<ゲブラー編> 68.新国防長官
68.新国防長官
モウハンがヘクトリオンとなって2ヶ月が経った頃、彼の元に通達が来た。
ギグレントの務めていた国防長官のポストがしばらく空いていたが、そこに新たにモウハンが任命されることとなったのだ。
―――王宮内、式典の間―――
巨大は空間に豪華な装飾が施されている厳かな場所に敷かれている赤絨毯の上で、モウハンは膝をついて頭を垂れていた。
モウハンの前方には透明の壁が広がっており、その向こう側は薄暗いが微かに灯された灯りに照らされて豪華な玉座が見える。
モウハンは入ってそうそうにこっそり持参した小さな石を透明の壁に飛ばしたが、ライフル銃ほどの威力があるにも関わらずびくともしなかったことから、暗殺は諦めてヘクトルという人物がどんな容姿をしているのかを確認するに止めることにした。
モウハンの横には少し離れて、同じく新たにヘクトリオンとなったジガンが跪いていた。
そしてふたりの両脇にはジルガン、フェイ、ウーレアが少し離れて跪いていた。
しばらくすると、ヴェンシャーレ宰相が現れた。
「ヘクトル様がお見えになる。頭を垂れよ。そしてくれぐれも面を上げるなよ。陛下の御前では何人もそのお姿を見てはならない。もしその目で陛下を見ようとすれば貴様らの目がこの場で抉り出されると知れ」
そう言うと宰相もその場に膝をつき頭を垂れた。
コツ・・・コツ・・・コツ・・・
一同に緊張が走る。
普段は余裕の表情を浮かべているジルガンやフェイ、ウーレアも緊張を隠せずにいた。
新たに加盟したジガンという男の顔はよく見えない。
ドサ・・・
登場してきた人物はゆっくりと玉座に腰を下ろした。
「久しいな・・・我がヘクトリオンたちよ」
その声は老人とも若者とも取れる不思議で不気味なものだった。
声が発せられたと同時に言い知れぬ刺すような重苦しい覇気が発せられたのを感じた。
「は!ヘクトル様におかれましてはますますご健勝のことと存じます」
代表してジルガンが応じる。
ヘクトルはそれを無視するかのように言葉を続ける。
「とは言っても二人新たな顔があるか。名は?」
ジルガンが伏せたまま目でモウハンとジガンへ合図する。
「モウハンです!」
「ジガンにございます」
「ジガンには経済長官の職を、モウハンには国防長官の職を任命する。我の指示に従いその職を全うせよ」
「はい!」
「は!」
そう言い終えるとヘクトルは消えた。
ジルガン、フェイ、ウーレアの3名は全身汗びっしょりとなっていた。
モウハンもまた性に合わず汗をかいていた。
跪いている際、首から下げた裏側が鏡状になっているペンダントコインを利用してヘクトルの顔をみようとしたのだが、なんとそのコインがひとりでに変形したからだ。
(・・・なんなのだ?!あれがヘクトルか!どす黒く重苦しいオーラだ・・・!年は70歳をとうに過ぎていると聞いているが、声はどこか若若しかった!・・い、いや、それ以上にこのコインをどうやって変形させたのだ?!あの透明な壁は一切何も通さない強固なものだ!これは慎重に進めなければならない!)
