<ゲブラー編> 37.地下迷宮の魔物
37.地下迷宮の魔物
「ここが入り口です」
シルベルトに案内された入り口は小さな小屋程度の四角い建物に扉がついたものだった。
入り口のドアは鎖で繋がれ南京錠がかけられている。
下手に間違って入らないようにするための措置だ。
「ソニア頼む」
この南京錠は魔法に対応するようになっているらしく、普通の鍵では開けられないらしい。
ソニアはあらかじめクエストカウンターでもらった鍵形状の大炎御柱を手のひらに出現させた。
ソニアはそれを南京錠に差し込んだ。
すると南京錠と鎖が燃え尽きるように消え去った。
「さぁ入りましょう」
スノウたち4人は扉を開けて中に入った。
入るとすぐさま扉が閉まり、時間が戻っているかと錯覚するように鎖が復活し南京錠がかかった。
入るとすぐに階段がある。
暗く階段の先が見えない状態になっている。
シルベルトが杖の先に炎魔法のあかりをつけているので暗いが視界は確保されていたが、その範囲は10メートルもないほどであったため、スノウは自分とソニアにサイトオブダークネスをかけた。
エスカにもかけたかったが自分が炎魔法以外を使える越界者であることは話していないため、ソニアと自分でエスカを守るよう目で合図して示し合わせた。
5分ほど階段を降りていく。
空気は段々じめじめと湿ってきてカビ臭くなってきた。
スノウは下水のようなところを想像していたが、下水はきちんと分けている徹底した治水対応でこのような設備をこの産業革命時代前の文明レベルの世界であり得るのかと感心していた。
しばらく進むと分岐点に辿り着いた。
「こちらです」
さらにしばらく進むまた分岐があわられた。
「今度はこちらです」
そのやりとりを数回繰り返した時にスノウがシルベルトに質問をした。
「随分迷宮に詳しいじゃないか。まるで来たことがあるかのようだ」
「・・・」
以前感じたようにほんの一瞬だけ後ろ姿から異様な気が発せられた。
3人は思わず気づかれないように身構える。
「いえ、下調べです。こちらを見てください」
シルベルトはカバンの中から羊皮紙に書かれた地図を取り出してスノウたちに見せた。
それは地下迷宮の地図らしく、まさに迷宮に相応しい複雑に入り組んだ迷路だった。
そこには赤いラインが引かれており入り口から辿っていくとバツのついた地点まで繋がっていた。
「準備がいいんだな。流石だ。すまない、疑ったような言い方だったね」
「いえいえ、当然です。私も事前にお見せしておけばよかったのです。失礼しました」
「それでここには魔物はいるのか?」
エスカが肝心なことを聞いてくれた。
「それはわからないのですが、既に探索したことのある冒険者たちの情報によるとほぼいないようです。現れても小物らしく大体ほぼ無傷でクエスト目標の奇妙な魔物に辿り着けるようですね」
「了解した」
4人はシルベルトの地図のルートに沿って慎重に進む。
スノウはバレないように周囲100mの生命反応を探知するロゴス系魔法のエクステンドライフソナーをかけていたが確かにねずみのような小物系の生き物もしくは魔物の動きの反応しか感じられなかった。
順調に進む4人。
しばらく進むと、小さな無数の影が蠢いているのが見えた。
すばしこいジャイアントラットの集団が襲ってきたのだ。
大型とはいえ鋭い牙と爪を持っており、素早さと合わせて油断すると大怪我をしてしまう魔物だが、もちろんスノウたちには問題ない敵だった。
「私が・・・」
ソニアが前にでる。
「いえ、待ってください。ここは私が対処しましょう。みなさんに私の実力を見ていただく機会にもなりましょう」
「頼んだよ、シルベルト」
スノウはソニアに目で合図を送った。
この魔物に攻撃すると見せかけて何かやらかすかもしれないので警戒するようにという合図だった。
「荒れ狂うサラマンダー!」
そう叫んだシルベルトの両手から無数の炎のトカゲのようなものが次々に出現した。
炎のトカゲはそれぞれが意思を持っているかのようにジャアントラット一匹一匹確実に捉え、噛みついた。
噛み付いたサラマンダーは凄まじい熱を放出しラットをあっという間に焼き尽くした。
周囲に焦げ臭い臭いが充満している。
だが一瞬で魔物は消え去った。
「流石だ。ダイヤモンドクラスなだけはある」
「いえ、大した技ではありません」
ソニアは少し悔しそうだった。
実力から言えばシルベルトに万に一つも負けることはないのだろうが、あの華麗な一つ一つのサラマンダーがまるで意思をもった生き物かのように的確にラットを捉えていたからだ。
魔力の強さというより魔力を操る技力に優れていることが分かったからだ。
(こいつ相当やるよ、ねぇさん)
(ええ、分かってる。負けはしないけど、こいつは相当炎魔法を鍛えているわね)
スノウもまた同様の理解だった。
