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<ティフェレト編>52.マッカーバイ

52.マッカーバイ



 「私が演奏を止めなかった理由は‥‥」


 一同は固唾を飲んでユーダの話に耳を傾けた。


 「全ては呪われた監視者の役目を終わらせるためです」

 『!!』

 「どういう事?!」

 「ユーダ様‥‥民衆のために‥‥では?!」

 「すまないゼノルファス、そしてレーノス。もちろん民衆を救うことは大前提でもあった。だが私の実現しなければならなかった目的は、いった通り監視者の役目を終わらせる事なんだよ」

 「ユーダよ。詳しく聞かせてくれまいか?この国の王であり、代々監視者に監視される立場として我こそがそなたの言葉を聞かなければならない」

 「ありがとうございます。ご存知の通り監視者は唯一マッカーバイ王家に影響を与える力をもっています。王が暴走したり、堕落したりする時はこの思念を持って王の心に語りかけ会心させる力があるのです」

 「な!‥‥だったらキタラを盗んで精神支配とかやらなくたって王様の心に語りかけて王に貴族の横暴を止めて貰えばよかったんじゃないのか?」


 思わずゴーザが口を挟んでしまう。


 「王自身の心を会心させる事はできたでしょう。ですがこの国の腐敗は簡単ではありません。地の底まで根を張った上級階級者たちのよく深い負の感情は、王が粛清を行ったところでまた新たな腐敗因子を呼び込むだけなのですよ」

 「すまぬ。これは王家の責任だ‥‥」

 「いえ、ムーサ王。あなただけの責任ではありません。歴代の監視者もまた、腐敗の種を早期に取り除くような働きかけを行ってこなかった。これは言わばマッカーバイの血の罪業なのです」


 ムーサ王は下を向いている。

 自分や先代たちの不甲斐なさを噛み締めているようだ。


 「監視者の役目を終わらせるとは?」

 「抽象的でしたね‥‥‥‥私の目的は、マッカーバイの血の根絶です」

 『!!』

 「どういうことだ?」

 「マッカーバイの血筋はもはや末期の死病なのです。この国にとって次に生まれ変わる妨げにしかならない。この国を変えるためには王家に根付くマッカーバイの血も、監視者につきまとう不能な血も次の世代の息吹を摘みとってしまう害悪でしかないのですよ。マッカーバイがいるから王政があり、貴族階級が存在し、それら支配階級があるから被支配階級が作られ一部の快楽のための搾取が日々行われる。全て王家が原因だと私は思います。そしてそれを過酷な運命を強いられていながら何もしない監視者である私や先代たちもまた大きな原因のひとつです」


 全員黙っている。


 「それに私は疲れてしまったのです。監視者の過酷な運命に。見てください、私の顔を。目は潰れ口もない。監視者は代々食べ物を口にしません。いや出来ないのです。かつての神が強大なこの力に制限をかけるために声を奪ったのです。そのために監視者は代々25歳程度までしか生きられません。生まれた時に持ち合わせた生命エネルギーを約25年で使い果たしてしまうから。25年‥‥。私が監視者としての力を受け継いだのが20歳の時ですから、国をどうにか変えようとしても5年しかない。それまでの20年間は見る事も叶わず、歌うことも叶わず、食べることも、意中の異性と口づけを交わすことすらできません。」

 「なんて人生なの‥‥」


 エスティは悲痛の表情を浮かべている。


 「だから終わらせたいっていうのか?」

 「え?!」


 スノウが口を開いた。


 「だから終わらせるっていうのか?ユーダ。お前は歴代の王や監視者の罪ばかりを語っているし、自分はこれだけ過酷な運命を背負っているんだって悲劇のヒーローみたいな言い方しているけどさ。次の世代の息吹って何だよ」

 「‥‥‥‥」

 「ちゃんと周りを見たか?この世界の隅々まで見たのか?あんたらの鈍感で卑屈な考えなんて知らずに必死に生きている人たちがどれだけいるか!そういう人たちに目を向けて自分を犠牲にして行動している人たちがどれだけいる!ユーダ。結局は自分のその過酷な運命とやらから逃げ出したいだけだったんじゃないのか?」

