<ゲブラー編> 56.実験体
56.実験体
「ええ?!」
皆驚いていた。
リンゼンがエヴァリオス家の護衛隊長の任を解かれたことを知ったからだ。
だがその驚きはさまざまだった。
ありえないとばかりに唖然としているディル。
モウハンが原因ではと焦っているエニー。
そして、眉間にシワを寄せてほんの少し苦悩の表情を浮かべているグレン。
説明したゼーセルヘンは平然としており、モウハンはただただ無表情で黙っている。
「仕方ないねぇ。せめて祈ろう。リンゼンの前途に乾杯だねぇ」
いつもの怠そうな口調でグレンがグラスを掲げた。
ディルとエニー、ゼーゼルヘンはそれに合わせて水が注がれているグラスを掲げた。
「さてと。じゃぁ今日も聞き込みだねぇ」
「今日はどんな組み合わせにするのですか?」
「そうだねぇ。それじゃぁ、僕とモウハン、ディルとエニーかな?」
「いや!今日は俺は一人で情報収集する!」
「あれ?僕と周るの嫌かい?」
「俺は嫌じゃない!だけど、今日は俺が一人で情報収集したい!それだけだ!」
「そっか。じゃぁまたディルたちに混ぜてもらうよ」
「あらら、また私とディルの聞き込みを邪魔するってことね」
「ははは、ずいぶんじゃないか。これでも一生懸命頑張ってるんだけどね」
・・・・・
・・・
「・・・」
(う・・うぅ・・)
ガタ・・ガタガタ・・
(うぅ・・うご・・けないぞ・・)
ガタガタ・・ガタガタ・・
(う!!ま・・まぶしい・・・う・・ごけない・・!)
手術台の上で頭、肩、手首、腿の付け根、足首を固定された男がいる。
口は布で覆われており声は辛うじて発せられるがしゃべることはできない状態だった。
うっすらと目を開けると手術台の上から照らされたライトで眩しかったのかすぐ目を閉じた。
ガタガタ・・
(何が・・どうなってる?!)
徐々に意識が戻ったのか状況を確認しようとしているが、頭が固定されているため、自分の状態を見ることができない。
ただ、自分が固定されている箇所は感覚で理解した。
「うーうーうあーーうあうー!!!」
(ここはどこだ?!・・・一体何なんだ?!・・・なぜ動けない・・!!)
ガタガタガタ・・・!
「あーあーうーあー!!」
(くそ!な・・何なんだよ!なんでこんなことに!・・だ・・誰か!!誰かいないのか?!)
「あぁ。目ぇ覚めたかい」
「うあーうーうー!」
「うるせぇなぁ、折角気持ちよくうたた寝してたのによぉ」
うたた寝していたというその男は立ち上がり、手術台の上の拘束された視界に顔を近づけた。
「んーんーんー!!」
「あはー!こんにちわぁ。どうだい気分は?っつても喋れねぇから答えようがねぇか。あ!いい!答えようとするなよ?うーうーうるせぇから。うたた寝って気持ちいいじゃねぇか。覚醒状態から徐々に火が消えるみてぇに意識が薄らいでいく感じがよぉ、なんつーか夢心地ってのかなぁ。そう言う時ってよぉ、体の力も抜けてだらーんとするわな。まぁそんな状態だったわけだよ、さっきはさぁ。でもお前ぇが唸るもんだからその夢見心地がいい気に消えちまってさぁ。そんでそういう夢心地状態で体に力が入ってねぇのに強制的に起こされるとよぉ、体がめちゃめちゃ重いし怠いんだよ。ええ?!分かるかこの辛さ!ええぇ?!」
シュボ!
そう言いながら男はタバコに火をつけた。
「ふぅーー」
独特な煙が部屋に充満する。
「それでさぁ、今とぉーーーってもイライラでダルダルなわけですよ。ふぅーーー」
男はタバコの吸口を指で持ち、ゆっくりと上にあげた。
そしてそれをまるで上に投げた小石が落ちてくるかのような軌道を描きながら手術台の上の男の右目に近づけていく。
「あんた・・・イライラダルダルの時ってストレスたまるよねぇ」
「んーー!!!んーーー!!!」
タバコの熱が瞼に感じられて手術台の男はさらに呻き声をあげる。
「ストレスたまるとさぁ。発散するよねぇー?」
目を閉じるが、タバコの男に強制的に瞼を開かされる。
タバコが眼球のすぐ目の前近づけられる。
煙で涙が溢れ出てくるが、滲む視界でもタバコの火の恐怖ははっきりと感じられ恐怖で失禁してしまった。
「ああああ!!!おぉぉぉい!!勘弁してくれよ!!」
ボゴォォン!!
