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<ティフェレト編>53.女王エストレア

53.女王エストレア



 ドォォォン!!!


 「なんだ?!」


 突然小屋の外から大きな音が聞こえてきた。

 一同皆外に出てみる。


 『!!』


 そこには筋骨隆々な4本の腕を持った一つ目の巨人が四股を踏むように中腰で立っていた。


 「ジ、ジジイか?!」

 「ゴーザのボウズか!」

 「一体これぁ?!」

 「いやぁな。俺の命の火が消えかけた時によ、お前ぇと一緒にいたレンのボウズが耳元で囁いたんだよ。 “生きてくれっす” ってよ。そしたらみるみる内に体が治っていってな。レンのボウズに礼を言わねぇとな。あのボウズの力かどうか知らねぇが、あいつの励ましがあったから生き延びられた気がするんだぁ」


 エスティやケリー、ソニアたちは声を出して泣いている。

 ゴーザもスノウも声を殺しながら泣いている。


 「あのボウズめ‥‥どこまで優しい心の持ち主だってんだ!くそ!!」

 「んん?どうした?そうやぁレンのボウズはどうした?見あたらねぇが?」



・・・・・


・・・



 ゴーザは一連の状況をブロンテースに説明した。


 「そうだったのか‥‥俺みてぇな老ぼれが生き残って未来ある若造が逝っちまうなんてな。なんていう不条理だぁ‥‥俺ぁこのまま生きてていのか?こんな鉄を叩くことしか能のない老ぼれがよぉ」

 「そう言うなよブロンテースさん。きっとあんたにも成すべきことがあってことなんだよ。レンの意志を無駄にせず生きてくれ。頼むよ‥‥」

 「‥‥‥‥」


 大切な仲間を失い、責めるべき相手も失いどこか苦しい結末にはなったが、ひとつ言えることは前を向いて進むしかないということだった。

 ムーサ王の提案もあり、一行は一路ラザレ王宮都に向かうこととなった。


―――1週間後、ラザレ王宮都―――


 「ちょっと王様!何覗いてるのよ!馬鹿なの!」

 「す、すまん!そういうつもりじゃぁなくてだな!きちんと着れているか見にきただけなんだが!」

 「それが覗きって言うんでしょ!馬鹿だわよ!」

 「王様、そのようにご心配なさらずとも私どもがきちんと着付け致しますゆえ、どうぞ自室にお戻りください」

 「いやしかし‥‥」

 「ムーサ王!私もおりますので問題ございません!」

 「あ、ああ、す、すまんな。頼んだ」


 ソニアにキッパリと帰れと言われ、バツ悪そうに控室に戻ってくるムーサ王。


 「王様‥‥親バカというか非常識というか‥‥一国一城の主人なんだからもう少し落ち着きなさいよ」


 スノウは半ば呆れぎみでムーサ王を窘めている。


 「すまん!」

 「全く。勢いだけはいいですから。くれぐれもそんなそぶりを民衆に見せちゃだめですよ」


 リュラーの制服を着たゼノルファスがさらに追い討ちをかけるように王を窘める。


 「そなたらは‥‥少し言い過ぎだ!」

 「王よ。もう少しドンと構えてくださいよ。列国に舐められますって」

 「ああ!ああああああ!!!」


 ムーサ王はバツ悪そうに自分の部屋にこもってしまった。


 「しかし、当然と言えば当然だが、あの嬢ちゃんが女王様になるとはなぁ」

 「慌てん坊で、感情がすぐ顔に出るし、腕っ節が強いだけあってすぐ手が出るし、言葉遣い悪いし、気が強いし全くもって女王の資質が見当たらないんだがなぁ」


 ゴーザもスノウも腕を組んで頭を傾げている。


 「マスター。その割にはエスティ様をよくご存知でらっしゃる」

 「がっはっは!そりゃそうだわな!付き合いなげーもんなぁ!」


 翼猫のセリアの言葉にゴーザがからかい半分で反応する。

 ゴーザはニヤニヤしながら肘をスノウにぐりぐりと押し付けている。


 「はぁ?!まぁそりゃ付き合いは長いけど‥‥てか!へんな勘違いしてるんじゃないだろうな!」


 スノウは頭によぎった想像から急に顔を赤らめて声を張り上げた。


 「がっはっは!なんでぇお前ぇも顔に出るたちか!わかりやすいな!」

 「ち、違う!へんな想像するから恥ずかしくなっただけで好きでもなんでもねぇって!」

 「はいはい、わかったよ、はいはい。ぷぷぷ」

 「ゴーザァお前ぇ‥‥」

 「あー嘘嘘!」


 目を光らせてフラガラッハに手を掛けるスノウを見て笑いながら慌てるゴーザ。


 (全く‥‥何を勘違いしてんだが‥‥)


