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<ゲブラー編> 31.グンターン一家

31.グンターン一家



(グリエル・・・)


青髪少年はグリエルの亡骸を背負って歩いていた。

どうやら家に向かって歩いているようだ。

目に涙を溜めながら、ゆっくりと頼りない足取りで一歩一歩足を前に進めている。

その度に地面に涙がこぼれ落ち土の中に染み込んでいく。


・・・・・


・・・


青髪少年は農場エリアを通りながら1時間ほど歩き続けた。

徐々に何かが回転しているような機械音が聞こえてきた。

農場エリアを抜けると、外壁沿いに100メートル四方ほどのひらけた場所に出た。

青髪少年は目線をその中心にポツンと建っている家に向け明日を進めた。

その家には煙突のようなものが付いており、そこから黒い煙が出ている。


ドン・・・ギィィィ・・・


バタン・・!!


「おかえり遅かったじゃねぇ・・どうした?!」


ドアを開けるなり力尽きたように倒れ込む青髪少年。

背負っていたグリエルと呼ばれた少年の亡骸もその場に力なく倒れ込む。


「おい!おい・・・お・・・」


薄れゆく意識の中で青髪少年は涙を溢れさせながら心の中で “ごめんなさい” を繰り返していた。


・・・・・


・・・・


「う・・・うぅ・・・」


「おお!目を覚ました!」


「テスレンは無事じゃったか!」


「うぅ・・はっ・・グ・・グリエル・・・」


テスレンと呼ばれた青髪少年が横に目をやるとベッドに寝かされているグリエルがいた。

ベッドに寝ているグリエルを見て生きているのではと一瞬希望を持ったが、その顔の色は透き通るような白で、かつてのように剣技を競い合ったり、農場エリアを走り回ったり、冗談を言って笑いあったりすることはできないのだと理解し、涙が溢れ出した。


