<ゲブラー編> 85.新たな門出
85.新たな門出
3ヶ月後のある日の夕方。
グレンとシルビアのささやかな結婚式が執り行われた。
場所は迷いの森ジーグリーテの中の湖のそばにあるグレンの屋敷。
集まったのは、ディル、グムーン村で食堂を営んでいるかつて有名なシェフだったロン・イズレンタス、その孫のジャーニ、ニーラ、ウーラだけだった。
ニーラ、ウーラは双子の姉妹で、かつてグレンがモウハンたちとナザロ村に訪れた際に父親が異形ゴブリンロードにされ亡くなって収入源を失ってしまったのを見兼ねて、二人の学費や家族の生活費を負担したことからグレンを慕ってお祝いに駆けつけたのだ。
その後二人は学校を楽しんでおり伸び伸びと生活していた。
エルフ上流血統家の結婚の作法は特殊で、炎の原初神プロメテウスに愛を誓うものだった。
本来はこの世界にいる上流血統家の代表者が見守る中、二人の大炎御柱を絡め一つに合わせる。
プロメテウスが認めた場合、二人のコグバシラは大きな炎を示した後、天高く舞い上がりそしてプロメテウス大火山の火口に消えていくのだと言う。
コグバシラの伸びる柱がプロメテウス大火山とつながることで、二人の縁が永遠につながることを意味するのだ。
グレンは上流血統家の正装を、シルビアは美しいドレスを纏い皆の前に登場した。
辺りは既に暗くなっており、周辺に設置された炎魔法で灯された灯りが荘厳な雰囲気を出している。
その中で現れた二人の姿は尊くて美しく、見るものを魅了した。
「シルビアさん綺麗・・・」
「本当に・・・」
ニーラとウーラはうっとりしている。
「ジャーニも着るー」
「ジャーニはまだ早いなぁ。もう少し大きくなってグレン様のようにいい人が現れたら着れるかのう」
「ジャーニはおじいちゃんがいるからいいのー。じゃぁ来年着れる?」
「うぅ・・・なんという良い子じゃぁ・・・」
おじいちゃんと結婚したいと、結婚の意味もわからないまま単にドレスを着たいだけのジャーニの言葉に感極まって泣いているロンだった。
そして他にも涙している者がいた。
「しかしよぉ・・・あのシルビアがなぁ・・・」
顔をぐしゃぐしゃにして涙を流しているのはディルだった。
シルビアにとっては気軽に話せる単なる叔父のような存在のディルだったが、当の本人はまるで花嫁を送り出す父親か兄のような心境だったようだ。
ゼーゼルヘンがグレンとシルビアの前に立つ。
「グレン・バーン・エヴァリオス。愛を込めて聖なる炎をその手に」
記憶を失っているグレンは事前に教えられた通り、目の前で右手のひらを上に向けて大炎御柱を作り出した。
美しい紅色の柱が現れた。
「シルビア。愛を込めて聖なる炎をその手に」
シルビアは目の前で左の手のひらを上に向けて大炎御柱を作り出した。
暖かい橙色の柱が現れた。
ゼーゼルヘンはその二つのコグバシラをみて祝詞を続ける。
「グレン。汝、その炎が絶えるその日まで正義の矢と守護の盾でシルビアを守り続けよ」
グレンは軽く頷いた。
「そしてシルビア。汝、その炎が絶えるその日まで慈愛の矢と守護の盾でグレンを守り続けよ」
シルビアも軽く頷いた。
そしてゼーゼルヘンは両手を広げて祝詞を続けた。
「グレン、シルビア。さぁその決意をコグバシラへ注ぎ、大炎の導くままに!原初へと続く希望の道を紡ぎ給え!」
その言葉をきっかけにしてグレンとシルビアのコグバシラが一瞬大きな光を発した後、二人のコグバシラは小さな火花を散らしながらゆっくりと伸びていく。
そして1メートルほどに伸びた光の線は、ゆっくりと回転し始めてまるで糸が紡がれるように寄られていく。
美しい紅と暖かい橙が紡がれ光り輝く一本の線のようになり徐々に天に向かって伸びていく。
「綺麗・・・」
一同見惚れている。
光の道が夜空に続いていく。
「ここからだ。光の道がプロメテウス大火山に向かって飛んでいくはずだ」
(届け・・・エターナルハーベストへ!)
ディルは祈るような気持ちで炎の道を見上げていた。
シュゥゥゥゥ!!
