<ゲブラー編> 99.変異
99.変異
「主人を忘れるとは。いや、もはや我の配下ではないか。先ほど耳を疑う言葉が出ていたからな」
「!!!・・か、閣下・・・」
スーツの男は思い出したかのように突然膝をついて頭を垂れた。
こめかみからは汗が滴っている。
(な、なぜこんなところにいるのだ?!まさか計画に気づいている?!い、いやそんなことはない・・・)
頭を垂れているスーツの目の前に立っているのはトウメイの部下のシンザだった。
だが、トウメイと共に行動していたシンザとは態度も言葉遣いも表情も別人のようだ。
シンザはザムザの横に立ち、黒色化した顔を覗き込んでいる。
そして徐にホロマが放ちザムザの心臓を射抜く寸前で止まった矢の方向をノウマンの方向へ変えた。
「なんだ?私がここにいることがそんなに珍しいか?」
「い、いえ・・ご無沙汰しておりましたもので・・・」
「ご無沙汰?たかだが50年程度だろう?とてもそんな風には見えなかったがな」
「い、いえ本当にございます!」
「へぇぇ・・・」
しばしの沈黙が流れる。
ガッ!!
「ぐっ!!」
シンザが足をスーツの男の頭に乗せたためその衝撃と重さでスーツの男はさらにひれ伏す体勢となった。
足が頭を抑え込んでいる上、それを膝をつく体勢で支えているため頭をたれているスーツの男は苦しそうな表情を浮かべている。
「さて、聞かせてもらおうかディアボロス。何しにこんな場所にいる?アノマリーに何の用だ?」
「た、ただの気まぐれにございます!」
シンザは踏みつけている足に更に体重を乗せる。
「くっ・・」
「はぁ・・。あまりイライラさせてくれるなよ・・・。そんなわけないだろう?アノマリーの存在を知っている上、こんな豪勢な時の圍を展開しているじゃないか。殺そうとでもしたか?それとも憑依しようとでも思ったか?」
「め、滅相もございません!そのようなことは・ぐはっ!」
さらにシンザは踏みつけている足に体重を乗せた。
するとディアボロスと呼ばれた男の足が自分の影に沈んでしまった。
「か、閣下・・・!」
ディアボロスは自分の足が影に沈んでいるのを見て目を見開いて驚いている。
「閣下!どうかお許しを!今冥界へ戻されるわけには・・・」
ディアボロスは頭を垂れながら必死に懇願するような声で話しかける。
「はぁ・・・お前はそんなに頭が悪かったか?想像力が足りないぞ・・・冥界?勘違いするなよ。どうして私が裏切り者に親切に里帰りなどさせるのだ?そんなことあの唯一神でもやらんぞ・・・」
「で、ではどこへ?・・・ま、まさか!!!」
体がどんどん影に沈んでいく。
(ま、まずい!あそこに沈められてはあと1000年は復活できない!なんとか耐えなければ!あの方の計画に支障が出てしまう!)
「ほう・・・あの方・・・そして計画とはなんだ?」
「!」
(いかん!心言を読まれる!心を閉ざさねば!)
「・・・ふ・・ふははは!心言を止めてもイメージは消しきれなかったようだな。影が見えたぞ!どいつかは知らんが下賤な天使と組んだかディアボロスよ。地に落ちたな。そこまでしてお前は一体何を・・・いや待て・・・そうか、なるほど・・・面白い!」
そう言うとシンザは踏みつけている足を下ろし、ディアボロスの髪の毛を掴んで軽々と持ち上げた。
「ぐあっ!」
そしてもう片方の手の人差し指をディアボロスの額にあてる。
するとその指が少しずつ額にめり込んでいった。
まるで水面に指を沈めて行くように何の抵抗もなく指がディアボロスの額の中に入って行く。
「あががががががが・・・」
白目を剥き大きく口をあけ涎をたらしているディアボロス。
しばらくするとシンザは指を額から抜いた。
「あがぁ!!」
普通の表情に戻るディアボロス。
「お前に我の言葉を与えてやった。下がって良いぞ」
「あ、ありがたき幸せにございます」
(い、一体何をされたのだ・・・いや、今はこの場所から一刻も早く去ることを優先すべきだ・・・。下手をすれば気まぐれに落とされかねない)
何もなかったかのようにそう答えてディアボロスは煙のようにかき消えた。
それと同時に止まっていた時が動き出す。
ノウマンの首が高らかに吹き飛んでいく。
その直後にノウマンの心臓にホロマの放った矢が突き刺さった。
『?!』
スノウとホロマは時が飛んだ状態を認識し驚く。
(一体何が起こった?!突然ノウマンの首が飛んだぞ!)
