<ハノキア踏査編> 23.異様な存在
23.異様な存在
「いいわ。私が行く!あなたたちはここで待機ね。何かあったら加勢頼むわ!」
「ソニアさん!」
ダシュゥゥン!
シンザが止めるようとする間も無くソニアは両手両足から音熱魔法を発して凄まじい速さで隕石の方へと飛んでいった。
「全くなんて人だよ!全く火矢みたいな人だな!ルナリ追うよ!何か嫌な予感がする!」
「心配しているのだな。流石は心優しき我が伴侶。そして我も同じ感覚だ。嫌な予感がする。さぁ捕まるのだシンザ」
シンザがルナリに負ぶさるようにして掴まるとルナリは負の情念の触手で跳ねるように跳躍し一気に巨大隕石との距離を詰めた。
「え?!」
ほんの数秒の時間差であったにも関わらず、既にソニアは数十体のグレイと戦っていた。
ドッゴォォォォン!
ビィィィィィ!!
ソニアの音熱魔法による爆裂波に対し、グレイは指先からレーザーを照射して反撃していた。
厳密には指先につけている小型の装置から発せられているのだが、その威力は強力で、レーザーが当たった岩は数秒で溶解している。
そのレーザーが無数に飛び交う中、ソニアは巧みに回避しながら魔法を放っているのだが、あまり効果がない様子でグレイたちの動きに変化はなく執拗に攻撃してきた。
それでもソニアの音熱魔法爆裂波の超高熱によってグレイの皮膚は少しずつ爛れていっているように見えた。
「ソニアさんの魔法の温度やばいな」
空中に浮遊した状態のルナリとシンザが上空からソニアとグレイたちの攻防の様子を窺っていた。
ソニアの放つ音熱魔法の爆裂波の余波の爆風はかなりの高温であり、グレイに直撃している温度の異常な高さが容易に想像できたのだ。
炎魔法を得意とするシンザにとって、ソニアの音熱魔法の凄まじさは誰よりも理解出来るものであった。
「通常の精霊の加護による炎魔法では到達が困難なレベルの超高熱だ。だがそれでもグレイどもの皮膚を崩すに至っていない。やはり、単純な魔法は奴らには効果が薄いようだな」
「そんな‥‥どうすればいい?あれじゃぁ僕らでも対処は難しいじゃないか」
「大丈夫だ。ソニアなら気づくはずだ」
ジャキィィィィン!
数十体のグレイたちは一瞬で凍りついた。
交代したソニックが絶対零度の音氷魔法を展開したのだ。
ボワッ‥‥
再び交代したソニアは両手にファイヤーボールを出現させた。
「ダメだよ、あんな小さな炎魔法じゃ!」
「いや、あれでよい」
ソニアは両手に出現させた2つのファイヤーボールを凍っているグレイに投げつけた。
バリィィィン!
バジュゥァァァァ‥‥
「折角凍らせたのに溶かしただけじゃないか!」
「よく見るのだシンザよ」
「‥‥‥!!」
シンザはファイヤーボールが当たったグレイを見て何かに気づいた。
「グレイの体が壊れ始めてる!」
「そうだ。ニンゲンに化けているグレイは振動で表皮を破壊することが出来た。そして中から出てきたグレイは脆弱そのものであったが、ここにいるグレイは全くの別物だ。だが振動‥‥つまり波動には弱いのだ。ただその強度が異常なだけでな。そしてソニアはそれに気付き特殊な音振動を練り込んだ火球を投げつけグレイの皮膚を破壊した。まぁソニアほどの実力者でなければあのレベルの音振動を超高圧で練り込むのは不可能だろうがな」
「音振動?」
「そうだ。スノウが得意とする波動氣にも似ている」
「なるほど‥‥」
上手く波動氣を使えないシンザにとってはソニアの音振動に驚きを隠せなかった。
「凄いなソニアさん‥‥」
「自身を卑下する必要はない。シンザも鍛錬によってあのレベルの振動を練り上げることは可能だ」
「‥‥‥‥」
シンザはルナリ言葉を素直に受け取れなかった。
表面的な気休めをルナリは言わないと分かってはいたが、自分に自信を持てなかったのだ。
ダシュン!ドダダダダァァァン!
ソニアは凍って身動きの取れないグレイたちに向かって高密度で音振動を練り込んだファイヤーボールを数十個生み出し投げつけた。
グレイたちは見る見るうちに体が崩れて倒れていく。
ヒュゥゥン‥‥
ルナリとシンザはソニアのもとに降り立った。
「あら、来たの?待機しておいてって言ったのに。でももう終わったからいいわ。さて、あの特大隕石の中調べるのよね?ルナリ、頼める?」
「もちろんだ」
ソニアは得意げに言った。
ルナリは軽く頷くと負の情念の触手隕石に向かって放ち調べ始めた。
「!!」
突如常に無表情のルナリの顔が複雑な表情へと変わった。
怒りなのか恐怖なのか、いずれにしても良くない意味の表情であり、ルナリはすぐに負の情念の触手を引き戻した。
「シンザ、ソニア、逃げるぞ」
「はぁ?!何言ってるのルナリ!私がグレイどもを一掃したって言うのに」
「我の触手が切断された。生命反応が感じられないにも関わらずだ」
「自動のカラクリとかじゃないの?!」
「いや、違う。明らかに何者かによって切断された。とにかく逃げるぞ」
普段動じることのないルナリが珍しく怯えているのを見たシンザとソニアは大人しく従い一旦退避することにした。
『!!』
ルナリたちが逃走のために振り向いた瞬間、音もなく目の前に3メートルはあろう何者かが立っていた。
ザンッ!