「テスレン!一体何があった?!グリエルはどうして・・・どうして!!」


「待てエイジ・・・テスレンの回復が先じゃろう?この子まで死なせる気か?」


「だってよう・・・」


エイジと呼ばれた二十歳くらいの額にゴーグルをはめている金髪の青年は溢れる涙を服の袖で拭いながら突然起こった悲劇を整理できず混乱していた。


そんなエイジを見ながら、罪悪感が込み上げてきたテスレンと呼ばれた少年はあまりの精神的苦しさから体を横にして吐いてしまった。


「少し休ませてやれ。理由を聞くのはその後じゃ。急いでもグリエルは戻らん」


「だがよう、じいさま」


「分かっている。どこぞの誰かの仕打ちならそれを許す道理はない。家族を、仲間を傷つけられて黙っているやつは蘇虎の一員ではない。ワシの師匠に誓ってのう・・・」



・・・・・


・・・


翌朝。

目を覚ました青髪少年テスランは上半身を起こし周りを見回した。

自分の寝ている足元にはエイジが突っ伏して寝ており、夜通し看病してくれたことが伺えた。

その光景を目にし、夢ではなかったのだと思い横を向くとグリエルの姿があった。

透き通る素肌からその体は動かないことを思い知らされる。

その横には自分を育ててくれた老人がグリエルのベッドに突っ伏して寝ていた。

しばらくすると、老人が目を覚ます。


「おお、テスレンよ。目を覚ましたか」


そう言うと、少ししんどそうに立ち上がり、ベッドの横にあるボットのような形状物体の下に付いている円柱状の機械のようなものに炎魔法で火をつけた。

中には木炭が入っていたようで、円柱状の機械はヒーターの役割だった。

しばらくすると温められたボットの中身がグツグツと沸騰したような音を立て始める。

老人はそれを横に置いてあるマグカップに注ぐとテスレンに差し出した。


「さぁ飲め。少し熱いかもしれんからふぅふぅして飲めよ」


テスレンはまだボーっとしているのか無言でそのカップを受け取りすすり始めた。

老人は窓から外を見たあと、元の椅子に座ってテスレンを見つめた。

テスレン少年は熱かったのか少し眉を顰めながら飲み物をすすっていた。

少しずつ意識がハッキリしてきたのか徐々に今の状況に感情が追いついてきたことで目から涙が溢れてきた。

嗚咽と共に溢れる涙。

その声でエイジも目を覚ました。

起きているテスレンを見て慌てて何が起こったのか問いただそうと身を乗り出すエイジの腕を老人が掴んで制した。

老人は小さく首を横に振り、エイジはそれを理解して椅子に座って腕を組んで黙った。


「さて、腹空いたろう。飯でも作ってくるかの。今朝はあの気まぐれ鳥のやつ卵産んどってくれたらいいんじゃがな。ふぁふぁふぁ」


そういうと老人は重い腰を上げて立ち上がる。


「じいさま、俺が行ってくるよ。今日の当番は俺だ」


「そうじゃったな。じゃぁ頼んだよ」


・・・・・


・・・


朝食を取る3人。

いつもは4人でうるさいほど会話や笑いの絶えない食事が、今朝は異常なほど静かだった。

いや、何かが回っている機械音がうるさいので4人の会話や笑い声が自然の大声になっていただけなのだが、今朝はその機械音さえ静けさを誤魔化してはくれなかった。


食事を終え、一息つく3人。

テスレンは気付るかのように両手で自分の頬を叩いた。


「じいさま、エイジ兄ちゃん」


「ああ」


「グリエルに何が起こったのか、昨日俺たちに何が起こったのか聞いてくれ・・」


テスレンはゆっくりと話始めた。


・・・・・・・・・・・・・


グリエルとテスレンはいつものように木剣で剣闘の訓練をしていた。

祖父からの教えで、“男たるもの人の役にたて、そのためには強くあれ” とあったため、暇を見つけては2人で剣闘の技術を磨いていた。


すると突然馬に乗った10名ほどの男達が現れた。

その中心にいる黒いハットを被った男が話始めた。


「よう・・グンターン家のところの倅たちだな?」


「そうだけど」


「家に何かようでもあるのですか?」


青髪のテスレンはぶっきらぼうに、金髪のグリエルは礼儀正しく答えた。


「いやね、この街の領主様がな、いい加減あんた達に出ていってもらわないとって仰ってるのは知ってるな?」


「僕たちは出ていきません!この地で蒸気機関を更に発展させて人の役に立つ技術を作り続けなければならないんです!」


「そうだよ、そのおかげでこの農地がこんだけ楽に農作業できるようになったんじゃないか!」


「あぁ、それぁ感謝してるぜ。いや俺たちが感謝してるんじゃねぇ。領主様がそう仰ってるんだがな」


「だったら!」


「あーあー、だけどよぉ、それももう20年前の話らしいじゃねぇか。それ以降大した功績もなく、騒音撒き散らしているだけの何の役にも立たないボロ屋じゃねぇの。そりゃぁな?あんときは感謝したさぁ。いや俺たちが感謝してるんじゃねぇ。領主様を始め農家のみなさんが感謝してるって仰ったんだがよ」


「ボロ屋じゃねぇ!」


「あっあー、間違えた。感謝してるじゃねぇな。感謝してた!だ。20年も経ちゃ感謝の気持ちも十分溜まってお釣りがくるってもんだろう?つまりはだ!お前らの功績に対する感謝の気持ちは既に全額お支払いしましたってことだわ。いやお支払いっつっても実際に金払ってるわけじゃねぇけどな、カカカ」


「技術研究には時間がかかるんです!これからの10年のみんなの生活が豊かになるように。そんな簡単に新しい技術は生まれない。音は確かにご迷惑をおかけしているかもしれませんが、それ以外は何のご迷惑もおかけしていないと思います!」


「あぁ?!ご迷惑かけていないだって?お前なぁ。はぁ・・・。こんだけの広い土地を使っておいて迷惑かけてねぇとか勘違いも甚だしいぜぇ?これだけの土地を農地化したら領主様はどれだけ儲けられるかって話だ。それでこの世界の人たちにより食料を供給できることになるわけなんだが、お前達がどかねぇからそれもできてねぇ。つまりお前達は領主様やこの世界全体に迷惑かけてんだよ」


