<ゲブラー編> 27.ゾルグ王国首都 ジグヴァンテ
27.ゾルグ王国首都 ジグヴァンテ
スノウたちは首都ジグヴァンテの入り口を入ってすぐの大広場にいた。
中央には大きな噴水があり、周囲は炎魔法によるものと思われる綺麗な装飾の灯りがいくつもあり、噴水に鮮やかさを添えていた。
完全に夜になれば、その美しさは一際だろう。
街並みはやはり中世ヨーロッパを彷彿とさせる石造りの建物が所狭しと並んでいる。
店舗はさることながら家々にも装飾の施された炎魔法の灯りがついており、まさに絶景だった。
特に奥にそびえる巨大な城だ。
ティフェレトのドワーフ国も絶景だったが、それを超える絶景だった。
スノウはすんなり街に入れたことに少し戸惑っていた。
首都となると魔物や賊、または敵国の侵入を防ぐための門があり、厳重な警備がしかれているのが常識だったからだ。
(そんなに治安がいいのか。いやところどころに兵舎があっていつでも対処できるようにしているのかもしれないな。そういう環境だから治安がいいのか?)
スノウはそんなことを考えながら宿屋を探していた。
ソニアは炎色の単色ではあるもののきらびやかな街並みにキョロキョロとしながらうっとりしていた。
(やはりエスカにはソニックの存在を教えて交代できるようにしておく必要があるかもしれないな)
スノウはこのゲブラーでソニアの出番が多く負担がかかっているのではと心配していた。
ソニアに言えば否定することは明らかだったが、少し休ませる必要があると感じていた。
一方エスカは予定通り目隠しをしていた。
盲目のフリをしているため杖を持っているが、これは細身の剣が仕込まれたものだ。
どういう仕組みかは知らないがほぼ普通に見えているらしい。
本人曰く、こちらの方が聴覚や嗅覚、触覚が冴えて戦闘に向いているのだが、グラディファイスではやらないとのことだった。
道中スノウが問いかけたが、返答は圧倒的強さで勝負にならないためつまらないからだとのことで、スノウは聞いて損したと思い2度と聞かないと決めた。
「お!旅のお方かい?寄っていきなよ!そして酔っていきなよ!ウチにはジグナグ沿岸でとれた美味しい魚料理もあるし、ミザナで飼育された高級ミザナカウもある!そんでもって酒はジグロテ産のワインがあるからな!相性抜群ですから!」
「お客さん!ウチに来たらいいよ!エンブダイ大農場で今朝取れた新鮮な野菜を使ったサラダ、ジグロテ産ジューシーピッグのハムとコクのあるエールがたくさんあるよ!そこの別嬪さんには美容にもいいサラダをお勧めするよ!」
ソニアは完全に2軒目に行こうと決めているようだ。
一方エスカはこの世界でいうAランク牛に相当すると思われる高級ミザナカウとワインに惹かれている。
おそらく研ぎ澄まされた嗅覚が反応したのだろう。
一方スノウは食事よりまず宿屋だった。
いくつかの宿屋があったが、大きすぎず立派すぎず、だが小さすぎずという宿を探していた。
理由は仮面を外せないためだった。
仮面を外せば自分が雷帝スノウだと知れてしまい面倒なことになる。
セクトに釘を刺されている以上、下手な行動は怪しまれる。
怪しまれ試合でも組まれたら周遊も難しいだろう。
しかもその試合相手がヘクトリオン5、なんてことも有り得なくもない。
「ここが良さそうだ」
「スノウ、宿屋はどちらでもよいのではないでしょうか?むしろ金銭的には余裕がありますからあまり貧相な宿屋に泊らずとも良いのではないでしょうか?」
「おれがここにしたいんだよ」
「これは失礼しました。申し訳ありません。スノウに意見するなんて・・・」
スノウは語気を荒げてしまったことに気づき反省した。
喧嘩するソニアとエスカを連れて気遣いが重なってイラついていたのかもしれないと思った。
(おれがこんなことでイチイチイラついていちゃだめだ・・・)
「すまないソニア。声を荒げてしまった。きちんと説明しないとな」
「説明なんていらないだろう?状況をきちんと観れば自ずとわかるはずだ」
エスカが割って入ってきた。
ソニアはむっとするが、喧嘩はしないと誓ったためグッと堪えている。
「どういうことかしら?」
