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<ゲブラー編> 87.将来への礎

87.将来への礎



「これが私の知るグレン様との思い出です」


「なんか悲しい話ですね・・・」


ソニアは少し涙ぐんでいる。

一方エスカは分析するように思ったことを口にした。


「グレン卿が出て行ったのはゼシアス卿の仕業と思われる記憶を失わせた卑劣な行為が原因ということか。それがなければ今頃幸せな生活を送っていたかもしれない・・・」


エスカの発言にスノウが反応する。


「いや・・・確かに、仮にゼシアス卿の仕業だとすれば実の弟に対する行為とは思えないひどいものだ。だが、記憶を失った事でモウハンへの後ろめたさを忘れ、シルビアと愛を育み子供をもうけることができたとも言えないか?」


「スノウ様の仰る通りですね。あの期間、間違いなくグレン様は幸せな時を過ごされたと私も思います。ですが、エスカ様も仰った通り、ゼシアス様がなさったのかは分かりませんが、何者かがグレン様の記憶を奪ったのなら、私はそれを許すことは断じてできません」


表情を変えないゼーゼルヘンだったが、ほんの少し声が震えたのをスノウは聞き逃さなかった。

ゼーゼルヘンは平静を装っていながら心の内では怒りを抱えているのだとスノウは思った。


「それでグレン卿は今どうされているのですか?」


ソニアが聞きたいことを待ちきれず聞いてしまった。


「・・・それがわからないのです」


「グレン卿ほどの実力があれば、グラディファイサーとしてグランヘクサリオスに出たなら相当上位に行くはずですよね?そして、上位に行けばそれだけ名が知れるはずですよね?」


「そうです。私が知っている・・いや、ラガンデ総帥ディルが調べた状況では順調に勝ち進み、ルデアスという階級まで上り詰めているところまでは確認しております」


「流石だな」


「ええ。ですが、いよいよグランヘクサリオスというタイミングの直前で姿を消されたらしいのです」


「どうして?」


「わかりません。ですがこれだけは言えます。グレン様が仰った贖罪という言葉。大切な妻と子を捨ててまで、友との約束を果たせず止まってしまった時を動かすこと、そしてこの世界を憂えて後に光と平和をもたらす未来への礎になることを選んだグレン様が途中で投げ出すことなどあり得ません。シルビア様を失った時ですら、お戻りにならなかったグレン様が・・・」


「!!・・・失った・・・それはどういう意味ですか?シルビアさんはどうされたのですか?」


ソニアが焦るように質問した。


「シルビア様は、グレン様が旅立たれたあと、必ず戻るはずだとして領地であるネザレンの当主の代行を務められていたのです。グレン様とご結婚された方ですからね。代行としては申し分なかった。当初不慣れでらした部分については私がお手伝いをしていましたが、あっという間に公務全般を把握されて、それはもう立派に当主代行を務めていらっしゃった。ですが・・・」


「ですが?・・・」


「暗殺されてしまったのです。根拠のないことは申し上げられませんが、恐らくスレン・レーン・ラガナレス卿が、ニンゲンが当主であることに反対している者に金を掴ませて・・・。久しぶりに湖の辺りにあるお屋敷に戻られる晩に馬車ごと燃やされるという・・・」


「ひどい・・・」


ソニアは口を手で押さえて苦しそうな表情を浮かべている。

ゼーゼルヘンも辛そうに話をしているので、話題を少し変えようとスノウが代わって質問した。


「スレン卿の証拠というのは・・・シルビアさんの後釜として当主の座についたということですか?」


「その通りでございます。それからというものネザレンはかつてスレン卿が当主代行を務められていた頃と・・・いやそれ以上に荒み堕落した街となってしまいました。流石に見かねた評議会がスレン卿から当主の権限を取り上げ、現在はルシウス・レーン・ラガナレス卿が当主を務められており、だいぶかつての治安と賑わいを取り戻しているようですが」


「ルシウス卿とは?」


「はい。スレン卿の兄君にあたる方でラガナレス家の長男にして次期当主になられる方です。ラガナレス家で唯一良識ある方であり、ディルを虐待からお救い頂いたのもその方です。元々グレン様とも気が合う方でして仲もよかったので、ルシウス卿がグレン様にお願いされてディルを召し抱えられたという経緯がございます」


「そうでしたか。・・・あと感じなことを伺いたいのですが、ザラメスさんは今どこに?いえ・・・なんというか、この部屋にいくつも飾られている幼少期のザラメスさんがどうしても私の知っている人物と似ているんです」