「なんだって!?」


「屁理屈だろ。大人は屁理屈ばっかりだな。俺はそんな大人にはならねぇ!」


「何?!小僧の分際で」


今まで喋っていた黒ハットの男の隣にいる者が声を荒げる。

それを黒ハットの男が手を軽く上げて制する。


「まぁ落ち着け。領主様も無慈悲な方じゃねぇ。もし条件を飲めば立ち退きの話は無しだと言っている。いや俺じゃなく領主様が仰っているんだがな」


「な・・その条件とは?!」


「グラディファイスに出ることだよ。偶然だがよ、領主様んとこの坊ちゃんのググント様がな、こんどまた試合に出られるんだがよ、あまりの強さで相手がいなくてな」


「!!!」


「それに出てくれりゃぁ、今回の立ち退きの話は無しにしてくれるって言ってんだ。いや俺じゃねぇよ?領主様が仰ってるんだがよ」


「くっ!!」


ふたりはその意味をよく分かっていた。

現領主はヘクトルに忠誠を誓っており、彼の威を借りこのジグロテで権力をほしいままにしていた。

この街で領主一族に逆らえるものはおらず、みな完全なイエスマンであった。

領主に逆らう者を悉く領主の指示のもと、イエスマンたる農民や商人などこの街の住人に粛清させてきたこと、そしてその粛清をショーとして行い見事に華々しく粛清した者は領主によって要職に召し抱えられる徹底ぶりだったことからこの街の住人のほとんどがアムラセウムで見たような狂気じみた感覚の人間になってしまっていたのだ。

そのため、領主に逆らうことはこの街では死を意味していた。


当然黒ハットから出された試合に出れば立ち退きを免除という殺し文句も本当かどうか怪しかった。

領主一族が法であり、領主一族の気まぐれによってその法はコロコロ変わっていたからだ。

だが2人にはその申し出に縋るしかなかった。

自分たちを育ててくれた大恩ある祖父や兄を少しでも助けたいという思いだった。

特にテスレンには祖父や兄のエイジ、グリエルとの血のつながりはなく、元々は使用人の子だったが両親を不運の事故で亡くして以降、使用人として住まわせてもらう意思を示したが祖父が自分の孫になれとエイジ、グリエルと同様に孫として育ててくれた返しきれない大恩があった。


そのまま試合会場に連れていかれるふたり。

だが、闘技場内に入るや否や、恐ろしいアナウンスが流れる。

まずは持っている木剣を武器にふたりで戦えというものだった。

当然その後の展開は読めた。

このグリエルとテスレンの試合の勝者が場を盛り上げるための生贄として領主の息子であるダックタイガーと対戦するというもので、ダックタイガーとの対戦はつまり、この場での惨殺を意味していたのだ。


グリエルとテスレンは、2人でダックタイガーと戦うならあるいは上手く死を免れるような戦いもできるのではと一縷の望みを持っていたが、無惨にもその希望は打ち砕かれ、且つ引くに引けない、逃げるに逃げられないこの状況で、相手を死なせないために自分が勝つしかないという状況に置かれていた。


戦いが始まり、拮抗している実力は勝負がつく前に時間切れのブザーを鳴らし、結果自分を庇ったグリエルが無惨にも領主の息子であるダックタイガーの槍に何度も貫かれて命を落としてしまったのだった。

テスレンはその際に突如現れた鬼神シュテンの話もした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・



ドン!!!

ガガァン!!!ガッシャーン!!!


「ゆるせねぇ!!!」


エイジはテスレンの話を聞き終えた瞬間にテーブルを叩いた。

その瞬間テーブルは真っ二つに割れ、食器やカップが床に転がった。


「あいつら!元々はじいさまとひいじいさまが居なかったらあんなでけぇ顔できなかったはずなのによ!」


「そうじゃな・・・。わしとおやじが作った蒸気機関の治水器や食材加工器がなけりゃこの街はここまでにはならんかったからな。いわば一緒にこの街をでっかくして来たんだが・・・。ここにおるのもどうやら潮時かもしれん」


