<ゲブラー編> 74.ヘクトリオン
74.ヘクトリオン
―――とある一室―――
赤いローブを着て髭を蓄えた男と金髪の大男が大きなテーブルを挟んで向かい合ったソファに座っている。
テーブルにはティーカップが二つ置かれている。
テーブルの上に金髪の大男が被っている鉄仮面が置かれていた。
テーブルから少し離れた場所に何らかの魔法で作られたものであろうヴィジョンが映し出されていた。
映像はいくつかの場面を写している。
それを見ながら赤いローブの男が口を開く。
「ふむ。トツ王の息子の策はヘクトルに読まれていたようだな」
それに対し金髪の大男が答える。
「秘密裏に動いていた策だ、普通の人間であれば読むことは難しかったはずだが、なぜ把握できたのだ。しかもガザドとハーポネスにあれだけの軍勢を出現させた手際の良さ、かなり前から動いていたのではないか?」
「やはりヘクトルには警戒をせねばなるまい」
「しかし、ヤマが生きていたとはな。グッドニュースか・・・。あれはまだ使えそうか?」
「まぁあやつは我の力を与えた化身だ。生きていることは知っていたがまさかあのような様でいるとは思わなんだ。しかもあやつは身内をヘクトルに殺され失意の中にある。現時点では使い物にはならんだろう」
「そうか。してミトラ。この結末、どう落ち着かせるつもりだ?このままではヘクトルが益々力を得て、その他の国は隷属するばかりだ。いっそ我がぶち壊してこようか?わっはっは」
「笑い事ではないなトールよ。おぬしが出張ればヘクトル勢にダメージを与え、辛うじて9国の近郊を保つことはできるやもしれんが、それでは人の世の理に反する。あやつとの盟約に違う結果になりかねん」
「ミトラ様。ですが、あの者に何かあるようなら私は黙っておりませんよ」
突如背後から煙が実体化するような形で現れたものが言葉を発した。
それに対しトールと呼ばれた金髪の大男が言葉を返す。
「アールマティー・・・お前か。相変わらず美しいなぁ」
「はいはい。ですが私は神に興味はないので単なる褒め言葉程度に受け取っておきますわ」
「まさかお前、人の争いに手を貸そうというのではあるまいな?」
ミトラと呼ばれた赤いローブの男が口を挟んだ。
「ですからあの者に何かあれば私は黙っていないと言ったのです」
「ならんぞ!これは我らの心願。かつての盟約を違える行動は我が許さん」
「許す許さないの話ではありませんよ。時間は戻せないのです。今すべきことを判断でき、行動できるものがやる、それだけです。傍観者には誰でもなれるということです」
「貴様、我を愚弄するのか?!」
「おいおい!やめろよ!仲間割れしてどうすんだよ。冷静になれ」
「私は冷静です。ミトラ様がご自分のお立場に固執するあまり視るべきものを視ていないだけかと」
ミトラは怒りの表情で席をたった。
それをトールが制する。
「まぁまぁ。お前もそれくらいにしておけ。要は結果に影響しなければよいのだ。因果律を見定めて時間軸に触れない行動に止めればよいのであろう?それで納得せい」
「もし盟約に影響を及ぼす行動をとる場合、我が貴様の命線を切る。どのような言われがあろうとな」
「かまいませんわ。ですが、貴方様とて万能ではない。過ぎた懸念で動かれる場合は私もただでこの命を終わらせるつもりはありませんので」
そういってアールマティと呼ばれた女性は煙のようにかき消えた。
「ふぅ・・・。お前も大変だなぁ。まぁ娘のように可愛がったまるで親子だから、そのような言い合いにもなるということか。本当の親子でもできない言い合いだから少し羨ましいがな」
「そんな綺麗なものではない。あれは過去の過ちを悔いておるのだ。あれほど人を好いておる者はおるまい。それがわかるから尚更な」
「同じ結末が分かっているのに止めないわけにはいかないか。まぁ全てはお前が決めることだ。あやつがどう存在し続けるか含めてな」
「・・・・・」
「・・・・。まぁそれはそうと、ヘクトルの動向には気を配らなねばなるまい」