「スノウを見ろ。身分を隠して旅をしている。奇妙な仮面まで被ってな。そんな姿で目立つ場で彷徨いてみろ。すぐにあのヘクトルの配下の耳に入ってしまうだろう」
「くっ・・」
どうして気づかなかったのかと悔しい顔をするソニア。
「まぁいいよ。さぁチェックインしよう」
そうして3人は丁度よさそうな宿屋に泊まることにした。
「ようこそ戦姫亭へ!」
出迎えたのは爽やかそうな青年だった。
「部屋を3つ、とりあえず3日間でお願いできますか?」
応対はソニアの役割だ。
スノウは地方貴族で狩りの際、魔物に襲われ顔に傷を負ってしまったためその傷を治せる医者を探して旅をしており、ソニアその従者という設定だ。
そしてエスカは道中で出会った人物で、生まれながらにして目が見えない女性だったが視力以外の感覚を研ぎ澄まし剣術が優れいていることに感銘を受け護衛として雇った用心棒で、医者がみつかったら自分同様に治療をお願いするということで同行させているという設定だった。
これだけでも十分変わった設定で目立ってしまうが、一つの街に長くて3日と決めて旅をすることにし、なるべく話題に上がらないよう対応を取るルールとした。
「もちろんです貴族様。うちの中で一番いいお部屋をご用意します!」
「あと、その、わかりますね?我主人はあまり詮索されるのを嫌います。あなたも顔に無惨な傷があるとなればあまり人にとやかく言われるのは好まないでしょう?ですので、あまり詮索されないよう・・・。そして誰かに聞かれても上手く興味を逸らすように・・・お願いできますね?」
そう言ってソニアは宿屋が提示する5倍の値段を出した。
「もももももちろんです!決して!決して詮索しませんしさせません!」
「ありがとう。感謝します」
上手く立ち回ったソニアに感心し案内された部屋に入るスノウ。
3人別々の部屋をとれたため束の間の1人にホッとする。
越界したのはこれで3回目だ。
1回目は1人でホドに越界。
訳もわからず流されるままアレックスたちと行動を共にし、次第に仲間の絆で変わっていく自分を実感した。
2回目はエスティとふたりでティフェレトに越界。
その後、しばらくはエスティと2人での旅だったが、次第に仲間が増えていった。
いつしか自分がリーダーとして仲間を引っ張る役割を担い失敗しながら必死に進んだ。
そして3回目。
ソニア、ソニックと3人での越界だったが、ソニアックは優秀だったためこれまでさほど苦労はなかった。
自分の役割もリーダーではなく、一剣闘士で戦っていればよかった。
直感的にグラディファイサーの中では自分はかなり上位にいることは分かっていたし、この地で学ぶ技術や、それを実戦として活かせる場所が自分をさらに強くしていることも理解していた。
(少し楽していたのかな・・・)
スノウは3人で旅が始まったあとソニアとエスカのゴタゴタを自分が制している状況からリアルにティフェレトで悩みながら皆を率いていた状況を思い出し、重圧で気が滅入っていたのだった。
だが常にティフェレトのドワーフ国王、エンキ王の言葉が思い出されていた。
( ・・まぁ大いに悩め。悩み続けることしかできないからな・・ )
スノウはベッドに横たわって顔の上に腕を乗せて考えていた。
(甘かったな・・・。ソニアックだけだったら楽だったはず・・・って思ってたんだな。でもそれはあてのない旅だからそう思っていただけで、何か目的が生じた瞬間に目的と仲間を天秤に掛ける悩みは避けられない。甘かった。のんびり旅気分だったおれが・・・)
コンコン
ドアをノックする音が聞こえた。
「はい」
「スノウ・・私です」
「ソニアか」
「はい。お食事はどうされますか?」
「今日は遠慮しておくよ。エスカと行って・・と行っても困るか。申し訳ないが1人で
行ってきてくれ」
「私は大丈夫ですが・・・お体でも悪いのですか?」
「いや、大丈夫だ。ちょっと早めに休みたいだけだよ。心配はいらない」
「そうですか。では夜中にお腹すいてはいけませんので何かお土産に軽く食べれそうなものを買っておきますね。食べなくても明日の食料にすればよいですし」
「ありがとう」
「それではゆっくりとお休みください」
ソニアはスノウの部屋の前から去っていった。
