<ホド編> 6魔力暴走
6.魔力暴走
あれからずっと、バジリスクのような強力でトリッキーな魔物が出てきても対処できるようにひたすらレベル上げとスキルの習得・強化に専念する。
その方法は、焦らずに確実に勝てる相手と地道に回数を重ねてレベル上げるというものだった。
(自分があの場にいなければエントワたちは戦闘に集中できたはずで、石化されるようなことはなかったんだ‥‥)
階層も地下50階に余裕で到達できるようになり、スノウはだいぶ戦いのコツを掴んでいた。
とは言え、余裕で到達といってもスノウ1人で到達できるものではない。
脚力が上がり素早さが上がるにつれて、動体視力も向上しているようで、これまで捉えられなかった魔物の攻撃や飛び道具などにも落ち着いて対処できるようになっている。
元いた世界の日本にいた頃と比べ、考えられない世界と自分の成長。
それがたった1ヶ月での変化だった。
スノウは一歩間違えれば死ぬかもしれないという戦いの中で、これまで自分が全くできなかった誰かを信頼することをこの1ヶ月で実戦の中で心に刻んでいった。
流石にレベルが30を超えたあたりから極端にレベルが上がりにくくなってきた。
どうやらこの辺りの魔物ではこれまでと同様のスピードでレベルを上げるには物足りないらしい。
「よーう、スノウ!冒険者も板についてきたじゃないの!」
今日はアレックスも一緒に地下に潜っている。
メンバーはアレックス、スノウ、ワサン、そしてニンフィーだった。
エントワは何やら別ミッションがあるらしく今回は不参加である。
スノウは、レベルを上げてきたからなのか、相手を見るだけで強いかどうかがなんとなく分かってきたようだ。
そしてその感覚でアレックスを見た瞬間に背中に冷や汗が流れたのを感じた。
(このアレクサンという男、間違いなく強い!)
スノウは知識や見た目ではなく、体の細胞ひとつひとつが感じる感覚でそう思った。
エントワも相当な強さと認識していたが、アレックスの強さは別格だった。
「なぁ、アレックス、君はレベルはどれくらいなんだい?」
「んぁ?おれか?どーだかなぁ、しばらくフォックスに寄ってないし、戦いも久々だからどんくらいか覚えてねぇなぁ。まぁ、俺がやられそうになったら助けてくれよ!はっははー」
(ごまかしたな‥‥。まぁいい、戦闘を見れば大体わかるはず‥‥なぜかそんな気がする)
スノウは実戦で成長したのでアレックスの強さも実戦の中で見抜こうと考えた。
しばらく奥に進むと突然ドーム状にひらけた場所に辿り着いた。
「イワノニオイ・・」
ワサンが何かを嗅ぎ取ったらしい。
(この前はトリヤロウ‥今回はイワノニオイ‥‥岩といえばゴーレム?みたいなやつかな。この間のバジリスク戦では石化した頚椎にワサンの剣が弾かれているからな‥‥ゴーレムには剣技は効かないかもしれない)
実戦の中で、戦う前の情報収集とその整理の重要性を身をもって感じてきたスノウは自然とワサンの感じたことを自分の頭の中でそれなりに想像と共に整理する癖がついてきたのだった。
(そうならば!)
スノウには試したい魔法があった。
(バジリスク戦の時に宿った青い何かがまだおれの中に存在してて、大きなチカラとなって蓄積されている‥‥そんな気がするんだよな‥‥おれもみんなの役に立てることを示したい‥‥だからもし剣技の効かないゴーレムが出てきたら試したい)
逸る気持ちのままスノウは構える。
ドーム状の奥から動く大きな影が出現する。
予想した通りゴーレムのようだった。
(いや予想していたのとちょっと違う?!)
スノウが驚くのも当然で10メートルくらいの巨大なゴーレムが3体もぞろぞろと出てきたのだ。
「こいつは!ゴーレムだよね?!」
同行しているニンフィーに聞く。
「あらスノウ、よく知っているね。そうあればゴーレム。ちょっと厄介ね」
「あの岩の塊‥‥剣技は効くのかい?」
「いいえ、効かないわ。例外もあるけどね」
ニンフィーの顔には、余裕の中にやれやれといった表情が見える。
巨体を3体も目の前にして微妙な表情にスノウは少し不安を覚えた。
ボギャボギャカキコキャー!!!