「そうだな。トツ王の倅には人柱になってもらう」
「それでよいのか?」
「ああ。だが、ただの人柱ではない。後世に紡がれる最初の尊い犠牲だ・・・」
「・・・・・」
・・・・・
・・・
―――ジオウガ+ガザド共闘軍―――
ジオウガ+ガザド軍は、ガザド軍のみ戦線離脱しガザド公国へ帰還した。
ガザド公国に巣食う裏社会組織のザンドールのバックにゾルグがおり、3万の組織に対して2万の増兵を行なったことでフィンツ男爵率いる防衛軍が抑えきれなくなり対処するたの帰還だった。
既に首都ガザナド以外ザンダールの手に落ちたとのことだ。
どれほどの被害が出ているのかはまだ把握できてはいないが、ガザドとしても相当のダメージを受けた結果となった。
残されたジオウガ軍もまたかなりのダメージを負った。
半分に減った戦力でありながらゼーガンと互角の戦いを繰り広げたためだ。
それによってゼーガン軍が一部をレグリア+ゲキ共闘軍に攻め入ることはなくなったが、ゾルグがレグリア+ゲキ共闘軍に対して万全の体制で軍を差し向けたこと、そもそもゼーガンからレグリアに対して個別に軍を差し向けたことで徒労に終わるのだが、全体の戦況が見えないシャナゼンにとってはその場でゼーガン軍を足止めするしかなかった。
―――ハーポネス軍―――
ハーポネスにおいては、拮抗していたはずの戦いが突如ハーポネス北に出現したゾルグ軍からの攻撃に対処するため、リュウオウが5分の4の数の軍をハーポネスに戻したことで一気に劣勢に立たされた。
ヨシツネは部下たちにその場を任せこの状況をモウハンの耳に入れるため、単独で馬を走らせた。
残された部隊も死を覚悟した戦いを繰り広げた。
モウハンが影武者であるため、その部隊の指揮があまりよくないこととウーレアも戦況をみた軍配ができていないようで、ハーポネス軍はかなり善戦していた。
そしてヨシツネは10人ほどの部下を引き連れて間も無くジグヴァンテに到着するところまで進んでいた。
―――レグリア+ゲキ共闘軍―――
突如ゼーガンの別動軍が東へ進んでおり、レグリア王国に入ろうとしていた。
進軍目的がレグリア王国への攻撃か、ゲキ王国への攻撃が読めない中、ゴムール王率いるレグリア軍は共闘軍から離脱し、ゼーガン帝国軍の迎撃に向かった。
残されたゲキ王国軍は、自軍に対して倍の軍勢となるゾルグ王国軍と対峙していた。
いつ戦いが始まるやもしれない緊張の中、トツ王は自軍から攻め入る策は取らず、ゾルグ軍が動き出した瞬間に動く算段としていた。
・・・・・
・・・
―――そしてモウハン率いる革命軍―――
共闘3軍の状況を知らず、順調に進んでいると信じて今まさにゾルグ王国首都、ジグヴァンテ王城内の大広間でヘクトリオン・ジルガンと彼の率いる300名の部隊と対峙していた。
対する革命軍は6分の1の約50名。
既に戦いの火蓋は切って落とされた。
タイザン、ゴドウ、ゴッシ、アッシュがひとりで50人分以上の働きをしているのと、革命軍隊員もアッシュに鍛え抜かれた精鋭であったことから数のハンディを感じさせない互角の戦いを繰り広げていた。
そして大広間からの出口、すなわちヘクトルの王室へと続く回廊の入り口付近でモウハンとジルガンが剣を交えていた。
「流石、やりますねぇモウハンさん!」
「お前は足したことないな!本当にヘクトリオンか?!」
「おお、ストレートなモノの言い草!腹が立ちますねぇ!」
ガキキン!!キンキキン!!シャキン!!!
力の差はあるが、地味に食いつきモウハンをなかなか奥へ通さないジルガン。
「いい加減倒れろ!これでも殺さないようにしてやっている!」
「あらら、慈悲深い!涙が出て来ますねぇ!」
ガキキン!!キンキキン!!シャキン!!!
ドッゴーーーン!!!
一瞬の隙をついてモウハンの蹴りがジルガンにヒットし、ジルガンは大広間の入り口まで吹き飛んだ。
「チャンス!モウハン殿!さぁ!心願を果たしてください!」
ゴドウが叫ぶ。
モウハンは急ぎ大広間の出口へ向かって走る。
「!!!」
シュヴァヴァン!!!