―――翌朝―――
スノウはあの後、そのまま寝てしまったようで目を覚ますとテーブルの上に軽食が置いてった。
「ソニアか・・」
スノウは申し訳ないことをしたなと思った。
「おれがこんなんじゃ、あの優秀な2人に愛想尽かされるな。しっかりしないと」
スノウはシャワーを浴び、ソニアが買ってきてくれた軽食を平らげて1階の食堂に向かった。
気持ち新たにしたら昨日食べていない分お腹が空いたようで、軽食を食べたにも関わらず1階の食堂で朝食も食べることにしたのだ。
既にソニアとエスカは食堂に来ており別々に座って朝食をとっていたが、スノウが来たのを見て2人とも席を移動してきた。
「おはようございますス・・カムス様。体調はいかがでしょうか?」
設定を忘れていないソニア。
エスカもしっかりと目隠しをしており同じく設定を忘れていないようだ。
「もう大丈夫だ。昨日はすまなかったな。軽食もありがとう」
「いえいえ、あんなものしかありませんでしたがご不満でこちらの食堂へ?」
「いや、あれだけじゃ腹が空いただけだよ。軽食は十分美味しかった」
「そうですか。それはよかったです」
「それでカムス殿。本日は何処へ?何か計画でもあろうか?」
『!』
何気に盲目の用心棒という設定を気に入っているご様子のエスカだった。
「あ、まぁ・・そ、そうだな。今日は買い物をしようと思っているから繁華街でも行こうかと思っている。首都を出たらおそらくは満足な防具も買えないだろうしな」
「なるほど。承知した。何かあれば何なりと申しつけて欲しい」
(おいおいおい。どうしたエスカ。お前そういうキャラだったか?いや違うな。おそらく設定勝ちだ。あまりにもエスカにしっくりき過ぎた設定なんだ・・・。でもまぁいいや。なんだか一応忠義を尽くす的な素直さがあるようだし。調子合わせとくか)
「すまないアン君の助力にはいつも感謝している」
「と・・当然のことをしているだけだ。お気になさるな」
サムライ用心棒気取りのエスカは乗せておいて損はないだろうとスノウ、ソニア共に考えていた。
「よし、飯・・食事もとったことだし支度が出来たらで出かけるとしよう。ソニア貴重品を頼む」
「かしこまりました」
スノウは何だか、いわゆる “そういうプレイ” 的なところに楽しみを覚えていた。
これまでの人生、何かに成りきるなどと言った行為とは無縁の生活だっただけに新鮮であり、自分以外の2人も真剣に成りきっていることから恥ずかしさもなく、ただただ楽しい感覚になっていた。
(ロムロナやエスティが見たら笑うだろうな・・・ははは)
・・・・・
・・・・
スノウたち3人は巨大な大通りを歩いていた。
主な交通手段としては馬車なのだが、馬車に置き換えた片道3車線程度の幅があり、大通りの先には巨大な門のような建造物が見えた。
「へぇ・・まるで凱旋門だな。差し詰めこの通りはシャンゼリゼ通りってとこか」
「何かおっしゃいましたか?カムスさま」
「あ、いや昔を思い出しただけだよ」
「そうでしたか」
大通りには交差する道が何本も横切っており、そこにはたくさんの店が並んでいた。
食堂やカフェ、服屋、石屋、植木屋など様々な店が立ち並んでいる。
奥には武具屋が立ち並ぶ武具専門通り的なものが見えた。
「カフェでコーヒーでも飲もうか。もちろん情報収集のためだが。その後にあそこに寄ってみよう」
スノウが指差したのは武具専門通りだった。
「いいだろう。私もカムス殿をお守りするための武具などを揃えたいと思っていたところ。丁度よかった」
黒髪をポニーテールにしており、いわゆる幕末から明治にかけて稀に見られた女性剣士のような感じだったが、通じる者はこの世界にいないだろうとスノウは思った。
(いや、スメラギみたいにおれと同じで越界している者がこの世界に居ないとは言い切れないか・・・)
そんなことを考えながらカフェに到着し、3人は思い思いの飲み物を注文して周囲に聞き耳を立てた。
・・・・・
・・・
しばらくしてスノウたちは武具専門店通りへと向かった。
カフェで得られた役立ちそうな情報はいくつかあった。
