<ゲブラー編> 25.ウカの面
25.ウカの面
スノウはオアシスのシナノガワにきていた。
もちろんマシュに会いにきたのではない。
むしろ、絶対に彼に会わずに地上へ戻るつもりだった。
バルカンに聞いてやってきたのは、レガラの加工を行なっている職人の店だった。
レガラとは遺物でナラカは隕石が落下してできた大空洞でそこにいくつもの層が形成されてできているが、ところどころに隕石に含まれていた鉱物や得体の知れない物質・物体なのどがあり、それをレガラ(遺物)と呼んでいた。
以前スノウがこのゲブラーの地に着いた際に拾った不思議な岩があった。
岩というか金属というか木材というかなんとも言えない物体は思い描くような形に変化する性質を持っていることがのちにわかり、武器に転用できないかと考えたがそもそも硬度が維持できないため武器としての転用はできないことが分かったため、自宅の部屋に転がっていたのだ。
今回それをわざわざシナノガワまで持ってきたのだが、その理由はあるものを作ってもらうためだった。
「おやっさん、どうだろう?こんなの作れるかい?」
スノウが訪ねた相手はレガラ加工屋のベテラン職人だった。
「ふーむ。ていうかよ、この鉱物は加工を必要としねぇんだよな。あんちゃんが思い描いたものになるって知ってるだろ?あとはどれだけあんちゃんの頭の中で確固たる形をイメージできるかだから、俺の出番じゃねぇんだな。むしろ、あんちゃんの頭の中にあるイメージってのを絵とか粘土細工とかで表現できる芸術家っぽいやつが必要だ。そういう具体的なイメージがあれば、あんちゃんの頭の中のイメージが固定されるだろ?」
「なるほど、じゃぁそういう芸術家で有名な人っているかい?」
「そうさなぁ・・・。まぁこういう類のものってよ、自分のイメージが本当にしっくりこねぇとダメなんだわ。何言ってるかっていうとだな、頭の中のイメージってのぁ、いろんな刺激受けると想像で少しずつ変わるんだよ。要はイメージは定着するようで定着しづらいってことなんだ。つまり、本当にあんちゃんの思い描くイメージってのをその通り、もしくはあんちゃんがスッキリ納得できるような形で具現化できねぇとだめってことだ。あんちゃんの中でいろんなもんに影響受けて日々変わっていくイメージを変わらないように固定させる強烈な納得感が必要だってことだ。もしそれがなければイメージが崩れて、このレガラは反応しない、もしくはおぞましいものに変化する、最悪あんちゃんに害を与えかねぇからな」
「そんな大袈裟なもんか・・・。それで芸術家は?」
「そうさなぁ・・・。俺が唯一天才だって認めてるやつがいるんだが、癖が強いんだよな。そいつで良ければ紹介するが?いや、むしろそいつ以外でまともに具現化できるやつは知らねぇ」
なぜか嫌な予感が拭えないスノウ。
「その人の名は?」
「ルグペテだ」
スノウは一気に気落ちしその場に膝をついた。
ルグペテ。
そう、ウォッチャーのマシュ・ルグペテ。
スノウが絶対に会いたくないと思っていたマシュがその天才芸術家だというのだ。
「おやっさん。この辺に銭湯はあるかい?」
「おぉ、あるぜ!きっちり洗ってこい!特に背中のここんところだな」
職人は首の後ろの下あたり、よく中年の加齢臭発生源と言われるところを指して言った。
「でしょうね・・・」
「あいつまずそこを嗅ぐらしいんだ。あの素早さは異常だから避けられねぇしな、がっはは。まぁがんばってこいや!」
「はぁ・・」
「健闘を祈る!」
職人のおやっさんは敬礼ポーズをとりながら半分面白がってそう言った。
スノウは少し笑いながら舌打ちして銭湯に向かった。
・・・・・
・・・
「よし!」
クンクン
「体臭よし!、服の匂いよし!汚れなし!」
万全の体制を整えスノウはマシュのいるパフューム・ド・マシュの前にやってきた。
この緊張ぶりはホドでヨルムンガンドの前に立った時以来だとスノウは思った。
カラン・・・。
ビクン!!
