<ケブラー編> 96.罠
96.罠
将軍側北軍は軍そのものの統率があまり取れていないのか、移動中の隊列が間延びしてしまっていた。
長さにして約3km。
スノウは早足でさりげなく少しずつ軍列の前衛を目指して進んでいた。
(しかしこんな長細い軍列、横から攻撃されたら一網打尽だな・・・この軍の指揮はどんな無能がやってんだか・・・。しかし周囲にはホロマらしき存在はまだないようだな)
スノウは移動しながらロゴス魔法エクステンドライフソナーで周囲100メートルの生命反応を確認していた。
反応は自軍の細長い隊列のみで周囲には怪しい生命反応はなかった。
しばらく進むと軍列が急に太くなった。
(どうやらあそこには大将がいるようだな)
スノウは兵の動きに紛れながらゆっくりと前衛の方へと歩みを進める。
次第に塊となっている軍列の中心が見え始めた。
「あれは・・・」
「恐らくボクデンだ。フーグシーの街で見たことがある」
「はい、そうですね。たしかあの時は敗戦した直後でした。あの後軍を立て直してこれだけの兵数にまでに。やはり慕われている人物ということでしょうか」
「そうだな。人格者かもしれないが、上に立つ者としてはどうかはわからない。以前見た時に戦いぶりや今回のこの間延びした軍の進め方からすると優秀な軍の指揮とっているとは思えない。個人としては強い剣豪かもしれないがな」
スノウとソニアは周囲の様子を窺いながら周りに聞こえないような小声で会話した。
スノウはさらに前衛を目指して進むが驚く。
この連携の取れていない3万の軍は分裂しボクデン軍より前の軍のスピードが早かったのか1kmは離れている状態となっていた。
さすがに兵の塊列が切れている中を進むのは目立ちすぎる。
スノウとソニアは仕方なく一旦ボクデン軍に紛れることにした。
日も暮れたため、ボクデン軍は進軍を止め野営するための準備に取り掛かった。
スノウたちはこんなところでさらに前衛軍との距離を離すわけにはいかないと皆が寝静まるのを待ち、馬を盗んで夜中に走ることにした。
寝静まった後も見張りが見回っていたが、音を立てずに素早く背後に回って当身を入れて気絶させていき、無事に馬を入手して脇道から前衛軍を目指し走る始めることができた。
前衛軍との距離はかなり開いていた。
(これは恐らく故意に軍を二つに分けているな。前衛が天帝側トウメイ軍を将軍側リュウソウ軍とで挟み込んで足止めしている間にボクデン軍がキョウで天帝の首を取る・・・そんな感じだろうがキョウにはマカム軍がいる。それに姑息なトウメイのことだから簡単にやられるようなことはないだろう。舐めすぎだ・・・。ザムザを率いれたことで劣勢から一気に巻き返したとでも思っているんだろうが、天帝側には何より得体の知れないホロマがいる・・・だが・・・)
スノウは馬を走らせながら何か引っかかるものを感じていた。
(ホロマにザムザ隊を当てて足止めさせ、リュウソウ軍はトウメイ軍を足止めし、将軍率いる前衛がマカムを誘き寄せてボクデン軍がキョウで天帝を襲う・・・手数で言えばそれが一番合理的・・・だが戦力差で言えば数的に一番不利なのはザムザ隊のはずだ・・・)
「!」
(将軍はどうやったか知らないがザムザを率いれたのは使い捨てる駒として使うためか!するとザムザ隊は前衛にはいない!将軍はホロマを遠ざけるためにできるだけザムザ隊を遠方に追いやるはずだ!)
