<ゲブラー編> 6.トラクレン その1
6.トラクレン その1
宿舎はひどいものだった。
6畳と言いながらも隅にトイレがあり、まるで刑務所の牢屋のような部屋だった。
衛生管理も行き届いておらず、トウカツやコクジョウのボロい家々の方がよほど清潔感があった。
「きったねぇな!」
「まぁしばらくの辛抱だ!すぐにルデアスとかいう階級に上がってやるからそれまでの我慢だな」
「スノウ。明日から訓練があるのですよね?今日のところは休みましょう」
「そうだな」
――翌朝――
スノウは訓練所と言われる場所に来ていた。
ソニアとナージャは宿舎で留守番だ。
少しの間とはいえ、不衛生には我慢ならないといって徹底的に掃除してやると息巻いていた。
「ようこそ訓練所へ。あなたは今日からですか?じゃぁここに名前を書いてすぐ第3訓練場に出てください」
スノウは言われるままに名前を記入し、奥の扉の先にある訓練場の方に向かった。
訓練場に出るとそこには既に100名以上がいた。
ほとんどが男性だが、中には数名女性もいた。
「よぉ、あんたも今日からか?」
「ああ。しかしすごい人数だな。こんなに訓練生ってたくさんいるんだな」
「ははは、馬鹿いっちゃいけねぇ、これは新規のやつらだ。トラクレンとよばれる訓練剣士は2000人以上いるぜ。そして毎日50人〜100人は新規でやってくる。つまりそれだけ毎日死んでるってことだ」
「なるほど」
「おお、すまない、自己紹介がまだったな。俺はグレン。よろしくな」
「ああ。おれはスノウ。よろしく」
「よろしくスノウ。お互いすぐ死なないように頑張ろう」
ざわざわしている中、前方から大声が聞こえてくる。
「貴様ら!せいれーつ!」
あまりの声の大きさに反応したのか、それまでバラバラだったのが一応それらしく整列した。
「よし!よく聞け!貴様らの今の身分ははっきり言ってゴミ以下だ!」
(おいおいなんだよいきなり。今時こういうのがでるのか‥‥やれやれ)
スノウはうんざりしたが、ここで浮いてはまずいと思い聞き入っているふりをした。
「だが!これから3日間みっちりしごいてやる!貴様らに実力があれば3日後には一端の人間としての地位が約束される!だが、認められなければゴミのままだ!ゴミはいずれ廃棄される運命だ!いつまでもトラクレンとしていられると思うな!いやなら是が非でものし上がれ!以上だ!」
オールバックで尖った髭の男が大声で演説した。
続けて横にいたメガネをかけた紳士的な男が話始める。
「では続いて私からこれからのスケジュールについて説明する。一度しか言わないからよく聞いて欲しい。この訓練場はそれぞれの武器で訓練できるように区画がある。その中で君たちが得意とする武器や使いたい武器を扱っている区画に行き、教官の指導や他のトラクレンとの練習試合で腕を磨いて欲しい。そして3日目に試験がある」
(なるほど、好きな武器で戦いを教えてもらえるっていうことか。それはいい)
「試験は簡単だ。10人のバトルロイヤルで勝った者がグラッドに上がれる仕組みだ。一つ注意点だが、扱う武器は木製だ。木製といっても本気で撃ち合えば致命傷も与えられる。中には死ぬものも出てくる。それを理解した上で全力で戦ってくれ。当然棄権の機会も与えられるが、トラクレンとして棄権できる権利は3回までだ。3回使い切って棄権する場合はグラディファイサーになることは諦めてもらう。つまりここから去ってもらうということだ」
(なるほど。おれみたいなナラカあがりは街の赤線区域から出られないわけだからここを出ていくイコール死ってことだな。それが嫌ならナラカに戻るしかない。上等だ)
「よし!それでは早速それぞれ好みの区画で訓練を始めたまえ!」