ドアについているベルに踊りき体が反応するスノウ。
あまりの情けなさに落胆するが感情の動きで出る変な汗の臭いも見逃さないマシュの顔がよぎり、心を沈めるために深呼吸した。
「いらっしゃ・・スノウじゃないか」
「よ・・よう」
「馴れ馴れしいな。お前と友達になった覚えはないが」
「で・・ですよねー」
「まぁいい。堅苦しいのは僕も嫌いだ。いちいち緊張で刺激臭放たれても気分が悪いからね。それで何のようだい?何か頼み事があってきたんだろう?」
「いや、あの・・」
「緊張するなと言ったよな?今君の首の後ろと胸のあたりから気味の悪い臭いが出始めているぞ」
(お前のせいだろうがーーー!!!ってか気味の悪い臭いってなんだよ!このくそが!)
珍しくイラつくスノウ。
「ん?なんか別の辛臭い臭いまで出てきたか?」
(いかんいかん!冷静に冷静に冷静にだ・・!こいつわざとやってんのか?!おれを動揺させたり怒らせたりして強制ボルケーノ行きにさせたがってんじゃないだろうな)
スノウは苛立ちを抑えるべく深呼吸した。
「・・・・」
クンクン
気づくと背後から首元に顔を近づけて臭いを嗅いでいる。
「・・・・」
クンクン
「・・・・」
「まぁいいだろう。事前に銭湯に行ったようだし」
(ほっ・・)
「だが!」
「!!!」
「そのブーツの臭いが僕の吐き気を生み出していることに気づかないのか?!強制ボルケーノ足削りバージョンだ!」
「ぎぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・」
まるでブラックホールのように奥の扉に吸い込まれていくスノウ。
そして30分後。
ドーン!!!
「はぁはぁはぁ・・・」
疲れ果てたスノウが扉から放り出された。
足は角質やあらゆるゴミ、汚れが取り除かれ、爪まで磨かれた状態になっていた。
足の洗浄でかなりの痛みや恐怖があったようで結局全身洗浄されたのだった。
ポーン!
そして後からブーツが飛んできた。
ブーツも綺麗に洗浄され、磨かれていた。
「さぁ早くそれを履きなさいよ」
これ以上の地獄は勘弁とスノウは素早くブーツを履いた。
「グッド!」
椅子に座っているスノウは廃人のように真っ白になっていた。
「いらっしゃい、ようこそパフューム・ド・マシュへ」
・・・・・
・・・
「なるほど。仮面を作りたいと」
「そうだ」
こんなやつに謙ってたまるかと、あえて慣れ慣れしく接するスノウ。
これ以上の地獄はもうないだろうと、もはやヤケクソだった。
「これを使って仮面を作りたい。この自分の思いで形を変える仮面ならある程度表情も出せるし面白いかと思って」
よくよく考えると、仮面など何でも良かった。
普通にその辺りで売っているものを使ってもよかった。
あえて、使い道のわからないレガラをなんとか使おうと思ったのが不味かったのだが、ここまできて今更やめますとなると、地獄の洗浄ツアーを受けにきただけの単なる極度のマゾヒストに成り下がってしまうため、半分意地になっていた。
「ほう。これはレガラ。形状変形粘土だね。ナラカの中では珍しくないレガラだが強度がないからあまり用途がないんだな。芸術関係で使われることが多い鉱物だね。それで?」
「おれのイメージする仮面を作ってもらいたい」
「仮面か。確かにイメージをしっかりと持っておかないと仮面で使うとなると危険を伴うね。うまく形を維持できないと最悪目や耳、鼻の穴や口から体内に入り込んで窒息死、なんてことにもなりかねない」
「よし、じゃぁやめるよ。ありがとう」
何か面倒なことになりそうだと背中に悪寒を感じたスノウは店を出ることに決めた。
悪寒の理由はマシュの顔が悪そうな笑顔になっていたからだった。
ドン!