「じいさま!何で俺たちが出ていかねぇとならないんだよ!じいさまたちとの誓い破ったのはあいつらじゃねぇか!」


「いや、前領主のフェンダルが死んでからこうなる事はわかっておったんじゃ。あいつはとは子供の頃から一緒に遊んどって、ふたりでこのジグロテをゾルグ一栄えている街にしてやろうと誓ったんじゃが、養子でやって来たガーランデが領主になって以降変わってしまった。確かに街は栄えた。じゃが、それも一時のこと。商売で私腹を肥やし始めて以降、もうこの街の1人の英雄として見られておった蒸気機関を発明したワシらグンターン一家は邪魔になったという事、いよいよ潰しにきたということじゃな・・・」


「だからって黙って去るのかよ!こっちはグリエルを殺されたんだぞ?!」


「勝てると思うておるのか?!こっちはたったの3人じゃぞ?ワシらは技術者じゃ。戦士じゃない」


「何言ってんだよ!かつてはエンブダイ・グラディファイサーとしてルデアスまで上り詰めたじいさまが弱いわけないじゃないか!それに俺だって戦える!」


「ダメじゃ!戦いはお互いを尊敬し合って己を磨いていくものじゃ。だがお前のやろうとしている事は戦いじゃない。殺し合いじゃ。そこからは何も生まれん。もう一度言う、へんな気を起こすなよ?ワシらは技術者じゃ。人の役に立って始めてワシらの生きる意義があるというもの。わかったな?」


「くっ!!!じいさま!いつからそんな弱々しくなっちまった?!昨日は、どこぞの誰かの仕打ちならそれを許す道理はない。家族を、仲間を傷つけられて黙っているやつは蘇虎の一員ではない。師匠に誓ってっていってじゃないか!!」


「相手が違う。懲らしめるレベルでかたのつく話じゃないんじゃよ!わかってくれ孫よ!」


「そんなもんわかるか!!くそ!!」


ドン!!


エイジは思いっきり扉を蹴り飛ばし外に出て行ってしまった。


「誰よりも家族や仲間を思う様は師匠にそっくりじゃな・・・」


・・・・・


・・・


「兄ちゃん・・・」


「ああ、テスレンか・・・」


「俺のせいだ・・・すまねぇ兄ちゃん・・・」


「何言ってんだ。お前はグリエルに勝たせないように必死に戦ったんだろう?力はお前の方が上だが、剣の技術はグリエルの方が上だった。いつもの練習じゃぁ互角だったかもしれねぇが、お前たちが戦った場所は実戦だ。じいさまが言っていたが実戦では力よりも当てる事の方が重要だってことだ。つまり技術で勝っているグリエルの方が実戦では有利だったって事だ。そんな緊張感ある場で互角だったってのはお前が頑張った証拠だよ」


「兄ちゃん・・・」


「しかし俺ぁどうすればいいんだろうな・・・情けねぇよ、大事な弟が殺されて何もするなと言われ、こんなところでしょげてるだけなんだからな・・・」


「兄ちゃん俺・・・、あの場で神に祈ったんだ。ミトラ神に。そしたら鬼神さまが現れたんだよ。後ろからしか見てなかったから顔はわかんねぇけど、すげぇ力だった。いきなり雷がズドン!!って落ちて来て、最後には空に真っ赤に燃える火の玉ができてそれが爆発したんだぜ?だから・・・」


「まさか、あの領主んとこのクソ野郎のところに言って鬼神さまとかに祈ろうってんじゃないだろうな・・・やめとけ。鬼神かどうかもあやしいし、そもそもお前の祈りで来たんなら遅すぎやしないか?どうしてグリエルが殺される前に来なかったんだよ・・・。そんな夢みたいな話を信じてへんな気をおこすんじゃねぇぞ?わかったな?きっとそれは幻覚だ」


「・・・・」


・・・・・


・・・


諦めきれないテスレン少年はその日一日中祈り続けた。

だが鬼神は現れる事はなく日が暮れようとしていた。


(なんでだよ・・・。俺の祈りで来てくれたんじゃないのか?もしかしてグリエルが自分の命と引き換えに鬼神さまを呼んだのか?・・・いや、既にあのクソ野郎に殺されていた・・・。どうすればいい・・・。あの時・・たしか観客席の方から現れたような・・・)


「そうか!!」


テスレン少年は何かが分かったという表情を浮かべてすぐさま家を飛び出し街の方に走っていく。

農場を抜け街エリアに入る。


(おそらく鬼神さまは現在人間に化けているんだ。そしてその場で起こる理不尽な出来事に鬼神の裁きをお与えになるんだ!そうに違いない!あの忘れもしない後ろ姿と雰囲気、絶対に探し出してお願いするんだ!この街の異常な状況をどうか変えてくださいって!)


