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<ゲブラー編> 8.トラクレン その3

8.トラクレン その3



 スノウは刀の区画にきた。

 ここでは何やら全員女子新体操のリボンのようなものを持って振り回している。

 だがスノウが見慣れている新体操の様子とは違ってリボンが異様に重そうに見える。


 「お前もここで学びたいのか?おや、お前は今期生の中でもっとも優秀だと噂されるスノウじゃないか。大歓迎だよ。早速訓練に入るといい」


 そう言うと教官はスノウにも新体操のリボンのような訓練具を渡してきた。


 「これは流線を学ぶ訓練具、難小龍(なんこりゅう)だ。この布の部分に特殊な重量金属を糸状にして編み込んでおり異常に重たい。ここの訓練生たちはこの棒を握り、重たい帯びを振り回す。それだけだ」

 「振り回すだけ?!」

 「ああ言い忘れた。たった一つだけルールがある」

 「ルール?」

 「ああ。この帯を1時間以上地面に付けないこと。1時間を超えて舞い続けても構わない。だが1時間未満で帯が地面に付いたらやり直しだ。シンプルだろう?」

 「そうだな。了解した。やってみるよ」

 (ここの訓練はどれもシンプルだ。だが確実に意味のある訓練だ。このリボンを振り回す訓練にも意味があるはず。やってみよう)


 スノウは柄を握りまずは軽く釣りで魚を釣り上げる動作のように引いてみた。

 しかし想像とは違う動きをする重たい帯に一瞬戸惑う。


 「これは確かにシンプルだが難しい」

 「まぁせいぜい頑張るんだ。これは教えてどうこうなるもんじゃない。自分で考える。考えて動く。動いて考え、そして直す。直して動いてみてまた考える。脳みそを使うんだ。体は勝手に覚えてくれるように思うけど、実は脳が覚えている。覚えて体が無意識に反応する仕組みだからとにかく自分の動きを客観的に見て脳を働かせるんだ。俺が言える指示はこれだけだ」

 「ありがとう、やってみるよ」

 (なんだかよく分からない訓練だが、脳に叩き込むってのは理にかなっているな。とにかくリボンが地面につかないように考えながら動いてみよう)


 ヒュンヒュンヒュン!ズザザザァ‥‥


 「難しい‥‥」


 30分ほど振り回しているが、なかなか要領を得ず苦戦しているスノウ。

 大きく振り回すより、クルクルと小さい輪を作って振り回す動作の方が楽で長続きすると思ってやってみたが、最初は上手くいっても次第にリボンの重みで下がってくるため、無理に力がこもって回転させることが難しくなり地面に落ちてしまう。

 反則では?と思いながら頭上でクルクルと回してみたが、徐々に重みで垂れ下がってくるリボンを上げるのにさらに力を込めて回すことになり腕に乳酸が溜まって動きが鈍くなりリボンが地面に付着してしまう。


 (こいつは思ったより強敵だな。考えろか。確かに考えないとこれはクリアできないぞ‥‥)

 「おお、スノウじゃないか!」

 「お前はグレン!お前もここに?」

 「ああ。苦戦してるけどな!」

 「ははは。確かに難しい。何かコツはないのかな、ってお前も苦戦してるんだったな」


 グレンはこの訓練場で知り合った男だ。

 出会って2日目だが、意気投合して昨晩は食事を共にしている。

 その時に色々とグラディファイスについて情報をくれた。

 グレンもこの訓練に苦戦していた。


 「いやぁ30分くらいは続くんだけどな‥‥どうしても筋力が続かねぇんだよ。地味な訓練のくせに意外とえげつないんだぜ」

 「容易に想像できるな‥‥この訓練で学ぶべきことは何なんだろう」

 「そうだな‥‥ここはそもそも刀の訓練区域ってことを忘れないこと‥‥か?」

 「うーむ‥‥」

 (よく分からんけどとにかくやるしかないか‥‥)


 スノウはとにかくリボンを振り回す。

 やはり数分経つとリボンは地面に付いてしまう。

 スノウは周りを見渡した。

 すると1人のトラクレンがリボンを器用に振り回して舞っている。

 黒髪をポニーテールで結んだ女性だ。

 彼女の舞いは、まるで何かの踊りのように優雅だった。


 「すげぇぞあの女」

 「ああ。かれこれ3時間くらい帯を地面にふれさせずに動いてるぜ」

 「美しい‥‥」


 周りの男達はみな訓練そっちのけでポニーテールの女性に見惚れている。

 スノウもまた見惚れていた。

 見惚れているというより動きを分析していた。


 「すごい‥‥」


 見ている者たち全員が彼女の流れるような動きに目が向いているが、スノウだけは違った。


 (何かわかりかけてきた‥‥)


 ”ここはそもそも刀の訓練区域ってことを忘れないこと‥‥か?”