スノウがざっと見回すと打撃、剣、刀、槍、棍、斧、弓、炎魔法の8区画あった。
没収されてはまずいということでフラガラッハは宿舎に置いてきている。
スノウとしてはまずこのゲブラーという火の世界で最も興味を持った炎魔法を知りたいということで炎魔法の区画に向かった。
「集まりましたかね‥‥ぼちぼち始めたいのですがいいですかね」
小柄でメガネをかけたおかっぱ頭の男が面倒くさそうに訓練を始めようとしていた。
どうやら炎魔法区画の教官のようだ。
「はい。じゃぁ始めますよ。後から来ても説明繰り返さないんで勝手についてきてくださいって言っても今いない人に向かって言っても無駄か‥‥たるいですね」
(やる気なさそうだな。ハズレか‥‥)
「じゃぁ、えぇとここにいる人たち。コグバシラ(大炎御柱)作ってくださいよ。作れない人いないと思うけどいたら教えてっていうか別の区画に行って欲しいんだけどさ」
『おおおお!!!』
全員スノウの作り出した蒼いコグバシラに驚いている。
「へぇ。君やるね」
そう言うと炎魔法の教官は面倒くさそうにスノウのところへ歩いていく。
そしてスノウの作り出している蒼い炎をじっと見つめている。
徐に人差し指と中指をブイの字にして箸でつまむようにスノウの作り出した炎を摘んだ。
「あ!何を?!」
超高熱のはずだ。
肉など一瞬で焼け蒸発するようなレベルのはずだが、目の前の教官はいとも簡単にスノウの炎を摘んでいる。
そして木の枝でも折るかのようにポキっと折って見せた。
「!!」
「やっぱりか」
「どういうことだ?」
「どういうこともこういうこともないでしょうに。下手くそなんだよなぁ。ただ炎作りゃいいってもんじゃないんだよ。説明すんの面倒くさいからちょっと見ててよ。今らやるから」
そう言うと教官は手のひらの上でコグバシラを作り出した。
色は赤い。
温度としては一番低い温度帯だろう。
だが発する熱は凄まじい。
「ほれ、早く掴んでよ。疲れるから早くね」
スノウは教官と同じように人差し指と中指でつまもうとする。
「君、本当に蒼いコグバシラ作れる人?指に炎纏わせて置かないと指焼け落ちるよ」
スノウは “そういうことか” と思いながら指示通り炎魔法を指に纏わせて防御する形で教官の作り出した赤い炎を摘んだ。
「折ってみて」
スノウは渾身の力を込めて折ろうとする。
しかしびくともしなかった。
「なんでだ?!」
「なんでだだってさ‥‥本気で言ってんの?君。折れるわけないでしょうが。僕が作ってるやつだよ?なんで折れるの。密度と火の粒の繋がりが違うんだよね‥‥そんなこともわからないのかね‥‥」
(密度?‥‥火の粒の繋がり?!)
スノウは頭の中でイメージした。
そしてもう一度コグバシラを作り出す。
今度は赤い色だ。
温度に拘らず、密度と火の粒子の繋がりを想像して強固な細かい網の目のようなものをイメージしてコグバシラを作り始めた。
それを面倒くさそうに先ほどと同様につまむ教官。
折れない。
「へぇ。君意外と器用なんだ。じゃぁこのまま温度上げてみてよ。さっさとやってよ?疲れてんだからさ」
スノウは今の状態を維持しながら温度を上げるイメージを作り出す。
炎の色が徐々に変わり、黄色から少しずつ青色に変わっていく。
そして綺麗な蒼い炎となった。
だが先ほどとは違って強固な炎の柱になっている。
「やるねぇ君。はい合格。もうどっか行っていいよ。僕を超えてるから」
そう言うと教官は手を “しっしっ” と追い払うような素振りを見せた。
スノウはよくわからないまま他の区画に移動する。
(この炎魔法の考え方。これは他のリゾーマタやそれ以外の全ての魔法に言えることなんじゃなか?ここでは試せないが、ここは意外と知らない技術が得られる場なんじゃないか?)