 あれから1週間。

 ティフェレト全土にエスティのアウロスの舞いが伝わり、アウロスの舞いを踊れるのが王家の純粋血統と知れ渡ったことで、エスティの女王即位を待ち望む国民が大勢現れたため、異例ではあるがエスティを女王として即位させる運びとなったのだ。

 ムーサ王は隠居するのだが、突如姿を消した宰相のポストに空きが出ているため、非常に異例ではあるが、ムーサ王が宰相になることになった。

 本日はその戴冠式だった。

 戴冠式は厳かに執り行われた。

 孫にも衣装とはよく言ったもので粗暴な所作も美しい紫髪と元々の美人の容姿で十分カバーされ煌びやかな衣装も手伝って、まさに女王の姿そのものであった。

 エスティは本来大司教から授かる王冠を大司教不在ということでムーサ王から受け継ぐ形で授かった。

 その姿は美しくこの国の未来を物語っているかのようだった。

 そして、今エスティは城にある大きなバルコニーからその姿を民衆の前に露わにした。

 エスティを女神と信じる民衆も多く、これから始まる演説に皆大きな期待を寄せていた。

 これから自分たちの生活が豊かになるという期待だ。


 『わぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!』


 民衆がエスティの姿を見て一斉に湧く。

 エスティが真ん中に、その横にムーサ宰相、反対側にはなんとスメラギ氏がいる。

 バルコニーの奥にはスノウたちが民衆から見えない位置で見守っている状態だ。

 まずムーサ宰相が演説を行う。


 「国民よ、ラザレの子らよ。この度我は王の座を退き宰相となった。だが元王として此度の天災を乗り切るに至った功労者を紹介したい」


 国民にはきちんと説明がなされていなかったこともあり、今回の隕石衝突を阻止した状況を聞こうと国民は声を出さず聞き入っている。


 「まずはマクロニウムという特殊な金属を空高くにネット状に広げ、隕石と呼ばれるティフェレト全土と同様の大きさの星が衝突しようとした際に大きく3つに砕き最初の衝突を回避した功労者である‥‥ノーンザーレ領主にしてティフェレト最高の研究者スメラギ氏だ」


 『わぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』


 スメラギ氏の知名度はかなりのものであり、やはり今回もスメラギ氏が活躍したとあって民衆は一斉に湧いた。


 「スメラギ氏には今回の功労として、新たに設置した王国機関である王立魔法科学省の初代大臣に任命する」


 『わぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』


 「ちなみに今回スメラギ氏の元で隕石破壊計画に従事した研究員たちも魔法科学省の職員として要職についてもらうこととする。それではスメラギ大臣より一言もらおう。スメラギよ、頼む」

 「承知しました。国民の皆さん。この度新たに設置された王立魔法科学省の初代大臣を拝命したスメラギです。正直地位や名誉には全く興味はないのだが、研究を思う存分気兼ねなく行えるということでお引き受けした。なんならノーンザーレ領主は返上したいのだが、それは自由に研究できることを条件に継続することになった」


 なんともスメラギらしい話始めだとスノウは思った。


 「だが!今回大臣をお引き受けした理由はもう一つある。私は誓ったのだ。再び!この地を隕石が襲う時が来たら!必ず私と私の同志の力で隕石に打ち勝つと!それを実現するために私は全てを費やしてこの国を守り強くする。それがもう一つの理由です!魔法科学は皆さんと共に!」


 『わぁぁぁぁぁぁあ!!!!』


 民衆は涙しながら湧いている。


 「スメラギ大臣ありがとう。皆の暮らしがより一層便利に豊かになるはずだ。そしてもう1人の功労者エストレア・レストール・マッカーバイだ!」


 『わぁぁぁぁぁぁあ!!!!』


 「彼女はスメラギ氏の作戦によって分割した隕石を粉々に砕きこの世界を救った功労者である。その方法は皆も知っての通り王家の純粋血統の者にしか使えない聖なるタクト・アウロスを振るって舞ったことによるものだ。アウロスの舞いは、このティフェレトで生きとし生ける者全てに力を発揮する意識共有だ。強制でも脅迫でもない、優しい語りかけだ!その血統と功労によって誠に異例ではあるが、彼女を新しいこの国の長、女王とすることにした。既に戴冠式は執り行われ既に正式にラザレ王国女王となったことをここに宣言する!」