「流石はスノウ様。実はあなた様がよく知っておられる方がザラメス様です」


「え?!誰ですか?スノウがご存知なら私も知っているはずですよね?」


ソニアがキョトンとした顔で質問した。


「気づかないのか?」


エスカがツッコミを入れる。


「え?!ま、まさか?!」


「そうだ。グレンだ」


「ええぇぇぇぇぇぇ!!!!」


ソニアは思いっきり驚いている。

グレン。

グラディファイサーとしてスノウたちと行動を共にし、”荒くれ剣” の二つ名を持ったムードメーカー的存在のグレンだ。


「あんないい加減で調子いいやつが?!って失礼しました・・・ははは」


「良いのです。あえてそのような粗暴な振る舞いをされているのですから。ザラメス様もまたグレン様と同様に優しいお方です。それはエルフだけではなくあらゆる種族に対してと言えるでしょう。ニンゲンを母に持つハーフエルフですからエルフの気持ちも分かれば、ニンゲンの気持ちもわかる。エルフが上位種族と信じて疑わない者ばかりですから、エルフが他種族と交わる事自体が稀ですのでザラメス様、つまりハーフエルフは稀有な存在なのです。とは言えエルフにしてみれば半分ニンゲンという中途半端な異質で汚れた存在などとバカにされたことも頻繁にございました。故に人の痛みが分かる優しいお方に育ったのかもしれません。一方でそのような誹謗中傷にめげない心の強さもお持ちでした。まるでシルビア様の優しさと明るさ、グレン様の強さと実直さを併せ持ったようなお方です」


『・・・』


三人は固まっていた。

自分たちの知るグレン、いやザラメスとは全く違うキャラクターの説明に脳内でのマッチング作業がついてこれなかったためだ。


「で、でもなんでグレンじゃなかったザラメスさんがグラディファイサーに?」


「グレン様の行方を確かめるためです。ザラメス様は、もちろん私もですが、まだグレン様が生きていらっしゃると確信しています。一応お止めしたのですが、どうしてもグレン様の行方を確認したいと仰って・・・。それでそのタイミングがちょうどスノウ様とエスカ様がトラクレンとしてグラディファイスに挑まれたのとたまたま合致したというわけでございます」


「同じタイミングでコウガまでグラディファイサーになっているっていうのは偶然とは思えないな・・・」


「コウガ・・という方は?」


「それは私から説明しましょう」


突然ディルが部屋に入ってきた。


「コウガは本名はジルコウガ・レグリアントニー。レグリア王国の王位継承権第一位の王子です。そして彼は師匠・モウハン王子の孫にあたる今は亡きゲキ王国の王位継承者でもあるんです」


「なんと!」


ゼーゼルヘンは腕を組み、片手を顎に当てて何やら思考を巡らせている。


「なるほど。グレン様はこうなることを予想されていたのかもしれません」


「どういうことです?」


「実はグレン様はモウハン殿と会話された際に、少し弱音を吐かれたらしいのですがそれを後悔されていたのです」


「なんと言われていたのです?」


「自分にはゼネレスを動かす自信がないと。エルフの社会はそう簡単ではなく、血で血を洗う権力闘争の巣窟であり、まともなことを言っても受け入れられるだけの度量が評議会にはないと言われたようです」


「弱音というより無謀と言った方が・・・あ、いやなんかすみません」


スノウは口が滑ったとばかりに申し訳なさそうに詫びた。


「いえ、よいのです。事実ですから。いくらグレン様が上流血統家であっても、グレン様のお身内すら説得するのが命懸けですから。そんなグレン様のお言葉に対してモウハン殿がこう言われたそうです」


“自分たちで全てできるわけじゃない!失敗するかもしれない!でも、それは長い目でみたら成功の第一歩になるはずだと思う!大切なのはこの世界を変え、救うという信念をどれだけの人に伝えられるかだ!”


「と。グレン様はその時はご自分を慰めるためのモウハン殿の気遣いだと思われていました。友に無駄な気遣いをさせてしまったと後悔されていたのです」


ゼーゼルヘンは部屋に飾ってあるグレンの肖像画を見ながら思いを馳せるようにして話を続けた。


「つまり、あの方々の ”とても強い信念” が今このタイミングでザラメス様やコウガ様、そしてモウハン殿が作られた革命軍の方々やこのディルが作ったラガンデの面々、更にはスノウ様にエスカ様、ソニア様に伝わって今まさに大きく強固な成功へのステップに繋がっているのではないかと思うのです。グレン様とモウハン殿が道半ばで無し得なかったことは決して失敗でも無駄でもなく、みなさま方に繋ぐための貴重な第一歩だったのではないでしょうか」