「クソ!!」
スノウは馬を止めた。
それを見てソニアも慌てて馬を止めた。
「どうされましたか?!スノウ!」
「しくじった!読み間違えた!」
「どうしたのです?!」
「エスカは前衛にはいない!ザムザもだ!」
「どういうことでしょうか?!」
「将軍はどうやら相当キレるやつのようだ。チェスとか将棋とかそういったロジカルに詰めていくのが上手い策士だな。情報網も持っているようだ。恐らくザムザ隊はこのトミシ山の反対側の海側ルートを辿っているはずだ!」
「ですが、海側ルートのその先ではリュウソウが上陸しトウメイと一戦交える状態では?そこにぶつける気ですか?」
「違う。ザムザ隊はホロマ軍を足止めする駒だ。そして使い捨てる気だ。1日稼げばいい。その間に将軍率いる前衛と後衛のボクデン軍はキョウを攻め天帝を葬れる」
「!!!・・・そんな!」
「ソニア!おれ達はとんでもない遠回りをしている!急いで山の向こう側のザムザ隊へ急ぐぞ!」
・・・・・
・・・
―――トミシ山麓、海沿いの街道―――
夜もふけた時間帯にも関わらず千人程度の群がゆっくりと進んでいる。
通常なら野営をはり翌日の進軍や戦に備えて休んでいる時間帯だが、千人隊はゆっくりと前進しており、馬の蹄の音と歩く音だけが響いている。
声を発する者は一人もいない。
先頭を進むのは馬に跨ったザムザとエスカだった。
だがザムザに以前の面影は全くなく、目は真っ黒でまるで白目がなくなって黒目だけの眼球になってしまっていた。
そして皮膚は硬質化し、体は太っている。
髪は抜け落ちてなくなっていた。
身長も2メートルはあるほどの巨体となっており腕にはかなりの怪力男でも両手で少し持ち上がるかどうかといった巨大で幅広の重剣を軽々と持っている。
横を進むエスカも目隠しの布で覆われているためはっきりとは見えないが、まるで正気を失ったように無表情だった。
他の兵たちもまた目が死んだように空な状態で無表情だった。
ヒューーン・・・ドシュ!!!・・・バタン・・・
突然ザムザ隊の後方の兵が倒れた。
頭に弓が貫通している。
ザムザは後ろを見もせずに軽く手を上げ隊を止めた。
そして人差し指と中指を軽くくるっと回す動作をした。
すると、兵たちはザムザとエスカを中心とした扇形の陣形をとった。
ガタタタン!!!
そして兵たちは持っている盾を掲げて防御の構えをとった。
―――とある茂みの中―――
「まるでこちらの居場所と次の一手をしっているかのような行動ですね」
木の上で望遠鏡を片手に遠くを見ている者の横で側近と思われる人物が話しかけた。
「ああ」
返事をしたのはホロマだった。
トミシ山の麓に広がる巨大な森のとある場所の木の上に陣を敷き、弓でザムザ隊後方に攻撃を仕掛けたのだった。
「普通なら背後の兵が突然矢で射抜かれたら慌てて後ろを警戒するんだがな。後方ではなく、西方のこの森に対して扇形に陣形をとって守備態勢をとった。ザムザとやらは脳筋戦闘バカと聞いていたが情報とは曖昧なものだ」
「どうされますか?」
「少し様子を見る。あの陣形、よくできている。後ろは海だ。森からの攻撃だけを警戒すればいい。少し焦らして動きがないようなら少しトリッキーに揶揄ってやろう」
ホロマは何もせず10分も経てば痺れを切らして動くはずだと思っていた。
前情報ではザムザは勝ちを急ぐ傾向があり、膠着状態が続くと無謀にも単独で切り込んでくるスタイルだと聞いていた。
だが10分経っても動かなかった。
「動きませんね」
「成長したか、元々のザムザの情報がガセだったか。少し揶揄ってやれ」
「は!」
側近は手を挙げると、遠方にいる弓使いに合図が送られた。
弓使い大きな弓を前方斜め上方向へ放つ。
シュゥゥゥゥゥゥ・・・・・
大きな弓で射られた矢は恐ろしく長い飛行距離を保って放物線状に飛んでいったが、途中で何かに操られているような角度に曲がってザムザ隊の後方に回り込む形で飛んでいった。
シャグッ!!!・・・バタ・・・
盾を向けている方向とは逆から飛んできた矢を防ぐことができずに右端の兵が矢に射抜かれて倒れた。
だが陣形は崩さないどころか一人として慌てる兵がいなかった。
「反応なしとは・・・一体どうなっているのでしょうか?通常あの攻撃を喰らった場合相手側から見て右に敵がいると錯覚して陣形が崩れるか、右側に防御を向けるのですが・・・」
「・・・」
ホロマは少し考えた。
(将軍のノウマンは怪しげな術を使って兵を強化することができるという噂があった。まさかそのようなものがあるとも思えないが、そう想定でもしないと目の前の状況の説明がつかない。情報がほしい。少し揺さぶってみるか)
「兵を左右に400ずつ分けて相手の左右から挟み込む形で進ませろ。ただし長槍が届かない距離は保て」
「は!」
ホロマの指示に従って音を立てることなく左右から400の兵、合わせて800の兵がザムザ隊を挟み込む形で移動した。
ザムザ隊の陣形は依然として崩れることはない。
ホロマは手を上げた。
それを合図にザムザ隊を挟むホロマの配下軍が両サイドから矢を一斉に放つ。
バッ!