突如大広間の出口から無数の短剣が飛んできた。
それをモウハンは後方に飛びのいて体をくねらせながら全て避け切ったが、出口から少し離れてしまうこととなった。
その隙をついてジルガンも大広間出口に回り込んでしまった。
「ふぅ・・・危なかったですねぇ・・」
「ふん、あなたが弱いからじゃないの?私が間に合わなかったら今頃あの直進男、ヘクトル様のところにたどり着いていたかもしれないじゃない」
「私じゃなく、私たちね。あなたが一番モタモタしていらしてよ、フェイ」
「あら、あなただって化粧に時間かけていたでしょう?ウーレア」
「いいえ、私の化粧は今朝には終わっておりましてよ。もう一人遅かったのはそこの根暗さんね」
「そうね。いい加減フードと仮面取ったらいいのに。趣味悪いわ」
タイザン、ゴドウ、ゴッシ、アッシュ、そしてモウハンは驚きの表情を隠せなかった。
「・・・なぜ・・ヘクトリオンが4人揃っている・・・?」
目の前にジルガン、フェイ、ウーレア、ジガンの4人が立っていたのだった。
「あら、一応そこの直進男を入れたら全員集合だわね」
「でももう、あの子ヘクトリオンではなくてよ?流石にヘクトル様への反逆とあってはね、ヘクトリオンを名乗る資格はなくてよ?」
「まぁ、そういうことだからモウハン!あなたたちに勝ち目はないと思って潔くここで死んでくれ」
ここまでの戦いでジルガン率いる300人隊はその数を50名ほどまで減らしていた。
タイザン、ゴドウ、ゴッシ、アッシュの活躍もありかなり優勢だったからだ。
だが、3名のヘクトリオン登場によって一気に形成が逆転してしまったのだ。
「なぜだ?!ウーレアは東でハーポネスと戦ってるはず!それにフェイとジガンは西側でレグリア+ゲキ共闘軍と戦っているはずだ!それなのになぜお前たちがここにいる?!」
「おいおい、自分を差し置いてそれを言っちゃぁだめでしょう?あなたが影武者を置いたようにこいつらも影武者を置いたんですよ!フェイだけでは少し忙しかったですがねぇ」
「そうよ!人使い荒いんだから!」
「はいはい、楽しんでいたくせに」
「何の話だ?!」
「そんなことはいいですよ!とにかくあなたたちはここで終わりってことです!観念してその首、差し出してください!」
シャキキン!!!
ジルガンがモウハンに突きつけたヤイバを横から防ぐ剣が現れた。
「ワシらを舐めてもらっちゃぁこまるなぁ」
タイザンの剣だった。
「そこそこ強い奴らが加勢にきただけでしょう?」
「これまでの奴らは手応えがなかったからな!やっと本気で戦えるってかァ?!」
「私もね、鈍った腕がやっと本調子になってきたんですよ!戦いはこれからですね!」
タイザン、ゴドウ、ゴッシ、アッシュは武器を構えてポーズを取った。
「お前たち!そうだ!俺は!俺たちは、負けない!」
「きゃはははは!出た!これって負けるやつらのセリフよねぇ」
「そうそう!なんとかフラグってやつではなくて?」
「知らないなら言うなよ。よし!5分だ!5分で片付ける。ヘクトル様は少しご立腹だ。ここまで長引く戦いとは思っておられない。挽回するぞ!」
「命令するんじゃないわよ!」
ヘクトリオンの4人はモウハン向かって一斉に襲いかかってきた。
ジャキキン!!ガキン!!シュガン!!!ゴキキン!!!
「!!!」
「貴様ら!!何のつもりだ!」
「やらせるかって言っているんだよ!」
「そうじゃ!モウハン殿はわしらの希望!おぬしらの相手はわしらで十分じゃ!」
「貴様らごとき古参の弱者が吠えるなぁ!!!」
フェイは凄まじい速さで細身の両剣を振り下ろした。
ガキキン!!
「ほっほっほ!意外と遅いのぉ!!ひほほほい!!」
薄手の剣を両手に持ち、カンフーの剣捌きのような動きでフェイの攻撃を受け切り弾き飛ばすタイザン。
シュルルルルルルー!!!ジャキン!!
「邪魔はさせない!」
「生意気ではなくて!!」
棘のついた鋼鉄製の鞭でタイザンを攻撃しようとしたウーレアの攻撃を槍で巻き取って防いだゴドウ。
ガキキン!!!
ジルガンとゴッシ、そしてジガンとアッシュが戦っている。
「みんな!すまない!」
「行かせるわけないでしょ!調子にのるなぁ!!!」
ジャカカカカン!!!
「ぐはぁ!!」
「タイザン!!!」
フェイの強力な一撃で吹き飛ぶタイザン。
そのままの勢いでモウハンに攻撃を加えるフェイ。
ガキン!!
その攻撃を受けるモウハン。
吹き飛ばされた先で何とか起き上がるタイザン。
「いつつ・・・なかなか素直に通してはくれんか・・。さてと!」
バシュウー・・シャキン!!!
タイザンの凄まじい跳躍と共に繰り出される攻撃をフェイはもう片方の剣で受ける。
「小賢しい!!通すわけないでしょ!ここで通したらヘクトル様に殺されるのはモウハンだけじゃない!私たちもなのよ!」
「なるほどのぉ・・おぬしらも必死と言うわけじゃ!ひょほほい!」
シャカカカキキン!!!
