<ハノキア踏査編> 4.違和感
<レヴルストラ以外の本話の登場人物>
【エストレア・レストール・マッカーバイ】
マッカーバイ家の血統を持つ正当な王位継承者であり女王。元々はホドでウルズィーの娘として育てられガルガンチュアの総帥として活躍していたが、スノウとともにティフェレトへ越界し、紆余曲折の末に隕石からティフェレトを救って女王となった。
【アルフレッド・ルーメリア】
ラザレ王国の王国軍総司令
【ザリウス・ルーメリア】
ラザレ王国の王国軍副総司令。アルフレッドの息子で強さに対する憧れと執着を持っており、身分を知らないスノウの戦闘力の高さに惚れ込んでいた。
【アレナダ】
ラザレ王国宰相の秘書と名乗っている謎の男。
4.違和感
「お待ちしておりました。ご案内いたします」
スノウは困惑しつつ目の前の初老の男を見ていた。
「あんたは?」
「これは失礼致しました。私はラザレ王国宰相の秘書であるアレナダでございます」
「宰相の?」
(確かラザレの宰相はルイ・サイファノスだったか。横柄で威圧感あるおっさんだったが、どこか高貴なところがあったのを覚えている)
スノウ達はアレナダという宰相秘書に後についていった。
・・・・・
「さぁ、こちらの謁見の間からお入りください」
スノウ達はスメラギの残した科学の産物であるエレベーターに乗り、上層階にある見慣れた扉の前にふたたびやってきた。
ギィィィ‥‥
大きな扉を開けると広い空間が現れた。
紅い絨毯が玉座まで続いている。
その両脇には豪勢な鎧に身を包んだ騎士たちが並んで立っていた。
そしてその先の玉座に座っていたのは、懐かしい顔だった。
「エスティ‥」
玉座に座っているのはラザレ王国最高権力者であるエストレア・レストール・マッカーバイ女王だった。
「ささ、前へお進みください。みなさんお待ちかねですよ」
アレナダに促されスノウたちは赤絨毯を前に進んでいく。
(こいつは確かザリウス・ルーメリア。王国軍の副総司令だったよな。暑苦しい性格で強い奴に目がなかったはずだ)
スノウは前回ティフェレトを訪れた際、スノウの強さに執着していたのを思い出した。
(その隣にいる傷だらけの顔の紳士の騎士はザリウスの父親で王国軍の総司令のアルフレッド・ルーメリアだったな。ザリウスとは仲が悪かったはずだ)
ジャキン‥
アルフレッドがスノウの前に剣を出して歩きを止めた。
「何の真似だ?」
「一応武器を預からせてもらう」
スノウの威圧的なオーラに微動だにせずアルフレッドは毅然とした態度で言葉を返した。
「おれが女王に何か危害を加えると思うのか?」
「それは分からぬ。私はこの王国の軍事を全て任された者だ。それは全て女王の御身を守るためであり、国民の命を守るためでもあるのだ。例外は許されない」
「‥‥‥‥」
スノウは違和感を感じつつも尤もな言い分に素直に応じ、武器を床に置いた。
「すまないが、おれの武器も仲間の武器も床に置かせてもらう。触れることは許さない。そもそもおれの剣に触れることは出来ないが」
「承知した」
アルフレッドは剣を鞘にしまって列に戻った。
そして女王への謁見の場所まで辿り着いた。
ス‥‥
スノウ達は片膝をついて首を垂れた。
エストレアにそのような対応を取ることがスノウにとっては面白おかしく思わず吹き出しそうになってしまったが、ぐっと堪えた。
エストレアはドジでまっすぐで一生懸命な女性であり、スノウとティフェレトで数ヶ月を共に冒険した旧知の仲であり、王と謁見者という立場の差が非現実的で不思議な感覚だったのだ。
「スノウ・ウルスラグナですね。そちらは嘗てのリュラーのソニアですか。他のふたりは何者ですか?」
「?!」
エストレアは落ち着いた声でゆっくりと話しかけてきた。
スノウは少し首を上げてエストレアを見た。
美しい紫の艶やかな髪が懐かしく、数年前の一緒に冒険した出来事の記憶が一気に鮮明に蘇ってくるのを感じた。
だが、スノウは彼女にどこか違和感を感じた。
「女性の方はフランシア。男性はワサンだ。両方ともおれの仲間だ」
「そうですか」
(何だ?‥‥よそよそしいというか冷たい感じがする。かつてエスティに感じたことのない感覚だ。女王の公務ってのはこうも人を変えるのか?)