(俺の放った矢がどうして一瞬でノウマンに?!)
一方、シンザに救われたトウメイは何が起こったのか把握できずに周囲を確認している。
そしてソニアに救われたエスカとマカムは気を失っている。
スノウがザムザに目を向けると、黒く変色しているザムザは急に動かなくなった。
黒光りしている皮膚が硬質化して動きを止めたのだった。
その異常に気づいたホロマは10本もの矢を一斉に放つ。
シャンシャンシャンシャシャシャン!!!
全ての矢が弾かれた。
「!!」
弾いたのはスノウだった。
「カムス・・・貴様ぁ!どこまでも邪魔をするのだな。いいだろう貴様から殺してやろう」
ホロマは矢を6本ほど掴み呪文を詠唱しながら弓を引く。
「プリズンフレア・・・渦流」
スノウ目掛けて炎を纏った6本の矢が糸が寄れるようにスクリュウ状に凄まじいスピードで飛んでいく。
スノウは避けようとするが、その先にザムザがいたため已む無くそれを弾こうと構えをとる。
「ちっ!」
スノウは舌打ちして無詠唱でバリアオブアースウォールとバリアオブアイスウォールを同時に繰り出す。
矢は周囲の光を吸い込むようにして超高熱爆発寸前の状態でスノウ目掛けて飛んでいき、2重バリアに直撃した。
ババババババゴゴゴァァァァァァン!!!!
爆煙のように水蒸気と埃が舞う。
さらに背後から炎の矢が飛んでくる。
「ドームオブバキュームエリア」
スノウはリゾーマタ魔法の真空空間を作り出すバキュームエリアを応用し、氷結スフィアを作り出し矢を捉え、その中を真空にした。
一瞬で炎が消え去る。
間髪入れずにさらに5本の炎の矢がスノウを襲う。
「まるでうるさい蝿のようだな」
スノウは手を矢の方向へかざした。
次の瞬間超電撃の柱が発せられ矢を一瞬で消し去った上、その超電撃の柱を操りホロマの潜んでいる森へ直撃させた。
シュゥゥゥ・・・ガシ!
横から凄まじいスピードでスノウ目掛けて飛んでくる矢を視線を向けることなくスノウは掴み取った。
「カムス・・・貴様一体何者だ?・・・なぜこの世界の法則に反した術を使う?」
常に場所を移動しながら矢を放っているホロマが瓦礫の陰から話かけた。
(面倒かけやがって。全くこいつは厄介なやつだな・・・)
スノウはホロマに向かってイラついた表情を向けたがウカの面で覆われているためホロマには伝わっていない。
すると突如嗚咽のような声が聞こえた。
「おえぁっ・・・」
スノウは声のした方を向く。
何かを吐いたような声の主はザムザだった。
「く・・苦しい・・・。俺の・・・からだ・・・痛い・・・」
口元はまるで腹話術の人形のような形になっており、話し方も以前とは全く違いぎこちなくなっている。
顎が縦に割れており、まるで昆虫の口のような形状になっている。
「ザムザ・・・お前・・・」
「余所見をするとはどこまでも侮辱してくれるな」
ホロマは矢を放つ。
シャン!!
スノウはそれを視線を向けることなく払い落とす。
「なんだあれは・・?!」
矢を何なく払い落とされたホロマもザムザの異変を無視できないと考えたのか、ザムザに釘付けとなった。
目線の先のザムザは腕が体とくっついて上半身を前後に揺らし始めた。
口からは血反吐を吐いている。
「だ・・ず・・げ・・で・・・」
足元にはいつのまにかあのカマキリがいる。
ザムザの体はみるみるうちに黒光りしていく。
だが、その表皮は硬質化し半透明になっており、体の中で何かが蠢いているように見える。
「い・・や・・だ・・だ・・ず・・げ・・」
(なんだこれは・・・あの形まるで蛹・・・しかも中身はゴキブリのようなものが見える・・・)
シュンシュン・・シュヴァン!!!