 『わぁぁぁぁぁぁあ!!!!』

 『女神様―!』

 『女王ぉぉぉ!!!』

 『エストレア女王万歳!!!』


 様々な声が飛び交っている。


 「それでは女王。お言葉を」

 「は、はい!」


 民衆は皆黙って新しい女王の発言を待っている。


 「えっと‥‥あの‥‥えっと‥‥」


 緊張のあまりエスティは顔を真っ赤にさせて手を震わせている。


 「あの‥‥あたしは‥‥エスエスえ‥‥」

 「なんだ?」

 「あれが女王?」

 「女神様じゃないのか?」

 「大丈夫なのか?あんなのが女王で」


 民衆はざわつき始め、様々な無責任な言葉が飛び交う。

 エスティはその声にさらに緊張し、声が出なくなってしまう。

 足はガタガタと震え、額から汗が吹き出している。


 「おい大丈夫か嬢ちゃん、スノウよぉ。なんとかしてやらんとぉ」

 「大丈夫だよ」


 スノウは気にしていなかった。

 直前に一言伝えていたからだ。


 (どうしよう‥‥あたし‥‥怖い‥‥)


 エスティは混乱し、頭は真っ白になっていた。

 どう切り出せば、この狼狽えている状況をどう収拾つければいいのか、そのプレッシャーでより一層言葉が見つからなくなった。


 (どうしたらいいの‥‥わからない‥‥誰か‥‥誰か正解を教えて‥‥)


 そんな時、直前にスノウに言われた言葉を思い出した。


 ”お前らしくそのままでいいんだからな”


 (スノウ‥‥そっか‥‥あたし、なんか性に合わないことやろうとしてたみたい‥‥)


 エスティは目を閉じた。

 そしてゆっくりと深呼吸した。

 剣を抜き、両手を広げて上を向いた。


 「ど、どうした?!エストレア?!」


 突然の動きに驚くムーサ宰相。

 エスティはさらに大きく深呼吸したあと、手に持っているアウロスを前に突き出しエントワ直伝の剣技の型を始めた。

 民衆はさらにざわついている。

 何度も何度も練習して体に覚え込ませた型。

 自分とは何か?と問われたら剣士と迷わず答える。

 父親に振り向いて欲しくて、師に認めてもらいたくて、仲間に信頼してもらいたくて、組織の長として尊敬を勝ち取りたくて、その度に行ってきた剣技の鍛錬。


 (あたしには‥‥やっぱりこれしかないよね!)


 次第に笑顔になっていくエスティ。

 そして一連の型が終了した。

 大きく礼をして深呼吸をひとつ。


 「みんな!」


 腹から出された透き通る声は騒ついている民衆を一瞬で黙らせた。


 「あたしは小さな頃から剣を片手に振り回して、将来立派な剣士になるんだってひたすら剣技を磨いてきたの!あたしの大好きな人たちにあたしを頼って欲しくて、振り向いて欲しくて‥‥。毎日毎日休まず鍛錬を積んできたの!その甲斐あってそれなりは強くなった。でも振り向いてほしいと思った相手は‥‥みんなあたしより強くて‥‥あたしを頼る必要なんてなかったんだ‥‥」


 突然切り出された話は女王となった所信表明ではなく、思い出話だった。

 だが、みなその声に聞き入っていた。


 「でも‥‥でもね?何度もとても強い魔物や敵と遭遇してその仲間たちと戦っている中で、気づいたの‥‥。単なる剣の強さで人を見ているんじゃないって。きちんとあたしにも役割が与えられて、それは尊敬する人たちがあたしを信頼して任せてくれた役割だったんだって‥‥。信頼ってお願いされたり褒められたりすることじゃないんだって分かったの。信頼って信じて任せることなんだって」


 広場に集まった大勢の民衆は誰1人としてヤジる者はおらず、みなエスティの話に聞き入っている。


 「今日!あたし、こんなんなのに女王にしてもらっちゃった‥‥。でもそれって単にあたしがこのマッカーバイ家でお父さんとお母さんの子として生まれただけの事‥‥。それって本物じゃないよね‥‥。だから!あたしは!みんなに信頼してもらえる女王になれるように命をかけて頑張らなきゃならないって思ってるよ!あたしにとって尊敬する人はみなさん!この国を支え、活かし、動かしている皆んななんだ!そういう皆んなから本当の意味で信じて任せてもらえるようにあたしは頑張る!」