「貴方はかつてこのティフェレトを救ってくれたいわばこの世界の恩人であり英雄です。私たちティフェレトに住まう全ての者は貴方たちを歓迎します。本日はこの城に泊まっていくとよいでしょう。ティフェレトを再び訪れた理由は分かりませんが、この世界を旅するのであれば、どこでも通行でき宿泊出来る通行証を授けましょう」
「ああ、それは助かる。ありがとう」
「ささ、スノウ様、そしてお仲間の皆様。女王はお疲れですので、謁見はここまでとさせて頂きます。この後はこの城の最上級の客室へとご案内致します」
アレナダがスノウ達に謁見の間から立ち去るように促してきた。
スノウが立ち上がってふたたび玉座を見ると、エストレアの姿は既になく、奥の横の扉から自室へと戻ってしまったようだ。
スノウ達は床に置いた武器を再び装備するとゆっくりと出口の方へ向かって歩いていく。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ‥‥
その間、両脇に挟むように立ち並んでいる王国軍の騎士達の不気味な威圧感を感じていた。
・・・・・
――最上級の客室――
フランシア、ソニア、ワサンはスノウの部屋を訪れていた。
スノウは口元に人差し指を当てて静かにするよう指示した。
そして羊皮紙とペンを取り出し、他愛ない世間話を始めると筆談で会話を始めた。
“ここは何かおかしい。おれの知っているエスティではなかったし、アルフレッドやザリウスもまるでおれを知らないような素振りだった”
“私も同じ感覚だったわ。エスティのよそよそしさは、まるで私たちのことを知らないような感じだったし”
“ソニアもそう感じたか。おれが何よりおかしいと思ったのが、宰相のルー・サイファノスがいなかったことだ。仮にあのおっさんが任期を終えて別の人物に代わっていたとしても、あの場に宰相がいないのはおかしい。なぜか秘書のアレナダが応対していた。シア、ワサン、お前たちはどう思う?”
“騎士達から気色の悪い親密さを押し売りするようなオーラがありましたがその奥に僅かでしたが警戒心を感じました”
“オレもだ”
スノウ達は世間話をしながら周囲に目を配りつつ筆談を続けた。
“どうする?夜に女王さんのところに忍び込んで直接話をしに行くか?”
ワサンの書いた内容にスノウは少し悩んだ様子を見せたがペンを走らせ始めた。
“いや、少し警戒した方がいい。何かがおかしい気がする。明日は一旦ラザレを出て東にあるノーンザーレに行こうと思う。さっきのエスティの言葉から、ここの時間軸はおそらくおれ達が越界してから数年経過していると思われる。時間の経過通りということだが、数年の間で何がどう変わったのか、ここで調査するのは危険な気がする。従っておれ達は明日ノーンザーレに向かう。異論はあるか?”
3人は首を横に振った。
それを見たスノウは笑みを浮かべて頷きながら羊皮紙を炎魔法で燃やし跡形なく消し去った。
「さぁて、腹減ったなぁ!どこかレストランはあるかな!」
「お、いいねスノウ。ティフェレト名物の美味い飯を食いに行きたいぜ」
「賛成だわ」
「それじゃぁ私の知っているお店に行かない?」
4人は目を見合わせながら会話すると部屋から出た。
「おや、お出かけですか?」
『?!』
扉を開けたすぐ先に宰相秘書のアレナダが立っていた。
「何だ?盗み聞きでもしていたか?」
「これは異なことをおっしゃる。私がそのようなことをするはずもございません。皆さまはこの世界の英雄ですよ?殺人以外は大概のことが許される存在です」
「殺人以外って‥‥まぁいい。食事に出かけるよ。かまわないよな?」
「もちろんでございます。どうぞお気をつけて」
アレナダは頭を深々と下げながらスノウ達を見送った。
スノウ達は警戒しながらラザレ王宮都内にあるレストランで食事を済ませた後、城内の自室へと戻り就寝した。
・・・・・
――翌朝――
スノウ達は早朝にも関わらず、身支度を整えてノーンザーレに向かって出発した。
昨晩はエストレアが部屋を訪れてくるかと思ったが、女王という立場のせいで自由に行動できないのか、全く連絡がなかったこともスノウにとって大きな違和感となった。
ノーンザーレへの道中でも数多くの魔物が出現したが、いずれもスノウ達の姿を見るや否や逃げていった。
「スノウ」
「どうしたワサン」
