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<ゲブラー編> 83.ラガンデ

83.ラガンデ



ディルが総帥を務めるラガンデは人数にして50名ほどの組織で、大きく二つの部隊に分かれていた。

ひとつは実際に諜報活動を行う部隊だ。

彼らは戦闘訓練から精神鍛錬、様々な職業に対応できるような基本スキル、変装技術、地理的情報、科学の知識など多岐にわたる肉体的、精神的、知能的鍛錬を積んだ言わばスパイのような部隊だった。

もう一つはサポート部隊だ。

必要な衣食住・武具の提供やアジトの管理、情報連携サポートなど諜報活動部隊を幅広くサポートする部隊であり、ジャーニはこの部隊に属している。


ディルはモウハン事変でヘクトル側が行った隠密活動や情報収集、情報操作といった面には出ない活動が勝敗を決めたのだと考え、いつかモウハンのようにゲブラー全体を背負って立つ人物が現れた際に裏でサポートし、情報戦でヘクトル側に勝てる環境が必要だと思い、この組織を立ち上げたのだった。


ディルは、バルカンたちのような若者が育ち、壊滅寸前であった革命軍がかつての勢いを取り戻しつつあることと、スノウの出現によってモウハンが無惨な殺され方をして以来止まっていた時計が動き出したのを感じていた。



「我々ラガンデの諜報活動で得た情報によれば、ゼシアス卿は先程申し上げた通り、自分の好奇心・探究心を満足させられれば良いという考えで人体実験に没入している狂者ですが、ラガナレス家現当主であるマルトス・レーン・ラガナレス卿は金に恐ろしい程の執着を見せる別の意味での狂者なのです」


「マルトス・・・」


スノウはディルとの面会まで待たされていたアジトの一室で見た人物相関図に載っていたことを思い出した。


(確か・・・悪の文字が書かれていたな・・・。それと、グムーン自治区を評議会に認めさせた本人だとも・・・金の亡者・・・。高額納税させているとも書いてあったがそういうことだったのか・・・)


「マルトス卿の部下が警備を行っている最中、たまたま発見した異形ゴブリンロードをゼシアス卿に引き渡したと聞いています。恐らくマルトス卿はゼシアス卿があのような奇怪な生き物を高値で買い取ると思ったのでしょう。ゼシアス卿が動物実験やエルフの死体解剖などを好んでやっていたのを知っていましたからね。恐らくマルトス卿はゼシアス卿が異形ゴブリンロードに飛びつくのではないかと思ったのでしょうが然程驚かなかった。当然ですよね、ゼシアス卿は既にヘクトルと接触していて、技術提供を受ける話をしていたわけですから・・・」


「・・・」


スノウは黙って頷きながら聞き入っていた。


「それをおかしいと思ったマルトス卿はゼシアス卿にかまをかけたようです。自分もこの異形ゴブリンロード以外の技術も提供してもらっているといった内容かと思います。それにゼシアスは食いついたのでしょう。異形ゴブリンロードの存在と、それを示した上での異形ゴブリンロード以外の技術の提供という点からマルトスもヘクトルと繋がっていると思い込んでしまったのでしょうね。当然別の技術も知りたいという欲求からでしょうけれど」


「なんだか吐き気のするやりとりだな・・・」


スノウは眉を顰めた。


「まんまとはめられたゼシアス卿は自分の情報をベラベラとマルトス卿に話してしまった。そして悪知恵の働くマルトス卿はグムーン村が他国からの旅人や行商人たちが集まる場所と知っており目をつけていたこともあって、こう提案したようなのです」


――自分がグムーンに自分の監視下で自治権を与えてを大きな街にする。これを評議会に上申するが、賛同してくれ。その見返りとしてこれから存分に実験ができるように様々な実験体を提供しようーーー


「といった具合に・・・」


「エルフの闇だな・・・あっと、いえ、失礼しました」


「いいんですよ。その通りですから。いや、ニンゲンも同じですよね。地位や権力を持った者たちが私利私欲に走ると規模が大きいだけに被害も大きいのですが、どこにでもある話だと思います。ただ、エルフには特殊な事情といいますか、呪縛があるのです」