バゴォォン!!
ルナリが触手で攻撃し、ソニアが魔法で攻撃しながら3人は後方に飛び退いた。
「こやつ‥‥」
「やっぱ物理も魔法も効かないか」
ルナリは負の情念の触手を前面に出し完全防御体勢をとった。
ソニア、シンザもルナリの少し後で防御体勢をとっている。
突如現れた目の前の存在。
その姿は異様そのものだった。
足は6本あり、甲殻で覆われた体が黒く光っているのだが、頭部からはグレイの上半身が生えており、まるで巨大な昆虫にグレイが寄生しているかのようだった。
(姉さん!)
(分かってるわよ!こいつの気配が微塵も感じられなかったことくらい!しかもこの巨体で!こいつは相当やばい!しかもこの甲殻は私の音熱魔法の振動波も通さない!)
(僕の音氷魔法も効かない!)
ソニアは精神の部屋にいるソニックと会話した。
シンザもこの異様な存在に只ならぬ脅威を感じ取り、どう逃げるかを考えていた。
ルナリは触手でソニアとシンザの手に触れた。
(よいか、今から我が盾になりこやつを引きつける。その隙に空へ飛べ。出来るだけ高くだ。そしてそのまま川の方へと飛べ。そしてそのまま川へと飛び込むのだ)
触手からルナリの声が聞こえた。
(今だ)
ダシュン!!
ルナリの合図と共にソニアとシンザは炎魔法で一気に空へと上昇し、マルシュ川目掛けて飛んでいった。
シュン‥ガギィィィン!!
異様な昆虫グレイは突如ルナリの目の前から瞬間移動のように姿を消したが空中で糸に引っ張られた凧のように浮遊していた。
背中の甲殻を開き羽を出して飛んでいる状態であったが、静止状態となっていたのはルナリの触手が昆虫グレイの足に巻き付いていたからだった。
「追わせぬ」
ダシュン‥‥ガゴォォォォン!!
ルナリは凄まじい勢いで跳躍すると昆虫グレイの上に飛び、そのまま強烈な踵落としを放った。
顔が潰れんばかりの衝撃で昆虫グレイは地面に突き刺さるように埋まった。
ルナリはその隙にソニア、シンザのあとを追って凄まじい速さで飛んでいった。
バシャァァン‥‥
ルナリがマルシュ川に着水した。
「無事だったんだねルナリ!心配したよ!」
「問題ない。我はシンザの伴侶。お前を置いて死ぬことは許されないのだ」
「はいはい、おふたりさん。イチャつくのはそれくらいにしてよ。それであの化け物グレイはどうなったの?」
「我の残した触手の感じから読み解くと、あやつは巨大隕石に戻っていったようだ。恐らくだが、あの隕石から離れられないのだろう。隕石を守護しているのか、隕石に何か重要なものがあるのか、生命を維持する上で隕石が必要なのか‥‥いずれにせよ助かったということだ」
「よかった‥‥」
「ところでルナリ、なぜ川に飛び込めって言ったのよ?わざわざびしょ濡れになる必要も無かったんじゃない?」
「あやつが昆虫に近い存在ならば水を嫌うと思ったのだ。あの姿から陸生昆虫だと想定した。案の定呼吸口が節々に見受けられた。陸生生物は水に弱い。溺れ窒息するからだ」
「なるほど。川に飛び込んでしまえば襲って来ないと思ったのね。確かにそうかもしれないわ。変なこと言ってごめんねルナリ」
「構わん。それよりこれからどうするかだ。触手で触れてみて分かったのだが、あの昆虫グレイは恐ろしく強い。レヴルストラ総力で対峙すべき存在だ。ゆえに我ら単独でどうこうすべきではない」
「賛成よ。同感だし、何よりあの見た目‥‥気持ち悪いわ」
「そっち?」
シンザはどっと疲れた出たのを感じた。
「そういえば他にも隕石はあったわね。ちっちゃいのを攻めるべきね。シンザ、地図出して?」
「‥‥とりあえず、川から出ませんか?寒くて風邪ひきそうです」
「‥‥それもそうね」
3人は川から出てティフェレトの地図で隕石の場所と大きさを確認し、小規模隕石のあるグコンレンの北50キロメートル付近にある隕石を目指すことにした。
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