 エスティの透き通る声だけがこの広場に響いている。


 「だから!ひとつだけお願いがあります‥‥。あたしがかつて尊敬していた人たちがそうであったように、地位とか、名誉とか、お金があるとか、お金がないとか、人間とか、ドワーフとか、魔物とか、背が高いとか、低いとか、そう言う表面的なもので相手を判断しないで欲しいの‥‥。自分以外の相手全てに対して1人の理性を持った存在として見て接してほしい。そしてそういう曇りのない目で見て、もしあたしが信頼に値しない女王なら遠慮なく言ってほしい!この国は‥‥この世界は変われるって思うの!なぜなら、隕石をみんなで壊した時に繋がって感じたから!曇りのない目で、曇りのない心でひとつになったのを感じたから!だから!‥‥だから‥‥あたしそんな、みんなに信頼される女王を目指します!」


 『わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!』


 再度民衆の心が一つになった瞬間だった。

 中には感動で涙を流している者もいる。

 言葉遣いはめちゃくちゃで、話し方も決して上手ではなかった演説だったが、エスティの素直な心の訴えが民衆に届いた証だった。

 ムーサ宰相とゴーザは号泣していた。

 後方にならんだ全リュラーも皆笑顔を見せていた。

 自分たちが如何にくだらないしがらみに飲まれ振り回されていたのか、そんな中で翻弄していた自分たちが滑稽だったのと、あまりにも純粋な新女王が眩しくて肩の力が抜けて思わず笑みがこぼれてしまったのだった。

 ムーサ宰相が王だった頃のお妃や王女、王子たちは王族権を放棄する事に反対する事なく新女王誕生を祝った。

 新女王誕生のお祝いは三日三晩続いた。

 街では中流層や貧困層が関係なく肩を寄せ合って酒を飲み語らい新女王誕生を喜んだ。

 上流層も良識ある貴族たちは新女王の方針に意義を唱える事なく、自ら邸に身分構わず招きおいわした。

 一部の貴族は否定的だったが、彼らをサポートする者はいないため、いずれ心を改めるか衰退すると思われた。

 そして数日後。


――白の塔最上階――


 「本当に扱えるのかぁ?ジジイ」

 「腐っても俺ぁ神だぜぇ?しかも古のなぁ!文字は読めねぇけどだいたい感じでわかるだよ!」


 スメラギ氏が白の塔内でユーダ亡き後の主人になっていた。

 主人といってもキタラ聖教会の大司教になったわけではない。

 古代技術が結集された白の塔を調べ、活かせる技術を活かす目的だ。

 そして、鍛治専門とはいえ、古の知識もある製鉄神ブロンテースもまた、この白の塔に住んでいた。

 その補佐としてゴーザも共に住んでいた。


 「君たち。ここでは私の指示に従えといったはずだが?」

 「あ、いやぁなんだ、そのワクワクしちまってよぉ。俺がまだ子供の頃にぁこういう類の機械ってのがいくつかあってな?何もないところから美味い食事をだしたり、寝てる間に知識を得たりできたんだが、それが大層楽しくてなぁ。それもまぁくだらねぇ戦争やらで全部壊されちまったから今はもうないんだが、この塔にはそれに似たようなものがあるってことなんだわ」

 「だから無闇に弄るなといっている」

 「はいはい、ここではお前ぇさんが偉い人だからな」


 普段から喜怒哀楽を示さないスメラギ氏であったが、流石に子供のようなマイペースな製鉄神にはイライラさせられていた。


 「それで頼んでいたものだが分かったのか?」

 「あぁわかったぜぇ。最低でも1回はいけるはずだぁ」

 「1回か‥‥」

 「まぁここの装置を改造すりゃぁそんなに時間かからずにえねるぎーとやらを溜め込む事ができるからなぁ。そう悲観することもねぇだろう」

 「じゃぁそれをロロンガ・ルザに運ぶか」

 「ここには転送装置があったな。それを改良してドワーフの里にポータルを開きそこと行き来できるようにしよう。もちろん一時的なポータルだがね」

 「それがいい。いくら信頼関係があるからって慣れ慣れしく付き合えるほど種族間の壁は低くねぇからな。だが、ドワーフとの技術交流は継続するのがいいだろうさ」

 「それは同感だ。彼らの技術力は我らにない緻密さと精巧さを持っている。これからの魔法科学の発展に必要不可欠な技術だ。そしてドワーフにとっても我々の魔法科学の産物を知っていて損はないはずだからね。従って一部の選抜されたものだけが技術交流を続けるという盟約になっている」

 「あらあら動きのお早いこって」


―――ロロンガ・ルザーーー


 数日後、スメラギ、ブロンテース、スノウとソニアック、ゼノルファスはロロンガ・ルザに来ていた。

 スノウとソニアック、ゼノルファスが呼ばれた理由は聞かされていなかった。

 もちろん呼んだのはスメラギ氏だった。

 王城内のとある少し大きな部屋でスノウたちはスメラギ氏がやってくるのを待っていた。


 ドン!