「呪縛?」


「はい。ダークエルフはご存知ですか?」


「ええ。会ったこともあります」


「そうですか。エルフは精神が闇落ちする場合、上流血統家の加護がないとダークエルフとなってしまうのです」


「闇落ち?精神的に思い悩んで負の感情に囚われてしまったり・・ですか?」


「その通りです。エルフはダークエルフに落ちることを嫌います。見た目が変わり性格も粗暴になるのですが、一方で魔法や戦闘能力は覚醒するとも言われています。いわゆる闇の力とでもいいましょうか」


スノウは過去に会ったダークエルフである、ナラカのオアシスにいたウォッチャーの一人であり革命軍幹部のゼラを思い出した。


「革命軍に一人ダークエルフが居たかと。見た目は確かにダークな感じではあったし言葉遣いも粗暴だったし・・・それに何か特殊な力を持っていたような・・・でもあれくらいだったら自由でしかも能力が上がるダークエルフの方がいいんじゃないですか?」


「そう思われますよね・・・。逆の言い方をすればエルフに自由はないと言うことです。何をするにしても上流血統家・評議会の指示に従わなければならない・・・。だったらそれが嫌ならダークエルフになればいい・・・って思ってしまうのですが、そんなことを上流血統家や評議会は許さないのです。だからダークエルフは身を隠している。彼らの住処が主に地下とか人里離れた場所になっているのはそのためです。もし地上で暮らそう者ならあっという間に上流血統家に見つかり殺されてしまうから・・・」


(エルフ・・・この種族は何か他と違う気がする・・・)


「話を戻しましょう。マルトス卿は、私の父であり兄のような存在でもあるラングという男を担ぎ上げました」


「ラング・リュウシャーですね。レグリア王国のジムール王から聞いてるから知っています」


「ああ、そうでしたね。・・・そしてマルトス卿は、高圧的に言ったのです。お前たちに自治権をやる。このグムーン村をお前たちの手でお前たちの責任で好きなように発展させて良い。上流血統家はお前たちの判断に口は挟まない・・・と。私たちは半信半疑でしたが、村が街となり大きく栄え始めてもマルトスの言った通り上流血統家は何も言ってこなかった・・・次第にラングやこの街にエルフたちはマルトス卿を信じ始めました」


「だが実際には違った?」


「そうです。我々一般血統のエルフたちの生活が格段によくなり、裕福な暮らしができるようになったある日、マルトス卿が現れてこう言ったのです」


――我ら上流血統家の好意で随分と裕福な暮らしができるようになったな。私はとても嬉しい。だが、好意には報いねばならない。上流血統家は引き続きお前たちに自治権を許そう。その代わりにお前たちは上流血統家の私に税を払うことになる。お前たちが得る収入の50%がその税率となる。高い税率と不満を抱くのもわかる。だがここまで街を大きくしたお前たちならば、更に発展させて行けばよいのだ。つまり、今の裕福な暮らしができるくらいまで街をさらに発展させて収入を上げればよいのだ。悪くない条件であろう?――



「ひどい・・・」

「ちっ!クズだな」


ソニア、エスカは話を聞いて更に苛立ち始めた。


「私は最初からマルトス卿を信じてはいなかった。だから何の驚きもありませんでしたよ。必ずこうなると確信していましたし、ラングにも何度も忠告したのですが、他国との交易など順調に自治区の収入が増えていったことに自信と驕りがあったのでしょう。全て自分の功績だと、お前は自分を羨んでいるからそのような否定的なことを言うのだと言われ・・・何度も口論になりました。ラングはマルトス卿の高税導入以降も自治権が存続していることからマルトス卿に対しては特に不満はなかったようです。これまで自分の力で街を発展させてきたと思っていましたからね・・・マルトス卿の言う通り、さらに街を発展させれば良いと安易に考えていたのでしょう。だが街が発展するたびに税率は次第に上がっていき現在は70%を超えてようとしているのです」


「まるでマルトスは一般血統のエルフたちを一定以上裕福にはさせないバランスをとっているかのようですね」


「まさにその通りなのです。裕福になれば武具も買える。武具を揃えたら集団で訓練ができる。集団の訓練ができるということはすなわち軍隊を持つを言うことに繋がります。彼はそうさせないよう押さえつけながら且つ巨額の税金を自身のポケットに入れて私腹を肥しているのです」


