<ケブラー編> 94.天帝と摂政
94.天帝と摂政
―――その日の夜―――
エスカはスノウ達には話をせず単独でザムザの新しい領地に忍び込んでいた。
元々マカムの別宅であったがほとんど使用していなかったものであり、ザムザは直ぐに入居していた。
手入れが行き届いていたこととザムザ自身がこの地へきてまだ間も無く、荷物もほとんど無い状態であったことからスムーズに入居していたようだ。
本来であればあり得ない超スピード出世ではあるが、手放しで喜べる話ではなく兵の半分、そして街の者の中の会話でもザムザを都合よく消耗品として使う天帝の思惑があるのだという噂が実しやかには囁かれていたのだ。
それを聞き心配になったエスカは戻るように説得を試みるのと、ダメでも忠告することを考えてザムザの屋敷となったこの領地へ潜入したのだった。
タッ・・
明かりのついている2階にある部屋のテラスに着地した。
エスカはゆっくりと窓から部屋を覗き込む。
「何者だ」
「!!」
エスカは急に背後から声が聞こえて驚く。
ガシッ!
振り向こうにも体を背後から両手と首を押さえ込まれていて身動きも取れずに振り向けもしない状態だったが、声で理解した。
声の主はザムザだった。
「わ・・・私だ・・アンだ・・・」
「あのカムスの連れか。そういえばマカム様の軍に入隊したようだな。クエストでも受けたか。おおかた俺を追ってきての所業だろう。姉上に連れて帰ってこいとでも言われたか?」
「話づらいから・・この腕を解いてもらえると・・ありがたいのだが・・・?」
「隙だらけだったぞ。お前の実力はその程度か。まぁいい」
バッ・・・
エスカは解放された。
締め付ける力があまりに強かったのか、ストレッチして筋を痛めていないか確認した。
「まぁ座れよ。少しだけ話をしてやる」
「ありがとう」
そういうとザムザとエスカはテラスにある椅子に座った。
「ザムザ・・・」
エスカは思わず言葉を失った。
その姿は、異様そのものだった。
顔は無表情なのだが、皮膚がまるで人形のような無機質な感じの表皮でそれこそ腹話術の人形のような感じだったのだ。
皮膚の至る所に切れ目のようなものがあり、表情を変える度に一瞬だが筋肉のようなものが見えている。
それと自分を抑え込んだ時の力。
微塵も動けないほどの強力な力で、まるで何か機械に押さえ込まれているかのような状態だったのだ。
「俺のこの姿に驚いているようだな。どうだ?素晴らしいだろう?俺は間も無く人間を超える。そして父上の成し得なかったことどころかそれ以上のことを成し遂げてやるのだ」
「一体・・何を?」
「この国の支配だよ。知っての通り俺は数日にしてこの地位を得た。この国の誰もが憧れる金剛の槍の副将だ。かつてカグラミ家には金剛の槍となった者もいたが、結局は天帝や金剛の槍頭領にいいように使われてその地位を追われた。俺はそんなヘマもしないし、むしろ天帝や金剛の槍頭領など通過点に過ぎないと思っている。俺はそれだけの強さを得た。もはやこの地に敵はいないだろう。父上が無惨にも殺されたのは直接的には将軍側に責任があるが、実質天帝側の腐った貴族どもが父上を殺したようなものだ。俺はその全てを屠り去って新たな世界を作る。正義と強さの上になりたった世界をな」
(カグラミ家に金剛の槍・・・ヨシツネか。後で聞いてみるか。この子にそれを話すだけの心を開いてくれる会話が成り立てば・・・だが)
エスカはそう考えザムザの発言一つ一つを理解した姿勢で会話することにした。
「確かにお前の父上のことは他人の私も腑が煮えくり返るほどだ。100年前天帝は弱き一般民を守るために将軍が行う傍若無人な圧政に対して反旗を翻したと聞く。今その理念は若き天帝の心に受け継がれることなく私利私欲に走る周りの取り巻きによっていとも簡単に壊されてしまったとしか思えない。そしてその上で行われているこの戦争も何が大義なのかわからずという認識だ」
「へぇ・・。それなら話は早い。アン、お前、俺の部下になれよ。そうしたら俺の理想の元でこのクソくだらない争いに終止符を打てるばかりか、素晴らしい世界を作る一助になれるぜ?」
