<ゲブラー編> 21.カシマ
21.カシマ
スノウは豪剣神マインに連れられ狭いバー扉から奥へ進んでいく。
通路は少し屈みながら歩かなければならないほど狭かった。
2メートルはある高身長のマインはほとんど筋トレではないかというほど屈んで進んでいた。
通路は10メートルほど進むと階段になっていた。
「ここから下に降りるから。足踏み外さないように。転げ落ちたら結構痛いからね」
(そりゃ痛いだろう・・・)
意外と急な下階段だった。
距離にして30メートルほど進んだだろうか。
閉鎖空間でひたすら階段が続くだけのため何階分を降りたのかはわからなかった。
「いつまで階段降りるんだ?」
「もう少しだよ。疲れたかい?」
「いや、疲れたわけじゃないが・・・」
言われた通り少し降りたところで重い扉が現れた。
マインは扉横にある円形のマークに手を当てて何やら呪文を唱えた。
すると重たい音を立ててゆっくりと扉が開いた。
(どういう仕掛けだ?魔法か?)
ギィィィィィィィ・・・
開いた先には大きく開けていた。
「ここは・・・?」
「君、ナラカのオアシス行ったことあるよね?」
「ああ、確かアラカワとシナノガワっつったか」
「なら話は早い。ここはカシマ。第3のオアシスだよ」
「第3のオアシス?」
「まぁこんなところで話すのもあれだし、先に目的の場所まで行こうか」
そして連れられるままにカシマと言われるオアシスを歩いた。
このカシマというオアシスはアラカワやシナノガワとどこか違っていた。
居住区や闇市のような商店街ではなく、何やら物々しい雰囲気だ。
武技の訓練を行っている場所、炎魔法の訓練を行っている場所、鍛冶屋や魔法強化を行っている場所などが見られた。
しばらく進むと赤い壁の建物の前に着いた。
「ここだよ」
マインの後について赤い建物の中に入る。
建物は守護神の屋敷ゴクモンに似ていた。
そして大きな扉の前に来た。
開けるとそこには円卓が置かれている。
そこには席が9つあった。
暗くて顔がよく見えないが、9つのうち3つの席が埋まっていた。
「連れてきたよ」
「よく来てくれた、雷帝。そこに座ってくれ」
一番奥に座っている男が声を発した。
「本来は幹部しか座れないんだが、今は不在だし彼が座っていいと言っているからそこに座っていいよ」
促されるままに円卓のひとつの席に腰をおろした。
暗がりにいくつかの光が刺しており、座った際に光の加減で一番奥にいた者の顔が見えた。
「!!」
(あいつは・・・)
「驚かせるつもりはなかったんだがすまないな」
(見たことがある顔だ!この青く輝く髪、長身のイケメン。たしか・・・エクサクロス(上位3位以内のグラディファイサー)で暫定2位の・・)
「バルカンだ。ここへお前を呼んだのは俺だ」
「エクサクロスのあんたがこんなところで何をしているだい?そしてここは一体何なんだ?」
「通常部外者がいきなりこの場に入ってくることはないんだ。血の誓いが必要だし、血の誓いは本当に信じられる者としか交わさないからな。だがお前は特別だ。預言者が見通した中にいた存在だからな」
「???」
「おいおい、会話ができないのは相変わらずだよな。雷帝が困っているじゃないの」
そう遮ってきたのはなんとルデアス対ルーキー4でコウガと戦った紅炎鬼ヒーンだった。
(マイン、バルカン、ヒーン・・3人ともグラディファイスランク上位の強者じゃないか・・・。いったいこの集まりは何なんだ。この場所は・・・?)
「代わりに僕が説明するよ。バルカンは少し黙ってた方がよさそうだね」
「はいはい、頼むよ」
マインが割って入り、バルカンは少し拗ねながらそれを受け入れた。
「君はこのゾルグ王国にきてそれほど長くはないんだよね?」
「ああ、この国にきていきなりナラカに落とされてから地上に出るためにグラディファイサーになって現在に至るわけだから、この国にきて長くはないよ」
「そうだよね。じゃぁこの国の状況はあまり知らないってことでいいね?」
「ああ」
「質問ばかりですまないが、君はナラカをどう思った?」
「ん?核心に近づかない何だかよくわからない質問ばかりだな。まぁなんて言うか、無法地帯含めて悪人を閉じ込めるような監獄的な場所には思えなかったな。なんだろう、善良な国民が何らかの理由で閉じ込められているように感じたよ」
「なるほど、鋭いね。実はね、このナラカに住んでいる人たちのほとんどは別に罪人ってわけじゃないんだ。ナラカ4層以下は正真正銘監獄なんだがそこに落とされている人たちも半数以上は基本的に善良な国民だった人たちだ」
「つまり何が言いたい?」
「今この国の地上にいるのは全人口の3割に満たない。7割はこのナラカにいるんだ。そして3割の人間が裕福に暮らすために搾取されているんだよ」
「はぁ?どうしてそんなことが成り立つ?7割もの人間が黙って搾取されるなんてあり得るのかい?」
「色々と事情があってね。少しこの国の歴史に触れよう。約100年前、この地に巨大な隕石が落下したんだ」
(隕石・・・ティフェレトにも落ちてきたがこれは偶然か?)