生まれてから何かに動じたことのないモウハンが初めて得体の知れない恐怖を感じていた。
・・・・・
・・・
国防長官に任命されたモウハンの主な職務は、ナラカからレガラ(遺物)を確実に収集するための経路を確保することだった。
レガラ(遺物)はこの世界では高値で取引されるため、盗まれることが多い。
国防とは国を守ること以外に国の利益を守ることも含まれているという意味があるらしい。
モウハンは、ナラカに入るのは初めてであったが、一度全て回ってみようと考えた。
どういうところかわからないのに守るものも守れないというもっともな動機からそのような考えに至っていた。
「なりませんよモウハン様」
ギグレントに仕えていたモスキントンという名の男が、自らナラカに出向こうとしているモウハンを止めた。
この男は顔が細く口が尖っている高身長細身の見た目で1000名ほどいる国防庁員を取りまとめる次官を務めている。
「そうですよモウハン様」
もう一人の次官のダニエールもまたモウハンのナラカ視察に反対した。
この男は丸顔に尖った口、小太りの容姿でちょこまかと動くのが特徴だった。
「なぜだ?」
「長官ともあろうお方が、あのような汚い場所に行くなんていけません。そういう仕事は私たちに任せておけば良いのです」
「お前たちに任せる!だが、どんな仕事なのか一度見に行く!止めても無駄だ!」
そう言ってモウハンは支度を始めた。
「仕方ありませんね・・・」
「私たちもお供します」
・・・・・
・・・
―――ナラカ第1層 トウカツ(貧困層居住区)―――
モウハンとふたりの次官そしてその部下20名ほどを引き連れて訪れたのはトウカツと呼ばれるナラカ第1層だった。
その様子はひどいもので衛生管理など存在せず、人も拾ってきた木を縄で縛って骨組みを作り、そこに布をはってなんとか家の体を保っているような暮らしぶりだった。
食事もわずかに育つ芋と草で飢えを凌いでいる状態だった。
かろうじて水が出るが火山帯にあるため、温泉のように熱せられていることから飲水にするためにはしばらく溜めてさまさなければならないのだが、十分な濾過器がないため泥水のような色をしたもので飲水や料理に使われていた。
だが、そんな環境の中でも人々には笑顔があった。
皆助け合っている様子が窺えた。
その表情もモスキントンの部下の発した声で恐怖の表情に一変する。
「貴様らぁ!新たな国防長官モウハン様がお見えだぞ!!!」
「何をしている!ひれ伏せ!額を地面にこすりつけろ!」
それまで昼食の準備をしていたのだろう、慌ただしくしていたトウカツの住民たちは一斉にその場土下座のような体勢でひれ伏した。
「おい!ひれ伏す必要はないぞ!なぜそのようなことを言うのだ?」
「モ、モウハン様いけませんぞ!こやつらは奴隷!奴隷は主人にひれ伏すもの!よいですか?ここはそういう場所なのです!ささ!モウハン様も堂々と、そして命じるのです! “我にひれ伏せ” と!・・・ギグレント様はそれはもう素晴らしい方でしたよ!ブーツが汚れるのを極端に嫌う方でしたからね、水溜りとかなどは奴隷たちを寝かせてその上を歩かれていました。惚れ惚れしましたよ」
「なんでそのようなことをするのだ?」
「ど、奴隷だからに決まっております!ささ、もうよいでしょう!戻りましょう!」
「いや、俺は戻らない!このまま下の階まで行くぞ」
そう言ってモウハンはナラカ第2層コクジョウへ向かった。
・・・・・・
・・・
―――ナラカ2層 コクジョウ(最貧困層居住区)
モウハンは第2層コクジョウにやってきた。
基本的にこの層に住む者たちの生活は、第1層トウカツと同じようなレベルだったが、大きく違うのは国防庁員が定間隔で配置され、鞭で無造作に住民を痛めつけているところだった。
「おい!あれは何をしているのだ?」
「あれは見せしめにございます」
「何の見せしめだ?何か悪いことでもしたのか?しかも至る所で鞭打ちが行われているぞ!」
「はい、少しでも反抗的な目をした者どもを教育しているのです。ここにはこれだけ反抗的な目をする者がいるというなんとも嘆かわしい場所なのです。我々もあのようなことはさせたくないのですが、ヘクトル様の命でもございますので致し方なく・・・心が痛みます」
「やめてー!!痛いよーー」
パシィ!!パシィ!!パシィ!!
小さな子供が鞭打ちされているのがモウハンの目に入った。
ズチャ!!