「なんか、魔物たち、変じゃないか?」
「どういう意味だ?」
「オレたちのことを見て逃げ出すってのは、オレたちの戦闘力の高さを感じ取って恐怖したからだと思っていたんだが、なんか違う気がしてきたんだよな」
「違うって何がだ?」
「いやな、魔物たちと遭遇する度に、魔物たちは草木を食ってたり、小動物を捕まえて食っていたりしていてさ。それって普通、魔物の行動としておかしくないか?」
「まぁ言われてみれば‥‥うーん。何とも言えないな。魔物だって何か食うだろ?」
「いや、何ていうか、オレたちは魔物と戦うことが最近極端に少なくなっていて忘れてしまったんだろうが、もっと野生的というか、凶暴な感じだったと思うんだよ。だが、このティフェレトの魔物は何というか、魔物じゃなく動物みたいな感じなんだよな」
「野生の勘か?」
「お前、おちょくってんだろ!」
「冗談だよ。だが、ワサンのそういう感覚をおれは信用しているからな。次、魔物に出会ったら捕まえて聞き出すか?話せる魔物でなければ意味はないけどな」
「ああ。そうしよう」
だが、その後、何度か魔物を捕まえたが話せる魔物は見つからず、皆怯える表情を見せるだけであった。
危害を加える様子もなかったため態々退治する必要もないと判断し逃したが、解放した瞬間に皆凄まじい勢いで逃げていった。
「まるで私たちが虐めているみたいね」
「マジでその感覚分かるぜ。なんか調子狂うんだよな」
「さて、魔物検証はそれくらいでいいな?少し寄り道になってしまったから急ぐぞ。日が暮れてしまう」
本来であればスノウ、フランシア、ソニアは空を飛べばもっと早くノーンザーレに到着することが出来たのだが、ワサンが高所恐怖症であり、空を飛ぶことを嫌がるので歩いて移動していた。
スノウは日が暮れる前にノーンザーレに到着できるように計算しながら歩いていたためワサンたちを急かすようにして再び進み始めた。
そして日が沈む頃、スノウ達はノーンザーレに到着した。
高い壁に囲まれたティフェレト最大の都市、ノーンザーレは以前訪れた頃よりもさらに科学の進歩が著しいようで、マルクトの日本でも見られないような特殊な移動手段が都市中に張り巡らされており、夕暮れ時にも関わらずまるで昼間のような明るさを保っていた。
「すごいな‥‥何なんだよここは‥‥」
「日本よりも進んだ科学力ってことかしら」
「そうだシア。何度も話した人物のスメラギさんが科学をこの都市に存分に根付かせた。エレキ魔法という電気を使ってな。だが、以前はここまでの明るさや煌びやかさはなかったな。エレキ魔法をどうやってか、潤沢に手にいれる手段を得たようだな」
(ハルピュイアが利用されていなければいいんだが‥‥)
スノウは脳裏にハルピュイアのケリーを思い浮かべていた。
「さて、宿を取ろう」
「エスティからもらった通行証は使わないのか?」
「ワサン、貴方の脳みそは胡桃なの?通行証を使って泊まったらラザレ王政の者たちに行動が筒抜けになるでしょ?」
「あぁ、そういうことか。だが金持ってないだろ?オレたち。昨日は通行証で飲み食いしたから必要なかったが流石に通行証使わずに飯食うのも泊まるのも無理じゃないか?」
「大丈夫だワサン。おれもだが、ソニアもティフェレトの金を持っている。こんなこともあろうかと、ヴァマナに置いていた以前所持していた現金を持ってきたんだよ」
「私もあるわ。ほれほれ」
ソニアは札を見せびらかすように振って見せた。
「こう見えて私はねぇ、この世界を守る守護者のリュラーだったわけよ。つまり貯金は結構あるのよね!あんたが羨むほどにね!」
「何だよ。そんなに金あんなら最初から言えよ」
「フフフ!」
「無駄話はいいから早く宿を探そう」
「はい!」
ソニアの小気味良い返事が返ってきた。
それから数分後、早速ソニアが良さそうな宿を確保してきた。
スノウ達は一旦疲れを癒すのも踏まえ、情報収集などの行動は翌日からとした。
スノウは部屋の窓から夜空を見ていた。
(あの空に隕石が落ちてきて、マクロネットで防ぎ、エスティの舞によって生まれたティフェレトの全生物の発する振動で破壊したんだよな‥‥上手くいった‥‥でいいんだよな‥‥)
スノウは脳裏に一抹の不安を感じたがその日はそのまま就寝した。
いつも読んでくださって本当にありがとうございます。