エスカは食いついたと感じたがなんとか極端な理想は修正しなければと思い話を続けた。
「それはありがたい言葉だな。それに新しいハーポネスを作るのも悪くない。ゆくゆくはヘクトルをも倒し、このゲブラー全土を正しい道へ導くということもあるだろう」
「お前、話がわかる女だな」
「ありがとう、褒め言葉として受け取っておこう。だが一点気になるのは、お前の理想とする世界だ。正義と強さが支配する世界だとすると弱い一般民はどうなる?」
「俺が守るに決まっているだろう?強い者が弱いものを守らずしてどうする?それに神楽巳流を学べばどんなに弱いものも自分を守れる程度にはなるはずだ。そうやって強い国を作るってことだ」
「正義とは?どのような正義だ?誰が決める?」
「ごちゃごちゃうるさいな。正義と言ったら正義だ。正義がふたつもみっつもあるわけないだろう?」
エスカはなんと稚拙なことかと愕然とした。
自分の思う感覚こそが正義だと信じて疑わない子供のようだったのだ。
エスカはザムザがどういう理由かわからないが自分に与えられた力を過信し、それにうかれているのだと認識した。
(放って置けないな・・・)
最後にエスカの心に浮かんだ言葉はこれだった。
力を奢り、力に溺れ、力に滅ぼされる典型的なタイプにエスカは不安を募らせた。
「お前のことは気に入った。あのカムスの野郎は嫌いだがな。お前さえよけりゃぁ俺の部下にしてやる。お前の強さは姉上との稽古で知っているからな」
「光栄だ。是非とも頼む」
「よし、副将の権限で今からお前を俺の直属の部下に任命しよう。手続きは明日やっておく。明日朝からお前だけ俺の元へ来い」
「わかった、ありがとう」
エスカはその場所を後にした。
―――翌朝―――
「はぁ?!何よそれ!」
ソニアが怒っている。
「まぁ、落ち着けソニア。これはある意味都合がいいかもしれない」
「ああ。私はイシルの望みであるザムザを止める役目として行動し、スノウとお前はハーポネスに共闘させる交渉のために天帝に近づく行動を取る。効率よく動ける分担ができたと言うことだ」
「ま、まぁあんたと別行動できるならそれはそれでせいせいするけどね」
「私もだ。気が楽になる」
「はぁ?!その上から目線やめてくれる?!」
「おい!喧嘩はやめろよ。とにかくこれは好都合と捉えてうまく連携しよう。おそらくエスカはザムザのいる屋敷に居を構えることになるだろうからどこかで情報連携できる状態を確保しなければならない。それを決めたら別行動だ」
・・・・・
・・・
数日後エスカに正式にザムザ副隊長直轄の部隊を取りまとめるザムザ隊隊長に任命された。
一方スノウの元には皇室省から召集令が届いた。
マカムの言っていた通り、天帝から直々に褒美が授与されるとのことだった。
エスカはザムザ直轄となり、個別の任務で遠征があり当日は不在となるとのことで授与式にはスノウ、ソニア、エルガドの三人で向かうこととなった。
―――天帝御所内謁見の間―――
天帝御所内にはいると巨大で美しい庭園が広がっており、その中に狩猟や花見会、茶会など様々な天帝のためだけの催し物が行われる場所があり、さらに奥に進むとやっと天帝の住まう本殿にたどり着く。
見た目や広さは違えど構造としてはガザド公国首都ガザナドの大公領のようなものだった。
スノウたち三人は本殿の入り口付近にある謁見の間で待たされることとなった。
前方にはヴェールがかかっておりその先は見えない。
しばらくすると、一人の仰々しい格好をした男が現れた。
「これより摂政様がお越しになる。そしてその後に天帝様がお越しになる。くれぐれも粗相のないように」
するとその直後に一人の男が現れた。
「面をあげよ」
その声に応じて平伏している体制から顔を上げた三人。
目の前に現れた摂政という役職の人物は、さらに煌びやかで仰々しい格好の男だったが、その顔は凛々しいいわゆるイケメンだった。
「お主達が此度の北軍レンデ軍を打ち破った際の功労者か。大義であった。間も無く天帝様がお見えになる。そこで褒美を受け取ることになろう。畏まって拝受するがよい。ん?そこの狐の面をつけた者、面は取れぬのか?」