「オラァ!!痛ぇか!!ヒャッハァ!!もっと痛がれハハハァ!!」
パシィ!! ガシ!!!
「な、なんだ?!お前ぇ誰だ?!殺すぞ!」
モウハンは凄まじい勢いで鞭打ちしている男の背後の周りその手を掴んだが、鞭打ちしている男はモウハンを新国防長官と認識していないようで逆に凄んできた。
「何をしている!」
「ひぃ!!」
鬼のような形相のモウハンの顔に恐れをなしてその場を離れようとするが腕を掴まれており離れられない。
「お前、ここで何をしている?」
「む、鞭打ちだぁ!」
「理由は何だ?!」
「理由?そ、そんなの決まってんだろうが!スカッとするからだよ!お、俺のバックにはヘクトリオンの国防長官が付いてんだぞ!もちろんその上はヘクトル様だぁ!この意味がわかるかァ?!俺の言葉ひとつでお前の命が終わるってことだぁ!!わかったらこの手を離しやがれ!!」
「俺はモウハン!俺は国防長官だ!」
「はぁ?!国防長官はギグレント様だぞ?モウハン?誰だよそりゃ!いいから離しやがれ!この肉ダルマ野郎が!」
ズザァ!!!
「がは!!!・・ダ、ダニエールさ・・・ま・・?」
バタ・・・
突如ダニエールによって剣で突き刺されその男は息絶えた。
「申し訳ございません。モウハン様ぁ。この者は何やら頭がおかしくなっていたようです。ですので処分しました。ご安心ください」
それを無視するようにモウハンは鞭打ちされた子供の方へ歩いていき体を起こした。
「大丈夫か?この薬を塗るといい!これだけあるから他の鞭打ちされている人にも分けてあげてくれ!」
そういってモウハンはたまたま持っていた愛用の傷薬の容器を三つその子供に手渡した。
「・・・・」
子供はその傷薬を受け取ることなく、恐怖の表情のままよろめきながら去っていった。
「下に向かう!案内しろ!」
モスキントン、ダニエールはこそこそと耳打ちしていた。
「不味いぞ・・・噂には聞いていたがここまで面倒な男とは」
「我らの楽しみが失われてしまうぞ」
「そうはさせないがなぁ」
・・・・・
・・・
―――ナラカ第3層キョウカン(無法地帯)―――
第3層まで来ると、家というもは存在せず道端で何かをしている人が所々に見受けられる程度だが、なによりモウハンが驚愕したのは死体の山とそこから放たれる異臭だった。
死体が腐り異臭を放っているのだが、恐ろしいほどの数の理由は容易に想像できた。
モスキントンの説明では過酷なレガラ発掘で力尽きた発掘者の亡骸だというが、どう見ても発掘者と思えない女子供が混じっていたからだ。
おそらくは上層で拷問のような仕打ちを受けて死んだ者たちをここに捨てているのだろう。
恨みと憎悪のオーラが漂うのがモウハンには見えた。
人が住んでいるのはこの階層までで、第4層以下は基本的にレガラ発掘場となっている。
「もう分かった。帰るぞ!」
そういってモウハンたちは地上に戻った。
・・・・・
・・・
―――その日の夜―――
モウハンは自室で目を瞑って考え込んでいた。
コンコン
「・・・誰だ?」
「ヌリークと申します。国防庁員です」
「そうか!入れ!」
「失礼します」
ヌリークと名乗った一人の男がモウハンの部屋に入ってきた。
メガネをかけた若くて凛々しい顔をした青年だった。
「用件はなんだ?」
「はい。直訴に参りました」
「直訴?」
「はい。本日長官殿はナラカに訪れたと伺いました。しょ、処罰を覚悟で申し上げます!ど、どうか!ナラカで行われている虐殺、虐待を止めていただき、あの劣悪な環境を改善させてほしいのです!」
「つづけてくれ!」
「は、はい!い、今次官を務めているお二方は先代長官と共にナラカで現在行われているような恐ろしい行為をまるで楽しむかのように進めてきました。そこで亡くなった人たちは既に万を超えています」
