<ホド編> 2 人口海上都市と異端空想
2.人工海上都市と異端空想
「働くっていっても一体何をすればいいんだい?」
「んぁ、さっきも言ったろう?俺たちは飛翔石を探している。どうやらそれはダンジョンにあるらしいんだがよ、いくら探してもみあたらねぇ。ただ、ダンジョンには様々な仕掛けがあってな、にーちゃんみてーな変わったやつの感覚ってのも必要だと思ったんだ。つまりだ!一緒にダンジョンに入ってもらって飛翔石探しを手伝ってもらうってことだな!はっははー」
(これはつまり、何もわからないまま放り出されてやがて餓死するのと、ダンジョンで死ぬのと大して変わらない状況ってことじゃぁないか‥‥いやダンジョンに行った方が早死にするかもしれない‥‥はぁ、おれのこの先の人生はどうなることやら‥‥しかし、生きていく術を身につける必要はあるし、それを1人で探すのと誰かに教わるのとでは随分違う。ここはその飛翔石探しってのを手伝うしかないな。その中で自分1人で生きていく術を身につけよう‥‥)
スノウは早くもこの世界に馴染むべくポジティブな思考になっている。
「それじゃぁ、にーちゃん。まずはそのわけのわからねぇ服装からダンジョン探索できる装備に替えねーとな?」
(そういえば、おれの服装は会社帰りでスーツだしな)
年齢は若くなったが、服装は変わらずだった。
流石にこの格好でダンジョンって、サンダルで富士山登るようなものだ。
しかし、装備といっても、お金がない。
(ってかホドフィグだっけ?当然お金は使えないな。そうそう、今更ながら持ち物を確認しよう)
スノウはポケットなど何かものが入っていそうなところを全て弄って確認する。
・財布:免許証と37,218円、クレジットカード
・圏外で繋がらないスマホ。すでに充電も切れている
・ハンカチ
・見たことのない指輪
(金は見せない方がよいだろう。どこの通貨か問いただされるとしんどいし、まずこの世界ではホドフィグという忠誠心が通貨代わりだからそもそも紙幣やコインに意味がない。スマホも充電残っててもどうせ役に立たないだろう。しかし、この指輪はなんだろう。自分のものではない。どこかで紛れてポケットに入ったとは考えにくいから、おそらくおれをこの世界に連れてきた富良野さんがポケットにしのばせたと思われる‥‥何のために‥‥?)
「なにジャラジャラやってんだ?スノウ」
「アレックス 、すまない。おれ装備買うことできない‥‥」
「はっははー、知ってるよ、空から落っこってきてホドフィグたんまり持ってますって方が気持ち悪いぜ!にーちゃんにはくそったれタトゥはねえし、そもそも元老院信者をこのヴィマナには入れねぇ!気にするな、これでも世界中を旅しているんだ。お前の装備揃えるくらいは簡単だ。ただし慈善事業はやらんからあとで体で返せよ?はっははー」
(豪快と思わせてしっかり ”せこい” 。というか体で返せって‥‥‥‥言い方な!)
しばらくして振動が止んだ。
ヴィマナが止まったようだ。
どうやら最寄りのホドカンという居住区に着いたらしい。
「よし、ホドカン<蒼市>に着いたようだな!に行く前にクルーを紹介するぜ、ついて来いよ」
(おお、そうかまさかこいつ1人でこのヴィマナ動かしているはずもないな。しかし、受け入れてもらえるか不安だな‥‥しんどい)
やっぱり『人』を相手にしなきゃいけないのかと、スノウはため息つきながらうんざりした表情を見せる。
日本でサラリーマンをしていたついこの間まで人との関わりを極力避けてきたからだ。
夢ではないかと思われるこのSFのような世界に来て何か変わる期待感が心のどこかにあったスノウだが、どこへ行っても人との関わりが切れない事に改めて現実を突きつけられた気がした。
(最近自己紹介したばっかりなのにツイテナイな‥‥)
黒曜石の廊下やエレベータを乗り継ぎコックピットのような部屋に着く。
そこには乗組員が5名なにやら計器をいじっていた。
「よーおまえらー、蒼市に着いたようだな」
「えぇ、若」
渋い声で紳士のような雰囲気の男性が応える。
「ねぇアレックスボウヤ、その横のボウヤはなぁーに?新しい奴隷?それなら私がこきつかっていい?ウフフゥー」
操舵類の計器が並ぶ前に座っている女性の声がそう告げる。
見た目はなんというか形は人のようだが、肌がシャチというかイルカというかツルツルした感じで白い。
おもむろにあげた手はヒレのようなものに親指がついている感じのまさに海洋哺乳類のそれだった。
(これがファンタジーに出てくるデミ・ヒューマンというやつだろうか‥。ちなみに顔は‥‥肌質は置いておくとして‥‥‥美人だ‥‥イルカ的に)
亜人でありながらスノウの居た世界で言うところのいわゆるスタイルのよい女性だった。
その横で突き刺さるような目線を感じる。
長い髪から長い鼻というか口がのぞかせる狼のような顔した人、いわゆる獣人と言われる類いの人種だった。
何も言わずに鋭い目線でスノウを睨んでくる。
(うぇぇ、なんなんだよ‥‥)
後ろにはヴィマナ全体を写した画面を見ながらなにやら色々とチェックしている小男がいる。
「スゲルオ異常なし、ゲセトーゼ異常なし‥」
色々とチェックしているのを見るとどうやら機関士のような役割らしい。
船のチェックで忙しいのか、イルカの亜人女性がスノウについて話しているのに見向きもしない。
中央の椅子に座って足を組み艶かしい雰囲気でスノウを見る女性がいる。
綺麗な薄金色の長い髪から飛び出ている耳が見える。
(おぉ、もしかしてエルフってやつかな!)