(なるほど、こいつに学ぶのはなんだか癪だが、魔力にも色々とあるようだ。魔力量、魔力の濃さ、そして魔力操作力。おれの魔法は魔力量も濃さも元々あるのだと思うんだけど、魔力を操作する技力はないな。これはトレーニングしないとならなそうだ。こんな時にロムロナかニンフィーが居たら的確に教えてくれるんだけどな・・・)
急にロムロナとニンフィーを思い出し胸が苦しくなるスノウだった。
早くホドに帰らなければという思いが一層強くなった。
その後は特に魔物に出くわすことなく進むことができた4人。
迷宮は複雑で何の準備もなく入ると下手をすれば出られなくなっていた可能性もあった。
スノウは改めて事前情報の収集の重要性を痛感した。
「カムス、ソニア、アン。間も無くです。この地図でいう標的が現れるエリアに入りました」
スノウのライフソナーに確かに小動物とは違う動きの反応が感じられた。
「それではもう一度陣形を確認しよう。私とアンは前衛だ。できる限り相手に攻撃を当てながら引きつける。そしてソニアとシルベルトは後衛で炎魔法による攻撃だ。攻撃がヒットすれば魔物は怯むはずだ。その隙をついて私とアンで魔物に物理攻撃を加える。そこで怯んだ隙に君たちからの魔法攻撃。この流れが作れれば多少生命力が高くても多少持久戦になるとは思うが勝てるだろう」
『はい』
3人は頷いた。
「ただ、気をつけるべきは魔物が魔法を使う場合だ。どの類の魔法を使うのかわからないからまずは避けられる範囲で避ける必要がある。避けながら対処を見極めるというやつだ。私とアンは素早く動けるから避けながら対処法を見つけることができると考えている。ソニアもだ。シルベルト、君はどうかな?」
「さぁ相手がどれほどのものか分からない状態で対処できるとは言い切れません。カムス、あなたはどうしてそこまで言い切れるのでしょうか」
「なるほど君の言う通りだ。過信はいけないな。まずは様子をみよう。十分に距離をとって相手の攻撃の速さと魔法攻撃の類を見極める。そして徐々に近づいて相手の弱点を探る。その際、後方からソニアとシルベルトの炎魔法による遠距離攻撃が一定の距離を保つために効果的だ。それはお願いできるかい、シルベルト?」
「ええ、もちろんです」
「よし、じゃぁ進もう」
しばらく進むと、遠くの方から唸り声が聞こえてくる。
既にスノウはエクステンドライフソナーによってその存在に気づいていた。
20メートル先に動かずに待ち構えている存在がいる。
スノウはソニアとアン目で合図を送り戦闘に備えるように指示した。
15メートルあたりでサイトオブダークネスをかけられているスノウとソニアはその存在を大まかな影として捉えていた。
そして10メートル進んだところでシルベルトの灯りでうっすらとその存在が普通に見え始める。
「な・・・なんだ・・・?」
徐々に姿を現したその存在は異形なものだった。
大型ライオンのような胴体にグリフォンの翼のようなものがつけられており、尾は毒々しい模様の入ったバイソン。
これだけでも十分異形の存在だったが、何より不気味なのはライオンの顔の両サイドに人間の顔と思われるものが埋められているようについており、その顔の瞼と口は糸で縫われていたのだ。
そしてその横から人間の腕と思われるものが生えており、右手と思われる方に剣、左手と思われる方には杖が握られていた。
「これは・・・キメラ・・か?!」
「キメラ?それは一体・・・?」
「魔物だが、何らかの方法で複数の遺伝子情報を持つ細胞が混じっている状態、簡単にいうと複数の異なる魔物をなんらかの方法で繋ぎ合わせた異質同体魔物ってやつだ。全く趣味の悪い話だが、改造されたか何か未知の能力で複数の異なる魔物がつなぎ合わされたか・・・」
「でもスノウ・・・あの横についている顔と腕は・・・まさか・・?!」
「ああ・・人間だろう・・おそらくな」
「!!!」
「生命が弄ばれた結果の存在か。気の毒だがここで消滅してもらう」
アンはその姿に、いや目の前の哀れな姿を作り出した存在に嫌悪し、怒りを抑えながら表情を変えずに剣を構えた。
「そう言えばアン、君は目が見えないと聞いているけど本当に見えないのかい?とてもそんな風には見えないが」
「見えなくても視えている。五感の中で残されたものを全て集中させると見えている時より視えるものだ。お前はきちんと視えているのか?」
「ははは、すごいね。私には真似できない芸当だ」
「ふん」
「来るぞ!」
「ガァァァァギアヤァァァァァァ!!!」
スノウの声と同時に凄まじい咆哮が放たられる。
と同時に太い後ろ足が躍動し凄まじい跳躍力を見せ一瞬でスノウの方へ距離を詰め、鋭く尖った爪を振り下ろしてきた。
それを半身で避けたスノウは横っ腹に螺旋を込めた正拳突きをぶちこむ。
ドバァァァ!!!
