<ゲブラー編> 48. 異形ゴブリンロード
48.異形ゴブリンロード
「おい!何か聞こえないか?!」
どこからかうめき声のようなものが聞こえたため、討伐隊の1人が声のする方へ近寄る。
そこには箱が積まれており、怪しいと感じたエルフはその箱をどかしてみた。
すると、そこには小さな横穴があり、その奥に広い空間があった。
そこには何と、数人のエルフが縛られて捕らえられていた。
「お、おい!誰かいるぞ!」
捕まっていたエルフが穴から出てきたのを見て仲間が捕らえられていたと怒りが頂点に達したエルフの1人が剣を構えた。
「こ・・・殺してやる!ゴブリン風情が我ら高貴な種族を捕らえるなどあってはならない!!」
「待て!」
モウハンは何か嫌な予感がしたため、思わず叫んだが遅かった。
シャヴァヴァン!!
エルフの鋭い剣捌きが炸裂した。
「うわぁぁぁ!!!!」
攻撃したはずのエルフの方が攻撃を受けてしまったようで右腕が引きちぎられるように吹き飛び血が吹き出している。
モウハンとエニー、ラングは身構えた。
もう1人のエルフは横穴の部屋で囚われているエルフたちを解放している。
「ラング!仲間の手当てを!」
モウハンがラングに指示をだした。
ラングの戦闘力が不明だったため、どう攻撃してきているのかわからない目の前の異形のゴブリンロードと戦うのに足手纏いになってしまう可能性があったからだ。
「わ・・・わかりました!」
ラングもその意図を悟ったようだ。
それなりの手練れだった討伐隊仲間のエルフが得体の知れない攻撃でやられたのを見たのもあり判断は早かった。
「ヤメロ・・・ソレハ・・オレノ・・イノチトナ・・・ルソザイダ・・」
「何を言っている?!来るぞ!」
モウハンが叫ぶ。
ジャカカキィィン!!!
得体の知れない攻撃を何とか剣で受けたモウハン。
「エニー、お前も下がっていろ!こいつはやばい!」
エニーはその意味を瞬時に理解した。
この狭い空間で並んで戦っても2人同時にやられる可能性が高かったからだ。
ジャキキキン!!!
モウハンは本能で剣を振りなんとか攻撃受けている。
「ぬおおお!!」
さらに飛んでくる攻撃を受けるモウハンだったが、徐々に受けきれなくなっている。
致命傷にはなっていないが体の至る所に傷ができ始めている。
「モウハン!」
「大丈夫だ!」
モウハンは突如異形のゴブリンロードの周囲を回り始めた。
相変わらず得体の知れない攻撃は続いており、ゴブリンロードの背後に周り明らかに見えていない視界から外れている場所にいても攻撃がモウハンに向けられている。
「うおおおお!!!」
ガキキキン!!!
かろうじて本能で攻撃を受けているが、徐々に限界に近づいている。
ドッゴン!!
突然モウハンはゴブリンロードとは真逆の壁に向かって攻撃をし始めた。
ドゴドゴドゴドゴドゴゴゴゴン!!!
そのままさらに周辺の壁や天井を破壊していくモウハン。
ドゴドゴドゴドゴドゴゴゴゴン!!!
そして、異形ゴブリンロードの前に立つモウハン。
「さぁ、攻撃してみろ!」
「ク・・・ナカナカイイカンヲ・・シテイルナ。イイダロウ・・・アイテヲシテヤル・・・」
「モウハン!どういうことなの?!」
「簡単だ!こいつは壁に炎魔法で発動する無数の飛び道具を仕込んでいたんだ!だから俺がこいつの背後に周っても振り向くことなく攻撃できた。だいたいどの当たりにいるか気配さえわかればそこに飛ばせる飛び道具を炎魔法で発動させればいいだけだからな」
「な、なるほどね・・」
(よ・・・よく見破ったわね・・・相変わらずの野生的戦闘本能だわ・・)
「さぁこい!」
グググ・・・
「ド、ドウイウコトダ・・・?ウ・・ウゴケナイゾ・・・」
ドッモン!!!
モウハンはゴブリンロードの鳩尾に強烈なパンチを喰らわせた。
「ウ・・・ウゲェ・・・ナ・・・ナゼダ・・・ナゼウゴケナイ・・・」
「これだ!」
そう言いながら示したのは釣り糸だった。
巣を見つけるためにゴブリンに取り付けたものを巻き取っていたのだろう。
それを先ほど異形ゴブリンロードの周りを回っている時に巻きつけて動けなくしたのだった。
ドサ・・・
異形ゴブリンロードはその場に倒れ込んだ。
「ワレノ・・・イノチ・・・ソザイ・・・カエセ・・・」
「許さない!!」
「待て!!」
グザリ!