恐らくこの場にいる誰よりも強いはずのスノウだったが、ここは多少腕に覚えがある程度の素人に近い、剣闘士を目指すものたちが集まっているだけあり基本を教えてくれる場のようだった。
スノウ自身、魔法はロムロナやニンフィーに一応教えてもらってはいるものの戦闘で使う魔法の使い方や考え方を教えてもらっただけで、魔法の原理・構造は教えてもらえていなかった。
スノウの異常なポテンシャルの高さによりクラスの高い魔法が使えているだけで、魔法威力の強さで言えばロムロナやニンフィーに遠く及ばなかったのはこういった原理・構造を知らなかったことが要因だとスノウは思った。
「さて、他の魔法への応用は別途訓練するとして、次はどこに行くか‥‥」
ある程行くと “弓” の区画が目に留まる。
スリムで耳の尖ったイケメンの教官が弓を教えているようだが、そこで教えてもらっている見習いたちはみなしゃがみ込み地面に埋まっている何かを引き抜こうとしている。
(何してるんだ?弓矢の訓練しないで‥‥)
「みなさん。弓矢で重要なのはなんでしょうか?」
全員地面にくっついているように見えるコの字型の取っ手を引っこ抜こうとして集中しており、答えられる状態にない。
「コントロールでしょうか?道具として優れたな弓矢でしょうか?いずれも違います」
全員顔を真っ赤にして取っ手を引き抜こうと必死になっている。
「目と体幹と筋力です。その基礎ができていない者がいくら弓矢を練習したところで実戦では使えません。その取っ手が引き抜けないあなた方ド素人が弓矢を触るなどもっての他ということです。ここで訓練する者の中には1年以上もその取っ手の引き抜きを続けている者もいます。なぜならそんなこともできない者がアムラセウムに出ても数秒で死ぬからです」
スノウは理にかなっていると思った。
「ああぁぁぁぁ!なんだよこれ!ひっこぬけねぇんじゃねぇのかこれ!教官さんよぅ!これ実はあんたもひっこぬけんぇんじゃねぇのか?」
「そうだ!そうだよ!俺たち騙されてるんだよ!」
癇癪を起こした男に迎合した他の者数人も騒ぎ始めた。
すると教官は何も言わずに癇癪を起こした男のところへ歩み寄ってきた。
「な、なんだよ!謝りにでもきたか?」
教官はスマートに場所を開けてくれという仕草をし、しゃがみ込んで取っ手を握った。
右手で取っ手を握り、地面に左手をつき、弓を引くような動きで取っ手を引っ張る。
スリムな体型であったが背筋や胸筋、腕の筋肉が盛り上がり、血管が浮き出ている。
グゴゴゴゴゴゴゴ
地響きがして地面に振動が走る。
徐々に取っ手が引き抜かれる。
姿を現したのは大きな鉄の板に無数の棘が付いているものだった。
これを引き抜くには生半可な力では不可能だと納得させられるものだった。
1.5メートルほど引き抜かれたところで教官は動きを止めた。
横で見ていた癇癪を起こした男は顎が外れていると思われるほどの驚愕の表情でその光景を見ていた。
「さぁみなさん、頑張りましょう。これが出来ない者はアムラセウムに出ても秒殺です」
興味本位でスノウも取っ手引き抜きにチャレンジしてみる。
自分自身魔法や剣技はそこそこだと思っているが、単純な力についてはどの程度がわからなかったからだ。
左手で地面を押さえ、右手で取っ手を持ち真上に引いてみる。
(確かに頑強だな。でもなんかいけそうな気がする)
スノウは一気に右手に力を込めて真上に引いてみる。
すると2メートル弱ほどある棘のついた鉄の板が全て引き抜かれてしまった。
『おおおおお!』
一斉に歓声があがる。
「全部引き抜きましたか。いいでしょう、合格です。あなたは次のステージに進んでください。他のみなさんは続けて下さい。これは基本中の基本です。いいですね?」
教官は平然と反応しスノウを少し奥の広場へ誘導した。
そこには椅子に鉄で出来た何かがくっついたものが置かれていた。
「ではトラクレンの君。ここに座って下さい」
スノウが椅子に座ると、教官はスノウの足と手を枷で固定した。
次に背もたれの部分に固定されている鉄の首輪を嵌めて首の部分だけ動かせないように固定した。
首輪の部分は稼働式になっており、上半身を動かすことで頭部を動かせるという特殊な作りの椅子だった。
試しに上半身動かしてみるが、腹筋と背筋を使って頭部を前後左右に動かせる状態が確認できた。
「それでは次の訓練を始めます。これから周囲6つの方向から炎魔法の矢があなたの頭を狙って飛んできます。この訓練場の外周に炎魔法の弓を放つ者が配置されていますからそれを見て避けて下さい。それだけです。最初に申し上げておきますが仮に炎魔法の矢を受けても死にはしません。矢の形をした炎ですからあたな頭を貫くようなものではないからです。ですが炎ですから火傷はします。もちろん多少の衝撃と熱さで激痛が走りますが。それが嫌なら避けるしかないというものです」
(動かせるのは腹筋と背筋のみ。首は若干動くが首だけで矢を避けるような動きは出来ない。なるほど、さっき言っていた目と体幹と筋力、その中の目で視る力と避ける体幹力を養うものということか。シンプルだし面白そうだ)
「それでは始めます。50本の炎の矢が飛んできます。ではスタート」
教官は手を挙げた。
スノウは周囲を警戒する。
右斜め30度のところで一瞬光ったと思うと1秒もたたないうちに炎の矢が飛んできた。
かろうじて避けるも今度は左斜め45度あたりが光り、そこから矢が飛んでくる。
それも何とか躱すスノウ。
今度は右真横から矢が飛んでくる。
それも躱すが、突如左頬に激痛が走る
(何?!)
