<ホド編> 8.ヨルムンガンドの指
8.ヨルムンガンドの指
「さぁて、まずは小手調べでいこうかね」
アレックスは大きなハンマーを振り上げて叫ぶ。
「ライゴウ」
言い終えると、体から目が眩むほどの光が轟いた瞬間、振り下ろしたハンマーの動きに合わせて轟音と共に雷鳴がヨルムンガンドの指、いわゆる指蛇に直撃する。
ドギゴウオォォウン!!!
雷は指蛇を通って地下水流に拡散する。
たが、直撃した部分は焼けこげたように黒ずんでいる。
(すごい!これほどの魔法をいとも簡単に唱えるとは‥‥)
いや感心している場合ではない。
これで死ぬような魔物なら先に送られた討伐隊も全滅するはずがない。
アレックスの次の行動は何か。
スノウは次の動向に目を見張った。
ふとアレックスのいた方に目を向けるとそこには大男の影はなく、指蛇に目を向けるとその後ろに彼が回り込んで大剣を振りおろそうとしている。
ガキィィィン!!!!
ものすごい力で斬りかかった大剣は指蛇に噛み捕らえられ防がれてしまう。
そのまま指蛇は大剣を噛み壊す。
ゴグガン!!
「ほう、面白い!水の王家の子、なかなかやるではないか!これは楽しめそうだ。強きものは美味だからな!」
「んぁ、そう簡単に切られてくれねぇか。しかし剣を壊しちまいやがってぇ。‥‥まぁじっくりやるか」
体を反転させながら元いた場所に着地し、頭をぽりぽりかきながら応える。
「遅れをとるな!蛇の首をとって名を上げよ!討たれた同士の仇をとれ!」
エストレアは、剣を指蛇に向けて聖騎士隊を鼓舞し突撃を指示する。
「バイタリア!」
「バーサーク!」
「アジリアル!」
各々肉体強化魔法を唱える騎士隊員たち。
その隊員たちの頭上が影に覆われる。
指蛇が大口を開けて今まさに隊員たちを食べようとしている。
音もなく水音も立てず今まさに隊員たちを丸呑みにしようと異常なまでに開いた口が迫る。
「ギガントペイン!」
ブゴオォォン!!!
透き通った巨大な剣が大口を遮る!
その隙に肉体強化した隊員たちが一斉に散り指蛇を包囲し構える。
「セントボルテックススニーグ!!!」
隊員たちが声を揃えて言い放ちながら呼吸を合わせ時計回りに素早く囲み動きながら指蛇の首あたりを斬りつけていく!
シャラシャラシャラー!!!
鱗が見事に斬れていき血が吹き出ていく。
隊員たちは勝機を見たのかさらに切り込んでいく。
隊員たちの機敏が動きで指蛇にダメージが与えられているのを見てエストレアは満足げだったが、次第に表情がこわばっていく。
「直ぐに攻撃をやめ離れよ!!!」
(明らかに優勢のようだが攻撃をやめろとはどういうことだ?!)