「その隕石によってできたのがこのナラカなんだよ。8層からなるこのナラカは当時、さまざまな鉱物が取れることで採掘が盛んに行われたんだ。珍しい鉱物もたくさんとれたらしくてね、兵器や武具もたくさん作られたんだ。おかげでゾルグ王国はこのゲブラーで最も強大な軍事力を誇る国になったよ」
「・・・」
「そしてこのナラカは、元々大きな8層の空洞があってようで、探索隊を組織して安全確保できたら採掘をする、という形で徐々に下層に採掘の場を移して行ったんだが、最下層の8層に到達した時点で突如空洞全体が灼熱の炎に包まれて探索隊は一瞬にして全滅したんだ。そしてその地獄のような灼熱の炎はあっという間に6層まで上がってきて、そこにいた多くの採掘者たちが焼け死んだ。それこそ数千人規模で採掘者が亡くなったそうだ」
「・・・」
「その炎は現在では5層まで上がってきている。そしてちょうどその頃まで国を収めていた国王は民のことを第一に考える良き王で人格者だったんだけど、大勢の採掘者たちを救えなかった罪で処刑されてしまった。そして当時宰相だった男が王になった」
「その新王が圧政をしいていると?」
「その通りだ。前王に仕えていた者たちは全てこのナラカに落とされた。自分の言うことだけを聞く者を周りに置いてね。そして国民一人一人に踏み絵を行なった。前王の像になんの躊躇いもなく唾を吐きかけられる者だけが地上に残り、少しでも躊躇った者は皆ナラカに落とされさらに軍力を強化する目的で採掘者にさせられたり、地上に住む者たちの食料供給のための農作物を栽培する役割を強制させられたりした。ナラカでは作物も育つからね。
ね」
「それが7割を占める国民がこのナラカにいる理由かい?」
「そうだ。そしてここはね、圧政を敷く現王政に対して反旗を翻そうとしている革命軍のアジトなんだよ」
(ありがちな話だな。そんなことだろうと思った。そしてその活動に手を貸せとでも言うつもりか・・・)
「おれに革命軍に入れと?」
「ははは、そうしてくれるなら心強いんだけどね。そうはならないって聞いているよ」
「聞いている?」
「ええ。僕たちの活動を指揮しているのは革命軍の総帥なんだけど、その方向性を決めるのに重要な役割を果たしている預言者がいるんだよ」
「預言者?」
「そうだ。その預言者が君の出現を予言したんだ」
「おれの出現を?」
「“武器を持たない波動気を操る銀髪の男が突如現れ諸悪の根源を滅する” ってね」
「おいおい、勘弁してくれよ。そちらの預言者とやらが勝手に言っていることを押し付けられても困る」
ガタン!!
バルカンが立ち上がる。
「困ると言われても困る!強いものには責任が伴うんだ!その責任から逃げるなど許されないぞ!」
「おい、バルカン!」
「責任?何の話だよ。それは君たちの事情における責任だろ?おれの果たすべき責任はおれが決める。おれはこの国の者じゃないし、なんの義理もない。この地に永住するつもりもないし、この首につけられた縛りさえなくなったらこの地から去るつもりだ」
「な!」
バッ!
