を飲み終えたら元の場所と時間に戻れますので、ゆっくりして下さい。私はこれで失礼します。こう見えても色々と忙しいもので。スノウ・ウルスラグナ、あたなの秩序に栄光あれ」


 そう言い終えると黒服の女はパッと消え去った。


 目の前に珈琲が置かれている。


 (こんなのあったっけ‥‥。いつのまに淹れたんだろう。て言うか珈琲なんてこの世界にないから久々に嬉しいなぁ。‥‥なんだかよくわからないけどゆっくり味わってから戻ろう)


 嫌いなはずの日本の生活環境から越界したホドへ戻ることに躊躇したのではなかった。

 戻りたくない日本の生活環境の中で、このカフェが唯一勤務時間中にひとりで居られる安らぎの空間だったのだ。

 久しぶりのそのひとりで居られる安堵感を感じただけだった。


 だが、直ぐに自分がアレックスたちのいる場所へ戻った後何をすべきかの整理を始めた。


 (漆市にいる世界竜から加護を得る‥‥亀は殺すな‥‥加護があればフェニックスに触れられる‥‥)


 常識ではまるで信じられない話だった。

 だが、アレックスでも攻撃ひとつできないほどの存在。

 ニンフィーは何もできないまま拘束された。

 そんな存在がわざわざ伝えに来たこの情報は、逆に疑う理由を探す方が難しかった。

 そんな整理をしている間にスノウはいつのまにか珈琲を飲み干していた。



・・・・・


・・・



 目を開けると目の前に慌てふためいて騒いでいるアレックスとワサンがいた。


 (戻って来たみたいだ‥‥)


 スノウは安堵感を感じていた。






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