一瞬で振り向いてドアを開けようとするスノウの横にたちドアを抑えたマシュ。
相変わらず動きが捉えられない。
「貴様、これで帰るなんていうなよな?要は貴様の頭の中にあるイメージを僕が具現化してあげればいいんだろう?簡単だよ。だから帰ることは許されない」
「はい・・・」
マシュの形相が怒りと享楽が入り混じった例えようのないものだったため、恐怖のあまりいうことを聞かざるを得なかった。
「じゃぁそこに座って」
言われるままに座るスノウ。
「じゃぁ早速始めるよ」
そういうと羊皮紙とペンを持ってきて、スノウの前にあるテーブルの上に置いた。
「僕が天才芸術家と言われる理由はね。匂いから頭の中のイメージを掴み取ってそれを形にすることができるからなんだよ」
そういうとあたりに匂いが一切なくなった。
「さぁ、君の持つ潜在薫を見せてみろ」
マシュはそういうと目を閉じてペンを持ち出した。
そして指揮者がタクトを振るように空中でペンを動かしている。
「ほう!すごい!なるほど!」
スノウはマシュを見て気味悪がっていたが、ふと羊皮紙に目をやるとインクが線を作っていることに気づく。
よくよくみると、マシュが振るうペン先から気体状になったインクが空気中に漂う霧のように動き、羊皮紙に付着して線を描き始めていたのだった。
(これ・・魔法か?いや・・こんな魔法見たことも聞いたこともない・・・。天技か?いや、何か違う。一体なんだ・・・?)
「ほお!面白い!貴様面白いよ!」
(貴様ってさ。こいついつかしめてやろう・・・)
みるみるうちに羊皮紙にデザインが描かれていく。
「できた!」
「これ・・ふたつあるんだけど」
「そうだよ!」
何やら嬉しそうなマシュだが、羊皮紙に描かれていたのは非常に緻密に表現された仮面の絵で2種類あった。
一つ目は狐面だ。
デザインとしては非常にカッコよく、単なる狐の面ではなく、表情の良さはさることながらさまざまな模様や飾りのようのものがついている面だった。
スノウは一発で気に入った。
そしてもう一つは鬼神のような面だった。
こちらも怒れる鬼神で表情は怖いもののデザインは素晴らしく、模様のようなものもついていて、こちらもスノウは一発で気に入った。
だが、先ほどの狐面にはどことなく安心感というか親近感のようなものを感じたが、もうひとつの鬼神の面にはその表情にも現れているのだが恐怖と越えなければならない壁のようなイメージが浮かんでいた。
「君の潜在意識の匂いには二つの存在があったんだよ。一つ目は狐。これは潜在意識というより、君の意識空間の中に別の意識体が存在する感じだったな。その意識体がすごい圧で自分を表現しろと訴えていたんだね」
(オボロか!)