手を吹き飛ばされたエルフが凄まじい速さで探検をゴブリンロードの心臓に突き刺してしまった。
一瞬の出来事で止めることができずにゴブリンロードは絶命してしまった。
「なんてこと?!」
「ぐ・・・な・・何を言っている?!こんな下等な魔物殺して当然だ!それに・・・そもそもこいつを殺すための討伐だろうが!」
「こいつは話すことができた。つまりなぜこのゼネレスに巣をかまえたのか、なぜエルフをさらったのかを聞き出せなくなったじゃない!」
「くっ!!そ・・そんなもの聞き出す必要はない!!もう諸悪の根源は・・・この俺が倒したから・・!!」
「何言ってるのよ!この地図みたいなのに描かれている印がもしさっき見たようなゴブリンロードだったらどうするの?!それにあの異形な状態・・・捕らえられていたエルフたちを命の素材とか言ってたのよ?!あの理由も聞きだせなかったじゃないの!見なさいよこの半身エルフになっている異形さを!」
「う、うるさい!下等種族のオーガのくせに!」
「な、何ですって?!」
ボゴォン!
「いい加減にしろ!」
ラングが文句を言っていたエルフを殴った。
「この人の言う通りだってお前もわかっているんだろう?!自分の失敗を認めろ!感情に流されて暴力を振るうなどエルフの誇りを失ったのか?!」
「くっ!!・・・」
片腕を失ったエルフは自身の誤った行動を認め項垂れた。
「す・・・すまない。俺の誤った行動もそうだが、この話に種族は関係なかった。ひどいことを言った・・・。どうか許して欲しい」
「べ、別にいいわよ」
エニーはやるせない思いだったが、しぶしぶ許した。
「お、おい!まだ奥に部屋があるぞ!」
横穴の部屋に捕らえられていたエルフたちを救出していたもう1人のエルフが奥にさらに部屋があるのを発見した。
そしてエルフが中に閉じ込められていた者を抱きかかえて出てきた。
「ニ・・ニンゲンの女性だ・・・しかも・・妊娠している・・」
抱きかかえられている女性は人間であきらかに妊婦とわかる姿だった。
・・・・・
・・・
モウハンたちは洞窟の外に出た。
洞窟内を調べ尽くしたことと、片腕を吹き飛ばされ重傷のエルフの治療に加え妊婦の容態が芳しくなかったからだ。
発見されてから意識が戻っていなかったのだ。
同じタイミングでディルのいる別働隊5人も洞窟から出てきた。
囚われていたエルフは全員で28名だった。
その中には見た目10歳程度の子供もいた。
ラングたちはひとまずグムーン村まで連れて戻った。
捕らえられていたエルフ数人に話を聞いたところ、西のナザロ村や北のネザレンから攫われたエルフたちだった。
その中でやはり謎だったのはなぜ人間の妊婦が閉じ込められていたのか、どこから拐われたのかだった。
とりあえずの応急処置で危ない状態は脱したが、またいつ容態が悪化するかわからない中、このしっかりとした医療設備の無いグムーン村でこのまま休ませるのは得策ではなかった。
そこでもめ始めたのはこの妊婦をどうするかということだった。
村の集会場の長テーブルにラングやディルを始め討伐隊に参加した数名のエルフたちが座っている。
モウハン、エニーもその場にいた。
「村から放り出せばいいだろう?ここは高貴なエルフの住む国。どういう理由にせよ、ニンゲンごときが土足で入ってきていい土地じゃ無い」
「そうだな。少し心は痛むが、あの洞窟に連れてきたのはゴブリンロードだし、俺たちの討伐隊がもう少し遅ければおそらく亡くなっていただろう。洞窟の中で死のうと村の外で死のうと大した違いはないからな」
「何を言ってるんだ!このまま放っておくわけにはいかない。我らは高貴な種族だからこそ他の種族に対しての慈悲の心を持ち合わせる必要があるんじゃないのか?」
大勢の無慈悲な発言をする仲間のエルフたちに対して、ラングだけが人道的な発言で反論していた。
ディルは黙っている。
「ラング、そりゃ俺たちだって救いたいさ。だがどうしろって言うんだよ。ニンゲンのためにこの村の病院を使うってのか?村のエルフたちが嫌がるじゃないか?!」
「そうだよ!俺たちのベッドに下等種族を寝かせるわけにはいかないよ!」
「そうだ。綺麗事を言うなら誰でもできるぞラング」
「何を言っている?!綺麗事なんかじゃない!逆の状況を考えてみろ!もしニンゲンの村に妊婦のエルフが運び込まれて弱っている中、放り出されるようなことがあったらどうするんだ?そんなひどいことないだろう?!」
「はっはっは!ラング・・・そんなことあるわけないだろう?俺たちは高貴な種族だぞ?他の種族は間違いなく丁重に扱うに決まっている!」
「そうだ!くだらない例えで説得しようとしても無駄だよ」
(全く。エルフってどうしてこう高慢で傲慢なのかしら。ここまでくると正直呆れるわね・・・。まぁ所詮ニンゲンだからってところはオーガにとっても同じではあるけど、流石にこいつらの主張はひどいわ・・・)
エニーは呆れ顔で黙って聞いていた。
ドン!!!