「うーーー!!!」
男はタバコを口に咥えて手術台の男の鳩尾に苛立ちを込めた強烈なエルボーをくらわせた。
「掃除する身にもなれよ馬鹿が!!」
ガス!ドゴン!ボゴン!
何度も何度も強烈なエルボーを叩き込み、打たれた痛みと肋が折れた激痛から声を上げるが、思うように息を吸い込むことができずに、気絶してしまった。
「お前ぇ気楽でいいなぁ。しょんべんしたい時にして、寝たい時にねてよぉ。掃除する見にもなれや!」
薄れゆく意識の中でタバコの男の文句が頭に響いていた。
・・・・・
・・・
(ん・・・あれ?痛みがない・・あぁ夢だったのか・・・。頭も動くし、右手も動く・・・)
手術台に寝かされていた男はゆっくりと目を開ける。
今度は真っ暗だった。
口を覆っている拘束具も付いていない。
だが、目が覚めたばかりなのかうまく喋れないようだ。
(ん・・・な、なんかおかしいぞ・・・)
男は自分の体に違和感を感じていた。
感覚が頭と右腕しかなかったからだ。
起き上がりたくても感覚がなく起き上がれない。
「あえあー!」
まだうまく喋れないようだ。
(どうなってる?!寝起きだからか?いや、そんなはずはない。というよりここはどこだ?!こんな何も見えない真っ暗な場所など俺は知らないぞ・・・)
すると視界の下の方から光が差し込んできた。
ギギギッという音ともにドアが開き外の光が差し込んできたためだ。
「おお、目を覚ましたようですね」
「やりましたね。また成功ですぜ?」
うまく喋れない男は声の方を向いた。
逆光ではっきりとは見えなかったが、黒髪のオールバックで両頬にそれぞれ縦3本に綺麗に整えられた髭が見えた。
もう一人は自分の目にタバコを近づけ、体に何度もエルボーを食らわした男だった。
(ゆ・・・夢ではなかったのか?!一体・・・どうなってる?!こやつらは何を言っているのだ?!)
「君のおかげですよ。よい素材でした」
「いやぁ、苦労しましたから。まぁなんですかね・・・はずんでもらえれば・・・」
「いいですよ。でも・・・素材を傷つけた分は引かせていただきますから。それが嫌なら次からはもう少し紳士的に振る舞うことですね」
「!!・・・へ・・・へぃ・・・」
「あんああいあえあ?!」
うまく喋れない男はドアの近くにいる二人に話かけるも口が麻痺しているようでまだうまく喋れない。
「元気が良いですね。良好です。麻酔が切れるまでもう少し待ちましょう。そうすればちゃんと話せるようになりますよ」
「良かったじゃねぇか!落ちぶれた人生をやり直せるんだぜ?」
口の悪いタバコの男がうまく喋れない男に近づいてくる。
その歩き方は片方を引きずるような感じだった。
(!!!・・・ま、まさか・・・こやつ・・・我らが探していた “ミギタバ”・・・!な、なんということだ!!探すつもりが逆に捕まってしまうとは・・・当主様に知らさねば・・・い、いや・・・どうせもう信じてくれまい・・・)
その男はリンゼンだった。
(い、いや・・・これを当主様にお伝えすればまたお側に置いて頂けるかもしれない!そしてまた私を必要として下さるかもしれない・・!何とかここから逃げ出さなければ・・・!)
「お!お前ぇ、今顔に精気が戻ったな!へぇ、思ったよりメンタル強いんだな。だが、もう少し現実を見た方がいいぜ?へへへ」
(何を言っているのだこやつは・・・)
「あ、そうか悪りぃ悪りぃ。暗かったら分らねぇわな。へっへへ、こりゃ俺のミスだわ、ごめんねぇ!」
そう言うと、男は炎魔法で手術台の上の灯りをつけた。
部屋が一気に明るくなる。
リンゼンの目の前に眩しい灯りがあるため一瞬目が眩み瞼を閉じたが、ゆっくり目を開けると徐々に視界が開けてきた。
ミギタバはまたタバコに火をつけ始めた。
タバコの煙の匂いは独特で一度だけ嗅いだことがあったが、間違いなくナザロ村産のタバコの匂いだった。
そして右足を引きずる歩き方。
その男は確実にミギタバだった。
「さぁて、あんたに現実を見せなきゃなぁ!左向いてみなよ」
リンゼンは、その瞬間ある推測が頭をよぎった。
そしてゆっくりと視界を左へ向けるべく顔を少しずつ左へ傾けていく。
徐々に視界に張ってきたのは浅黒い緑色の皮膚に半開きになった口から覗く牙、そして異常に大きく尖った耳。
「!!!」
ゴブリン、いやゴブリンロードの横顔だった。
リンゼンにとって自分の推測がほぼ確信に変わった瞬間だった。
そして目線を自分の体に向ける。
「う・・うあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
自分の左腕と下半身がなくなり、それがすぐ隣にいるゴブリンロードの右半身に糸で縫い付けられ、その皮膚は浅黒い緑の皮膚と融合し、その感覚は明らかにゴブリンロードの体にある心臓から脈打つ振動が自分に流れ込んでいた。
「んー良い響きですね。心に染み渡ります一応組織結合の状況を確認しておきましょうか」
そういうとオールバックの男は手にゴム手袋をはめて筒状のメガネのような拡大鏡をかけた。
そして指をリンゼンとゴブリンロードの胸のあたりの接合部分に勢いよく突っ込んだ。
「ぎやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
あまりの激痛で叫ぶリンゼン。
「なるほど、順調ですね。ここはどうでしょうか」
すると腹部の接合部に指を差し込む。
「あがぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
更なる激痛がリンゼンを襲う。
「いいでしょう、問題ありません」
「流石はゲルグ様」
ガコン!!!