マインがバルカンを制して割って入る。
「確かにいくら僕たちが信じる預言者の言葉を君に押し付ける話ではない、それはその通りだよ。預言者も君がこの革命軍に入ることはないとも言っているんだ。だが、こんな事もいっていたよ。君はこのゲブラーの者ではないと」
「!!!」
「越界と言うらしいね。僕たちには想像もできない話だ。このゲブラー以外に別の世界があるなんてね。でも預言者の言葉は信じる。預言者は言ったよ。君は別の世界からやってきた者でその世界に帰ろうとしているがその手段がなく、やむなくグラディファイスに参加しているとね。そして僕らは君が戻りたい世界に帰ることを助けることができるとも言っていた」
「なんだんて?!」
「すまない、具体的に何をすれば良いかまではまだ分かっていないんだ。預言者も万能じゃないからね。知りたい未来を都合よくピンポイントで見られるわけじゃないんだ。僕たちの未来に必要な出来事をぼんやりと見せるだけだから」
(どうする・・・。都合良すぎないか?だが、おれが越界者だと知っているのは信じるに値する情報だ。その預言者とはおそらく本物だろう。そいつに合う必要があるな・・・。だが、この国の王政に歯向かう手助けをする義理はない。いや、それを預言者と会うカードにするか。手伝う代わりに預言者に会わせろと・・・しかし王政に逆らい失敗した場合、大きなリスクを背負うことにもなりかねない・・・どうするか・・・)
「預言者と会うことは可能かい?」
「それは難しいだろうね。預言者はこの革命軍にとって最も重要な存在であり、その安全は何者にも優先するものだからね」
「伝言くらいはねぇ。いいと思うんだけどなぁ。だが、それも俺たちに手を貸すかどうかによるんじゃないの?」
ヒーンが割って入る。
「責任の問題だ。預言者に伝言したければいくらでも繋いでやればいい。俺はお前が強き者の責任を果たすと信じている」
バルカンが続ける。
「強き者の果たすべき責任ってのはよくわからないが、少し考えさせてくれないか?預言者に伝言はぜひお願いしたんだが、何のお返しもないままお願いするもの大きな借りを作るようで気分的によろしくないし、かと言っていきなりたくさんの情報を受けてすぐに次の行動を決めるというは避けたい。考える時間もあるだろうし3日待ってくれ」
「もちろんですよ。ただ一つだけお願いしたいことがあるんだが」
「ああ、他言は一切しない。この場所もこの組織のことも君たちのことも」
「ありがとう」
そうしてスノウは来たルートを辿って自宅へ戻って行った。
「大丈夫かねぇ。彼は確かに強いけど、彼の言う通り俺たちに手を貸す義理はこれっぽっちもないわけだしさ」
「そうだね。だが預言者に越界する方法を聞きたいというのはあるだろうから必ず戻ってくると思うよ。それを条件に協力させるってのはやっぱり必要かもしれないな」
「そんな必要はない。あいつ程の強さがあるならその果たすべき責任は大きい。それを無視することはあいつにはできないだろう。俺にはわかる。あいつはそう言う男だ」
「出たよ。バルカンの何事にも白黒つけたがる性格。人の心はそんな単純じゃないよ?」
「単純とかどういう問題じゃない。剣が振られれば切れるように変えられない事実。それだけだ」
「だからさぁ。人の心は剣技とは違うんだって」
「無駄だよ。バルカンは一度思ったことを曲げたことないだろう?」
「まったくだよ。なんでこんなのが副総帥なんだよ。なぁ?」
・・・・・
・・・
―――自宅―――
「どうでしたか?スノウ」
ソニアが戻ってきたスノウに尋ねた。
「結論から言うと、越界する手段を聞き出すチャンスがありそうだ」
「!!」
「だが、条件がある。いや正確に言えば条件はなさそうなんだが、大きな借りを作ってしまうことになりそうだ」
「どういうことですか?」
スノウはマインが話をした内容をソニアに伝えた。
「なるほど・・・」
「借りを作るのはおれの心情的にあまり気持ちのいい者じゃないからな。だが王政に歯向かって越界のチャンスそのものを失うのも避けたい」
「スノウ。その預言者から情報を聞き出すだけでよいと思います」
突如入れ替わったソニックが割って入る。
「ちょっと!あんたはこの世界の人たちとの接触がすくないからそんな冷酷なことが言えるのよ。もしナラカの人たちやナージャたちが搾取されている側の人たちなら私は助けるべきだと思うの。あ!す、すみません、スノウ。出過ぎたことを・・・」