ファンタジーの代名詞みたいな種族を目の前にしてスノウの心に感動がこみ上げる。
「おいー、ニンフィー、許可なく俺の船長イスに座るなよ。あぁ、こいつはスノウ。例の空から落っこってきた奴だ。何やら俺の身の上話に感動して飛翔石探しに付き合ってくれることになった。しばらく一緒に旅をすることになるからな、みんなよろしくたのむわ」
何やら雑に伝わってしまったようだった。
「スノウ!!」
「スノウだって!?」
「そういや何処と無く似てる気がするな‥‥」
皆スノウの名前にざわついている。
「まぁこまけーことは気にするな!そうだな、俺のクルーを紹介しねーとな。このおっさんがエントワ。副船長だ。俺がいない間はエントワがこのヴィマナの指揮をとる。この中でも一番まともだ。おまけに強ぇぞー!」
「スノウ殿。エントワです。以後お見知り置きを」
(見るからに紳士!素敵な髭ダンディズムだな)
「そんでその横の女がロムロナ。見ての通りイルカの亜人だ。超一流のサディストで操舵手をやってるが、操舵の腕も超一流だ。」
「いやーん、何その紹介。いい加減眉間に釘さすわよぉ?アレックスボウヤ?」
(サディズムも操舵技術も超一流なのでしょうね‥‥)
「そしてその横の睨みきかせてるのがシルバーウルフの亜人、ワサンだ。眼光鋭いが単なる口下手だ。ただ戦闘はピカイチだぜ?ダンジョンでの戦闘指導はワサンに頼もうと思ってる」
ギロリ!
(おいおい、そんな睨むなよ。っつーか何かコメントしてくれ。読めなすぎて怖えぇよぉ。それに戦闘訓練ってさ、こんな怖えぇのに教えてもらうとかないわー。下手したら訓練で食われそうだし‥‥まず言葉喋れんのー?)
「そんでそこの小男がジョルジュ・ガース。機関士だ。この船を一番よく知ってる。おい!ガース、挨拶しろよ!」
「わしの名前はジョルジュ・ガッシュ ガス!ガースじゃないガス!あ、いや、ザマス!今忙しいザマスよ。この間の海竜との一戦で損傷した箇所の部品を確認してたんザマスけど。」
(ザマスって‥‥しかも思わずガスって言っちゃったよって顔して‥‥何なんだこの爺さん。明らかに言葉遣いが変なジイさんだな。あまり関わらないようにしよう。面倒なことに巻き込まれそうだ)
「圧力操作の部品は替えを持っといてくれよ?次にあの海竜とであったら次は軽傷じゃすまねーだろうからな。海中ひきづりこまれて圧死だけは避けたい」
「わかってるガス!あ、いやザマス!ガキが口出しするんじゃないザガス! ぶつぶつ‥‥ガスガス‥‥」
「お前さー、俺一応キャプテンだぜー」
ポイポリとあたまを掻くアレックス。
「そして最後がおれのキャプテンチェアに図々しく座る女、医者のオンディーヌだ。みんなニンフィーと呼んでる。珍しく、エルフと精霊のハーフだ。つーかいい加減俺のイスからどけよぉ!」
(精霊とのハーフ?!何かのゲームでは精霊って精神体みたいなイメージだったけどハーフっていうくらいだから、いわゆる交わり的なやつが成立するって言うことか。そもそも精霊がいるってことなのね。いったいどれだけの種族がいるのか、この世界‥‥)
一人一人に勝手にネガティブな感想が出るスノウ。
はたして打ち解けられるだろうか‥‥そんな不安がスノウの頭の中に渦巻いている。
(そういやダンジョンってよくある魔物的なものもいるのかな。そっか、さっき亀との戦闘の話で船騎隊が魔物や海獣から人類を守ってるって話があったから、魔物はいるんだな。そうするとやはり死なない装備は必要だな。その前にあの狼のワサンに食われそうだが‥‥)
「ということでいろんな種族の寄せ集めだが、みんな気のいいやつらだ。よろしくなぁ!みんなもよろしく頼むぜぇ!」
「スノウです、これから飛翔石探しを手伝うことになりました。よろしく‥‥」
(てか、アレックスは人間なのか?ダンディー・エントワとガースは人間だろうけど)
「さて、にーちゃん、エントワとワサンと一緒に蒼市内のショップで武器と防具を購入して来な?エントワ、ワサン、にーちゃんに合う装備を見繕ってくれ。にーちゃんの特性はまだ分からねーから初心者レベルで構わねーと思うがおまえらに任せる」
「承知した、若」
「‥‥(ギロリ)」
(まーじかー!)