オールバックの男は思いっきりミギタバの頭部を殴りつけた。
「あなたは本当に低脳ですね。融合体の前で名前を呼ぶなとあれほど言ったのに理解できませんか?一度で理解できない者は低脳です。低脳な者に生きている価値はありません。あたなも融合体になりたいのですか?」
「も・・申し訳ありません・・・・2度とこのようなことはないように・・いたしやす・・・」
「わかれば良いです。あ、訂正ですね。あなたは融合体にする価値はないので細切れにしてゴブリンを捕まえる餌にする、が正解でした。まぁいずれにしても気をつけてください。次はありませんよ」
「へ・・・へぇ・・・」
「それでは私は一旦帰国しますので後は頼みましたよ」
「へ、へぇ、かしこまりましたぁ」
オールバックに特徴的な髭の男はそう言うと部屋から出て行った。
「ちっ!偉そうにしやがって!」
「うぐぅぅぅぅぅぅ・・・・き・・貴様・・・エル・・フでは・・ないのか・・?」
「うるせぇなぁ。あたりめぇだろうが!まぁ、エルフに化けるのぁそう難しくねぇし、馬鹿なエルフ騙すのは簡単だからなぁ。ん?あぁこの耳か。さっきいた先生にエルフの耳をつけてもらったんだよ。あと見た目もエルフに少し寄せてるけどなぁ。これも金のためだ。これぁ儲かるビジネスだからなぁ。やめられねぇ」
「な・・何を・・する気だ・・・。私を・・どうする・・つもりだ・・?」
「どうするもこうするもよぉ。あんたらの仲間がぶっ殺してくれた変わりにするに決まっているだろう?・・・さて、そろそろ起こすか」
「!!!」
リンゼンの額から汗が滲み出る。
恐ろしい予感が脳裏をよぎった。
いよいよ隣で寝ている自分と一体化しているゴブリンロードを起こすというのだ。
どれほど凶暴な魔物なのか。
自分の意識はどうなってしまうのか。
それ以上に気高いエルフである自分は、どのような存在になるのか、もはやエルフではなくゴブリンに成り下がってしまったのではないか。
そんな逃げ場のない絶望感に襲われた。
そしてすぐ隣にある浅黒い緑色の皮膚をした醜悪な顔が微かに動き出す。
ゆっくりと目を開き始めた。
口からドブのような臭いの息が吐き出され吐き気を誘発する。
「あ・・・あががが・・・あーぎゃぎゃぎゃ!!」
奇声を発したその顔は突如右を向きリンゼンを直視した。
「!!!」
「ははははははは!」
下等魔物のゴブリンからまるでエルフと同様の笑い声が聞こえる。
「お前は一生俺の奴隷だ!ははははははは!」
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
リンゼンの恐怖と絶望の叫びは周囲に大きく響いた。
「んーー。いつ聞いてもあの瞬間の声は素晴らしい!」
ゲルグと呼ばれたオールバックの男は満面の笑みを浮かべていた。
・・・・・
・・・
―――数日後―――
グムーン村で一番美味しい食事を出すと噂される店でとある男が注文した料理が来るのを待っていた。
男は珍しい香りのするタバコを吸っていた。
「おい、料理はまだか!」
「すみません、もう少しお待ちください・・・」
「おっせぇわ!俺はなぁちっちゃな頃から待つのが嫌いでな、おりこさんに待てる優等生も嫌いなんだよ!早く料理持ってこねぇとこの店とんでもねぇことになるぞ?!」
「すみません、このおみずですこしまっええうださい」
小さな女の子が水を運んできた。
「あぁ?!なんだお前。こぼすんじゃねぇぞ?!」
そういうと男は水を取り上げて犬を追い払うような動作で小さな女の子を追い返した。
そして目をやったコップの水に映った自分の顔をみてふと考える。
(俺も老けたなぁ。これまで楽しい人生歩んできたからあっという間だった気がするけどよぉ、これじゃぁその楽しい人生も残りすくねぇのかぁ?・・・!!そうだ!、ゲルグ先生だったら若返り的な手術とかできるんじゃねぇか?引き続きエルフ攫って貢献するのを条件に、皮膚とか若いやつの移植したりすりゃぁ長生きできるんじゃねぇのか?もしかして俺って天才か?!)