 「!」

 「本当のことを話せよ。被害者面するなよ」

 「‥‥敵いませんね。スノウさん‥‥」


 ユーダは見えない目を瞑り、観念したかのような表情で静かに話始めた。


 「私は‥‥重大な罪を犯しています。スノウさんのおっしゃる通り、ただこんな不自由で間も無く死ぬ自分の運命を呪い、恐れているだけの弱虫だっただけかもしれません。私の大きな罪は3つ。一つは‥‥」


 スノウ以外の者たちはみな話の展開が読めずにいた。

 突然のユーダの罪の告白に困惑の表情を隠せずにいた。


 「クリステラ様を殺したことです」

 「なに?!」


 ムーサ王は反射的にユーダの襟首を掴みかかる。

 それをゼノルファスとゴーザに止められた。


 「離せ!ことと次第によってはこの場で切って捨てる。それがどのような罪に問われようと構わん!」

 「王よ!落ち着いてください!俺たちぁ知らなきゃならねぇ!知る必要があるですよ!」

 「ああ!こやつがどうして我妻をクリステラを殺したのかをな!」

 「ムーサ王。最後にいかようにも罰を受けます。ですが最後に全てを話させてくれはしませんか?」

 「くっ!‥‥わかった‥‥」


 ドカ!


 ムーサ王は椅子に勢いよく腰掛けて腕組みをした。


 「ありがとうございます。マッカーバイの血を絶つためにはクリステラ様のお命をいただく必要があったのです。ムーサ王、あなたはマッカーバイの血筋ではない。だがクリステラ様はマッカーバイ王家純粋血統の1人でした。純粋血統を受け継ぐ娘が他世界に越界したことも認識しておりました。いくらマッカーバイの血といえど、簡単に越界など出来ませんから、対象はクリステラ様だけになったのです。それが一つめの罪です」


 鬼の形相で怒りを噛み殺しているムーサ王は黙って耐えている。


 「そして二つめは、ソニア、ソニックの処刑です。あれは私が計画したものです」

 『!!』


 目を見開いて驚きの表情を隠せないソニア。


 「何故ですか!!大司教様!!」

 「すまないね、ソニア‥‥ソニックも。君たちを殺さねばならなかったのです。ブロンテース復活を阻止するためにね」

 「!!どういうことだ?!ユーダ!なんで師匠が出てくる?!」

 「決まっているでしょう?アウロスを鍛えられるのが彼だからです。こともあろうに彼を殺さずに氷漬けにしましたね。それを蘇生させることができるのはソニアだけですから。ソニアを殺す必要があった。だから私は彼女にキタラの盗みを依頼したのです。断るのを承知でね。そして含みを持たせて諦めるふりをした。あとは状況でほぼ確実にレーノスがソニアたちに罪を着せることになるのを待つだけでした」

 「ユーダ様!!」


 レーノスが裏切られたと言わんばかりの表情で叫ぶ。


 「すまないレーノス。君の純粋な心まで踏みにじってしまったね」


 ソニアもレーノスも下を向いて涙を流して悔しさをひた隠している。


 「そして3つめは、ブロンテースです」

 「!!はぁ!?何言ってんだ?師匠に何かしたのか?‥‥!!!まさか師匠があんな姿になったのはまさか!ユーダ!!お前の仕業か?!」


 ゴーザはユーダに殴りかかろうとするがムーサ王に腕を掴まれて制止された。


 「ゴーザよ、耐えろ。まずは話を聞くのだ!」

 「く!!す、すまねぇ‥‥」

 「製鉄神ブロンテースは隕石衝突を予知していたのでしょう。彼は偽王とも知らずにわざわざ王宮にアウロ・ソナスを鍛えさせて欲しいと頼みにきたのです。ですが当然あのような一つ目の巨人を王都が招き入れるはずもない。追い返されたところを私が‥‥」

 「それで師匠はあんな姿に!」

 「申し訳ありません‥‥」

 「謝って済む話か!殺してやるぞユーダ!!!」

 「もう話も終わりだな!ここで我が引導を渡してやろう!さぁユーダよ!首を差し出せ!」

 「ユーダ様‥‥僕らはいったい何のために‥‥」

 「待て!!!」


 ユーダの罪の告白の被害者たちは、感情的になっていたため、スノウが制止した。


 「罪を償わせたいなら、感情の刃に頼るな。おれたちには理性がある。理性を働かせる法だってあるだろう?感情のままに命を奪ってはこいつと一緒だぞ!」


 その言葉で怒りを抑える一同。


 「ユーダ。君1人でその計画を思い付いたのか?確かに君の動機を理解できなくもない。だけど冷静に考えてもみろ。もしおれたちが越界してこなければ、単に偽の王が悪政を敷き続け、リュラーは分断され、君自身の希望だって叶わなかった可能性だってあったはずだ」