その後ろで耳なりがするほどのでかい音が鳴り出した。
「ゴーレムか!?」
スノウが急ぎ振り向くと、アレックスが指を鳴らしている音だった。
「あぁ、なるほどね‥‥」
アレックスにかかるとこの岩の塊もご気の毒様って感じなのかとスノウは思った。
ゴゴリ!!!
今度は首を鳴らしている。
(この恐ろしいほどの爆音の指鳴らし首鳴らしって普通複雑骨折しても出せない音だぞ‥‥)
「さーて、久々に運動でもするかなぁ!」
幅が1メートルはあろう巨大な剣を背中から抜き去り、仁王立ちで剣を肩にかけているアレックス。
そこに1体のゴーレムが襲いかかる。
シャリシャリシャリシャリ!!
包丁を研ぐような音が響く。
間違いなく、1ヶ月前のスノウなら見えていないであろう素早い動きと恐ろしいほどの腕力で一瞬にしてゴーレムを斬り刻み、いくつかの岩の塊に変えてしまった。
剣の効かないはずのゴーレムが大理石のような断面で切られ散らばった。
「んー、腕が鈍ったかなぁ」
次元が違う戦いに見えるが、スノウはなぜか圧倒的な強さを見せつけられてむかっ腹が立ってきた。
自分にだってやれるという自信、いや過信かもしれないが、このアレックスにはなぜか認めてもらいたいという気持ちからか、自分のチカラを見せつけたいと焦り始めるスノウ。
この間のブラストレーザーのように自分の感じるままの体勢をとり、頭に浮かんだ言葉で魔法を唱える。
バッ!!
両手を上にあげて叫ぶ。
「ウィリウォー!」
「!!だめ!スノウ!」
ニンフィーがスノウの名を叫んで止めようとしたがもう遅かった。
スノウの試したかったチカラはドームの上空に雷雲を呼び、轟く雷鳴が暴風を巻き起こし、降り出す雨は豪雨となり、とてつもない嵐になった。
「ほーう!こりゃすげぇ!」
アレックスが感心している。
(うん、気分がいい!)
ゴーレム2体は暴風雨に打たれ、轟くイカヅチであっという間に粉々になった。
(さて、そろそろ止めようかな・・・)
しかし止まらないどころか嵐は激しくなる一方で仲間も立っているのがやっとの状態になってきている。
「おーう、スノウ、そろそろ静かにしてもいいじゃないか?」
少し焦り始めたアレックスの後ろでニンフィーが何やら呪文を唱えている
ワサンはなぜかスノウに岩や雷が飛んできても防げるようにおれの前で必死に耐えながら構えている。
「やべぇ!!止められない!!」
「おいぃぃ!嘘だろぉ!どーすんだ?これ!!」
慌てふためき始めたアレックスを余所に、スノウは止めることができないこの魔法に焦りつつも、魔力が奪われ意識が薄れていくの感じている。
そして白目になり鼻や耳から血が滲み出てきた。
「おいおい!!まずくないか?ニンフィー!頼む!何とかしてくれー!スノウがどうかしちまってるぅ!!」
子供のように慌てふためくアレックスの声もかすかに聞こえるかどうかという状態にまでスノウの意識は飛びかけていた。
「ちょっと痛いわよ?」
声というより頭に響く思念。
ニンフィーがまばゆく光る手を振り上げて、スノウの背中を思い切り叩く。
その衝撃で、スノウの体から一瞬魂が抜け出て戻るような感覚になった瞬間、スノウは気を失った。
しばらくして、凄まじい嵐は止んだ。
・・・・・
・・・
「おいーニンフィー!!ロムロナー!スノウは大丈夫なんだろうなぁ?!なんとかしてくれよー!」
「若、こういう時こそ落ち着きなさい」
「そんなこと言ってもよぉー!」
「うるさいわね、アレックスボウヤ!今ニンフィーが回復魔法かけて治療しているんだから静かにしなさいよ!」
拠点にしている宿屋のベッドでニンフィーとロムロナに介抱されているスノウ。
スノウの目は白目のままで意識も戻らない状態。
当然意識がないスノウにはそんな状況になっている事を知る由もなかった。
スノウにとって聞いたことのない呪文を何度も繰り返し唱え魔法をかけているニンフィーと、脈を確認したり、額の冷タオルを取り替えたりしているロムロナ。
その後ろでうろたえているアレックスと静かに見守りながらアレックスをたしなめているエントワ。
スノウの横に黙って座ってなぜか少し震えているワサン。
「スノウー!!一体どーしちまったー!!」
「若、落ち着きなさい!」
ドッパァァーーーン!