異変を放っておけないと感じたホロマは矢を3本放ったが、その矢をカマキリがありえない動きで払い落とした。
「なんだあれは?!」
「キシャー!ククク・・・」
カマキリはホロマの方を見てにやけたような言葉を発している。
「ぐあぁぁぁぁ・・・あ・・あが・・・あぁぁ」
ついにザムザは言葉を発することもできなくなって完全に固まってしまった。
だが、半透明の硬質化した皮膚の中で何かが蠢いている。
スノウはそれに恐怖を覚えたが殺すわけにもいかないためどうしたらよいか判断できずにいた。
スタ・・スタ・・スタ・・
するとスノウの真横をから何者かがザムザの方へ歩いて行くのが見えた。
その姿は気を失っていたはずのエスカだった。
「エスカ!」
思わずソニアが叫ぶ。
だが反応はない。
スノウがちらっと見たエスカの表情は気を失ったままだったため、おそらく無意識に歩いておりソニアの声にも反応できていないのだ。
するとカマキリがエスカに気づき、鎌の腕を大きく広げて威嚇のポーズを取る。
エスカは蛹と化したザムザの前に立ち、かざすように右手を前に突き出した。
ザギャン!!!
エスカの右手は手首から一瞬で切断され吹き飛ぶ。
カマキリの攻撃だった。
スノウはカマキリに螺旋にリゾーマタの雷魔法ライゴウを込めた一撃を繰り出す。
ギャァァン!!!
鎌の腕でスノウの一撃を抑えさらにライゴウの電撃は周囲に散るように弾けた。
一方のエスカは何事もなかったかのように手の吹き飛んだ右腕を蛹のザムザにかざし続けている。
グニュグニュア・・・
「!!!」
ソニアは驚きのあまり声がでない。
なんとエスカの腕の切断面から手が再生したのだった。
スノウの攻撃を最も簡単にかわしているカマキリはエスカに向かって再度攻撃を仕掛ける。
シュヴァン!!!
スノウはその攻撃を受けようと手を出す。
その瞬間。
「・・・・・」
エスカがスノウの耳元で何かを囁いた。
スノウはその言葉を聞き取れなかったが、カマキリをの攻撃を受ける手刀から黒い稲妻のようなものが発せられる。
シュオォォォォ・・・
エスカの手を最も簡単に吹き飛ばしたほどのカマキリの鎌攻撃がスノウの手刀の黒い稲妻に阻まれて止まった。
止まったというより力なく勢いが途切れたという感じだった。
「キシャー!!!!!」
カマキリは奇声を発する。
エスカがかかげる手から白いオーラが発せられる。
そのオーラが蛹となったザムザを包む。
すると、中で蠢いている何かの色が黒光りした色から白色へ変わって行く。
「キシャシャーーー!!!」
カマキリは断末魔のような叫びをあげて自身の影の中に溶け込んで消えた。
と同時にエスカは糸が切れたかのようにその場に倒れ込む。
スノウはエスカを抱き抱える。
パキ・・・パキキ・・・
蛹となったザムザの背中から何かが割れる音が聞こえ始めた。
「ザムザ・・・」
スノウの元に歩み寄ってきたソニアがこぼす。
「ザムザは一体・・・?」
「わからんがこれは明らかに変異だ・・」
パキパキパキ・・・
何かが割れる音が激しくなる。
パキパキパキパキパキ・・・バガァァン・・・
大きな音とともに白く輝くオーラが周囲に広がっていった。
あまりの眩しさに周囲にいるものは皆目を覆った。
蛹の背中から光り輝く何かが飛び出してきている。
シュワン・・・
その何かは人のような形をしているが、背中のあたりから大きな何かが広がる。
現れたのは人のような形をしたものにアゲハ蝶のような羽が生えた存在だった。
光が収束するかのようにその存在の中に取り込まれた直後にその姿が露わになる。
人のような姿だが虫のような硬い皮膚に覆われ、腹の部分はまるで蝶の腹部のような縞々な形状で呼吸をしているのか膨らんだりしぼんだりしている。
顔はザムザそのものだったが、目は白目がなく蝶の眼球になっていた。
髪は金色に変わっており、額の少し上からは触角のようなものが生えている。
ザムザは蝶のような存在に変態を遂げたのだった。
蛹からふわりとゆっくり飛び降りエスカの元へ近づいた。
不思議とスノウもソニアも警戒はしなかった。
むしろその優雅な動きに見惚れてしまうほどだった。
そしてザムザはエスカに向かって何かを囁いた。
「・・・・」
ザムザのその顔は優しい笑顔に包まれていた。
シュゥゥゥゥ・・・・・・・グザァ!!