 頭の中に先ほどのグレンの言葉が蘇ってきた。

 しばらく眺めているうちにポニーテールの女の舞いで流れるように棚引いているリボンが刀に見えてくる。


 (!!)


 刀が流れるように動いてくが、所々で刀が動く速さが変わっているのに気づく。


 「持ち方‥‥手の動き‥‥手首の動き‥‥腕の振り‥‥」


 そして何よりスノウが驚いたのは刀に見える帯の動きに止まる瞬間がないことだった。

 通常、斬る・突くといった武器の動きには止まる瞬間がある。

 斬った後の剣の軌道は、次の動作に移る瞬間に向きを変えるために止まるからだ。

 槍などでつく場合も同じで突き直す際に一度引くわけだがその瞬間2度も止まる瞬間がある。

 だが、ポニーテールの女の刀の舞には止まる瞬間がなかった。

 止まった瞬間に重量物の帯は地面にふれてしまう。


 「どうやってるんだ?」


 スノウは観察する。


・・・・・


 30分ほど観察し続けたあたりで一つの答えが出る。


 「‥‥わかった!!!」


 スノウはリボンの柄を手に取る。

 目を閉じ構える。

 そしてゆっくりと腕を動かし始める。

 リボンはゆっくりと棚引き始める。

 スノウの舞いが始まった。


・・・・・


 30分経ったがリボンはいっこうに地面にふれる気配はない。


 「コツをつかんだのかスノウ。さすがだな」


 グレンはスノウの舞いを見て言った。

 そして1時間が経過した。

 スノウは見事刀の訓練をクリアした。

 そしてそのまま舞い続けるスノウ。

 いつしかポニーテールの女とまるで殺陣を行っているかのような舞いになっていた。


 「すげぇぞあの2人!」

 「女の方はかれこれ4時間も帯を地面につけずに舞ってるらしいぜ」

 「まるで何かのショーを見てる感じだな!」

 「ふたりともそこまでだ!」


 教官が割って入った。

 舞いをやめたポニーテールの女とスノウの前に教官が立つ。


 「ふたりとも合格だ。よくクリアした。この訓練の意味を理解したようだな」

 「ああ、自分で理解したというよりこちらのトラクレンの方に教えられた。それにしてもすごいね君‥‥」

 「‥‥‥‥」

 「流れを止めない刀の舞い。君は相当な剣技の持ち主と見たけど‥‥」

 「‥‥‥‥」

 「無口みたいだな、ははは」

 「私の型を見ただけですぐに真似て実践できた貴殿もなかなかだ」

 「あ、ああ、ありがとう。おれはスノウ」

 「‥‥私はカグラミ。カグラミ・エスカだ」

 「さぁ、自己紹介も終わったところでそろそろ次へ移ってもらおうか。お前達には時間が限られているはずだ。早く次の区画に行った方がいい」

 「ああ、わかった」

 「ああ、忘れてた。お前達が学んだのは流線だ。既に理解しているだろうが、流れを止めない刀技の基本を学ぶ訓練だったということだ。流れを止めた瞬間は無防備だ。そして攻撃を仕掛ける瞬間の力みは体への負担にもなる。それを最小限にとどめ、相手に攻め入る隙を作らせず、体への負担を最小限にして持続的な攻撃を繰り出すという基本の型だ。刀の向きに、斬る方向に応じた握り方、腕の振り方の基本を会得する訓練ということだ。くれぐれも忘れないことだな」


・・・・・


 スノウは棍の区画を無事クリアし、最後の剣の区画に来ていた。


 (いよいよ最後の訓練区域だな。これをクリアしたらパーフェクトか‥‥。まぁ別に拘るつもりはないがここでの訓練は基本を学べる良い機会だ。いきなり実戦に放り込まれて我流で戦ってきたからな。基本を学び戦い方を一から組み替え直すのは悪くない。より強くなればホドに戻って三足烏(サンズウー)と対峙するような場面が来ても対処できる可能性が高くなる)

 「よう!スノウまた会ったな!」

 「グレンか。調子はどうだ?」

 「まぁまぁだな。それにしても刀の訓練ではすごかったな。俺には到底できない芸当だ」

 「ははは芸じゃないさ。基本だよ。ここでの訓練は全てタメになる」

 「確かにな。だがその基本ってやつちょっと濃すぎないか?」

 「まぁな。ちょっと異常な基本習得訓練だ。だが2日で何かを習得しようなんて都合のいい話もないだろう?」

 「それもそうだな。アムラセウムに上がってグラディファイスに出ていきなり死んでは剣闘文化も長続きしないだろうからな。おっと無駄話はここまでか」

 

