<ホド編 第2章> 140.いい加減にしろ
140.いい加減にしろ
翌日の晩餐時、エルティエルが改めてレヴルストラの一員として皆に紹介された。
スノウはぎこちない雰囲気になるのではと心配していたが、その必要は全くなく、すぐに打ち解けていた。
天使や神に対する反対派や拒絶派たちの心境に偽りはなかったのだが、”スノウの信じる者” であればという大前提が彼らの心を切り替えるきっかけになっていたようだ。
(確かにアリオクだって魔王という立場で見ればディアボロスと同じなわけだから、皆其々想いはあったんだろうな。まぁ彼の場合は何となく魔王というより顔色の悪いおっさんみたいな見た目だし、何より魔王ぶっていないところが違和感なく受け入れられたところなのかもしれない。なんというか、顔色悪い浪人みたいだし)
スノウはメンバーを見ながら思った。
皆楽しそうに会話し、食事を満喫している。
オルダマトラとニル・ゼントとの戦い時に流れでニトロもレヴルストラの一員となっており、ヨルムンガンドを閉じ込めていた鍵を入手した功労と、命を賭けてスノウを救ったカヤクの存在もあってか、メンバーの異論なく仲間入りを果たしている。
ニトロの隣の席は空席となっており、亡くなったカヤクを偲んだ形となっていた。
時折隣の席を見ながら優しい表情を見せているニトロを見て、スノウは三足烏も全員が敵対する者ではなく、組織として敵対しているのだと改めて思った。
(まるで会社みたいなもんだな。いや戦争もそうか。一部の者の都合で数千、数万の善良な者たちが兵として殺し合う。そんな狂気じみた世界に閉じ込められたら皆おかしくなっても仕方がないよな。そしてそういう人たちが真っ先に犠牲になる。戦争ってのは首謀者を叩かないとダメってことだ。三足烏にしても上位の者たちを叩き潰さない限り戦いは終わらない。オルダマトラもそうだな)
ハノキアで生きている自分たちにとって平和な居場所を確保するためには、オルダマトラや三足烏、傍若無人な神、私利私欲のまま動く魔王たちなど敵対する対象は様々存在するが、いずれもそれを首謀している者を突き止め排除しなければ終わらない戦いなのだと確信した。
(だとすれば、おれ達の旅の目的はそういう奴らを叩きのめす、ということも入ってくる。今までは自分たちの都合でハノキアを旅してきた感もあるけど、今回のように守護天使がおれ達と共闘を申し出てきたってことはレヴルストラがそれなりの勢力であると認めたことになる。これはオルダマトラのやつらも同じだろう。おれ達は大きな責任を負う存在になったってことになるな)
スノウは全員を一人ひとり確認するように見渡した。
レヴルストラも越界するたびにメンバーの入れ替わりはあるものの、人数がかなり増えてきた。
フランシア、ワサン、ソニック、ソニア、シンザ、ルナリ、シルゼヴァ、ヘラクレス、アリオク、ロムロナ、ガース、ニトロ、そしてスノウが背負っているケースに入った消えない炎。
皆信頼のおける大切な仲間だ。
そしてその実力は恐ろしく高い。
「どうかしましたか?」
突然フランシアが話しかけてきた。
「あ、いや、レヴルストラもメンバーが増えてきたなと思ってさ」
「そうですね。でも基本的にマスターと私の二人であとはオマケみたいな者ですけどね」
「あらあら、シアちゃんは本当にいつもストレートなのねぇ」
ロムロナが割り込んできた。
「でも一番最初にスノウボウヤを見出したのはあたしだわよ。オボロねぇさん公認だものねぇ」
ロムロナの言葉に反応したオボロがスノウの頭部で切れ長の目を見開いて話し始めた。
「こんな小童に何の興味も魅力も感じないが、あたしが小童に力授けてやった時にいたのは妖女だったねぇ」
「ロムロナ。あなた勘違いしているわね。私はマスターをマルクトから救い出した。あなたがマスターと会うもっとずっと前の話よ」
「おいおいおい」
そこに酒に酔ったソニアが割り込んできた。
「いいかしら皆の衆。スノウから聞いたけど、シアがロムロナに会う前から付き合っているっていうやつ?‥‥越界するまでのほんの数日の話でしょ?カルパに入った途端にバラバラだったんだから、それは単なるお知り合いだわ。それにロムロナ。あんたは只の魔法の先生だったってスノウから聞いてるわ。しかも期間も然程長くない。それに対して、あたしは、ティフェレトからずぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっっ‥‥」
バタン!