一同驚いて音の鳴った方へ目を向けた。
ガタタタン!!
テーブルがモウハンの目の前のあたりから亀裂が入ったのだ。
そしてエルフだけでなくエニーまで恐怖を感じた。
なぜなら普段常に笑顔のモウハンの顔が鬼のような形相になっていたからだ。
「今・・・このゲブラーはとある国、とある人物によって支配されようとしている。それはこのゼネレスも同様だ。今は種族の壁を超えて連携し、この世界が平和であり続けられるようにすべきだ。そんな時に自分たちの立場や権利ばかりを主張して責任を果たさず、他者のことは知らぬ存ぜぬとはそれのどこが優れた種族か。優れているかどうかは結果とそれに向けた行いが決める。血がどうとか、生まれがどうとかは単なるきっかけにすぎない」
いつになく低く重たい声でゆっくりとモウハンは発言した。
しばらく沈黙が続いた。
威圧感あるが、どこか威厳を感じるモウハンの言葉にみな何も言えなくなっていたのだ。
これは紛れもなく王の資質が面に表れたものであったが、エニー以外モウハンが王子であることは知り得ないことだった。
沈黙に耐えかねて必死に口を開いて発言したのはラングだった。
「モ、モウハンさんの言う通りだ。私たちの仲間を救出できたのも、モウハンさん、エニーさんがたまたまこの村に来て、私たちのお願いに応じて助けてくれたからじゃないか?もし、このお二人がこの村に来なかったら、私たちは囚われた仲間を見殺しにしていたかもしれない。私たちが高貴で優れた種族であるなら、仲間1人救えない私たちは一体何なんだ?!仲間を救うという結果も出せず、そのための行動もなせず、そして自分たちは頑張ったと言い訳するだけじゃないのか?・・・それのどこが優れた種族だというんだ・・・」
皆下を向いている。
さらに沈黙が続いた。
見兼ねたエニーが口を開いた。
「とにかく、ニンゲンの妊婦はこの村で療養・出産させるのは医療体制見ても難しそうだし、どこか別の体制整った街か村へ移す必要があるわね。何かよい考えはあるかしら?」
一同口を閉ざしている。
唯一ラングが口を開いた。
「ネザレンなら・・・医療体制は整っています。問題は誰が連れていくかですが・・・」
「ま、まぁ私たちどの道北を目指すわけだし、私たちがネザレンへ連れていくのでもいいわ」
「ありがとうございます。ですが、ここはエルフの国ゼネレス。大変失礼な言い方かもしれませんが、オーガとニンゲン2人で迷いの森を抜けるのは至難の業ですし、仮に抜けられてもネザレンで妊婦のニンゲンを診てくれるところがあるか・・・。その調整をネザレンに赴いたことがない異種族のお二人で交渉してもほぼ不可能かと・・・」
「・・・そ、そうよね・・・」
エニーの落胆した表情とは裏腹に決意に満ちた表情でモウハンが発言する。
「それでも行く。行かなければあの女性は母子共に危険だ。この場にとどまって助かる見込みゼロで待つより1パーセントでも可能性があるネザレンを選ぶ。お前たちの助けがないなら、せめて迷いの森を抜ける方法とネザレンで医者への紹介状をもらえないか?」
「紹介状はいくらでも書きます・・・。受けてくれるかどうかは別ですが・・・。あと、迷いの森を抜ける方法を教えることは・・・エルフの掟で禁じられているためできないのです」
「そうか、わかった。じゃぁ紹介状だけ書いてくれ。森は自分たちで何とかして抜けるしかないな」
「いえ、私が同行させて頂きます。今回のご助力いただく際にもお約束しましたからね。同行して森を抜けることは可能です。森を抜ける方法をお教えする訳ではありませんから。ですが、私ができるのは誘導してネザレンへ着くまでになります。それ以降は正直私の身分ではお役に立てません・・・」
ラングの申し出にモウハンとエニーの顔が少しだけ明るくなったが、エルフ一同下を向いたままだった。
その様子がモウハンたち単独で妊婦を医療施設に診てもらう交渉がうまく行かず母子の安全は確保されないという無言の主張が伺えた。
「俺が行きます」
下を向きながら、志願した者がいた。
ディルだった。
「ディル・・お前・・・」