 ドアを開ける音と共にスメラギ氏が部屋に入ってきた。


 「待たせてすまない」

 「待つくらいはいいんですけど、そろそろここへ呼ばれた理由を教えてくれませんか?スメラギさん」

 「実は越界できる装置を動かせそうなのだよ」

 「!!!」


 スノウの額に汗が滴る。

 これでホドに帰ることができる、とスノウは思った。


 「簡単に言うと、越界装置は莫大なエネルギーを必要とするのだが、そのエネルギーは君の知っているエレキ魔法、つまり電気とは異なるものなんだが、ユーダ・マッカーバイが住んでいた白の塔の中にそのエネルギーを生成できる装置があることが分かってね。今回1回分の渡航券が発行されたわけだ」

 「渡航券って‥‥」

 「ゴホン!つまりスノウ君。君を越界させることができるということだ」


 (来た!ついにこの日が!だが、確認する必要がある)


 「あの、まずはありがとうございます!おれはどうしてもホドに帰らなきゃならないから心から感謝です。なんですが、素朴な質問があるんですが‥‥」

 「何かね?聞こう」

 「越界するといってもどのタイミングというか、時間軸に戻る感じなんですか?例えば、自分がホドからティフェレトに来た瞬間に戻れるのか、ここで過ごした時間が経過しているホドに戻るのか‥‥ですけど」

 「なるほど、いい質問だ。君にしては」

 (なんかさりげなくバカにされたな今‥‥)

 「結論から言えば後者の例だね。ここで過ごした時間が経過している別世界に飛ぶことになる」

 「そうですか‥‥あれから1年近くも経っているからな‥‥」

 (ホドは今どうなっているんだろうか‥‥)

 「どうした?やめるかね?」

 「いえ!やります!」

 「OK。因みに1度で越界できるものは3人までだ。しかも越界できる資質があるかの事前確認をする必要があるがね‥‥」

 「越界して魔力過多で溺れて死ぬようなことがないのを事前に見分けられるってことですね?」

 「そうだね。この古代装置は以前ゴーザの友人が赤子を連れて越界できたように、基本的に越界者を保護するバリアのようなものが付与される仕組みなのだが、それが確かなのか検証出来ていないのだよ。人命を賭けた実験は単なる殺人博打だから私は絶対に認めない。今回の越界できちんとデータを取り、人命確保がデータと性能上で担保されない限り、越界できる資質を持っているものしか許可はできないというわけだ」

 「わかりやすいんですが、越界の資質ってどう測るんですか?」

 「持っているのだろう?以前説明してくれた呪詛アイテムとかいういわく付きの代物を」

 「!!だめですよ!これは本当にやばいんですって。というかやばいと聞いているだけですが」

 「君は馬鹿か。そんな得体の知れないものを手渡しで受け取って確認するとでも思ったのかい?きちんと備えた上での分析と仮説の立証だよ。あぁ因みに私は越界する能力があるらしいから私も被験者として参加するつもりだがね」

 「そのあくなき探究心は尊敬しますけど、どうなっても知りませんよ?」

 「君に心配されるほど落ちぶれちゃいないから安心したまえ」


 スノウとスメラギ氏は隕石衝突前後の一連のやり取りですっかり馴染んだようだった。

 スメラギ氏について王立魔法科学省職員に言わせれば、普段見せない表情をスノウの前では見せる上、よく喋るのだという。

 確かに必要以上のことは喋らないし、常にぶっきらぼうで無表情だが、人望厚く慕われている理由は、本当は努力している部下を大切にしているところや、この世界を守ろうという意志を持っているところなのだ。

 スノウはスメラギ氏に連れられてとある部屋に来ていた。


 「ここで一旦分析を行う。このロロンガ・ルザの一部の古代遺跡とあの白の塔の科学力は私の想定を大きく超えるレベルのものばかりだ。未知の領域の答えをいきなり当たり前のように突きつけられている気がしてあまり好きではないんだが、事実学ぶことは山ほどある。ここもそのひとつだよ」

 「どういうことですか?スメラギさん」

 「そのスメラギさんというのはやめてくれないか?日本にいた頃を思い出して不快感を覚える。胸糞が悪くなるっていうやつだね」

 「どうしてですか?」

 「君に言っても理解できないだろうが、私は金持ちたちの言わば金のなる木だったのだよ。私の研究成果やそれに基づく商品やシステムは莫大な利益を生んでいたからね。そういう金の亡者が常に言っていたのは、いくら必要だ?といつ完成する?そして最後にいくら儲かる?だ」