次の瞬間ザムザが手を上げた。
すると、扇形の陣形の縦の向きが左右に向いた。
カンカンカンカカカンカンカンカンカカン!!!!
矢が盾に当たって弾かれる音が辺りに響き渡る。
盾で防げない場所にいるザムザやエスカ、他の兵たちは持っている剣で矢を防いでいる。
だが、中には防ぎきれない者もおり、その場に倒れてこんでいるが、それを気遣うものや傷の手当をしようとする者はいなかった。
ただ淡々と矢を防いでいる。
「なんなのだ・・・あれは」
「不気味です」
「不気味さは我らの専売特許。揶揄うつもりが逆にバカにされている気分で不愉快だな。左右に攻撃を仕掛けさせる」
「は!」
合図を受けて左右400ずつのホロマ兵は一斉にザムザ隊へ切り込んでいく。
ザムザの合図によってザムザ隊も防御を軸に応戦し始めた。
ホロマは左右の軍に少しずつ後退するよう指示をだした。
それによってザムザ隊が徐々に割れ始める。
「両サイドの弓兵に伝えよ。ザムザを狙えと」
合図によって一斉にザムザに向けて多数の矢が放たれる。
シュババババカカカンシャシャシャシャババババン!!!
ザムザは全く動かない代わりにエスカが凄まじいスピードと剣捌きで全ての矢を弾き返した。
「ほう。あの女剣士なかなかの腕前」
「あの動きで相手の実力が見切れないとはまだ鍛錬が足りないようだな。あれは貴様より遥かに強いぞ」
「も、申し訳ありませんホロマ様」
「まぁいい。こんな小隊に我が同時に二人も相手をしなければならないほどの相手がいるとは」
(全く面倒なことだ。しかしなぜ此奴ら単独でこのようなルートを進ませているのだ?南に現れたシュウソウを挟み撃ちにするにしては兵数が少なすぎるザムザとあの女剣士の実力を買ってか?・・・・)
「!」
ホロマは驚きの表情を浮かべる。
常に冷静沈着なこの男が驚きの表情を浮かべることはほとんどない。
「どうやらノウマンという男。相当抜け目ない策士のようだ。さっさとこの場を片付けてキョウに戻らなければならなくなった」
「どういうことでしょう?」
「説明している暇はない。ここに二千の兵を残し、貴様は残りの七千を率いてキョウへ戻れ。行けばわかる」
「は!」
側近はホロマの指示通り七千の兵を率いて静かに森を後にしてキョウへ向かった。
―――ハーポネスの南にある商業の街 オザッカから東に5km地点―――
大木が数本立っている林を囲む形で約1万ほどの兵が野営している。
「報告!」
「なんだ」
「ここより西側オザッカの先10km地点に南軍を確認。その数約1万!鎧の色から恐らくトウメイ軍と思われます」
「わかった。我が軍はここより南5km地点まで南下する。戦の準備を始めろ。交戦の場はそこだ」
「は!」
指示を受けた側近は指示に従ってその場を離れた。
この軍を率いていると思われるその人物はその場から大きく跳躍すると横にある大木の上の枝に優しく着地して報告のあった方向を見ている。
(能生万将軍の読み通りだな。兵力の総数では圧倒的に不利だがその厳しい戦況を変える頭脳と予見力・・いよいよ天帝を倒す時がきたか・・・。イシル姉さん、ザムザ・・・リクウ先生の仇は俺が討つ。待っていてくれ。あの強く優しい先生を無惨にも罠にはめて殺し、道場の仲間をバラバラにさせた天帝の横暴とこのくだらない戦・・・。俺が終わらせてやるから・・・)
その男の名はリュウソウ。
曽祖父の名はリュウオウ。
かつて金剛の槍頭領にしてこのハーポネスを裏切って命を落とした剛将のひ孫がリュウソウだった。
リュウオウの死後、残された彼の一族はひっそりと暮らしていたが次第に生活が困窮しリュウソウが産まれた頃には誰かに頼るしかなかった。
そうして頼られたのがリクウ・カグラミ、神楽巳流武術の師範代だった。
皮肉なものだが、ヨシツネ・カグラミを罠にはめて国を裏切ったリュウオウの子孫をカグラミ一族が育てることになっていた。
当然リクウもリュウソウもそのような事実は聞いていないため知らないことだったが、リュウソウはイシルやザムザと共に育ち武術に時間を費やした半ば兄弟のような存在だった。