 剣の訓練区域の教官と思われる人物がやって来て言った。


 「貴様らも剣の訓練をしに来たものか?」

 「ああ、そうだ」

 「よし、では説明する。訓練は至ってシンプルだ。この10メートルの棒の先端を30分間持ち続けることだ。ただし!棒の先端には直径3センチの皿がくっついている。その上にボールが乗っている。それを落とさないというのが条件だ。最初に言っておくが、この棒は通常の鉄より重たい金属で作られた特注品だ。貴様らの筋力持久力がどれほどか見せてみろ」


 スノウとグレンは言われるままに金属の棒を持ち上げる。

 10メートルの金属棒の先端を持ち上げるだけでもかなりの筋力がないとできない芸当だが、それをさらに反対側の先端に乗せられたボールを落とさずに30分持ち続けるというのだから並外れた筋力と集中力が必要となってくる。

 スノウもグレンもものの数分で落としてしまった。


 「こいつは‥‥」

 「ああ、失敗すればするほど体力が奪われる。次でクリアしないと体力的に無理だぞ」

 「そうだな」


 よくよく見れば周囲には倒れている人が無数にいる。

 どうやら力尽きて倒れているようだ。

 ほとんどの者が気を失っている。

 剣以外をクリアしてきたスノウはここが一番過酷な訓練だと思った。


 「よし、じゃぁやるか!」

 「ああ」


 スノウとグレンは再び金属棒を持ち上げる。


 「うぐぐ!」

 「うおおお!」


 再び教官が近寄ってくる。


 「そうだ!剣とは力だ!剣技を学べるとでも思ったか?!貴様らのようなド素人が技などを使うなど100年早い!剣はただの刃!それを当て、斬るのは力だ!突くのもまた力!力なくして技など無意味!いいか!剣とは力だ!」


 そんな教官の言葉を聞いている余裕はふたりにはなかった。

 盛り上がった腕の血管は浮き上がり、食いしばる歯からは血が滲み始めている。


 「うぐぐ!」

 「ぐおお!」


 10分が経過した。

 そして20分。

 倒れていた者達も意識を取り戻したようで、20分間持ち堪えているスノウとグレンの行方を固唾を飲んで見守っている。

 スノウ自身、雪斗時代の筋力はせいぜい腕立て伏せ20回でへばる程度だったが、二つの世界を巡りいくつもの戦闘を繰り返してきたことで驚くほどの強さを身につけてきたが、同時に身体能力も異常なほど向上していた。

 いや、越界しアラフォーから20歳前の年齢になった時から異常なほど高い身体能力が備わっていたといっていい。

 そしてついに30分が経過した。


 『うおおおお!!!!』


 一斉に歓声があがる。

 スノウとグレンはその場に倒れ込んだ。

 教官が側に寄る。


 「よくやった!合格だ!なかなか見どころがあるな貴様ら!さぁ時間がないぞ!さっさと他の区画に行け!」


 毎度のことだが、クリアした者には冷たい教官ばかりだとスノウは思った。

 なかなか起き上がれないスノウとグレンに声をかけた後すぐに訓練に戻る教官。


 「なんだか冷てぇな、教官たち」

 「そうか?あっさりしてて楽だが」

 「ものはいいようだな、ははは‥‥」


・・・・・


・・・


――翌日――


 「よぉし!貴様らせいれーつ!」


 初日に怒鳴り声を上げた教官達を取りまとめている人物の声が響く。

 続いてオールバックで尖った髭の男が話始めた。

 おそらくこの訓練所で一番えらい人物だろう。


 「諸君。本日は訓練最終日だ。つまり本日が卒業試験だ。初日に伝えた通り、10人のバトルロイヤルを行ってもらう。勝った者がグラッドに上がれるわけだが、諸君らはこの2日間で基礎を会得したわけだ。それを戦いに活かせる者は間違いなく勝つことができよう。だが、この2日間を無駄にした者、基礎を会得する能力のない者はその限りではない」

 (つまり、ナラカから登ってきたおれたちは負けたら死ぬかナラカに戻るかってことだな)

 「今から木製の武器を配布する。剣、刀、槍、棍、弓なんでも好きなものを選べ。もちろん炎魔法だけで戦うものや拳闘で挑むものは武器を取らなくてもいい。始まる前から棄権したいやつは手を挙げろ。ただし、3回目の奴は即退場だ」

 「よぉスノウ、お前はどんな武器を使うんだ?」

 「おれは‥‥」

 「おい、紅一点カグラミだ。おそらく木刀だろうな。それでスノウ、何を選ぶんだ?」

 「おれは拳闘でいく」

 「おお!まじか!俺は素直に木剣だな。昨日の成果を見せないとな。あんだけ苦労したんだ、何か成長があるはずだ、なんてな」


 思い思いの武器をとるトラクレンたち。

 これから訓練生としての卒業試験が始まる。



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