 「そ、それは‥‥」


 ユーダは少し考えたようすだったが、意を決した表情で話し始めた。


 「私だけでこの計画を立てた訳じゃない。私にコンタクトしてきた存在がいる。それは‥‥がはぁ!!!」


 ユーダの鳩尾から鎌の刃のようなものがせり出てきて血をぶちまける。

 顔から血の気が引き項垂れている。

 目は半開き状態で既に事切れているように見えた。


 「ユーダ!!」

 「な!何これ?!」

 「みんな警戒しろ!何か侵入している」


 一同は一斉に手に取れる武器や、武器になりそうなもので構え戦闘態勢をとった。


 「姿見せろよ悪魔!」


 スノウが問いかけるとそれに呼応するように影の存在が話始める。


 「やはり貴方ですか。あの方が注意と敬意を払えと仰っていましたからね。しかしよく僕の存在を見抜きましたね」


 影は姿を見せる。

 それをみた数人は驚愕する。


 「コ、コグラン!」


 特にエスティの怯えようは尋常じゃなかった。


 「な、なぜユーダを殺した?!お前一体何ものだ?!」


 怯えるエスティを背後に回らせ、ゴーザが問いかける。


 「ふむ。いいでしょう。話せるところまで教えてあげましょうか。この哀れな盲目の若者にアドバイスしてあげただけですよ」

 「本当のことを言えよ。お前もまた誰かに指示されてるんだろう?」

 「おやおや。これだから感の鋭い輩は嫌いです。必要以上に核心に近づかれるのでそれを防いだり取り繕ったりと後手に回る対応が必要になりますからね」

 「スノウ!」


 スノウはエスティの叫びがあるかないかの瞬間にフラガラッハを抜き去り、背後を凄まじい勢いで切った。


 「ガバァァァ!!」


 血を吹きながら現れた影はグコンレン軍との戦闘時にゴーザを狙っていたヒットマンの悪魔だった。


 「ガバァ!クソ‥‥いいタイミングだと思ったんだがなぁ。しくじったぜ‥‥」

 「後ろに気をつけろとわざわざ忠告してくれていたじゃないか。冥府に還れ‥‥」

 「まぁいいや。これでニスロクのうまい飯が食えると思えばな‥‥しかし悔しいぜ‥‥いつか必ずその魂を食ってやるからな‥‥」


 そういうと悪魔は煮えたぎったマグマのような状態となった影の中に沈んでいった。


 ジャキィィィン!!


 その隙にコグランに剣撃を加えるスノウ。

 大鎌の柄で剣を防いで入るが、ユーダを突き刺していて思うように動かせなかったこともあり、首を半分切られてしまっていた。


 「全く油断ならない存在だ。あの方が止めていなければここで切り刻んで殺してあげたものを」


 そう喋りながら首が倒れずり落ちてしまう。


 「この姿結構気に入っていたんですがね。全く面倒なことをしてくれる」

 「キャァァァ!!」

 「何?!」


 転がった首がしゃべっている状況で一同は動揺を隠せないでいる。


 「仕方ありませんね。姿を見せましょうか」


 そう言うとコグランの体から割って這い出てくるように別の存在が姿を表した。

 大鎌をユーダから引き抜きその存在はドアの前に立っていた。

 長い角を2本生やし、貴族のような服装に赤黒く光ったコウモリのような翼。

 その体からはドス黒いオーラを放ち、その場にいる者たちは吐き気を覚える不快な影響を与えている。

 ユーダは鎌を抜かれた拍子に床に倒れ込んだ。

 やはり絶命しているようだ。


 「この姿でいられるのもそう長くはないのでね。今日は特別です。今から貴方たちを皆殺しにします。いや間違えました。エストレア王女。あなた以外を皆殺しにしましょう。そしてスノウ・ウルスラグナ。あなたはあの方の元へ連れて行きます。なぁに安心してください。僕がこの世界の新しい王となって素晴らしき混沌世界を作ってみせますよ」


 剣を構えるスノウの肩に手をのせて前にでる存在がいた。

 レンだった。

 スノウに向けて一瞬微かな笑みを向けた後、悪魔に目を向けて話始めた。


 「私の言葉を忘れてしまったようですね、ベルフェゴール。2度目はありません。滅するか還すか対処します」

 「レン?どうしたの?」


 エスティが話しかける。


 「貴様か‥‥なんだ、こいつに紛れ込んでいたとはね‥‥全く。どいつもこいつも僕の邪魔をしてくれる。平伏しなさい」


 スノウ以外の全員が床にひれ伏す状態になった。

 まるで重力に押し潰されるような感じだ。


 「うおおぉぉ、なんだぁぁ!」

 「こ、言霊‥‥悪魔の所業‥‥よ」


 パチン!