「!!!」
「何度か止めていただくようお願いしたのですが、私もこの通り拷問を受けて降格されました」
そういってヌリークは上着を脱ぎ背中を見せた。
その背中にはみるも悍ましいほどのえぐれた傷が無数に刻まれていた。
「何があったのだ?!」
「見せしめとしたかったのでしょう。庁員を全員集めてその場で鞭打ち50回を受けました」
「通常の人間なら数回で肉が抉れるのが鞭打ち!それを50回も!お前よく生きていたな!」
「奇跡・・・言え、見せしめとしてギリギリ生かしたのでしょう。背中は骨が見えるほどでした・・・」
「なんと・・・!それにしてもなぜ彼らはあのような酷い仕打ちをしているのだ?」
「あまり大きな声では申し上げられませんが、ナラカにいるほとんどはこのゾルグの前王ヤマラージャ様に仕えていた、もしくは慕っていた国民なのです。ヘクトル様にしてみれば、自分の権力に仇なす存在とでも思っているのでしょう、それであのようなひどいことを・・・」
「ヘクトルの指示なのか?」
「わかりません。なにぶん雲の上の存在ですから。でもそう想像してしまいます。ですが、今やヘクトル様のご関心はグラディファイスです。ナラカからより強いグラディファイサーを輩出することもギグレント様へ指示がきていたと聞きます。なにせ、グラディファイサーは使い捨て。耐えずグラディファイサーを輩出するためにはナラカにいるものを活用というのがうってつけだとお思いなのでしょう。今回あの方が国防長官から降ろされたのはそれができなかったからという噂もあるほどです」
「なるほど!あのような虐待をしていたらグラディファイスで活躍できる剣闘士など生まれるはずがないからな」
「はい・・・。いなくなられる直前は、あまりのプレッシャーからかよく次官の二人に当たり散らされていましたから・・・」
「分かった!俺はあの愚行を止める!」
「モ、モウハン様!」
「だが!そのためには俺一人では厳しい!お前も手伝え!ヌリークとやら!」
「も、もちろんにございます!!うぅぅ・・・耐えてきてよかった・・・」
ヌリークはその場で泣き崩れた。
「お前はいい奴だ!だがなぜそうまでしてナラカを守ろうとするのだ?」
「私の家族があそこにいるからです。私は冒険者をしておりました。12年前の内乱でヤマラージャ様が失脚されお亡くなりになられてから、前王を慕っていた我が家はそれを隠して生活しておりましたが、私が冒険で不在中に点数稼ぎをしたい愚民に密告されてナラカ行きとなったのです。私は名を変えてこの国防庁で何とか環境を変えるために頑張ってきましたが、もう諦めるしかないと・・・・うぅぅぅ」
「喜ぶのは早いぞヌリーク!その涙はお前の家族を救った時まで取っておけ!」
「は、はい・・!」
・・・・・
・・・
―――数日後―――
モウハンより国防大改革と銘打って国防法が一部改正され即日発令された。
その内容は以下だった。
・ナラカを監獄とし、ナラカに落とされた者は国防長官の許可なく地上に出ることを禁ずる。
・レガラ発掘は国防庁官が認めた発掘者のみ許され、発掘したものは全て国防庁官が管理を行う。発掘者はレガラの価値によってその報酬をゾルグ王国から受け取るものとする。
・ヘクトル王の命によりナラカ内にグラディファイサー育成場を設立する。
・国防庁指導の下、グラディファイサー育成を考慮し最低限の健康的な生活が営める環境を形成・維持する。
・上記4点を遂行できない庁員はナラカ行きとする。
これはモウハンとヌリークで考えたものだった。
ナラカを監獄と表現した理由は、拷問、虐待目的でナラカへ入ろうとする者を牽制するためだった。