さらにダメージが与えられ血しぶきが隊員たちに降りかかる。
「ぐあぎぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
凄まじい叫びは指蛇のそれではなく、隊員たちのものだった。
一斉に隊員たちの鎧が溶け出し苦しみ始める。
指蛇の血は強酸だったようで囲んでいた20人以上の隊員たちはあっという間に半分の大きさまで溶けて変形していた。
あまりのグロテスクな光景に吐き気をもよおす。
初戦で生きる意味を見出したはずだが、死と向き合うのはそんなに直ぐ慣れるものではないらしい。
「我の血の味は美味いか?ヒョホホホ!口も聞けぬほどに美味か!」
ほぼ形を失った元隊員たちのそれをみて満足げに話す指蛇。
「さて、後ろに控える者共も退屈せんようにせねばな!エオロエオエオォォォ!」
指蛇は口から30近くの大きな卵らしきものを吐き出した。
機転をきかせエストレアが無数の卵に切り込む。
10くらいは潰したが、孵化するのが異常に早く20あまりの卵から大きなトカゲのような生き物が這い出てきて後ろに控える冒険者たちに飛びかかる。
「うわぁぁぁぁ!!!!」
目の前の信じられない光景に屈強な冒険者たちはなすすべなく情けない声をあげ、ある者は噛みちぎられ、ある者は丸呑みにされた。
惨劇。
おそらくこの惨劇の後に同様の恐怖が自分にも降りかかるのだろうとスノウは思った。
簡単に殺されるつもりはないものの自分に策があるわけじゃないから生き残れる気もしない。
「隊列を組み直せ!引くな!我々は誰だ!このヴォウルカシャを守る聖騎士隊だ!漆市を滅ぼした亀と同格の神獣と戦えることを誇りに思え!死を恐れるな!さぁ剣を握り構えよ!!」
だが100名近くいた聖騎士隊とキュリアの8割は溶けてしまったか食われてしまっていて、エストレアの声に反応し奮起できるものはいなかった。
「どうした皆の者!臆したか!剣を取れ!声を上げろ!」
自分の隊を奮い立たせようと必死のエストレアが指蛇の動きから目を離した瞬間指蛇の尖った尾がものすごいスピードでエストレアめがけて襲ってきた。
(しまった!!迂闊!死んだ!!)
指揮官として周り全てに気を配る必要があったにも関わらず、エストレアは肝心の敵から目を離してしまった。
一瞬のはずなのにエストレアの脳裏に自分の人生が走馬灯のように駆け巡る。
映し出されるのは屈強な冒険者に混じって魔物との戦いのみ。
エストレアは物心ついてから戦いしかなかったのだ。
(恋‥‥してみたかったな‥‥)
死を覚悟する。
(トキハナテ‥‥)
シュワン!
ギギャギャギャギャギャカン!!!
「きゃぁぁ!!!‥‥あ‥‥あぁ?」
エストレアは想像した状態にならなかった。
自分の目の前の影が刀剣で尖った尾の起動を変えて攻撃をそらしたのだ。
(またやってしまった‥‥)
スノウはまたも “トキハナテ” の声に体が勝手に反応して、大した実力もないのに突っ込んでしまったのだ。
(これで何度目か‥‥。おれは一体なんなんだ?これじゃぁ命がいくつあっても足りない)
「私‥‥助かったの?」
「次の攻撃くるから早く体制整えてもらえるとありがたいんだけど‥‥ははは」
「あ‥‥ああ!」
顔を赤らめて瞬時に移動し体勢を整えるエストレア。
直ぐさま向きを変えて尖った尾が今度はスノウに遅いかかってくる。
「やべ‥‥受け切れねぇ!」
体勢が整っていないので今度は背中からモロに串刺しになりそうだった。
ギンガスシャンンン!!!
「よぉー男見せたなぁ、スノウ!かっこよかったぜぇ、はっははー」
アレックスだった。
ものすごいスピードで回転して勢いをつけて剣で尾を斬り裂いたのだ。
「ぐのおおぉぉぉぉぉ!!!!!」
ドゴゴゴオオオオン!!!
蛇の叫びがダンジョンを揺らす。
あまりの悲鳴にダンジョン全体が轟音と共に地震のように揺れた。
「やりおったな!呪われた水の子よ!この程度で我を倒せると思うたか!」
「でかい口叩いてたわりには、ちょっと指切ったくらいですげぇ喚いているなぁ!」
そう言いながらニンフィーに目配せするアレックス。
何か指示をだしているようだ。
頷くニンフィー。
「貴様だけは死すら生ぬるい。我の前に立ちはだかったことを魂が還るその時まで後悔させてやろうぞ!」
痛みに耐えかねたのか、川の中に避難するように指蛇は地下水流の中へ飛び込む。
ブドグォォォン!!