「狡猾な男だな。私ならそのような者はさっさと消すがな」


「おい、エスカ。物騒なことは言うな。ここはゼネレスだぞ」


「ふん、知ったことか。ヘクトルを討つためにゼネレスを動かすならば、そのマルトスとやらを殺すのが手っ取り早いではないか。その者さえ居なければ、このグムーンだけで軍隊が作れるのかもしれないのだぞ?」


「そんな簡単じゃないだろう?上流血統家ってのが軍隊を持っているかもしれないし、そもそも上流血統家の一族がどれくらいいるのかも分かっていないんだぞ?それにゼシアス卿で言えばヘクトルと繋がっているはずだ。上流血統家に手を出すイコール、ゾルグ軍に情報が知れ渡り報復を受ける可能性が高いって話だ」


「私なら皆殺しだ。上に立つ者、民を弱者を痛めつけてどうする?そのような者たちは存在する価値もない。救うべき命や守るべき生活があるなら、それを脅かす存在は排除されるのが普通の感覚だ」


「どうしたんだよエスカ。そんなに熱くなるとは・・・お前らしくもない」


「私らしさ?それは誰が決めるのだ?自分らしさを決めることができるのは自分だけだ・・・」


「確かにそうだが・・・」


「まぁいい。続けてくれ」


スノウとエスカのやりとりを聞いていたディルはより真剣な表情で話始めた。


「スノウさん・・・。私はエスカさんの考え方に賛成です。歴史は繰り返しますから、時の政権に不満が溢れるとそれを倒すものが現れ、その理念に基づいて新たな政権が国や地域、組織を動かしますが、必ずしも万人が幸せになるわけではない。すると別のところで不満が生まれ、また倒され新たな政権が生まれる。この繰り返しですよね・・・。だからこそ、リーダーは中庸な立場に立って常に悩み続ける必要があると思っています・・・。ですが、エルフは長命で先ほどの縛りがあることから支配層の洗い替えがほぼないのです。であればどうするか・・・」


「その支配層の存在そのものを消し去る・・・と言いたのですか?」


「そうです」


(なるほど。これがジャーニが心配していた点だな・・・)


「わかりました。ですが冒頭仰った通り、それはエルフの問題ですから我々が関与できるところはないのかもしれませんね。ただ一つ言えることは、今の上流血統家、そして評議会においてゼシアス卿とマルトス卿がいる限りは、ゼネレスからの共闘支援は得られないという理解でよろしいですか?」


「正式には・・・」


「というと?」


「ラガンデは革命軍とあなた方の戦いに協力します。先程申し上げた通り、ヘクトルが行ったように諜報活動での情報操作含めた裏でのせめぎ合いを制することが勝利につながりますし、それを実現するための組織がラガンデです。そして元々ラガンデを作った私の思いとしては師匠のモウハンの意志を後世につなぐためでしたからね・・・。師匠の成し遂げたかったことを成し遂げられるなら、この身全てをその戦いに捧げるつもりです」


「そうですか。それは心強い。ですがヘクトルとの戦いに身を捧げては、自国の将来を見据えた活動が途切れてしまうのでは?」


スノウはモウハンと同じ轍を踏まないように、彼らが何を優先するのかを聞いておく必要があると考え質問した。

その判断を見誤ると、立てる計画にほころびが生じて総崩れになる可能性があるからだ。

特にこのゼネレスは上層部がヘクトルと繋がっている事実を掴んでいる以上、最重要警戒国と言っていい。


「私たちラガンデの優先順位はヘクトル支配からの解放です。上流血統家からヘクトルをひっぺがさない限り、上流血統家に何を仕掛けても更なる圧倒的な力で潰されかねない・・・」


「極めて論理的な優先順位の考え方だ。わかりました。ディルさん。あなたの言う通り、戦争は基本は情報戦だ。その意味でラガンデが共闘してくださるのは聞けてよかった。バルカンたち革命軍との繋がりもあるとのことなので、彼らが単独で暴走することがないのもわかりましたし」