・王城は現在も建設途中らしい。建築技術や装飾は素晴らしく太陽の位置によって城の色が変化し素晴らしい景色である上、夜には炎魔法のあかりにともされて、更に様子を変え素敵な光景なのだとか。
最近追加された彫刻が素晴らしいらしく一見の価値ありとのこと
(貴婦人ふたりの会話)
・この街には巨大な壁が2重になっている。外壁と内壁とあり、外壁の門は常に開かれておりさまざまな人が自由に出入りできる。
一方内壁は内側には王城、貴族の屋敷などがあり厳重な警備がしかれているとのことだった。
屈強な兵士が3メートル間隔で内壁の上に並んでおり、築城されて以来誰一人として内壁の内側に無断で入り込めたものはいないらしい。
(冒険者3人の会話)
・首都の東区には中型のアムラセウムがあるらしく、グラディファイスのような試合が行われているらしい。
(ジグヴァンテ大学1年のふたりの会話)
・最近できたアクセサリーには上物の美しい宝石が置かれているらいし。
(貴婦人ふたりの会話)
どれもめぼしいものではなかったが、街に入る際にあまりにも警備が手薄というよりノーチェックだったことの理由がわかりスッキリしていた。
・・・・・
・・・
3人は武具屋でそれなりの武具を揃えた。
スノウは素手専門としているので、カイザーナックルと動きやすいブーツ、そしてマントを購入し、ソニアは魔力を高めるスタッフがあったためそれを購入した。
エスカは既に杖のように見える細身の剣を持っていたが、刀を購入した。
このゲブラーの東側に位置する国で製作された刀でそこそこの値段はしたものの、その品質は一眼で素晴らしいものとわかった。
そしていよいよ用心棒の完成だっった。
そのまま裏通りを北東に向かって進んだ。
途中少し治安の悪そうな通りに出くわした。
そこには人間以外のさまざまな種族の子供や若者が入れられた檻が立ち並ぶ建物があった。
(奴隷商か・・・。どこの世界にもあるんだな。いや、既におれは見てきたな。奴隷のように搾取され地下に閉じ込めたれた人たちを・・・)
平和そうなこの首都の表側では全く闇の部分は見えなかったが、裏ではこういった光景が必ずあるものだとスノウは嫌な気持ちになっていた。
そして更に歩いてく。
非常に広い街で歩いても歩いても王城に近づいている気がしないほどだった。
「ノーンザーレより遥かに大きな街ですね」
「ソニア」
「は?!し・・失礼しました」
「大丈夫だ。だがこれからは気をつけよう」
思わず心の声が漏れてしまったソニアは反省の表情になった。
役に成りきっているはずだったが、街を散策しているうちに故郷のノーンザーレを思い出してしまったのだろう。
そういえばソニアックに出会ったのもノーンザーレの貧民街だったはずだと、スノウは思い返していた。
「カムス殿。あれではあるまいか?小型のアムラセウムは」
「おお、そうだな!」
エスカが指さした方向に闘技場の外壁のようなものが見えた。
しばらく歩くと全貌が見え始める。
外側から見るにエンブダイにあるアムラセウムに対して1/10程度に見えたが、外壁に施された装飾は見事としか言いようがなかった。
(流石首都の闘技場って感じだな・・・。だが、中では一体誰が試合をしているっていうんだ?)
「少しのぞいていこうか」
「そうですね。ここでも情報収集ができそうですし」
「賛成だ」
そう言って3人は小型アムラセウムに入っていく。
エントランスも豪華だが、入ったロビーでは床や壁が大理石のような者でできており、天井には着飾った戦士たちが戦っている様を描いた壁画を見ることができた。
(ほぉーすげぇな・・・。フランスのなんたら美術館さながらだ)
右手奥には人だかりがあり、どうやらチケットを購入しているようだ。
ここでも勝敗を予想する賭けは存在しているらしいが、驚いたのはその賭け金だった。
(桁がふたつほど違うぞ・・。どんだけリッチな人たちの賭け事なんだよ・・・)
そして観客席へ向かう。
階段を登って観客席に向かうのだが、そこにも美しい装飾がほどこされておりだんだん煩い下品は感じに思えてきた。
そして観客席から闘技場を見下ろす。
そこには信じられない光景が広がっていた。
「・・・なんでしょうか・・あれは」
「ああ・・・」
3人の表情が固まる。