ゼーゼルヘンは目頭に滲む涙を拭った。


「私はそう思うのです」


「・・・」


スノウは言葉に詰まってしまったが、一呼吸置いて心に思ったことを口にした。


「ゼーゼルヘンさん。そしてディルさん。私ができることは全力でやり抜くとお約束します。グレン、いやザラメスやコウガは既に私たちの大切な仲間です。グラディファイスを通してお互いを意識し切磋琢磨して剣闘の腕を磨いてきました。二人が背負った人生の重さを肩代わりしてやることはできませんが、少しだけでも分担することはできますから。ゼーゼルヘンさんが仰る通り、グレンとコウガ、そしてバルカンたち革命軍が偶然にも同じタイミングでゾルグに集っている。そして私やエスカ、ソニアもです。レグリアのジムール王も、ガザドのデュークも皆革命軍をバックアップしていると聞きました。そして今回はゼネレスからディルさん率いるラガンデが諜報活動を通して協力してくれる体制がある。これほどの偶然があるのかというほど、みな打倒ヘクトルに向けて心を一つにしている」


スノウは立ち上がって窓から外を眺めた後振り返って話を続けた。


「・・・正直バルカンに革命軍と共闘してほしいと言われた時、どうするか迷っていたのです」


「どういうことですか?」


ディルが心配そうに聞き返した。


「私はあまりこの世界のことを知らなかった。ヘクトルがこの世界に何をしているのかも見えていなかったんです。ナラカで生活する人たちを見てもわからなかった。確かにヘクトルの悪い噂はたくさん耳にしました。ですが、自分の目で見てみないと実感できないタチで・・・。なので革命軍のバルカンと意気投合しても共闘することに半分は懐疑的だったんです。バルカンのことは信じることができた。でも実際にヘクトルの悪行をこの目で見ていない自分の心が納得できていなかったんです。だからゲブラー全土を見聞して回ると決めて、今ここに辿り着いた」


スノウは一旦話を止めて、グレン、シルビア、ザラメスの三人が写っている写真立てを手に取ってさらに話を続けた。


「レグリア王国でヘクトルの配下のヘクトリオンの一人が人が住めなくなるほどの毒を撒き散らした。それだけでも十分ヘクトルの悪政が伺える。そして出会う人全てがヘクトルになんらかのネガティブな影響を受けている状況がここまで続くと納得せざるを得ない」


スノウは写真の中のザラメスの顔を見たあと写真立てを元の位置に戻した。


「ディルさん、ゼーゼルヘンさん。私たちはこのゼネレスでやれることはありますか?グレン卿の行方を知ることがこの地に来る目的だった。それは先程の話で知ることができました。グレン卿がどこかに囚われている可能性があるなら、次のグランヘクサリオスでヘクトルを倒すのに合わせて救い出すとお約束しましょう。もちろんザラメスと共に。もし、このゼネレスで出来ることがないなら私たちはこれからハーポネスへ向かいます」


「上流血統家から一般血統のエルフたちを解放する活動のことを言ってくれているのだと思いますが大丈夫です。これはエルフの問題ですから、自分たちで解決しなければなりません」


「そうですか。わかりました」


「さぁ、新たな出会いで且つ親睦が深まったところでお食事でもいかがですか?もしよろしければこの老輩、腕によりをかけて食事をお作りいたします。これでもグレン様にはお料理だけはよく褒められておりましたから。そして何より久しぶりに楽しく会話しながらの食事ができると寿命が伸びるかと思いまして」


「よろこんで!」

「悪くない」


ソニアとエスカは即答した。


「お前らなぁ・・・」


「スノウさん。ゼーゼルヘンさんの料理は本当に美味しいんです。私が食べたいので是非!それに女性には優しくしないとね」


「はぁ・・。じゃぁ、お言葉に甘えさせていただきます」


「かしこまりしました」


その日はゼーゼルヘンの手料理が存分に振る舞われた。

どの料理も格別の美味しさだったのだが、見た目が芸術的に美しく、全員目も胃袋も大満足だった。

ワインなどのお酒も振る舞われ本当に楽しい一時だった。

ゼーゼルヘンは寡黙な紳士かと思われたが、コミュ力抜群で面白い話や怖い話、ハラハラする話など会話のバリエーションも豊富でスノウたちは引き込まれて時間が経つのも忘れて聞き入っていた。


そして気づけば朝になっていたが、きちんと客室の清潔なベッドに寝かされていた。

目を覚ましたスノウが部屋から出ると、長い廊下が続いており、扉がいくつも並んでいた。


(この屋敷、外見はそれほど大きくないのに中はえらい広く感じるな・・・)