キメラの横っ腹がえぐれて肋が露わになり内臓が飛び出る。
「やった!!」
ソニアはスノウの隙のない一撃に歓喜に沸き立つ。
「いや・・何かがおかしい」
すると左手の杖が光る。
バババババ!!!
杖から火炎放射器のように炎が凄まじい勢いで吹き出した。
素早い動きとその炎の量と範囲が広いため、スノウとアンは避けるがギリギリかわすのが精一杯だった。
炎の勢いは止まらずソニアやシルベルトの方にまで及ぶ。
ソニアは素早く後方に飛びのいてダメージは受けていない。
シルベルトも炎を飛び越えて3回転してキメラの側面から少し離れた場所へ着地した。
その動きは只者ではないことを示していた。
「やるじゃない、シルベルト!」
「いえいえ私など。さぁ次の攻撃が来ますよ!」
するとその声に呼応するかのように剣撃がエスカを襲う。
キィィン!
それを簡単に剣で防ぐエスカ。
「気をつけろ!」
スノウが思わず叫ぶ。
剣で受けているエスカの脇腹に地面から這ってきた尾のバイソンが噛みつこうと迫ってくる。
ザヴァン!!!
ひゅるひゅるひゅる!!
エスカは冷静にそれをもう一つ持っている短剣で首ごと切り落とした。
ガバァ!!!
ライオンの口からファイヤーボールが吐かれる。
ドッゴァン!!!
それをスノウは螺旋の拳撃で叩き落とした。
「油断したな」
「私の反撃を邪魔しておいて偉そうに言うじゃないか」
「設定忘れているわけじゃないだろう?」
そう会話しながらスノウからエスカにスイッチして剣でライオンヘッドに目掛けて突き立てる。
ズバァ!!
見事にヒットし、ライオンの目は潰されてしまう。
「ぎいぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁ!!!」
キメラは顔を天井に向けて叫んだ。
その姿は目は潰され、尾は切られ、脇腹は抉られ内臓が飛び出ている状態だ。
その叫びによって力みがあったのか、傷口から血が噴き出る。
「一気にたたみ込むぞ」
エスカはさらに間合いを詰めて剣の連撃を繰り出す。
ズバババババン!!!
キメラの喉や手足には無数の切り傷が刻まれて血がさらに噴き出る。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ソニアもすかさずヒートウェイヴを繰り出し凄まじい高熱の爆風のような熱波
がキメラ目掛けて放たれる。
あまりの高熱にグリフォンの翼が燃えボロボロになってしまった。
「あがががががぁぁぁぁぁぁ!!!」
「今度は私です。狂炎豪来!」
シルベルトの両手からまるで複数に放出された消防の放水のような炎の線がキメラを襲う。
手や胴に炎のレーザーが直撃にその身を溶かし抉った。
「がかかかかかかかか!!!」
あまりのダメージの激しさに悲鳴をあげて逃げ出すキメラ。
「追いましょう!」
シルベルトは逃げ出すキメラを追おうとする。
「いや、待て!!」
スノウは思わず呼び止めた。
「な・・・なんだ?!」
一同は驚愕した。