エントワがアレックスに平手打ちを喰らわす。
アレックスの首が90度以上曲がって吹っ飛ぶ。
「ふぅ‥‥」
その直後、ニンフィーは大きくため息をついた。
吹き飛んだはずのアレックスはいつのまにか戻ってきていて相変わらず落ち着かない様子だった。
「どうなの?スノウボウヤは‥意識戻りそう?」
「今のままでは意識は戻らないわね・・・。でも死んではいないわ。」
「おぉい!死んでねーけど意識は戻らないってどういうことだぁ?!」
「私のミス。事前に伝えておくべきだった。スノウは脆弱な存在でクラス5の魔法を使ったの。それで魔法を制御できずに止められなくなり魔法に食い殺されてしまう状態になってしまったから、体から意識を剥がして魔法の発動をキャンセルしたの」
「クラス5といえば人間が使える魔法を超えていますね」
「なるほどねぇ、つまりスノウボウヤは低レベルの人間のくせに実力以上の力を使っちゃって制御できない状態で魔法に肉体を侵食され始めたから、命令を下した意識と実行した肉体を分離させて止めたってことね。さしずめ剥がした意識を戻せないほどの衝撃だったってことか・・・」
「そう、でも治せないわけじゃない。こういう特殊な状態の時は上級魔法アイテムの加護を得る必要があるわ」
「ふむ、宝玉リア・ファル石ですね?」
「くそぉ、元老院か。。」
「若、言葉が汚いですよ?さて、そのクソ元老院の顔を久しぶりに拝みに行きましょうか」
アレックスとエントワはうんざりした表情になったが、スノウを顔を見たあと、険しい表情になり立ち上がった。
「そうだな!行くしかない!」
・・・・・
・・・
この水上国家はヴォウルカシャとばれる4つの都市(一つは巨大な亀に滅ぼされたらしいが)からなる国で元老院が統治している。
元老院への忠誠心をホドフィグという通貨のようなものに数値化し、それで様々なサービスを受けられる仕組みになっている。
この国に住む人たちは生きていくためには必然的に元老院に忠誠を誓い、日々忠誠心をいかに示すかを考えて生きていることになる。
彼らのいう【クソ】を付けたくなるほどの嫌悪感を抱いている元老院が統治するこの社会の中で、アレックスやエントワはいわば反乱分子にあたる。
敵対はしても何かを頼みに行くことは決してないと思っていたレヴルストラ一行だが、スノウのためにと無茶を承知で元老院の教会城に出向くことにしたのだ。
恐ろしく巨大な扉の前に佇むアレックス一行。
屈強な体つきの門番がアレクサンの前に詰め寄る。
3メートルあるアレクサンの身長を超えるその門番はアレクサンの前に立ちはだかる。
緊張が走ると思われた次の瞬間、門番は腕をクロスにし、頭を垂れる。
「大変ご無沙汰しております、アレクサン様。お元気そうでなによりです。」
「おう!グリークス。お前もなぁ」
「これはエントワ様も。お二人を前に膝もつかずの挨拶、非礼をお許しください」
「なーに、お前ぇの立場はわかってるさ。」
「気にしなくてもよい。何にも屈せず自分の天命を全うするのがダンディズムだ」
「して、本日はどういったご用件でしょうか?」
「ちょっと元老院のじじいどもに野暮用でな」
「なんと!お気は確かですか?元老院様方への謁見を?!」
「んぁ、頼むよ。おれとエントワだけでいい」
「しょ・・・承知しました」
ロムロナ、ワサン、ガースを残し巨大な門から中へ入っていくアレックスとエントワ。
この恐ろしく巨大な教会城。
中にはこのヴォウルカシャを統治する元老院がいるという。
その統治者と知り合いらしいアレックスとエントワは一体何者なのか。
「さぁて。どんな交換条件がでるかなぁ」
「彼らの動きを知るいいチャンスと考えましょう、若」
「そうだなぁ」
アレックスとエントワは元老院の謁見の間へと向かった。