普通ならブバシャーーンと飛び込みのような音がするはずが何かの塊が地面にぶち当たるような音がした。
「み‥‥水が!我の力の源の水が減っておるではないか!!」
見ると地下水流は水がせき止められたように川底が見える状態になっていて、指蛇はどうやら川底に激突したようだった。
ふと地下水流の川上だった奥に目をやるとロムロナとワサンが走ってきた。
「ふうー、成功よ!アレックスボウヤ!」
「んぁ、よくやった!今日はスパイスエールを奢るぜぇ!」
どうやら泳ぎの得意なロムロナがワサンを連れて地下水流の川上に泳いでいき、そこでワサンが爆薬を仕掛けて地下水流をせき止めたようだ。
さっきの指蛇が叫んだ時にダンジョンが揺れたのは爆薬のせいだったのだ。
指蛇はすかさず体液が漏れ出している尾を素早く振り回し、強酸の体液をこちらに向けて高速でふりまいた。
ついさっき溶けて消え去った騎士たちの姿が脳裏に蘇った。
(いろんな死に方があるが溶けて死ぬのは想像してなかったな‥‥)
ゾブバッシャー!!!
広範囲にぶちまけられた強酸体液が数人の冒険者とおれ、アレックス、ニンフィー、エストレアに降り注ぐ。
「うげぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
(死ん‥‥でない!なんだ?!)
少し離れたところにいる冒険者は煙を出しながら溶け出しているが、スノウの周りにいるアレックス、ニンフィー、エストレアは体液を浴びているにも関わらず溶けてなかった。
「どういう‥‥こと?!」
困惑するエストレア。
「んぁ、ニンフィーの魔法だよ!」
「パーセルベインね。通常は毒霧とかを防ぐのだけど、強酸にも効いたみたいでよかった」
「あ‥‥ありがとう、ニンフィー。なんだか君には助けられてばっかりだな‥‥」
半精霊とはいえ女性に助けられてばかりとは情けないとスノウは思った。
スノウは過去、貶められることはあってもこんな風に助けられるようなことはなかったからだ。
特に女性からは。
「ううん、私はあなたを守るためにいるんですもの。気にしないで?」
突然の聞きなれない雰囲気のコメント。
いや、富良野紫亜以来の2回目だった。
(嬉しいけど顔が引きつるな‥‥)
なぜか横でエストレアも顔が引きつっている。
「さぁて!みんなここからだぜぇ!こんなんで倒せる相手じゃぁねぇからなぁ、指蛇とはいえ世界蛇のヨルムンガンドの化身だ!気ぃ引き締めていけよぉ!」
「あんたは部下を守ることに集中しなぁ、死んで誇れるもんなんて何もありゃぁしねぇ」
エストレアに耳打ちしたあとアレックスは大きくジャンプし指蛇の上の天井をハンマーで砕き落石させて、のたうちまわっている指蛇に追い打ちをかける。
ドドドドドドンン!!!
爆音を立てながら無数の岩が指蛇めがけて落下し、捲き上る砂埃で視界が遮られる。
「次はどう来る?蛇さんよぉ」
様子を見るレヴルストラメンバーたち。
「エスティちゃん、今のうちに残った騎士ボウヤたちを奥へ」
「な!!逃げるなど騎士に生き恥を晒せと言うのか!!!そんなこと断じてできない!」
「どんな恥か知らないけど足手まといなのよ。庇いながら戦えないからねぇ」
何かを察したのか目線を崩れた岩の方へ向けながらエストレアに応える。
一気に険しくなった表情を見て悔し涙を浮かべながらエストレアは撤退を指示し入り口へ隊を戻していく。
「スノウ、気をつけて。異様な気が発せられているわ」
「ああ」
「ワサン!いつもの頼むぜぇ!ロムロナちょっと本気出してくれぇ、ニンフィーはスノウを頼む」
今までにないほどの緊張感がメンバー間に走っている。
アレックスもリラックスしているように見えているが、次の動きに反応できるように集中している。
見たことない表情だった。
埃が落ち着いてきた。
視界が晴れていくにつれて岩の隙間から二つの光が見えはじめる。
指蛇の目が光っているようだ。
「呪われた水の子よ。良い目だ‥‥。さぁ食ってやろう。そういう目をしたやつを食うのは好きだ‥‥」
「そうかい。そんときゃぁ美味しくいただいてくれよぉ。一口でいってくれよなぁ!」