どうりで安心感や親近感が沸くはずだった。
自分の髪の毛に憑依し現在は回復のために眠っているオボロ。
意識の中では生きているのだと思いスノウは少し嬉しくなった。
「もう一つは?」
「それは、何というか君の中のひとつの大きな目的に見えたね。旅の当面の目的、果たさなければならない因縁、突き進む理由みたいなものだよ」
「・・・ホウゲキ・・・」
(そうだ、おれの目的はアレックスたちとの合流と三足烏の打倒。それを成し遂げる上での大きな壁は間違いなくあのホウゲキだ。それがおれの潜在意識の中に強く存在しているっていうことか・・・)
「さて、じゃぁ次は君の番だ。その羊皮紙に描かれた仮面を見ながら頭の中でイメージを固めて、このレガラにそのイメージを伝えるんだ」
今までナイフや孫の手のようなものにしか使っていなかった。
しかもナイフは金属ほどの強度がないのでナイフとしての活用ができないため、しばらくしてガラクタ入れに放り込まれた状態だった。
だが、一応念じて形作る経験はあったのでやり方は分かっていた。
スノウはマシュの描いたデザインを見ながら立体的な絵を頭の中に描きレガラに念を送ってみる。
シュルシュルシュル・・
形状変形粘土のレガラは音を立てて形を変え始めた。
よくよく考えると意識と繋がっている粘土というのもその構造や技術が一体どうなっているのか不明だった。
そう言われてみればそもそも魔法自体も一体なんなのか。
そんなことを考えながら念を送っていた。
シュルシュルシュル・・・
徐々に面が形作られていく。
シュルシュルシュル・・・
「完成だよ」
目の前にはマシュのデザイン通りの面ができている。
色は黒曜石をマットに仕上げたようになっていて、飾り模様が金色に輝いている。
被るような面になっており、頭皮には髪の毛も形成されている。
色はスノウと同じ銀色だ。
「名付けてウカの面・・だな。君の潜在意識からつけるとすれば」
「ウカの面・・・。全く違和感がない・・・なんなんだこの感覚は・・・」
「当たり前だよ、君が欲しているものを僕が形にしているのだからね。も一つのデザインもあるが、これは君が本当に怒った時にしか発現しないデザインだから今確かめるのは難しいだろうな。デザインが崩れないようにこの羊皮紙は君が持っていくといい。まぁ怒った際に羊皮紙を見る余裕なんてないだろうから定期的にこの羊皮紙を見てデザインを頭に刻んておくんだね。」
「ありがとう」
「ところでこんな仮面作ってどうしようというんだ?」
「少しこの世界を見聞しようかと思ってる」
「ほう。なかなかいい心がけじゃないか。雷帝スノウと素性がバレないようにしようってことだね?まぁそんな仮面被ってうろついている方が目立つけどそんなこと僕が知ったことじゃないから好きにすればいい」
「はいはい」
(本当に嫌なやつだな。能力はすごいが、綺麗好きなところ含めてこいつの性格は好きになれん!断じて!)
「ん?」
「え?!」
「何か臭うな・・・」
「いや、ありがとう!じゃぁこれで!ガル(この国の通貨)は置いておいた。それだけあれば十分だと思うけど、もし足りなかったら言ってくれ」
「いや、十分だ。そんなことより貴様の首後ろと頭皮から何か・・」
「さいなら!」
スノウは慌てて店を出た。
・・・・・
・・・
―――自宅―――
「なかなかいいじゃないですか!」
「なんだよ、お前ぇだけきったねぇな!そんなかっこいい仮面作りやがって!」
ソニアは褒め、ナージャは羨んでいた。
「ナージャ、そんなに仮面が欲しいのか?それならガルはだしてやるぞ?」
「マジか!よっしゃぁ!オイラも作るぜ!そんでどこの店だ?」
「パフューム・ド・・」
「やっぱいらねぇ。それよりも早ぇぇとこ出発だ!オイラについてこい!」
「おい、お前は留守番だぞ?」
「何言ってんだ?お前はバカかスノウ!」
「ナージャ!」
ソニアの恐ろしい形相の光目に見つめられて一瞬強ばった表情を見せるナージャ。
「いや、オイラの道案内が必要だって言ってんだよ。それにオイラをこんなでけぇ家に1人で放置してどうすんだってことだ!」