「ぐはぁ!!」
凄まじい速さのタイザンの攻撃を軽々と防いだフェイの剣技はタイザンの戦闘力を上回っており、タイザンに攻撃を加えるに至った。
細身の剣はタイザンの胸を斜めに切った。
「がはぁ!!まだまだぁ!!」
「ちっ!浅かったか!」
グシャアァァン!!!
「ぐあぁ!!!」
少し離れたところでアッシュがジガンの凄まじい剣の攻撃を受けて負傷していた。
「馬頭!!ぐあぁ!!!」
ゴッシはアッシュのダメージに気を取られた隙をつかれてジルガンの突きを肩に食らってしまった。
モウハンがゴドウに目をやるとウーレアとの戦いに苦戦していた。
一瞬互角に見えた面々も流石のヘクトリアンの実力にすぐに苦戦を強いられる状況に陥り、モウハンはなかなか出口へ向かうことができない。
「さぁ!トドメだ!」
フェイが動きの鈍くなったタイザンに斬りかかる。
シャキン!!!
「モウハン殿!」
「あんたを殺させはしない!」
「モウハンー!!かかったなぁ!!」
フェイはもう片方の剣でモウハンに斬りかかる。
さらにジルガンとジガンの攻撃も同時にモウハンに振り下ろされる。
ガガキィィィン!!!
「!!!」
「お、お前は・・・?!」
「また会いましたね」
「ヨ、ヨシツネ?!」
現れたのは残されたハーポネス軍から5国同盟共闘軍に起きている状況を知らせるために単独でジグヴァンテまで駆けつけたヨシツネだった。
見事に両手剣でジルガンとジガンの攻撃を防いでいる。
そして力で弾き返して攻撃を加えた。
シャヴァヴァヴァァァァァン!!!
ヨシツネが剣を振った軌道から衝撃はのようなものが発せられ、フェイ、ジルガン、ジガンを吹き飛ばした。
「な、何なのよこいつ!!」
「ヨシツネ・カグラミ・・・ハーポネス天帝の犬、金剛の槍随一の剣の使い手だ。こいつは他の奴らとは格が違う。気をつけろよ」
ジルガンが説明した。
「誰に言ってのよ!」
「ヨシツネ!どうしてこんなところへ?!」
「モウハン殿!戦況は既にヘクトルに読まれており劣勢に回っています!ハーポネス軍は突如ハーポネスの北に現れたゾルグ軍を迎え撃つため、我が金剛の槍頭領のリュウオウが軍のほとんどを連れ帰還しました。その他、鳥によれば、ガザドにもゾルグの手が周り、デューク・ガザナド軍はガザド公国へ帰還、シャナゼン王子率いるジオウガ軍のみでゼーガンと交戦中。しかもゼーガンは東へも進軍中につき、ゴムール王率いるレグリア軍は自国へ帰還、現在ゾルグ西軍はお父上の軍だけで引きつけている状況。全てが読まれ劣勢に陥っています」
「なんだと?!」
「はーはっはっはァ!!ざまぁないわね!全ては!ヘクトル様の予見通り!ちなみにガザド公国に巣食う裏社会組織ザンドールを仕切っているクルーエルハートはこのわ・た・しフェイ様よ!あはははは!こっそり時間をかけて忍ばせた私の部下たちが、モウハン!あんたが壊滅したグルダロスの残党たちを抱え込んで立派な悪の組織に仕立ててあげたわよ!あそこの公爵ってのもチェスばっかりで使えない男だったわねぇ!」
「くっ!」
「ゼーガン帝国の軍を準備させたのはこの私ウーレアですことよ、うふふ。ヨシツネとやら、ハーポネスで私と戦ったかと思っていたら大間違い。あれは無能な私の影武者。本当の私は頭脳明晰戦術を組ませたら勝てるものがいないほどの策士なのですわよ」
「だまれ!」
ヨシツネは剣を振り凄まじい衝撃破を放った。
シャキン!!
それを無言でジガンが受けた。
「!!!」
ヨシツネは凄まじいスピードの跳躍を見せジガンの背後の周り剣撃を繰り出す。
シャカカカカン!!!!
ジガンはその剣撃を完璧に受け切るがヨシツネが合間に放った複数のクナイがジガンを襲った。
全てを避け切ることができず、その中の2本のうち1本がジガンの脇腹を抉りともう一本が仮面をかすった。
その衝撃で仮面が床に落ちた。
「・・・やはり・・。なぜあなたがここにいるのです!リュウオウさま!!」
ヘクトリオン・ジガンと名乗っていた人物はハーポネス天帝の刃、金剛の槍の頭領であるリュウオウその人だった。
次回がモウハン編最後の話になります。次のアップは木曜日の予定です。