それから2時間ほどテスレンは走り続け、昨日見た鬼神の後ろ姿を探した。

だが、見つかることはなくブーツもすり減って血が滲みヘトヘトの足も限界に達していた。


(俺の・・・思い過ごしだってのか・・・くそ!!)


悔しさのあまり泣きそうになる。

涙と疲労で目が霞む。


「グリエル・・・」


下を向いて悔しなきしているテスレン。

ふと顔を上げると目の前を歩く3人の姿が見えた。

1人は女性。

もう1人も長い黒髪の女性だがなぜか目隠しをしているのに普通に歩いている。

そしてその2人に挟まれて真ん中を歩いている背中に驚く。


(鬼神さまの化身!!!)


昨日見た後ろ姿とそっくりな容姿の人物をついに見つけたと足から血が滲み棒のような状態となっている足を動かし、前を歩いている3人の前に出る。


「!!!」


テスレンは驚きのあまり声を失った。

目の前に見えたのは想像していた鬼神のそれはなく、狐のような面だった。

やっとの思いでたどりついたと喜んだのも束の間、全くの別人である事がわかりテスレンはその場で膝をつく。


「くそ・・・どうして・・・」


「どうかしたのかい?少年」


「あ・・いえ・・なんでもないです・・」


そう言うとテスレンは足を引きずりながら別方向に歩き出す。

隣にいた女性が狐の面の男に耳打ちする。


「少年、何か困っていることでもあるのかい?私たちはこれから夕食なんだがよかったら君も一生にどうかね?困っている事があるなら食事をしながら相談に乗るが」


「・・・」


どう対処してよいかわからない中、目隠ししている女性の腰に剣が見えたのを見て、目隠ししているのに平然と歩いていて剣を持っていることからどこかなの通った剣士なのではと期待し、藁にもすがる思い出首を縦にふった。


・・・・・


・・・


「私の名はカムス。地方の出だ。こちらの者はソニア。私の従者をしている。そしてこの目に布を当てている者がアン。私の用心棒をしている」


テスレンは目の前に座っている狐の面を見ている。

狐という単純な表現では語れない美しく強く凛々しい威厳ある表情に思えた。

単に豪華な装飾というものではない、何かとてつもない何かが宿っているような、そんな感覚を覚えさえした。


「ああ、すまない。この面は取れないんだ。昔魔物との戦いで顔にひどい火傷を負ってしまってとても人前で見せられるような状態じゃないんだ。と言っても気にしているのは私だけかもしれないがね。因みに食事中は口元だけ開く形になるので安心したまえ」


「あの・・・どうして俺なんかを食事に誘ってくれたんですか?」


「我が主人は困っている人を見過ごせないのです。あなたが何かとてもお困りの様子でしたのでお呼びとめしました」


「そ・・そうですか・・。ありがとうございます・・。そちらの目隠ししてる人は?」


「ああ、こちらも変に感じてしまったかもしれないね。彼女は目が見えないんだ」


「ええ?!でもさっき普通に歩いてました・・」


「ははは、そうだね。変に見えるね。彼女は目は見えないのだが耳や鼻や手触り、肌の感触で空間を読み取って問題なく行動しているんだよ。目が見える人よりもよく聞こえ、よく嗅ぎ分け、鋭く雰囲気を感じとる事ができる。不思議かもしれないが、生活に支障がないばかりか、用心棒をつとめられるほど剣を使わせたら強い」


「!!!」


驚くテスレン。


「旅人のみなさんにこんな事お願いするのも申し訳ないんですが、どうか俺の願いを聞いてくれませんか?!」


テスレンは事情を話した。

そして最後のこう付け加える。


「どうか!俺たちの!グリエルの無念を晴らしていただけませんか?!」


しばらく考えていた狐面の男はテーブルに置いている手を組んで話始めた。


「あなたの話には同情する。いいでしょう。このアンがあなたの兄弟の命を奪った者と戦って倒して差し上げる。だがね、一つだけ聞かせてほしい。君はそれで満足かい?」


「・・・満足では・・・ないです・・・。本当は自分でグリエルの仇を取りたい・・・それに俺がやらなきゃ、本当の意味で俺たち家族への嫌がらせは終わらない・・・でも俺にはそんな力無いんです・・・情けないですけど・・・」