 「わかりますよ。おれも会社にこき使われていた部類、いや一部のごますり上司のミスをなすりつける対象でしたから」

 「そういうのはちょっとわからないが、つまり私はきちんとした目的のために研究し、商品化し、システム化してきたし、そうしたかったわけだが、金の亡者共はその価値に気づかないどころか私の研究を自分たちの地位や名誉、贅沢するための道具としてしか見ていなかったわけだ」

 「はぁ‥‥」

 (おれの悲惨だった待遇なんて想像するに値しないってことですね、はいはい)

 「その金の亡者が私をよんだ呼び名が(すめらぎ)さんだ。ごまをすりながら皇さん。まだできないのか皇さん。その利権は当社お願いします皇さんといった具合に」

 (余程嫌だったのかな‥‥でも苗字のさん付けを嫌がるって、どうなの?)

 「じゃぁなんとお呼びすればいいですか?」

 「そうだね‥‥改めてそう聞かれると‥‥」

 「承太郎さんにしますね」

 「な!」


 苗字ではなく名前で呼ばれたのは初めてだったのか、今までに見せたことのない驚きの顔をみせた。

 断ろうとしたが、断定されたことと一瞬驚いた自分に興味が湧き断るタイミングを逸してしまったため、“承太郎さん” となった。

 スメラギ氏はスノウが差し出したシェムロム(世界竜の牙)とタガヴィマ(飛翔石)をとある箱の中に入れさせ、厳重に密閉された状態で操作板をいじり始めた。


 「へぇ、さすがですね。何されてるかさっぱりですが、仮に分かっても書かれている文字が読めま‥‥ん?」

 (なんだろう‥‥読めないのに分かる気がする‥‥)

 「ん?どうかしたかね?」

 「あ、いや、なんでもないです」

 「こんなものは科学を知っていれば推測ですぐ理解できる。驚くべきはこの装置の演算速度と複雑なアルゴリズムを簡単に組めるしくみだよ」

 「‥‥‥‥」


 スノウはスメラギ氏が何を言っているか理解できなかったため、無言でやり過ごした。


 「さて、解析完了だ。人体に影響を与える物質は‥‥なるほど。そういう仕組みだったのか」

 「どう言うことですか?これは魔力の塊でもある。言い換えると魔力結晶だ。半永久的とも言える莫大な魔力を高濃度で圧縮したような代物だ。もちろんその魔力には効力があり、ふたつとも違う効力を持っているようだがね」

 「なるほど。全然わかりませんが」

 「ふむ。君はもう少し魔法というものを学んだほうがいいね。つまり‥‥つまり‥‥」

 「どうしました?」

 「君が馬鹿すぎるのが問題なのだよ。君に分かる事例が思いつかない。いやひとつだけ思い浮かんでいるがそれを言葉にするのは憚られる」

 「どういうことですか?」

 「無邪気な質問ばかりだね、君は。いいかい一度しか言わないからね。つまりだ。ゴーザが君の側で放屁したとしよう。ゴーザの放屁ならまぁイラッとするし悪態もつくだろうが我慢はできる。だが、スカンクの放屁の場合はどうかね?厳密には放屁ではなく肛門付近の肛門線からの分泌物なのだが、時には失明や痙攣を引き起こすほどの破壊力なのだよ」

 「つ、つまり?」

 「君は本当に馬鹿なのかい?つまり、例え話だがね?仮にスカンクの放屁に耐えられる君は、言ってみれば大量の凝縮魔力にも耐えられる。だが一般生物はスカンクの放屁に耐えられる力はない。ひどい時はあまりの刺激臭によって絶命する者もいるほどなのだよ‥‥何かね?」

 「承太郎さんは真面目ですね」

 「き、君は!私をからかったのかね!」


 今まで見せたことのない表情で声を荒げるスメラギ氏。

 慣れない名前で呼ばれる恥ずかしさと今までの人生で記憶にないほど誰かに揶揄われたことがなかったことからくる苛立ちで複雑な表情だった。


 「いえ、そういうつもりじゃありません。ただ、おれは承太郎さんとこうやって気軽に話せる関係になれて嬉しいってことです。そして承太郎さんにとってもこんな慣れ慣れしい若造を可愛く思ったりするんじゃないかと期待したりしてます」