これまでそういう鬼畜な者は少なくなく、ちょっとした憂さ晴らしでナラカを訪れては女子供に虐待をしている者たちが一度ナラカへ足を踏み入れたら戻れなくなることでナラカを訪れることを防ぐという目論見があった。
そしてもう一つの改革。
「な、なぜだぁ!!!なぜ私がぁ!!!」
「私だけは!!全てモスキントンの仕業なのです!!」
「何を言っている!!!全てこの小男の指示によるものなのです!!!」
モスキントン、ダニエールの2名は、改正法を遵守できない者として罰せられナラカ第5層ダイキョウカン(極刑監獄地帯)送りとなったのだ。
そして新たに次官に就任したのはヌリークだった。
モウハンとヌリークは、これまでギグレント、モスキントン、ダニエールの指示を快く遂行していた者たちをナラカ第4層キョウカン(監獄地帯)送りとして排除し、心を痛めながら恐怖に勝てず従っていたものだけを残した。
1000名以上いた庁員は半分ほどに減ってしまったが、新たな募集をかけて徐々に増やしていく予定だ。
・・・・・
・・・
そして3ヶ月が過ぎた。
「ヌリーク!」
「は!」
「お前も立派な顔になったな!」
「はい!長官殿のおかげです。家族はいまだナラカにおりますが、生活レベルは格段によくなり普通の健康的な生活ができており心に余裕ができたのもあります!何より家族の笑顔が嬉しくて・・・うぅ」
「お前はよく泣く奴だな!」
「申し訳ありません!ところで本日はどういったご用命でしょうか?」
「おお、そうだった!俺はナラカに行く!」
「はい!ではお供します!」
「いや!俺一人で行く!」
「わ、わかりましたが何層まで降りられるおつもりですか?」
「第8層までだ!」
「ええ?!危険ではないですか?あそこは我々国防庁も立ち入らない階層ですよ?!」
「だから行くのだ!全て把握しないと気が済まないからな!わっはっは!それにな、俺は強い!現エンカルジスだからな!」
「そうでしたね。承知しました。くれぐれもお気をつけて!」
・・・・・
・・・
翌日モウハンはナラカに潜った。
第1層、2層ともに長屋ではあるもののきちんとした建物が立ち並び、地上から水路を引いて農場を作っており、既にそれらによってここに住む人たちの生活は圧倒的に改善されていた。
もちろん、拷問・虐待の類は全廃され住民に自治権を与えていた。
それを見てモウハンは少し安心していた。
もうひとつ、グラディファイサーを育成する施設を作った。
既に動き出しているが、まだ元々の住民はほとんどおらず、罪人としてナラカに落とされた者たちがまた地上に戻るために訓練に励んでいた。
訓練で忙しいと犯罪に身を置きたいという雑念を持つ暇もなく精神的にも鍛えられているため、訓練施設を出るころにはそれなりのグラディファイサーとなり、犯罪者に逆戻りするようなことは今の所発生していない。
モウハンは更に下層へ向かった。
そして第7層についた。
ここはダイショウネツと呼ばれる極刑監獄だった。
プロメテウス第火山に通ずるマグマ帯に近いため、凄まじい高熱地帯でここに落とされる極刑者は ”命の泉” と呼ばれる宿舎で食事を摂ったりや火傷の手当てを行えるのだがこれは逆効果で、高熱環境の中でのレガラ発掘の強制労働で方々に火傷を負いながら一方で宿舎に戻っては傷を癒やされるを繰り返す、死にたくても死ねない責め苦が続くのだ。
流石にレガラ発掘者もここに長居はしない。
貴重なレガラは発掘できるハイリターンはあるが、大火傷を負って再起不能、または死に至るハイリスク環境だからだ。
そしていよいよモウハンは第8層へ入る階段入り口へ辿り着いた。
重厚な扉があり、ヘクトルと国防長官とのみが開けることを許されている扉だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・