 レンが指を弾くと重圧は一瞬で消えた。


 「な、なんだ?!」

 「どういうこと?!」

 「みなさん。すみません。少し目を瞑っていてください」


 レンはそう言うとまた指を鳴らして一同に目を瞑らせた。

 不思議とスノウには効かなかった。


 「そうですか、さすがはスノウさんですね」


 そういうとレンの体から光物体が抜け出る。

 あまり眩しさの光で姿は白く飛んでしまっているが微かに見えるその姿は白い羽、頭上には輪っかが見える。

 スノウはホドで会った黒服女を思い出した。


 「天使か?あんた」


 光る存在はベルフェゴールと呼ばれた悪魔の前に手をかざした。


 「や!やめろ!ミカエル!貴様!そんなことをすればわかっているな?!やめがばばばば!」


 かざした手から放たれた光に溶けるようにベルフェゴールは消え去った。


 「スノウさん‥‥私はここを去ります。アノマリーである貴方がこれからどのような人生を歩むのか私の知るところではありませんが‥‥まずはこの国を救ってくれたことを感謝します。ですが忘れずに‥‥これで終わりではありません。いいですね‥‥これで終わりではない‥‥」


 そういうと光る存在は上空に向かって消え去った。

 その光の残像の中にひとつの形が見える。


 (アニキ‥‥)

 「レン!」

 (すみません‥‥オイラの冒険はどうやらここまでらしいっす‥‥)

 「何を言ってる?!戻ってこい!お前の体はまだここにあるぞ!もどってくるんだ!」

 (だめなんすよ‥‥オイラの命‥‥だいぶ前に止まっちまってたんす‥‥あの天使さまがオイラと一緒にいてくれて‥‥それで生きていられたんす‥‥止まってない命は救えるらしいっすけど‥‥止まっちまってる命はだめみたいっすね‥‥)

 「おい!行くな!レン!お前がいなくなったら誰がおれたちを笑わせてくれるんだ?!」

 (ははは‥‥うれしいっす‥‥いつもクールなアニキが‥‥オイラがいなくなるので寂しがってる‥‥)

 「ああ、寂しいさ!だから戻ってこい!」

 (アネゴやみんなにも‥‥よろしく言っといてくださいっすね‥‥)

 「レン!お前ほど手のかかる弟分はいねぇよ‥‥」

 (うれしい‥っす‥‥オイラを弟分‥‥として‥‥みとめて‥‥くれた‥‥すね‥‥)


 そう言うとレンの魂は空高く登っていった。

 緊張の糸が途切れたかのように全員目を開けられるようになった。

 会話をかろうじて聞いており、状況を理解できているのであろう、エスティがレンの元に駆け寄って抱きつく。

 泣きながら冷たくなった体を何度もさすって起こそうとしている。

 ゴーザもその場に膝をついて漢泣きしている。

 ケリーもまた上を向いたまま大泣きしている。

 ゼノルファス、レーノスは絶命したユーダの亡骸を抱き抱えて泣いている。

 ソニアは大切な存在が一度に2人も奪われ、膝をついて呆然としている。

 スノウもまた、救えなかった命を目の当たりにし、自分の不甲斐なさを痛感していた。

 握る拳からは爪が食い込んでいるのか血が滴っている。 


 バラバラだった生きとし生ける者の心は、美しいタクトの舞いで隕石の衝突を流れ星に変え、ひとつに繋がったことで新たな明るい未来を示した。

 しかし、この世界の歴史に隠された重圧から、失われたいくつかの大切な命があり、その命に救われたことを

皆は知らない。

 だが、気づくだろう。

 新たにこの世界を導く存在によって、血と涙を拭ったその顔と声で伝える音から不幸は2度と繰り返さないという意志を。




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