「ソニア!」
ソニアは酸欠になったのか、テーブルに突っ伏すように倒れ込んだ。
スノウに目配せされ、ワサンが苦虫を噛んだような表情でソニアを抱き上げて、椅子を並べて簡易的に作ったベッドに横たわらせた。
「自爆ね」
「ソニアちゃんは本当に面白い子ねぇ」
「私を忘れてもらっては困るわ」
エルティエルが名乗りをあげてきた。
「エルティエル。あなた、自分の立場分かっているの?私が加入を許したおかげで今ここに居られるのだけど」
「それは感謝しているわ。でもスノウは誰のものでもなくレヴルストラのリーダーよ。独り占めはよくないと思っただけ。それに、私たちが主張したところで師匠本人がどう思っているのか。これが重要だと思うけど」
「あらぁ、エルちゃんは流石守護天使だっただけあって大人ねぇ」
「大人ぶっているだけだわ。私には分かる。この顔の奥に潜む利己的で腹黒い感情が。虎視眈々と隙を狙ってマスターの心を射止めようとしている小賢しい策士の顔だわ」
「ぷっ」
ロムロナは思わず吹き出した。
「シアちゃん、面白い表現するのねぇ。確かにエルちゃんは裏表ありそうね。でもスノウボウヤに対する感情には嘘偽りなさそうだわねぇ」
「少し引っかかる表現もあったけどロムロナさんはよく分かっているわ。フランシア。もし納得がいかないなら、力で示す手もあるわよ」
「望むところね。外に出れば空き地はたくさんあるわ。今からそこで勝負しましょう」
「いいわ」
何故かフランシアとエルティエルが戦うことになった。
スノウは収拾のつかない状態に頭を抱えている。
一方、フランシアとエルティエルが勝負すると聞いてシルゼヴァ、ヘラクレス、アリオクが興味を示したのか、さらに煽ってきた。
寝ているソニアを残して全員が外に出て、フランシアとエルティエルの戦いを見物する流れとなった。
「レヴルストラってみんな仲が良いと思ってたんすけど、しょっ中こんな喧嘩みたいなことする感じなんですか?」
ニトロがシンザに話しかけた。
ニトロとしてはレヴルストラの中で一番話しやすいのがシンザだと思ったのだ。
「そうですね。いつもこんな感じですかね。でもルナリが側に居てくれるようになるまでは僕が結構弄られてましたよ」
「何?!」
シンザの声を聞いてルナリが怒りのオーラを発し始めた。
「大丈夫だよルナリ!君が居てくれるから僕は気楽でいられるしさ。ルナリのおかげだよ」
「そ、そうか。シンザがそう言うなら我は永遠にお前の側にいよう」
(結局いちゃついているのを見せつけられただけかい‥‥)
ニトロは若干うんざりした表情でフランシアとエルティエルの戦いに目を向けた。
ふたりは既に戦闘体勢に入っている。
一応武器も魔法も解禁となっているため、真剣勝負となっていたのだが、スノウはこの展開に心底疲れたような表情で頭を抱えていた。
夜であるためロムロナが発光魔法を放ち視界を確保した。
戦闘体勢に入っているふたりの間に入り、ヘラクレスが両手を腰に当てて話し始めた。
「それじゃぁ、俺が開始の合図を出してやるぜ。双方準備はいいな。俺が合図を出すまで動くなよ?俺の合図を待て。いいな?俺がこの戦いを仕切るってことだからな」
「うるさいわね木偶の坊。早くしなさいよ」
「そうよ、ヘラクレス。私たちより弱い貴方が戦いの合図なんて烏滸がましいのだから」
「‥‥‥‥」
ヘラクレスは言い返す言葉もなくしょげながら手をあげた。
ダシュン!!ガキィィィン!