すると、隣の部屋からエスカが出てきた。


「おはよう」


「あ、ああ、おはよう」


スノウはエスカから挨拶してきたため一瞬面食らった。

これまでの旅路でエスカから挨拶してくることはほとんどなかったからだ。

感情が振れたときにしか言葉を発しないのだが、そのほとんどがソニアを揶揄う時か、イラついたり怒りの感情を持ったりした時だったため、普通の挨拶ができることが珍しかったのだ。


「お前がこの部屋まで運んで寝かせてくれたのか?」


「いや、おれも気づいたら綺麗なベッドで目覚めた」


「あの老紳士か。彼は本当に立派な人物だな」


「・・・珍しいな人を褒めることを知らないやつかと思ってたけど」


「バカにするな。私だって尊敬する人もいれば好きな人だっている。褒めることは珍しいことじゃない」


「!」


スノウはサラッと話したエスカの一部分を聞き逃さなかった。


「好きな人?」


「!!!」


エスカは急に顔を赤らめた。


「好きな人って言ったか?」


「い、い、言ってない!」


「いや、確かに好きな人って聞こえた!誰だ?言ってみ?」


「い、言ってないと言っているだろう!だ、誰がお前など好くものか!」


「え?!」


「あ・・」


「え?!」


「あ、いや、き、貴様!誘導したな!言っておくが、お前など好きではないからな!貴様がそういう方向に話を誘導した結果だ!間違っても私がお前を好きだとか思い込むのではないぞ!」


喋れば喋るほど、言い訳じみて本心ですと証明しているかのような状態だった。

エスカも流石に自分の口から出る言葉が恥ずかしさのあまり制御出来なくなっておりこれ以上はまずと思ったのだろう、再度部屋に入ってドアを思いっきり閉めた。


バタン!!!


「・・・」


スノウは心の中でややこしいことになったなと思った。


「やれやれ・・・」


スノウは雪斗時代、女性にモテることがほぼなかった。

故に、女性に対して恋愛感情を抱くことが自分を傷つけることに繋がると心と体に刷り込まれてきたことと、ホドにいた頃ロムロナに揶揄われて遊ばれていたこともあって女性の好意を素直に受け取ることが生理的にできない状態にあるようだった。


これまで越界直前で富良野紫亜、ホドでニンフィー、ティフェレトでエスティー、ソニアと自分に好意を持ってくれているような素振りや告白をしてくれた女性たちはいたが、その生理的に受け付けない部分が反射的に心を遮断して素直に嬉しいとか、恋愛感情に発展する心が盛り上がっていくといった感情の振れに至らない状態にあった。


今回のエスカの反応もまた、普通男であればドキドキするはずだ。

エスカは口調こそ男性のようだが、その美貌はピカイチでサラサラな黒髪が日にあたり反射するところなどは神々しい美しさを見せる。

ぶっきらぼうで言葉少ないのだが、優しく正義感が強い。

心身共に強いのだが、時折見せる不安げな表情や悲しそうな表情はそのギャップから一気に男性を虜にする魅力がある。

エスカ自身は男性の気を引くつもりでやっているわけではないし、そういうギャップに魅かれて自分を好いてくる者は大嫌いだったので、エスカに愛の告白をする命知らずが年に数人いるようだが、ボッコボコにされているのは言うまでもない。


そんなエスカが、自分をそのような外見ではなく中身を見て一人の人間として真摯に向き合ってくれて且つ、自分よりも強い意思と仲間を思って悩む優しさを持っているスノウに好意を抱くのは自然な流れであったのかもしれない。

だが、スノウはそのエスカの最大限の好意表現を、ややこしいことになったと受け取ってしまった。

生理的に女性の好意を拒絶してしまう鈍感さ故の反応だった。



・・・・・


・・・



1時間後。

ゼーゼルヘンの作った朝食はまた格別だった。

スノウもソニアもついでにディルも昨晩同様にむしゃぶりつくように食べていた。

そんな中、エスカの食は進まなかった。


「エスカ様、お口に合いませんでしたか?何かご要望あればすぐにでもお作りいたしますが?」


「い、いや、とても美味しい・・・です。お、お構いなく・・・」


「そうですか。もし何かございましたら何なりとお申し付けください」


結局エスカは今朝のことが頭から離れずに恥ずかしさのあまり食べたくても食事が喉を通らなかったのか、ほとんど食べずに食事を終えた。


「それでは食後のコーヒーをお淹れしましょう」


「ありがとうございます。いやぁとても美味しかったです!グムーンにあるジャーニがやっている食堂の料理も美味かったがゼーゼルヘンさんの料理は別格ですよ」


「ありがとうございます。大変嬉しゅうございます。ですが、ジャーニさんは私が師と仰ぐ方のお孫さんにあたるお方。あの若さであの味に到達できているということで言いますと、伸び代を考えれば私など簡単に越えてしまうことでしょう」