「申し訳ございません。顔にひどい火傷を負っておりまして、天帝様の前に晒すには些か刺激が強いかと思いまして。これも国のためと戦った勲章と自分では思っておりますが、そのような事情をお知りでない方にとっては驚かれるものと思いましてこのような面で隠す事をお許しください」
「そうか。それは難儀な事だ。面を着けての謁見を許そう」
(ふぅ・・・なんとか誤魔化せたな。でもこいつが摂政のトウメイか・・・。お作法はわからないがとりあえず礼でもしておくか・・・)
スノウたちは勝手がよくわからないが一応礼をして再度平伏した。
その直後に天帝が来る掛け声がかかり、ヴェールの向こう側で摺り足の音が聞こえ始めた。
摺り足が止まったあと、腰を落とすような布の擦れる音が聞こえた。
「面をあげよ」
スノウ達は顔を上げた。
「余がハーポネス第16代天帝文仁王である」
スノウはなるほどと少し驚いた。
なぜなら天帝は幼少であるときいていたもののせいぜい15歳程度と想像していたのだが、前方から聞こえた声は10歳にも見たない子供の声だったからだ。
目の前のヴェールに阻まれその姿は影しか見ることができなかったが、明らかに10歳未満の子供だった。
「先般の戦いは誠に大義であった。余は大変嬉しく思う。褒美をとらそう」
まるで2世子役が七光で出ている舞台で言わされているような台詞に聞こえた天帝の言葉はそこで終わった。
それに代わって摂政のトウメイが話を始めた。
「此度の戦争は自ら将軍家を名乗る偽物で下賤な輩のノウマンと呼ばれる青い目をした者が起こした私利私欲に走った愚かな戦だ。天帝様はそれに巻き込まれる民を思いとても心を痛めておられる。だが、その子飼いの大将の一人レンデ・ガジを討ったのはとても大きな功績である。直接討ったのはマカムの配下のザムザということだが、報告ではそのザムザが敵本陣に単独で斬り込める状態まで相手の陣形を崩すほどの無双ぶりを発揮したのは其方達と聞いた。今後の活躍を期待する意味も込めて畏れ多くも直に褒美を取らせたいと天帝様自ら仰ったためこの場を設けたのだ。畏まって褒美を拝受せよ」
そう言って従者が持ってきた褒美には以下があった。
・金貨500枚
・正式な金剛の槍部隊への加入
・軍事を司る兵部省長官の地位の授与
・武具購入金負担の免除
・ハーポネス各都市への通行手形
(一見評価されているように見えるが将軍側に寝返らないようにするための体のいい囲い込みだな。まぁ断ったらその場で極刑にでもするつもりで天帝に会わせたのだろう。こんな事はあの子供天帝には思いつかないな。ってなればブレインはあの摂政か)
スノウはざっと分析した。
恐らく摂政が事実上この国の実権を握っているのだろう。
一通りのセレモニーが終わったため、褒美を荷物に詰める等帰る支度をしてスノウが天帝御所から出ようとした際に、従者にスノウだけが呼ばれた。
スノウが従者に案内されるままに進んでいくと、豪華な扉の前に辿り着いた。
コンコン。
「入れ」
「カムス殿をお連れいたしました」
「おお、先ほどはありがとう」
謁見の間とは雰囲気の違う友好的な話し方で接してくる摂政のトウメイが出迎えたのだった。
「いえ、こちらこそ先程はあのような豪華な褒美を賜りましてありがとうございました」
「良いのだ。全て天帝様のお考え。我らは天帝様の視通される未来に向けて駒のように動くだけだ」
スノウは一礼して摂政の部屋に入った。
「すまなかったね、この度は無理やりお呼び立てしてしまって。それでその面で隠さなければならないほどに火傷はひどいのか?」
スノウは面を少しだけ上げて火傷の跡を見せる。
こんな事もあろうかと事前にソニアに協力してもらって火傷跡をつけておいたのだ。
毎度のことで痛く嫌な対応であったが、今回ばかりは仕方なかった。
「これはすまなかった。疑っているわけではないが、そのような面を被っている事自体が珍しくてな」
「いえ、こちらこそ申し訳ございません。それに我々としても天帝様にお会いするに見合うほどの大した功績ではないと思っておりましたので今回は大変驚きました。私どもような小物が伺ってよろしい場だったのでしょうか?」