「暴走ですか・・・。それは可能性はゼロではありません。彼らは作戦をあまり明かしてくれませんから。まぁ最もですね。100年前裏切ったのはこのゼネレスですから・・・。でもジオウガやガザドともあまり情報を密にしていないようですね」


「なるほど・・・」


スノウはゾルグに戻ったらバルカンたち革命軍とヘクトル討伐作戦をどのように行う計画をしっかり聞く必要があると改めて思った。

そしてスノウはどうしても聞いておかなければならないことを質問する。


「最後に一つだけ教えてください」


「はい」


「ヘクトルは人間ですか?」


「・・・・」


ディルは黙ってしまった。

しばらくして口を開いて答えた。


「それが我々の情報網でもわからないのです。人間であれば200歳近い年齢ですから明らかに生きてはいられない。ヤマラージャのようにミトラ神の加護を受けて長命となった人間もいますが、ヘクトルにそのような神がついているのは聞いたことがありません」


「エルフである可能性は?」


「わかりません。ダークエルフとなった可能性もあります。奇妙なのは掴んだ情報によると老人だったという目撃者もいれば、若者だったという目撃情報もあるのです。特殊能力を身につけた覚醒状態のダークエルフという線も捨てきれませんが、いくらエルフが長命といえど、若返ったりなどはできませんから」


「わかりました。普通の人間ではないと言うことは・・・。モウハン王子は明らかにヘクトルと接触したはず。モウハン王子の戦闘力から言えば仮に魔法に長けた人間であっても負けることはない・・・私はそう思うんです」


「同感です。私が言うのも何ですが、師匠の強さは純粋な力や速さ、技能、戦闘センスだけではなく、野生のカンというか本能的な強さもあったのです。オーガ最強と謳われるシャナゼン王が認めた男ですからね。そんな師匠が敗れると言うことはニンゲンではない・・・と言わざるを得ません」


「それだけ聞ければ十分です。ありがとう」


「それでは約束通り、グレン様のその後・・・についてお伝えしましょう。・・・いや、直接見ていただくのがよいですね。もし本日お時間あるなら、このままとある場所へご案内したいのですがよろしいですか?」


「構いません」


「ありがとうございます」


そう言うとディルはスノウたちを連れて別の通路を進み地上へ出た。

そこは馬小屋で干し草によって隠された入り口だった。

馬小屋横に止めてある馬車にスノウたちを乗せてディルは馬車を走らせた。


グムーンを抜けて壮大に広がる森、迷いの森ジーグリーテに入る。

スノウたちはどこへ行くかは問わずただ馬車の中で揺られていた。

1時間ほど進むとディルは馬車を止めて外に出た。

途中から獣道のようなところを進んでいたようで普通に進んでもたどり着けないような場所だった。

前方に小さな円柱状の石が二つ見えた。

ディルはその間に立ち、指を噛んで血を滴らせて何やら呪文を唱えている。

すると目の前の空間がまるで穏やかな水面のように歪み始める。


「スノウさんたち。もうすぐです」


そう言うとディルは馬車を前方の歪んだ空間へと進めた。

まるで空間転移のように今まで見ていた景色と違う景色に変わった。


(まだまだ知らない魔法があるものだな・・・この空間転移なのか、空間カムフラージュなのかわからないがこの魔法もおれの天技エンパス(感応能力)で会得できないかな・・・)


そんなことを考えながらふと外の景色に目をやると驚きの光景が広がっていた。

大きな湖があり、そのほとりに少し大きめの屋敷が見える。

一面綺麗な芝生とポツンポツンとまばらに生えた背の高い針葉樹があった。


「綺麗・・・」

「森の中にこんな美しい場所があるなんて・・・」


ソニアもエスカも驚いている。

馬車は屋敷の入り口近くで止まった。


「さぁこちらです」


スノウたちが馬車から降り、屋敷に近づき入り口の扉を目の前にした時、まるで自動扉のように扉が開いた。

そして一人の背の高い男性が現れた。


「ようこそお越しくださいました。お話は伺っております。スノウ様、エスカ様、そしてソニア様。さぁお入りください」


現れたのは年配だが凛々しい姿で銀髪をオールバックにした紳士だった。







次は金曜日のアップの予定です。

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