「!!!」
ホロマの放った矢がザムザの左腕に突き刺さった。
「がぁぁぁ!!」
ザムザの表情が歪む。
しまったという表情でスノウはホロマの次の攻撃に備える。
ヴァサァ・・・
ザムザは羽を広げた。
そして少ししゃがんだかと思うとそのまま凄まじい速さで上空へ飛び去っていった。
ホロマは矢を構える。
だが、あっという間に矢の射程距離を超えてしまったザムザをただ見ているしかできなかった。
「やめるんだホロマ!戦争はもう終わった!将軍のノウマンは死んだのですから!」
スノウがホロマに向かって叫ぶ。
「その通りだ!これ以上無駄な血を流すことはない!」
ゆっくりとスノウたちの方へ歩いてくるトウメイがスノウの言葉に呼応するかのように声をあげた。
「おそらくこの後この場に到着する北軍のボクデンもノウマン将軍が死んだとあれば無駄な戦いはしないはずです」
ホロマは空気を読んだかのように苦笑いしながら弓を下ろした。
「仕方ない。戦う相手がなくなったとあれば弓を引く理由もない」
「マカムも生きている。とにかく今から一切の殺生は無用だ。カムス、ボクデンへの説明と説得を頼めるか?それで天帝への裏切りを帳消しにしてやる」
「貴様!」
ソニアが怒りの表情で声をあげる。
だが、スノウはそれを制した。
「いいでしょう」
スノウはトウメイの思いを汲み取った。
申し訳ない気持ちと命を救ってくれた感謝の気持ちに報いたいのだが、天帝を裏切った形となったスノウにそのような気持ちを表することは摂政という立場上安易に出すことができないため、まずは天帝への裏切りを帳消しすることをあえて言ったのだった。
「馬を借りますよ。トーカ、行きましょう」
スノウはエスカを抱き抱えてソニアとともに離れた場所にいる馬に乗った。
「シンザ、東でリュウソウと戦っている我が軍のところへノウマンの首を持って向かってくれるか?戦争を止めてくれ。リュウソウも人格者と聞く。状況を知れば自暴自棄になったり無駄な戦いを続けたりはしないだろう」
「御意」
「さぁ、我らもキョウへ帰還する。皆の者、まずは傷ついた仲間の手当を。動ける者は重傷者を抱えキョウへ帰還だ。この地にもはや敵はいない。いや、敵も味方もないのだ」
(両軍あまりにも血を流しすぎた。同じハーポネスの民であるのに・・・)
トウメイはマカム、ホロマとともに残った動ける兵の一部を連れてキョウへ帰還するために移動を始めた。
皆疲れて果てているのか俯いており、隊列など成立しない状態でゆっくりと足を進めている状態だった。
シュゥゥゥ・・・
「!!」
トウメイは突如自分の左側から飛んできた矢に驚くが冷静に対処する。
腰に下げた剣を素早く抜き矢を払い落とした。
グザァ・・・
「!!」
トウメイの右脇腹に激痛が走る。
矢が深々と突き刺さっている。
「がはぁ・・」
「!!」
トウメイは目を疑った。
脇腹の矢は飛んできたものではなく、ホロマが突き刺していたのだ。
「ホロマ・・・き、貴様・・・う、裏切るつもりか・・・?!」
ホロマがトウメイの脇腹を貫いている姿は、ホロマの部下が壁となっているため周りからは見えない状態になっており誰も気づくことはなかった。
「裏切る?冗談だろ。初めから仲間なんかじゃないさ。この国の主人の天帝はまだガキだ。お前はそれを操って自分の思うままにこの国を支配しようとしているのだろう?」
「そ、そんなこと・・あるはずが・・・ない・・・がはぁ!」
トウメイは血反吐を吐いた。
「邪魔なんだよ。我が主人がこの国を利用するのにお前の存在がな」
ホロマはさらに矢を深く突き刺し抉る。
「がはぁ!!・・・だ、誰だ・・・貴様を・・あやつっている・・ものは・・」
「これから死ぬお前が知る必要はない。それにそもそも操られてなどいない。今頃皇太后も俺の部下に始末されている頃だろう。貴様ももうすぐあの世行きだ。あの天帝のガキに後ろ盾はなくなる。あのガキを操りこの国を支配するのは我が主人だ」
「き、貴様・・・!」
トウメイは薄れゆく意識の中で無念の思いを抱いていた。
次は土曜日のアップ予定です(間に合えば金曜日の夜に)。