「いいかいねぇさん。もし預言者から情報を聞き出して王に近い領域に越界のチャンスがあるとしたらどうするんだよ!スノウの仰る通りもし王政に歯向かって国賊のレッテルでも貼られてみなよ、ナラカの5層以下に貶められて2度と出られなくなることだってありうるんだよ?そういうリスクもきちんと考えないと。ここは感情的に動くべきじゃないと思うよ。あ!す、すみません、スノウ。出過ぎたことを・・・」
「いや、いいんだソニア、ソニック。お前たちの意見は参考になる。2人とも言っていることは正しい。おれはどちらのケースを選んでもお前たちを守る責任があるからな。それを踏まえて判断するよ」
「スノウ・・・」
ソニアは膝をついて首を垂れた。
―――翌日―――
アムラセウムではいつものようにグラディファイスが行われていた。
アンジュロが試合に出ている。
まだグラッドだが、初戦から負けなしであり、剣技の華麗さからそこそこの人気者だった。
そのスピードと舞うような剣技からいつしか巷では疾走剣舞という二つ名で言われていた。
「また勝ったぞ!」
「今回も稼がせてもらったぜ」
「体ちっちぇのによく勝つなあいつは!」
・・・・・
・・・
「今日の試合も良かったな安十郎」
「いや、まだまだだ」
スノウが褒めている一方で結果に納得していなかったようで悔しそうな表情で応えるアンジュロだった。
「どうした?お前最近ちょっと変わったな?」
グレンもアンジュロの変化に気づく。
グラッツに上がって以降成長し次第に大人びていくアンジュロだったが、コウガが紅炎鬼ヒーンに負けて以来自分に非常に厳しくなっていた。
「俺の剣の流れが止まったところが3回もあった。あれじゃぁローラスには通じねぇ。1度のミスも許されないんだ」
そのコメントを聞いて少し苦い表情を浮かべるコウガ。
弟のストイックな様子を見て気を引き締めているようだった。
だが、そのコウガもかなりストイックに自分を追い込み始めていた。
既にローラスとなっているコウガには頻繁に試合はない。
代わりに日々のトレーニングを行なっているのだが、そのやり方が尋常ではなかった。
早朝には全速力で10kmのランニング、その後は夕方まで休みなく槍をふり続けており、夜はハードな筋トレを行なっているのだ。
(コウガも安十郎も潰れなきゃいいんだがなぁ・・・)
スノウにとって期待に応えられない悔しさの経験はあるのだが、訓練を積んでも到達できない壁に挫折を味わうようなことは越界して以降なかったため、2人の悔しさを理解することはできなかったが、逆にその自分を追い込んでいる姿が今後悪影響を及ぼさなければと思っていた。
「さぁ!とりあえず飯を食おう!何にしても食わないと力はつかないわけだしな」
徐々に顕著に見え始めた力の差。
その差がこの良い関係を壊さなければいいなとスノウは思った。
・・・・・
・・・
――2日後の夜――
スノウは3日前にマインに呼び出された革命軍のアジトに繋がっている小さなバーの前に立っていた。
マインたちに打診された彼ら革命軍に力を貸すのかどうか、その答を持ってきたのだ。
カラン・・・
バーのドアを変える。
(相変わらず昭和の喫茶店みたいなベルの音だな・・・)
今回客は1人しかいなかった。
「いらっしゃい」
スノウはマスターに軽く合図のように会釈した。
マスターは表情一つ変えずにスノウを見ている。
「注文は?」
「え?いや、聞いてないのか?」
「何も聞いていないが、あんたバーに来て酒は頼まないのか?」
(おいおい、何なんだよ!顔パスじゃないのか?!)
「あ、いや・・じゃぁエールを一杯・・・」
ドン!
スノウがエールを頼んだ瞬間にグラスに注がれたエールがカウンターの上に置かれた。
(何だ?!この読んでましたとでも言いたげなスピード感・・・てかマインにはどうやって繋げばいいんだ?マスターは知ってるんだよな・・・)
スノウは店内を見渡す。
(もしかしてここにいるあの客のせいでおれを中に通せないのか?)
客はフードかぶっており顔は見えない。
「マスター。お勘定」
ドン!
マスターはドヤ顔で伝票を客のテーブルの上に置いた。
フードの客は金を置いて席を立って出入り口の方へ歩いてくる。
そしてスノウとすれ違い様にボソッと何かをつぶやいた。
「あんた、これ以上踏み込むなら覚悟しておくことだ」
「え?!」
フードの男は店を出た。
すぐさま追いかけてドアを開けて外に出るスノウ。
しかし男の姿はどこにもなかった。
(なんだったんだ?まるで全て知っているかのような口ぶりだったぞ・・・。なんだか気持ち悪い展開だな・・・)
スノウはまたバーの中に入った。
するとマインが出迎えてくれた。
「待っていたよ」
スノウは前回同様にバーの奥の扉からナラカのオアシス、カシマに向かって階段を降りて行った。