 「!」


 一瞬ムッとした表情をしたが、深呼吸し少し微笑んだ表情で話始めた。


 「君と言うやつは‥‥そうだな。君のような図々しくて横柄で馬鹿な人懐っこいやつは初めてだよ」

 「褒め言葉として受け取っておきます。これでも本当は緊張してるんですよ?日本にいた時じゃ絶対に話しかけられるような存在じゃないくらい高みにいた方なんですからね」

 「褒め言葉として受け取っておくよ。さて、本題に戻すがいいかね?」

 「ははは‥‥なんかすみません。どうぞ続けてください、というか被験者に魔力を流して徐々に魔力量を増やして一定量まで問題なく耐えられれば資格あり、ということですよね?」

 「まぁ簡単に言えばそうだ。実際にはここの設備の中に魔力を凝縮する装置もあるのだよ。何の目的で作られたのかはわからないがね。それを使って少しずつ濃度を上げた魔力を流して基準値を超えて耐えられたら越界の資格ありと判断する」

 「わかりました。早速お願いします」

 「いや、君は不要だろう。他2名を選びたまえ」

 「ああ、そうですね。わかりました。少し時間ください」

 「急いでいるのは私ではなく君だ。君のペースで動けばいいと思うがね」


・・・・・


 スノウはスメラギ氏との話をレヴルストラメンバーに話した。

 ケリーは一緒に行きたいとだだをこねたが、流石にホドでハルピュイアを連れて行動するのはケリーにとって危険すぎるためにティフェレトに残すことにした。

 予想通り大泣きしてなだめるのに1時間以上かかった。

 ゴーザはブロンテースと共にティフェレトに残り、ロロンガ・ルザの古代遺物と白の塔の科学を解明して他の者も越界できるようにするために残ると答えた。

 スノウはそれを尊重した。

 セリアにも一応聞いたが、セリア自身はカルパの膨大な魔力を防ぐバリアをはる強力な魔法のための魔力を貯めれば自力で越界できるということと、禁断の地でスノウのための探し物があると言うことで今回の越界は見送った。

 もしレンが生きていたら、当然付いていきたいと言っただろうなとスノウは思った。

 彼が一緒なら心強いし、なによりレン自身の成長にもつながるなと想像していたが、レンはいないのだと思い返して胸が苦しくなった。

 一応ソニアックにも確認をとった。

 二つ返事の上で一緒に越界させて欲しいと懇願された。

 この地でリュラーの務めを果たす義務があると思っていたため、スノウとしては一緒に来て欲しいと思いつつも諦めていたが、意外な返答で面食らった状態だった。


 「いいのか?もしかすると長期間ティフェレトに帰って来れない、いや一生帰って来れない可能性だってあるんだぞ?」


 スノウの問いに対してソニアは笑顔で答えた。


 「いいのです。夢の啓示もありましたし、私たちの魂というか心の核のあたりがスノウと共にあるべきだと言っているのですから」

 「でも君はリュラーとしても大勢の人に必要とされていると思うけど?」

 「それについては既にゼノに伝えてあります。リュラーの称号剥奪のお願いを」

 「え?!なんで?」

 「スノウと共に行動するためです。決まっているでしょう?私が申し上げることではないかと思いますが、あなた様のこれからの行く末は相当な困難が待ち受けていると感じています。スノウは確かにお強い。相当な手練れであろうと、凶暴な魔物であろうと敵はいないかもしれません。ですが、複雑な選択を迫られる際にあなた様お一人で対処できない状況はきっと訪れます。その時に私たちの活躍の場があると確信しているのです」

 「ありがとう!君たちふたりが一緒にいてくれるのは何より頼もしいし安心できる。まずは資格有無の確認があるが、君たちの実力ならきっと基準をクリアできるはずだ。よろしくな」

 「はい!マスター!」


 その後ソニア、ソニックは共にテストを受け見事基準をクリアした。

 そしてエスティは‥‥。


 「本当にいいのか?嬢ちゃん怒るぜぇ?!」

 「いいんだよ。ここは元々あいつの故郷だ。それにラザレだけじゃない、今やこのティフェレト全土の未来の象徴みたいな存在になってるんだから。でも “エスティは連れて行かない” と言ったら、あいつを苦しめるだけだからな。場合によっちゃぁ “あたしもホドに行く!” とか言い出しかねないしさ」