光の線ははるか上空へ登っていく。
火花を散らしながらまるで箒星のように軌跡を残していく。
『!!!』
空を見上げている全員が驚愕する。
突如天の中心から円が広がって別世界と繋がったように、円の内側に小宇宙が出現し、その中で数本の光の川が現れたからだ。
グレンとシルビアのコグバシラの光の線は突如現れた別世界と通ずる巨大な円の中に吸い込まれるように飛んでいく。
そして光の線の箒星が別世界の円の中に消えていくと、まるで門が閉じられるように急激に小さくなって点となって消えた。
一同は一体何が起こったのかわからず呆然としている。
ゼーゼルヘンもこの現象が何を意味するのかわからず、ただ空を見上げるだけだった。
たがグレンとシルビアは、これを吉と受け取った。
記憶のないグレンが、儀式も意味も知らない人間のシルビアと結ばれることに対して、上流血統家で定める過程を経ることなどどうでもよかったのだ。
特にシルビアにとってはむしろ、この世界で結ばれることが許されないのならいっそのこと別世界にでも転生して結ばれたいという思いもあったため、まるで別世界への誘われたような光景は彼女にとってとても喜ばしい現象だったのだ。
「みんな!これは私とグレン様がこの命が尽きる日までではなく、命が尽きて天に召されたとしてもグレン様と私が繋がっていけるという意味だと思うの!だから悲観することもないし、気まずい表情もいらない!私たちのコグバシラは最高の形で登って行ったの!」
「シルビア・・・」
グレンは優しい表情でシルビアを見つめた。
「そうです。記憶を無くした僕や人間のシルビアにとってエルフのしきたりは狭すぎたのかもしれません。差別や偏見、優劣優・・・そんなものの存在しないとこへ向かうためにこの世界から飛び出したい・・・そんな思いが二人にあったからあのような光景を見せたのだと思うのです」
「おねーちゃん綺麗だったよ!」
ジャーニがシルビアの側にきて大きな声で祝福した。
「そうだ!これはお二人を本当の意味で祝福した結果だ!」
ディルが大きな声で叫んだ。
それに後押しされるようにみな笑顔でふたりを拍手と共に祝福した。
その後は屋敷の大きなダイニングでロンとゼーゼルヘンが腕によりをかけて作った料理が所狭しと並んでいた。
ディルにとってモウハンを失った悲しみは非常に大きなものだったが、彼が繋いだ縁によってこんな幸せな瞬間がくるなんてと、思っていた。
そしてこの幸せの瞬間がずっと続けばいいと思っていた。
・・・・・
・・・
半年後。
シルビアがゼーゼルヘンの元へやってきてモジモジしている。
「どうされましたか?シルビア様」
「なんかその・・・聞きなれないのよね。ゼーゼルヘンはシルビアーとかシルビアさんとか今まで通りで呼んで欲しいんだけど」
「そうですか。それではそのように致しましょう。本来は当主グレン様とご結婚されたあなた様は上流血統家の一員です。シルビア・バーン・エヴァリオス様として敬意を表さねばなりませんが、シルビア様からのご指示としてあなた様をシルビアさんとお呼びすることに致します」
「ありがとう・・ってそうじゃなくて・・・えっと・・・相談があるんだけど・・・」
「どうされましたか?」
「えっと・・・」
「まさか!おめでとうございます」
ゼーゼルヘンの察しの良さに相談しずらかったことが簡単に伝わってホッとするシルビア。
彼女は妊娠していたのだった。
「それでグレン様にどうお伝えすればよいか悩まれておられるのですね?」
「そう!」
(なんとも相談しやすい人物だとシルビアは安心した)
「グレン様の目を見て素直にお伝えすればよいと思います。シルビアさんの良いところはその裏表のない真っ直ぐな眼差しです。喜びと不安と希望が入り混じったその表情で思ったままお伝えすればよいのではないですか?」
「そ、そうよね!ありがとうゼーゼルヘン!なんか変に気を回してしまったのかもしれない。でも私は私よね!ありがとう!」
その後、シルビアが新しい命が宿ったことをグレンに伝えるた。
グレンは泣きながら喜んだ。
だがグレンの記憶は変わらず戻らなかった。
シルビアとの間に育まれた新たな命を喜んだグレン。
シルビアはそんなグレンが記憶が戻ってからも同様に喜んでくれるのか少し不安に思っていた。
そんな不安を感じ取ったのかゼーゼルヘンがシルビアに言った。