「なるほど。確かにその通りだね。根本解決にはならない」


「それともう一つ。その兄弟を殺した相手だけど、殺したいかい?」


「もちろん!!刺しまくって苦痛に歪む顔をみてあの世でグリエルに詫びろって言ってやりたい!当然あいつは冥界に行くから天国にいるグリエルに会う事はないかもしれないけど!」


「仮に君がその卑劣な相手と同様に冥界に落とされるとしても?」


「どういう事ですか?」


「いやね、私は死後の世界のことはわからないけど、卑劣な手を使って君の兄弟を殺したその相手も、私の用心棒を使ってその相手を殺そうとしている君も大して変わらないと思っただけだよ」


「全然違う!俺は楽しみのために人を殺したりはしない!自分の欲を満たすだけの人殺しなんて頼まない!」


「そうか。失礼した。じゃぁ君のその感情は自分の欲を満たす、というものではないという事だね?」


「もちろんです!これはあいつの!グリエルの仇打ちだ!」


「そうか・・・」


一呼吸間を置いて狐の仮面の男は言葉を発した。


「わかった。君の気持ちもわかった。確か相手は対戦相手に苦労していると言ったね」


「はい!どうせ対戦相手は無惨に殺されるだけですから、自分たちの不都合なやつらとか、奴隷とかを買って来てあの場に立たせるしかないんです。ただ、最近そういうのも中々手に入らないみたいで試合数も減って来ている感じです。だから飛びつくと思います!」


「なるほど」


そう言うと、狐面の男はソニアと呼んだ従者に耳打ちした。

何か指示を出しているようだった。


「このアンがその仇討ちを助ける事になるが、君も来てくれるかい?」


「もちろんです!俺の兄ちゃんやじいちゃんも呼びます!」


「わかった。段取りがついたら連絡しよう。どう連絡をすればよいかな?」


「俺ん家は農業エリアの奥のこのあたりにあるんです。グンターンって名前なんですが、そこに手紙を出してもらってもいいですし、直接来てもらってもいいです。お手数ですけど・・・」


テスレンはテーブルに指で地図らしきものを記しながら説明した。


「了解した。東の外壁、このあたりだね」


狐面の男もその示したところで指をさして確認した。


その後食事を済ませテスレンは3人と別れて帰宅した。


・・・・・


・・・


―――翌朝―――


昨日あった従者の女性がテスレンの家にやって来た。


「グンターンさんのお宅でしょうか?」


「はい、そうですけどぅあ!!」


出迎えたエイジは突然の女性の来客に顔を赤らめた。

ほぼ女性と話をした事がないエイジにとって、女性は憧れの対象で何よりも大切に持てなし、何かがあれば全身全霊を持って守る存在だと祖父から教えられていた。

だが、免疫がないせいか突然の女性の登場に意識が空回りし情けないほど狼狽えていた。


「こちこちこちらへどうどうぞ!」


昨日破壊したはずのテーブルは既にエイジが綺麗に直しており、そこへ女性を案内して椅子を引いて座らせる。

その際、震える手の振動で椅子がカタカタ鳴っていた。


「そそそそれでどうどうどう言ったご用件件でしょうか?」


吃りすぎていて落ち着いて聞かないと何を言っているかわからない。


「こちらにテスレンさんという青い髪の方がいるかと思うのですが、その方に用事がありまして伺いました」


「え?!そそそそうですか!テテテテテスレン!!!お客様がいらしてるてるぞ!」


「なんだ兄ちゃん、機械でも触りながら喋ってんのか?何言ってるかわかんねーぞ?」


そういって奥の部屋からテスレンがやって来た。

女性の顔を見るなり驚く。


「!!!ソニアさん!!!」


テスレンがソニアさんと呼んだその女性は本日14時にアムラセウムにてお約束を果たすと告げて去っていった。

テスレンは表情を固くしながらも目に涙を溜めていた。







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