「放置って・・グレンもコウガもエスカもアンジュロもいるだろ?」
「バカ言え!あいつらは仲はいいがチームじゃねぇ。チームはあくまでオイラを筆頭にしたスノウとソニアねえさんだけだ!」
「いつそんなん決めたっけか。っていうかそんな簡単な旅じゃないかもだぞ?おれもソニアもそれなりに強いけど、もしかしたらお前を守ることができないかもしれないんだぞ?」
「オイラは守られる立場じゃねぇ!オイラがお前らを守ってんだろうが!」
「じゃぁ、ゴブリンに襲われたお前戦えるのか?あいつら人間の肉を食うの大好きだからな。特に子供の。それにあいつら群れるから十匹くらいが一斉に襲いかかってくるなんてざらだぞ?それをお前は倒すか追っ払うか、いずれにしても1人で対処できるのか?」
「!・・・そんときゃお前らに護衛の立場を優先させてやるぜ・・。オイラが直々に手を下すまでもねぇからな」
「いや、守られてるのはおれとソニアなんだろう?ナージャを護衛する必要はないんだからおれたちは護衛しない。だからお前を襲ってくる魔物にはお前が1人で対処する必要がある。ゴブリンは退けられても、巨大なワームや食人草、コボルドやワーウルフ、数え上げたらキリがないけど、大丈夫なんだよな?ひとりで!」
少し意地悪な言い方が過ぎたかと思ったが、この冒険にナージャを連れていくことは難しかった為スノウとしても譲れなかった。
「・・・」
「それにお前に残ってもらいたい理由があるんだよ。この家に置いてあるガルやグラディファイスで必要となる備品とかが盗まれないようにちゃんと管理してほしいっていうやつだ。これは他の誰にも頼めない。チームのお前にしかな」
「だ・・だろうな!グレンとか信用ならねぇしよ・・・ちっ!仕方ねぇな。そこまで言うなら残ってやってもいいぜ。その代わり、土産たんまり買ってこいよ!」
「はいはい、分かったよ」
・・・・・
・・・
―――その日の晩 いつものレストランーーー
いつものようにスノウ、ソニア、ナージャ、グレン、コウガ、アンジュロ、エスカで夕食をとっていた。
「なんでだよ!」
「なんでだよって言われてもな・・・お前と違って暇なんだよ」
「嫌味か!」
グレンが怒り出す。
「そんな面白そうな話、なんで俺を連れていかない!」
「だってお前ルデアスに上がるための試合が詰まってるじゃないか」
「まぁそうだがよ。ってことはルデアス様のポニーテールも行くのか?」
「いや、考え・・」
「行くわよ」
「え?!」
「やっぱり!」
驚くスノウとずるいという表情のグレン。
「なぁコウガ!ずるいと思わねぇか?」
「いや・・俺は別に・・」
「何でだよ!」
「俺は試合がしたいからな。別に旅に興味はないし」
「いや、ちょっと待て。エスカなんて言った?」
スノウが割って入る。
「行くわよって言ったわ。あなた鼓膜でも破れたの?」
「鼓膜破れて平然と会話できるか!!てかおれ一緒に行こうと誘ってねぇよな?!だいたいお前有名人なんだぞ?そんなお前がふらっと現れでもしてみろ!その街や村じゃ大騒ぎで見聞どころじゃねぇっつーの!」
シャーキン!
「!!」
エスカが剣を抜いてスノウに顔に突きつけた。
「な・・何考えてんだ・・」
「黙って」
剣先はスノウの首筋に向けられ首に巻いてある紺色のスカーフに引っ掛けられた。
器用に剣先でスルスルと結び目を解いて、首から外れたスカーフを剣で掬い上げ、自分の手元まで飛ばした。
そしてそれを目隠しするように結ぶ。
「これでわからない」
「・・・」
『わからないってそれじゃぁ目ぇ見えねぇだろうが!』
スノウ、グレン、コウガがツッコミを入れる。
目隠し状態で剣をシャシャシャと振るった。
するとグレンの首に巻いてった青字に金色の模様が入ったスカーフがいつのまにかスノウの首筋に巻かれている。
「な!」
「すげぇ!」
「やるー!」
「すごい!」
各々驚きの声をあげる。
目隠ししていながらあり得ない芸当を披露する。
「お前見えてるのか?」
「見なくても視える。お前は違うのか?スノウ」
ガタン!!