モウハンが全力でなんとか開くほどの重たい扉だった。
鍵を持っていてもこれでは開けられる者がかなり限られる特殊な扉。
「第8層・・・どんなやつが投獄されているのだ?」
モウハンはゆっくりと階段を降りていった。
―――第8層 ムゲン(大極刑監獄)―――
「なんだここは!」
モウハンは長い階段を降りた先に広がっている光景を見て驚いた。
なぜなら目の前には一面マグマの海で、1メートルほどの通路が前方にまっすぐ100メール程度伸びているだけの場所だったからだ。
熱気でよく見えないが、その先には何やら上下している装置が見える。
マグマの海のため、吸い上げる空気は瞬時に肺を焼くほどだった。
モウハンはヌリークから渡されている防護スーツを着て歩いていく。
背中に大きな皮袋を背負っている。
スーツと皮袋は炎魔法によって加工されたもので、熱を低く保つ魔法がかけられている。
皮袋には酸素が入っており、毒ガスを吸わず且つ肺を焼かないようにするためのものだった。
ガラス窓がついたヘルメットを被っているため視界が限定されるので、モウハンは足を踏み外さないように慎重に足を進めた。
上下に昇降する装置が徐々に近づいていく。
近づくにつれて奇妙な音が聞こえてくる。
ジュゥゥゥゥ・・・バシューーー・・・・・ゴン!!
(なんだ?あの装置は一体何をしているのだ?!)
ゆっくり歩くこと5分。
そして後10メートルのところまで来てやっとその装置が何なのかが分かった。
「な、何だ!これは!!!」
あまり驚くことのないモウハンは嘗てないほどの動揺を見せた。
そこにあったのは、炎魔法でマグマの熱に耐えるように設計された鉄で作られた昇降機で、何かをマグマの海へ沈めては引き上げるを繰り返している装置だった。
モウハンが驚いたのはその装置に括り付けられていた “ナニカ” だった。
ジュゥゥゥゥ・・・バシューーー・・・・・ゴン!!
マグマの海に沈められた “ナニカ” は一瞬で溶けて蒸発する。
しかし昇降機が上層すると煙と共にその “ナニカ” が引き上げられる。
それはかろうじて溶けずに残っている全長2メートルはあろう大きさの骨だった。
だが、驚くべきは、引き上げられた直後にその骨にまるで逆再生のように血肉が発生して徐々に元の姿と思われる状態に戻っていったのだ。
ボロボロの骨が立派な骨格になり、内臓が再生され、それを覆うように筋肉が生まれ出て血管がそれらを覆い尽くす。
顔に至っては頭蓋に眼球が生まれ、筋肉が発生して覆われる。
まるで人間の構造を見せる標本のような状態のまま、再生された眼球がモウハンを捉えた。
筋肉で覆われた全身には皮膚が再生されつつある。
頭皮には髪の毛、口の周りには髭も生え始めている。
ほぼ再生しきった頃。
「何者だ・・・」
突如言葉を発した目の前の “ナニカ” に思わず声を失っているモウハンだったが、答えようとした瞬間に昇降機が下がり始める。
ググゥゥゥゥゥン・・・・ジュゥゥゥゥゥ・・・・
「ぬおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
何という拷問なのだろう。
生きたままゆっくりとマグマの海に沈められ、徐々に身体が溶け蒸発していく激痛に苦しむ極刑。
そして何より信じ難い光景は蒸発してボロボロになった骨がマグマの海から引き上げられた後に元の人へ再生されるというところだった。
この極刑という表現ですら生ぬるい罰を与えているヘクトルは一体どのような人物なのか。
モウハンはしばらくその信じられない光景を目の当たりにして思考停止状態だったが、3回目の昇降時点で我に返った。
次のアップは月曜日の予定です。体調がすぐれないので若干遅れるかもしれません。