「ははは(汗)、よろしく、エントワさん、それとワサン‥‥さん」
・・・・・
・・・
アレックス一行とスノウは小型のボートに乗り、ステーション 蒼市と呼ばれる巨大な建造物に足をふみいれる。
目の前に巨大な塊が広がる。
数え切れないほどの石造りの建物が並び一つの大きな街を形成している。
街並みはまさにファンタジー世界にある中世っぽい感じでむしろ違和感がない。
しかし驚きなのはその広大さで、これが陸地のない人工的な建造物とは思えないほどの広さだ。
「信じられない‥‥これが人の手で作られたのか?!」
思わず独り言のように驚きを隠せない言葉が出る。
「んぁ、そうだな。確かに馬鹿でかいな。しかし、これは今の技術力で作られたものじゃねぇよぉ。その昔まだこの世界に陸地があった頃に馬鹿でかい飛翔石で飛ばしてた飛行島だったって話だよ。それがなぜだか陸地がなくなったと同時に飛ばなくなって海に浮かんだ、というか海底に突き刺さったったらしい。だから島のそこから切削して海底にも水中街が広がったってわけだ」
「昔ってどのくらいだい?」
「なんでも2000年だか前って話らしいのよ?今となっては正確な歴史は分からずじまいね。元老院ボウヤたちを除いてはね?」
突然ロムロナが割り込んできた。
「でもねぇ、この世界に住んでるのは人族だけじゃないからねぇ。他にも知っている生き物がいるかもしれないわね?でもそんな話は街の中じゃご法度よ?スノウボウヤ?異端者として死刑になるからね」
「えぇ?!なんでそんな話をしただけで死刑?」
全く理解に苦しむ世界だ。
いや、元いた世界でも中世や戦国時代では時の指導者に従わない者を虐殺したり、宗教弾圧した話はたくさんあった。
自分が体験していないだけで人間の本質なのだろう。
そういう意味では元いた世界で人類は少し精神的に進んだ状態なのかもしれない。
「ああぁ、だってねぇ、この人口島の街を造ったのは中央元老院の祖先で、彼らが命を賭した極大魔法で海底火山の噴火を起こして島にしてそこに街を築いたってのがこの世界の常識になっていて、それがこの世界の宗教の根本だからね、スノウボウヤ。」
「だがなぁ、俺たちはそんな嘘っぱち信じてねぇ。俺の船のヴィマナが空を飛ぶように島も元々は空を飛んでいたのさ。マゴニアと呼ばれる空中都市は今じゃぁ想像できないほどの科学力と魔法力を合わせ駆使し、この世界を統べていたんだ。元老院のクソどもは絶対ぇ何かを隠している。バレたら困る何かとてつもない真実をな。だから永劫の土地だとニンジンぶら下げてこの世界のやつらを洗脳しているのさぁ」
熱の入った口調でアレックスが会話を取り戻し付け加えた。
「そう、だから会話には気をつけてねぇ?死刑だなんてつまらないでしょぉ?死刑にするくらいならあたしがじっくりひっぱったり、千切ったり、つぶしたりウッフフゥー‥‥ブツブツ」
(会話には気をつけよう。そしてこのロムロナという女にはもっと気をつけよう。それにしても魔法もあるんだな。きっとこの後魔法を使うやつも出てくるんだろう。そしておれはその魔法で死なないようにしなきゃならない‥‥ってことだな‥‥)
そうこうしている間に巨大な門に到着する。
ワサンが腰に下げた剣を少し抜き、太陽の光を反射させて、門番に合図する。
すると轟音を立てながら巨大な門が開き始める。
圧巻な光景になぜかやる気に満ちてくるスノウ。
すっかり死刑の話や魔法のことなど吹っ飛んでいた。
この後自分の人生を大きく変える出来事が待っているとも知らずに。