「へぇー!!この料理よりうまい料理が・・・!これはひと段落ついたらまたグムーンに戻って来なきゃな!」


「そうですね!スノウ!その際は私もお供します!」


「食べ物には本当に目がないな。ソニアは」


「いえ、それほどでも・・・」


「褒めてないぞ」


ドサ・・・


「あ、いけね」


スノウは行儀が悪いと知りつつも椅子の背もたれに小さなショルダーバッグを立てかけていた。

大切なものを常に手元に置いておかないと不安なタチだったため、いつもの癖で背もたれに掛けていたのだが、体が動いた拍子にストラップがずり落ちたのだろう。

鞄の中身が少し飛び出てしまった。


ゴロン・・・


「!!!・・それは・・?!どうしてスノウ様が?!」


「え?!こ、これですか?」


スノウはゼネレスに来る道中で会った糞を漏らした怪しい老人から受け取ったキューブを手に取って見せた。

老人が漏らした糞を触った手で渡してよこしたものだが、その情景が再び頭によぎってスノウは嫌な気持ちになった。


(また魔法消毒したくなってきた・・・)


「それをどこで手に入れましたか?」


「あ、いや、これ怪しい老人から受け取ったんです。困った時に使えって」


「!!!」


ゼーゼルヘンはこれまで見たことのないような驚きようだった。


「なるほど。そうでしたか」


「どういうことですか?」


「申し訳ありません。私からは申し上げられないのです」


「どうしてですか?」


「申し上げたくないというより物理的にその内容を話すことができない盟約魔法がかかっているためです。ですが、ギリギリ申し上げられることとすれば、そのキューブは絶対に手放さないことをお勧めします。そしてそれをお使いになる時が必ずきます」


「そんなにすごい代物・・・でもその時が来ても使い方がわからないんじゃ・・・」


「大丈夫です。その時になれば自然と理解してお使いになることになるでしょう」


スノウはよくわからないままゼーゼルヘンの勧めるものであれば間違いないだろうと鞄に大事に仕舞い込んだ。

その後出されたコーヒーを飲み終えて身支度が済んだスノウたち三人は、ゼーゼルヘンの守るグレン邸をあとにした。

ジーグリーテを抜けるまで同行してくれたディルにも別れを告げ、ハーポネスを目指す一行。


・・・・・


・・・


馬車を御すスノウがあくびをしながら馬車の中にいるソニアとエスカに話しかけた。


「しかし、最近戦闘がないせいか体が鈍ってきたな。もしこのまま特に戦闘もないなら、少しおれたち三人で稽古をつけた方がいいかもしれないと思うんだがどう思う?」


「私がスノウと稽古だなんてそんな烏滸がましいです。ですがマスターがどうしてもと仰るなら “胸に飛び込む意気込み” で頑張ります!」


「姉さん! “胸を借りるつもりで” でしょ!そういう下品な表現やめてよ。でもスノウ。是非ともお願いします。姉さんとの連携も久しく行っていないので今後不測の事態で強敵と戦闘になる場合少し心配ですから」


ソニアの意味不明な発言をソニックが即刻訂正して稽古を志願した。


「わかった。エスカはどうだ?」


「わ、私は・・・結構だ」


「どうした?おれはエスカに稽古をつけてほしいんだけど」


「な!・・な、ならば、いいだろう」


「お、いいのか?ありがとう」


どこかしおらしいエスカの態度をソニアは見逃さなかった。


―――ソニアックの脳内―――


(怪しいわね・・・この女狐・・・もしや私のマスターの気を引こうとしてる?!稽古にかこつけて痛い目にあわせてやらないと!)


(姉さん!いい加減そういうのやめてよ!段々品がなくなってきてるよ!元からかもしれないけれど)


(うるさいわね!あんたは黙ってなさい!)


(変な気を起こさないでくださいよ!その時は即刻入れ替わりますからね!)


(わかってるわよ!・・・女狐め・・・)


(はぁ・・・)


―――――――――


一行はゼネレスとハーポネスの国境に差し掛かろうとしていた。






悩みながら書いていたら遅れてしまいました。次のアップは木曜日です。

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