ジュウウゥゥ‥‥
肉の焼ける匂いがする。
火傷を残し炎はすぐに消えた。
どうやら自動で消える魔法のようだが、衝撃と高熱によるダメージはかなりのものだった。
一般人なら気絶か下手をすればショック死しかねない。
(矢の放たれる間隔はランダムか!)
ジュワァァァ
今度は後頭部に衝撃と高熱でダメージが出る。
炎はすぐに消えるため髪には燃え移らないようだ。
(おいおいおいおい!禿げたらどうすんだよ!てか落ち着け!これは動揺したらやばい!次の矢に対処するのが遅れる!冷静に上半身を捻りながら後方にも気を配って全体を視るんだ!)
スノウは周囲に視覚神経を集中する。
動作は腹筋と背筋に集中した。
次々に飛んでくる炎の矢を何とか避ける。
だが、集中力と筋肉の瞬発力が要されるため、精神的肉体的な負担が大きく疲労感が半端なかった。
(これじゃぁ50本耐えきれないかもしれない。いずれ疲れて当たってしまう。疲れたらリカバリーできないから炎の矢の集中砲火を浴びる地獄絵図になっちまう‥‥視てから動いていては遅いんだ‥‥視覚と体幹が一体になっている感覚で反応できないとだめだ‥‥そう、無意識で動けるようにならないと‥‥)
スノウは視覚と体幹を意識するのをやめた。
ジュワァァァァ
耳に炎の矢がヒットする。
ジュゥゥゥゥ
今度は右頬に火傷を負ってしまった。
周りでは多くの者が取っ手引き抜きの訓練を忘れ、スノウの視覚・体幹強化訓練を見守っている。
「あいつどうした?!さっきまで上手く避けてたのによ!あれじゃぁ終わる頃には頭まる焦げだぞ」
「うわぇぁ。悲惨な光景‥‥」
「実はこんな訓練だれも成功できねぇんじゃねぇのか?!」
「がんばれ!よけろー!」
方々で思い思いの言葉が飛んできている。
ジュゥゥゥゥ
右のこめかみにヒットした。
スノウの顔は半分以上が火傷の状態になっている。
「終わったか。もうあいつだめだな‥‥」
「いや、なんか少しずつ反応し始めたぞ」
30本を過ぎたあたりからスノウは矢に反応し始めた。
ギリギリのところでかわし始めている。
その動きには無駄がなかった。
腹筋に力を入れる瞬間のタイムラグもなくなりスムーズに避けている。
『おお‥‥すげぇ!』
残り5本になった時、ほぼ同時に炎の矢が放たれる。
スノウは一瞬で5本それぞれの軌道を読み同時にそれを避ける位置に上半身を動かした。
矢は全てスノウに当たることなく飛んでいった。
『おおお!!!』
「訓練は終了です。いいでしょう、合格です。最後の5本を全て避けることがこの訓練をクリアする条件でした。それを避けたあなたは合格ということです。ここで教えられることはありません。速やかに別の区画へ行って下さい」
トラクレン初日の者の中から合格者が出たことで弓区画に挑んでいる者たちにやる気を起こさせる結果にも繋がった。
「あぁ、その前に医療室で簡単に薬を塗ってもらってきて下さい。痛みが消えるのと2日もすればその火傷が治りますからね」
スリムで耳の尖ったイケメン教官はそういうとスノウに興味を失ったのかまた指導に戻っていった。
スノウは言われた通り医療室で火傷に効くと言われている薬を塗ってもらった。
ヒリヒリする激痛が一気に消えた。
スノウにとってはウルソーの回復系魔法ですぐ治せるのだが、まだ得体の知れないこのゲブラーで炎魔法以外を披露するのは時期尚早と判断し素直に処方された薬で治すことにした。
(薬でここまで痛みを消せるとは‥‥魔力量を節約する意味ではこういう薬を持ち歩くのも必要かもしれないな。今後は長期戦になる状況もあるかもしれないし。意外と気づきが多いな。しかし、炎魔法といい、弓の訓練といいここは基本を学ぶ意味でとても有意義だ。我流のおれには必要な場所だな。全て制覇できたらもっと強くなれるんじゃないか?)
スノウは次に目のついた斧の区画に向かった。
全員太く長い鉄の棒を剣道の構えのように持ちながらスクワットしている。
鉄の棒は相当な重さのようで腕は痙攣しているかのように震えている。
足や腰への負担も大きいようで皆悲鳴を上げながらスクワット続けている。
当然ここでも斧はどこにも見当たらない。
「ここも基礎が学べそうだ」
スノウは嬉しそうに参加した。
1/7修正