「もちろんだ。呼んだのは天帝様だからな。しかし君たちの戦い方はこの世界にはあまりない戦闘スタイルと聞いた。どこで得たものかね?」
スノウは表情を変えずに返答する。
「実はゾルグ王国で行われているグラディファイスに出た事がありまして、トラクレンと呼ばれる訓練生時代に訓練場の教官から教わった戦闘スタイルなのです」
「なるほど。あの国にはそのような戦闘スタイルの戦士を育成する体制も整っているのか。知っての通り、我が国ではエセ将軍を名乗る詐欺師が名だたる武将を抱えて天帝様に反旗を翻している混乱した世。だが本当はそのような事をしている場合ではない。この世界は病んでいる。激しい貧富の差は生まれ持った地位に起因しており生まれながらに搾取される側はその立場に争うすべもなく死んでいく。全くもって理不尽で不公平な世の中だ。私はね、この世界をそう言った理不尽な状態から解き放ち変えたいのだよ」
高尚な理念だが、実際やっているのは天帝をバックから操って戦争をし、不平等で苦しんでいる民を犠牲にしているトウメイを偽善者だとスノウは捉えた。
だが、面倒を避けるために迎合している風を装って返答をする。
「素晴らしいお考えです。私も地方貴族の端くれですが常々理不尽な不平等には頭を悩ませております。摂政様におかれましては既にこの国を変える地位と権力をお持ちかと。全く羨ましいものです」
「まぁそう簡単ではないがな。まずはエセ将軍が率いる北軍の殲滅だ。これからも天帝様のため、力を貸して欲しい」
「承知しました」
そういってスノウは部屋をあとにした。
・・・・・
・・・
―――宿屋―――
「どうだったんだ?摂政との会話は?さらに褒美でも貰ったか?独り占めはなしだぜ?」
「君はどこまで図々しいでしょうか?何もありませんでしたよ。釘を刺されただけです。くれぐれも将軍側に寝返ることなどないようにとね」
「ちっ・・なんだ。つまらねぇな。それより褒美の金だがどう分けるか?アンは既に離脱しているから三人で山分けだな?」
「そうはいきません。4等分です」
「はぁ?!なんでだよ!」
「あなた本当に図々しいわね。嫌なら私たちと別行動しなさいよ。そもそも私はあなたがカムス様と行動を共にすることに賛成はしていないのよ。文句があるなら、それなりに自分の貢献できる価値を示してから言いなさい」
「くっ!お前・・・碌な死に方しないぞ・・・男にモテないだろ!そんな気の強い女を好きになる男なんて弱っちいヒョロヒョロ男しかいないぜ?」
「あんた、表に出なさい。コテンパンにのしてやる。そしてそのような暴言を吐いたことを一生後悔するだけのダメージを与えてやるわ」
「おいおい、やめなさい。エルガド、君も少しは謙虚になるべきですよ。褒美の金は私の分から上乗せしておきますから、それでいいですね?」
「おお!流石はカムスさま!じゃぁ俺はちょっくら街で情報収集でもしてくるぜ!」
そう言って嬉しそうにエルガドは出て行った。
「スノウ、どうしてあんな図々しい男と行動を共にするのですか?」
「ああ、あいつ何か隠してるからな。それがわかるまではそばに置いておく。放っておいてはおれたちの行動の邪魔になるかもしれないしな。それよりトウメイだが、あの男、越界者かもしれない」
「え?!なんですって?!本当なのですか?」
「ああ。要職にあるとはいえ、たかだか一国の摂政だ。その国でしか暮らした経験がない者が、おれの戦い方をみてこの世界にはない戦闘スタイルと言った。この国ではなく、この世界と言ったんだ。まるで見てきたかのようにな。ただでさえ、この国にいる者達はホドやティフェレトのような別世界があることを知らないのに、この世界と言った。まぁおれの直感だが警戒するに越したことはないだろう」
「探りを入れましょうか?」
「いやいい。やつは偽善者だ。いずれ私利私欲に走る我がで初めて化けの皮が剥がれるだろう。それから叩いて吐かせても遅くはない。それより暴走気味のエスカの方が心配だ」
「・・・。あんな女放っておいてもよいのではないでしょうか?」
そう言いながらも心配そうな表情をしているソニアを見てスノウは少し安心した。