リュウソウは20メートルはあろう高さから飛び降りて音もなく着地してスタスタと歩き出した。
「鎧をもて!」
リュウソウ軍はトウメイ軍との戦に備え始めた。
・・・・・
・・・
―――北軍前衛 本陣―――
北軍の前衛もまた日が落ちたと同時に野営をはった。
本陣の中心には将軍のテントがある。
「食事をお持ちしました」
「今はダメだ!将軍様はこの時間帯は人を通すなとおっしゃっている」
「ですが冷めてしまいます」
「知ったことか!出直してまいれ!聞かないなら斬るぞ!」
「は、はいぃ!!も、申し訳ありません!」
将軍のテント内には将軍一人だけがいるはずだった。
だが、なぜか会話が聞こえる。
もちろん外に居る者には一切聞こえない。
「順調なようだな」
「私にかかれば造作もありませんよ」
「それは心強いなノーマン」
「その名前は好きじゃありませんね!私は能生万 鉄蓮です!」
「俺は嫌いじゃないんだがな」
一人は将軍のノウマンだった。
自身を能生万 鉄蓮と名乗っているその姿は明らかに欧米人のようなもので金髪に青い瞳の背の高い人物だった。
一方もう一人は白のダブルのスーツを着た若い男だった。
若いにも関わらず髪は白髪でオールバックにしており、首元や袖からは何かタトゥーのようなものが見えている。
「ふん。まぁでもあなたに頼るまでもありませんよ。すこぶる順調です」
「ははは。この作戦、俺が授けたものだがな」
「ちっ!いちいち嫌味なお人だ。ですが私には天技がある。この能力があれば負けることはない。事実あの気色悪い天帝側の犬を仲間に引き入れていますからね」
「そうだな。お前は選ばれし者だ。そのわずかな確率を生き抜いた者だけが得られる天技を存分に使うがいい。これは忠告だが、あのザムザという者は確実に殺しておけ。自軍に引き入れさせた理由は単にこの戦いに勝つことだけではない。あれには面倒なものが憑いている。くれぐれもあれを活用しようとは思うなよ?」
「あの者が一体なんだというのですか?私は無敵です!まぁ忠告は一応聞いておきましょう」
「それがいい。せいぜい気張るがいい」
そういうと白スーツの男は煙のようにかき消えた。
「さぁてと!明日が楽しみです」
・・・・・
・・・
―――翌朝―――
ホロマは焦っていた。
倍以上の兵力と森を味方につけた奇襲攻撃があればさほど時間をかけずにザムザ隊を片付けられると思っていたのだが、既に千人以上ホロマ兵が命を落としているにも関わらず、ザムザ隊はまだ六百ほど残っていたのだ。
しかもより強固な守りに徹しておりなかなかそれを崩せずにいた。
「策士の我が焦らされているとはな。だが、形あるものいつか壊れるものだ」
ホロマは望遠鏡でザムザ隊を見ながらつぶやいた。
「ん?」
ホロマは何かを見つけたようだ。
「ジンザ」
「は!お呼びでしょうか」
「綻びを見つけた。我の下に100本だけ残しすべての矢をザムザ隊に打ち込め。狙うのは盾だ」
「は!」
ホロマの部下は森に潜む二千の兵に合図を送った。
その合図の直後一斉に矢がザムザ隊に向かって放たれた。
シャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャ!!!!
無数の矢がザムザ隊の盾の塊に吸い寄せられるように飛んでいく。
カンカンカンカンカンカンカンカカカカンカンカンカンカカカカカンカンカンカカカカカンカンカンカカカカ!!!
ザムザ隊から砂埃のようなものが立ち込めている。
無数の矢の激しさから砂埃が巻き上がったのだ。
ガラガラガラガラガラララン・・・・
砂埃が収まってきたところでザムザ隊が持っていた盾が軒並み音を立てて壊れ地面に散らばっていった。
「やはり正気じゃないな」
ホロマは望遠鏡で見ながらつぶやいた。
つぶやいた通り、ザムザ隊は守りの要となる盾をほぼすべて失って裸同然となったにも関わらず同様一つ見せずに今度は肉弾戦を行う陣形をとったのだ。
だが、数で勝っているホロマ軍が負けるはずはなく勝負が見えていた。
「ジンザ」
「は!」
「総攻撃をかける」
「は!」
そう言うと全軍に合図を送った。
次は日曜日のアップです。