「シルビアさん。グレン様はグレン様です。記憶があろうとなかろうとグレン様に変わりはありませんよ」
その言葉に彼女は救われた。
しばらくすると、グレンは自分が父になる自覚を持ったのか、このまま何もしないわけにはいかないと思った。
そして今まで一時的に退いていたネザレン当主の仕事に戻ることをゼーゼルヘンに申し出た。
「ゼーゼルヘンさん。しばらくは助けてもらわないと回らないかと思いますけど、僕もきちんと働いて一家の主人として貢献しないとならないと思い至ったんです」
「それは良いことです。すぐに手配しましょう」
ゼーゼルヘンは少し不安を抱えていた。
理由はグレンの代理としてネザレンの当主を務めていたのがスレン・レーン・ラガナレス卿だったからだ。
問題はスレン卿の性格にあった。
このスレン卿は地位・名誉・金に目がなくラガナレス家次男であることから当主になることもできない立場のため、自分の将来を悲観してかなり荒れていた。
街に出ればいざこざを起こすがいつも全て部下のせいにしていたため、捕らえられるのは常に部下で自分は常に安泰だった。
部下もスレン卿と行動を共にするのは嫌がっているようでそのうち、身寄りのない子供や若者が強引に仕えさせられてスレン卿の我儘に付き合わされ独房に放り込まれるということが繰り返されている。
そんなスレンが幸運にも手にした地位だったのがネザレンの当主代行だった。
上流血統家は通常クリアテ以外の場所で地位にについてもそれは左遷を意味しており受けるものはいなかったが、スレン卿にとってはありがたいことだった。
他の上流血統家や評議会から遠ければ自分が自由に支配できる幅が広があるからだ。
故に今回、彼にグレンが当主に戻ることを伝えたのに対し予想通りグレンにネザレン当主の地位を返還することにだいぶ渋っていた。
しかし、上流血統家のルールなのだろうか、スレンは従わざるを得ないため、最後まで執拗に嫌味を言って当主邸を後にした。
スレンが行っていた政はひどいもので税金がつり上げられ、街の住民たちの生活レベルはかなり下がっていた。
一方領主邸は煌びやかに金をかけて改装されており、贅の限りが尽くされていた。
それに対する街の住民たちの不満は最高潮に達しており、今にも暴動が起きそうな程になっていた。
グレンが当主の任に戻ってからスレンによって疲弊した街の立て直しが始まった。
恐ろしいほどの激務だったがゼーゼルヘンの働きもあってさほど長くかからずにスレンが壊す前の状態に戻りつつあった。
その甲斐あってかグレンは住民たちの信頼を徐々に勝ち得ていった。
そして1年後。
迷いの森ジーグリーテ内にある湖のグレン邸。
久々に帰ってきたグレンは部屋の前でウロウロと歩き回って落ち着きない様子だった。
「グレン様。少しは落ち着いて!」
「ディル君!これが落ち着いていられるかい?」
「グレン様。あなた様にできることはありません。そうやって焦っておられるとその不安が母体に移ってしまいます。少しここにお座りください」
「そ、そうですね・・・」
そして部屋の中でも慌ただしい状況が繰り広げられていた。
「もう少しです!さぁ呼吸して力んで!」
「んんんあぁぁぁぁ!!!」
「ほんぎやぁ!ほんぎやぁ!ほんぎやぁ!ほんぎやぁ!」
タッタッタッタッタ!!!ダァァァン!!
「生まれたのですか?!」
「・・・はい・・元気な男の子です!」
「おおおお・・・」
「ほんぎやぁ!ほんぎやぁ!ほんぎやぁ!ほんぎやぁ!ほんぎやぁ!」
凄まじい肺活量で自分の存在を示すかのように思いっきり泣く生まれたばかりの赤子。
ゲブラーにおけるエルフ史上初めてのエルフと人間の子。
数奇な運命を辿るその赤子はエルフの父と人間の母の愛情を一身に浴びてこの世に生を受けた。
「グレン様・・・」
「よく頑張ってくれましたシルビア。感謝します」
「いえ・・・グレン様がそばにいてくださったからです・・・さぁこの子に名前を・・・」
グレンはシルビアの額に手を置いて撫でながら考えていた。
「そうですね。・・・ザラメス。ザラメスという名はいかがでしょうか?」
「ザラメス・・・良い名です!あなたの名前はザラメスよ。ザラメス・バーン・エヴァリオス・・・生まれてきてくれてありがとう・・・ううぅぅ」
よほど疲れたのだろう。
シルビアはザラメスの顔を見ながらグレンの握る手に温かさと優しさを感じてそのまま眠りについた。
次は月曜日のアップです。