医学知識のないその男は自分の顔が若々しいものに変わることによって長生きできるという発想になっていた。
(皮膚・・・若々しい皮膚か・・・馬鹿な手稼ぎエルフ攫うのぁ簡単だがなっぁ・・・。あんな奴らの皮膚貼っつけられても気持ち悪りぃしなぁ。どうせなら若けぇピチピチの女がいいぜ・・・・でも女攫うのには理由がねぇし騒がれると厄介だからなぁ・・・さて・・何かいいアイデアはねぇかな・・・天才的な脳みそで考えろ・・・・・・・・・・・!)
「へへ」
しばらくして、老店主が料理を手に持ち厨房から出てきた。
「お客様・・大変お待たせし・・おや?」
席に居るはずの男がいなかった。
「お客様?・・・・そうか・・・怒って帰ってしまったかの・・・仕方ない、ジャーニと一緒に食べるか・・・おーいジャーニ。ちょっと早いがご飯にするよ?こっちへおいでー」
いつもなら元気よく走ってくるはずの幼い孫娘の反応がない。
「おーいジャーニ?」
老店主は料理をテーブルに置いて、店の中や外を見回した。
「ジャーニ?!」
老体に鞭打ってあたりを走って探し回る老店主だったが、幼い孫女のジャーニは見つからなかった。
「ジャーニ!!!!」
・・・・・
・・・
ドン!!
「はぁはぁはぁ・・・」
宿屋の食堂で昼食をとっているモウハンたちのところに勢いよくやってきたのは老店主のロンだった。
「おお!じいさん!どうした?こんなところに!もしかして俺と飯食いたくなったか?いいぜ!もちろんお嬢ちゃんも一緒なんだろう?」
モウハンが早速話しかける。
「はぁはぁはぁ・・た・・たのむ・・・孫を・・・ジャーニを探して・・くれ・・・」
そういうと老店主ロンはその場に倒れ込んでしまった。
「おい!じいさん!」
5分ほどすると意識を取り戻した。
孫がいなくなったという恐怖と焦り、そして休憩なく走り回って体力が限界を超えたため、気を失っていたのだ。
「おい!じいさん!目が覚めたか?」
「ああ、モウハン・・・」
「どうしたのロンさん?もしかしてジャーニの身に何かあったの?」
「エニー・・・たのむ。孫を探してくれ・・・いなくなったんじゃ・・・」
「どういうこと?一体何があったの?」
「み、店にびっこを引いた客が入ってきた・・・。注文があったが、料理が出てくるのが遅いと怒り出したので、気を利かせたジャーニが水を運んで行ったんじゃよ・・・。そして調理が終わって料理を運んで席を見ると誰もおらんかった・・・孫もじゃ!」
「モウハン!」
「あぁ、間違いないな!ジャーニはそいつに攫われている!」
「ロンさん、のびっこを引いていた客というのはもしや特殊な香りのタバコを吸ってはいませんでしたか?」
「なぜ、それを?!あ、あれは確かナザロで作っておる銘柄だったはず・・・ゼーゼルヘンさん・・・たのむ孫を・・・」
「!!!」
一同は同じワードを頭に思い浮かべていた。
(ミギタバだ・・・)
「もちろんです。必ずお救いし、その相手には確実な極刑を与えること誓いましょう」
そういうとロンを宿屋のベッドで休ませることにし、ジャーニ捜索のためのすり合わせを行おうとしたが、その場にはモウハンはいなかった。
「彼はどうしたんだい?」
「ん?誰?」
「モウハン君だよ。君は知らないのかいエニー」
「え?!」
グレンの問いに対し、そういえばあの騒がしいモウハンの声が聞こえなくなっている。
「え?!え?!」
「どうやら、彼は一人で飛び出して行ってしまったようだね」
「えぇぇぇぇ!!」
モウハンはロンを休ませようとしている中、ひとり飛び出してジャーニ捜索に向かってしまったのだった。