エスカの前にソニアが立つ。
「あなた。いい加減にしないとここで殺しますよ」
「ヤキモチか?」
「なっ!!許しません。スノウに剣を向けた罪、スノウに剣を振り回した罪、スノウをバカ呼ばわりした罪、スノウの前で自慢げに剣技を披露した罪、それによってスノウを驚かせた罪・・・数え上げたらキリがない。万死に値します。表へ出なさい」
「面白い。この間の続きだな。そろそろ決着をつけておかないといけないと思っていたところだ」
ゴツン!
「いい加減にしろ」
スノウが2人脳天に軽くゲンコツを食らわせた。
ソニアはスノウに怒られたことでいじけて泣きそうになっている。
一方エスカも少し涙目になっていた。
「分かった。連れて行ってもいいが条件があるエスカ。おれのいないところでソニアと喧嘩をしないこと。いいな!これが守れないなら連れて行かない」
「分かった。約束しよう」
素直にスノウの要求に応じるエスカ。
「なぁポニーテールのやつ、スノウの前ではやけにしおらしいな」
「ああ。スノウの強さを認めているんだろう」
「というと、俺たちがぞんざいな扱いだって言う理由は強さを認められていないってことだな」
「そうだ。この間剣技について聞きに行ったらボコボコにされたぞ」
「バカ言え、俺なんかよ、ひざまづいて手をついてお願いしろとか言われて、屈辱に耐えながらその通りにしたのに、ただただボコボコにされただけだったんだぜ?」
「それはお前がエスカに嫌われてるから仕方ないな」
「コウガ・・お前もだぞ?お前は性格的に素直な分いじめてもつまらないだけだと思うぜ?」
「それは褒め言葉だよな?」
「ああ、もちろんだ」
ヒソヒソとグレンとコウガが話しているのを情けなさそうにみているアンジュロ。
アンジュロは意外にも精神的にも戦闘力的にも成長が早く、ナージャの兄的役割を担いながら、真っ直ぐで疑うことを知らない兄コウガが道を踏み外さないように面倒を見ていた。
今回もスノウについていくと言い出したら止めるつもりだったが、そうならなかったことで少し安心していた。
だが、スノウやエスカにすっかり溝をあけられていることに悔しさを感じていない兄に少し苛立ちも持っていた。
「ということでアンジューロー。ナージャを頼んだ」
「アンジュロだ。分かっている」
スノウもアンジュロの精神的な成長ぶりに気づいており頼もしく思っていた。
ナージャを今回おいていくと決めた理由の一つにアンジュロの存在があった。
もしアンジュロのような頼りになる者がいなかったらナージャを連れていくしかなかっただろう。
「それでいつ出発するんだ?」
「明朝だ。まぁ心配するな半年後には帰ってくる」
「そうだな!グランヘクサリオスがあるしな!おれもそれまでにルデアスに上がらないとならねぇからな!」
そうしてしばしの別れを惜しんで夜遅くまで宴会が続いた。
珍しくエスカの口数が多く、時折笑顔が見えたりもした。
久々に楽しい時間だった。
(こういう繋がりを作れば作るほど自分の首を締めるんだけど、おれの力の源でもあるんだよな・・・全く悩ましいよ)
・・・・・
・・・
―――翌朝―――
「じゃぁ行ってくる」
一応の見送りの場が持たれた。
スノウ、ソニア、エスカの3人は野宿のためのテントや数日間の食料を背中に背負って出発することにしていた。
「気をつけろよ?くれぐれも雷帝、旅先で無念の死とかへんな情報放り込んでくるんじゃないぜ?ソニアちゃんもくれぐれも元気でね〜」
「旅先で新たな技を会得したなら必ず俺にも教えてくれ」
「スノウ!いいかお土産忘れんじゃねぇぜ?!」
スノウはそれぞれの言葉に笑顔で返し、3人は出発した。