 「わかるけどよぉ。何も挨拶なしにいなくなられるのも辛いぜ?」

 「ゴーザ。スノウ君は、自分自身が彼女に別れを告げるのが辛くて逃げてるだけなんだよ」

 「承太郎さん!そんなんじゃないですって‥‥」

 「じゃぁ何だと言うのかね?普通は挨拶するものだろう?大人のマナーだよ。いや一般常識か」

 「‥‥‥‥」


 そんなやりとりをしながらも、越界準備は進められいよいよ越界する時間がやってきた。

 ムーサ宰相やリクドー医師には知らせてあるがエスティだけには結局知らせていなかった。


 「じゃぁ準備はいいかね?」

 「ええ」


 そういうとスノウは込み上げる感情を抑えながらその場で見送りとしてきてくれたメンバーたちと別れの挨拶を交わした。


 「ゴーザ。ありがとう。君はどんな種族よりも心の温かい存在だ。そしておれにとっては‥‥まぁ頼れるおっさんって感じだったかな。ははは」

 「がっはっは!そうだろう?俺ぁ細けぇことは気にしないからな。お前ぇの頼れるおっさんでいい。さよならは言わねぇぜ?俺はあとからお前ぇを追いかけるからな。頼れるおっさんがいねぇときっとどっかでつまずいて困ることになるだろうかなら!それまで達者でいろよ?スノウ!」

 「ああ!」


 がっしりと握手を交わす2人。

 ゴーザの頭の上からケリーが飛んでくる。


 「ズノウーーーーいっちゃやだーーー。ゲリーもいぐーーー!!」


 泣きながらだだをこねている。


 「ケリー?ちょっとの間だけだよ?越界した先で君が安心しておれと一緒に暮らせる環境を作っておくから、ゴーザが越界装置を改良できたらすぐおいで?」


 スノウはケリーの頭を撫でながら少し涙ぐんでいた。


 「わがっだーーーー」


 「ゴーザがサボってたら叱ってやってくれよ?」

 「うん!」


 続いて翼猫の姿をしたセリアがスノウの前に来た。


 「マスター。くれぐれもお体に気をつけて。私はすぐに後を追いますのでご安心を」

 「ありがとう。お前も気をつけるんだぞ?そして早く追ってこい。いいな?」

 「ああ!なんてもったいないお言葉‥‥」


 セリアは泣きながら感動している。


 「おい!ソニア。くれぐれもマスターの足手纏いにならないようにな?もしマスターの足手纏いになるなら自分で離脱せよ」

 「あらら、私がそんなやわに見えるなんてあなたの目は節穴ね。まぁせいぜいゆっくりおいでなさい」

 「いい度胸ね。ここで殺してあげてもよいのですよ?どうせマスターの足手纏いになるのですから!」

 「負け惜しみね。見苦しいわ。あなたは大人しくここで待っていればいいと思うわよ」

 「おい!やめろふたりとも!」

 『し、失礼しました』


 そう言うと、スノウはスメラギ氏のところへ歩み寄る。


 「承太郎さん、色々とありがとうございました。きっとまたここに戻ってきます。その時までお元気で!」

 「人のことを気に掛ける前に自分を気にかけなさい。迷ったら両掌を見て、そこに今どんな大切なものが載せられているかを想像するんだ。そして君は再認識すればいい。両掌に乗っている守るべき大切なもののために行動するのだと」

 「ありがとうございます!」


 スノウとソニアは越界装置のステージの中央に立った。


 「これから魔力防壁を張る。おそらく声が通らなくなる。言い残すことはないか?」

 「大丈夫です」

 「よし魔力防壁セット。越界ゲート感知。ゲートオープナー作動」

 「‥‥‥‥」


 ドン!!!


 その時思いっきりドアを蹴破る音が聞こえた。


 「スノウ!!!」


 エスティだった。


 「あなた!あたしに何も言わずに行くつもり?!いい加減いしなさいよ!馬鹿だわよ!なんて人!」


 エスティは泣きながら大声で叫んでいる。

 既に魔力防壁のために声は届いていない。

 するとスノウはエスティに何かを伝えるべくゆっくりと口を動かした。


 (何も言わずすまなかった。本当は君と一緒に戻りたかったが、それは無理だと分かっていた。君と離れるのが辛くて何もいえなかったんだ。本当にごめん‥‥)


 それを読み取ったエスティは口を押さえて大粒の涙を流して泣いている。

 越界ゲートが開き始める。

 いよいよスノウとソニアはカルパへと吸い込まれる寸前。


 (スノウ‥‥大好き‥‥)


 エスティの口の動きをスノウは読み取れたかわからなかったが、スノウは笑顔を見せながらカルパへと消えた。



ここまで読んでくださってありがとうございます。

これでティフェレト編はいったん終了です。スノウたちはまたティフェレトに戻ってきますがそれはだいぶ先のことになります。エスティによる統治でより平和で活気のある世界になっているといいなと思いますが、隕石はいったいなんだったのか、消えた宰相はどこへいったのか、いくつかの謎をはらんだまま次の世界に舞台は移ります。

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1/6修正

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