「俺なら誘導して森を抜けることもできるし、仕えている上流血統家の関連病院に話を持っていくこともできますから・・・」
ラングが驚きの表情を浮かべている。
「俺は・・・エルフがこの世界で最も高潔で優れている種族だっていう思想は変わらない・・・けど、それは責任もついて回るって思ったんだ。力も尊敬もないたまたま生まれた時の身分だけで偉ぶっているやつが民を守れるかっていったら、きっと強い部下に押し付けて自分は安全なところで震えてるだけだって・・・そういう理不尽な偉そうなやつを何人か見てきた・・・」
「お前・・・」
「正直・・・生まれだけで高貴なのか?優れているのか?って思ったんだよ。弱いのに優れているって何なんだって・・・。そんなのいつか強いやつに淘汰されて消えゆくだけなんじゃないかって・・・。なんで上流血統家はエルフの民が困っていても助けてくれないんだ?上流血統家は自分たちが困ったら俺たち民に戦えといい、俺たちエルフの民が今回みたいに困っていても知らんぷりってさ・・・。俺たちって一体何なんだよ。彼らの駒か?消費材か?」
「ディル!そこまでにしておけ!彼らの耳に入ったりしたらお前は永久投獄だぞ!」
「俺は嫌だ!今回みたいにオーガやニンゲンに助けてってお願いするのは嫌なんだ!情けないんだよ! 俺たちエルフが高貴だ優位だって言うならせめて!自分たちの身は自分たちで守れる程度の力がないと・・・」
ディルは涙ぐみながら話している。
おそらくネザレンで上流血統家に護衛として仕えていることで自分の上流血統家に対する不満や自分の不遇な扱いへの失望感があったのだろうとラングは思った。
「だから俺が行く。助けられっぱなしは高貴で優位にある俺たちエルフのプライドが許さない!そして俺は強くなる。自分たちの身は自分たちで守れるくらいには!」
モウハンとエニーは、自分たちが如何に隷属的にみられている存在であるかを痛感したが、同時にさまざまな思いの中変わろうとしているエルフ社会の実態を見て、今は難しくても将来的には分かり合えるのではというわずかな希望を持った。
ディルの発言に感化されたのか、他のエルフたちもエルフは他種族に借りは作らないというスタンスでモウハンたちのネザレン行きの支援をしてくれた。
だが、それは親切心から来るものではないため、あくまで彼らの価値観の範疇での等価交換的な対応だった。
それでも妊婦が寝られるようにベッドを据え付けた馬車、馬2頭、当面数日間の食料を用意してくれたところから、28名のエルフを救出した功労評価は低くなかったようだ。
・・・・・
・・・
―――2日後―――
思いの外早く出発の準備が整った。
エルフたちは一応依然として意識の戻らない妊婦の容態を気にかけてくれていたようで急いで準備してくれた結果だった。
その場に見送りに来てくれたのはラングと初日に立ち寄った食堂の老店主とその孫の3人だった。
「モウハンさん、エニーさんお世話になりました。突然お声を掛け無茶を申し上げたにも関わらず快く救って頂き感謝しかありません」
「いや、当然のことをしただけだし、何と言っても美味い料理を振る舞ってくれたからな!気にするな!それよりこんな立派な馬車と馬を用意してくれてこちらこそ礼を言うよ!」
モウハンは食堂の孫娘にウインクした。
「いえ、それこそ当然のことです。それではお気をつけて。旅のご無事を祈っております」
「変顔おじさん!元気でね!あたしが握ったおにぎりよ!ありがたく食べあさい!」
食堂の孫娘はそう言って小さな袋をモウハンに手渡した。
「もしかしてお嬢さんが握ったおにぎりかい?」
「そうよ!すおいでしょ!あたしは何でもできるあらねー」
「おお!嬉しいな!すごいぞお嬢さん!君はきっと将来とっても素敵な女性になるだろうな!遠くから楽しみにしてるよ!」
「えへへ!」
「それじゃぁ、モウハンさん、エニーさんお元気で。ディル、頼んだぞ」
「借りを返す当然の行いです。ちゃんとやり遂げますよ」
手綱を引いているディルは表情を変えずに返答した。
「はいや!」
ゆっくりと馬車は動き出した。