ヒュゥゥン‥‥ドッゴォォォォォン!!
いきなり剣がぶつかり合った。
その瞬間、周囲に凄まじい衝撃波が広がったのだが、すぐさま双方後方に飛び退いて距離をとったかと思うと魔法の応酬を始めた。
爆裂魔法と豪雷魔法がぶつかり合い、凄まじい熱風が周囲に広がる。
その間も剣と剣の応酬が繰り広げられた。
お互い空を飛びながら剣をぶつけ合っている。
「ほう、エルティエルはなかなかやるな。フランシアと互角に戦っている」
「いやむしろ、俺はフランシアの強さに驚いている。守護天使の実力は天使たちの中でもトップクラスだ。魔王にも強さのばらつきがあるが、中低位の魔王レベルでは守護天使には勝てない。フランシアはそのレベルにいるというこだな」
シルゼヴァとアリオクが戦いを評している。
徐々にスピードがあってきており、空を縦横無尽に動きながら激しい火花や爆発が発生している。
ギュゥゥゥゥゥゥン‥‥
ふたりのオーラが徐々に強く広がっていく。
フランシアとエルティエル其々の手のひらの上には、凝縮に凝縮を重ねた火球が練られている。
「決着をつけようって雰囲気だな。しかしとんでもない戦いだぜこれは」
ワサンが呟くようにシルゼヴァとアリオクに話しかけた。
「フハハ!見ろふたりとも戦いに集中し過ぎて自分たちの攻撃の行く末など全く気にしていないぞ」
「相当な破壊の渦が生まれるぞ」
シルゼヴァは楽しそうに観ており、アリオクは冷静に分析している。
「守護天使の実力は認めてあげるわ」
「貴方も中々だわフランシア。ニンゲンでありながらここまでの戦いが出来るなんてね」
「当たり前よ。マスターの生涯の伴侶となればマスターの領域に見合う力を得なければならない。これでも全然足りないけど、少なくとも私はマスターの次に強くなければならないの」
「なるほどね。その考え方には賛成よ。でも2番手は私。そこは譲れない」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ‥‥
緊張感が走る。
お互い火球を放った瞬間、火力の高い方の火球が相手を襲うことになり、その攻撃を受けた場合凄まじいダメージを受けることが想定され負けが確定すると思われた。
ヒュン!
フランシアとエルティエルは超凝縮された火球を投げつけた。
バシュゥゥゥン‥‥
火球と火球が接触する直前。
ヒュン‥ガシュゥゥゥゥ!!
『!!』
スノウが間に割り込んで両手を広げ、双方の火球を掴むとそのまま握り潰すようにして消し去ってしまった。
「お前らいい加減にしろ!こんなのぶつけ合ったら、その衝撃で復興中の街が吹き飛んでしまうじゃないか!」
「マ、マスター‥‥すみません‥‥」
「師匠‥ごめんなさい‥‥我を忘れてしまって」
「ふん‥全く。もうこれくらいにしてくれよな。おれは風呂入って寝るから」
スノウは謎の神殿の自室へと向かって降りていった。
「勝負はお預けね」
「そうね。これ以上師匠を怒らせるわけにはいかないもの」
ふたりはしょげた表情をみせつつ地上に降りていった。
それを観ていたシルゼヴァとアリオクは驚いていた。
「あの爆裂火球を簡単に潰してしまったぞ」
「あれは波動気の無動だろう。しかしあれを消し去るだけの波動気を練られるなど聞いたことがないな」
「ザザナールが波動気を使いこなしていたようだが、それを見てスノウはまたさらに強くなったということだ」
「全く底が知れない男だな、スノウは」
シルゼヴァとアリオクは自分たちのリーダーの強さの一端を垣間見て納得したように頷いていた。
その横でワサンはスノウを誇らしげに見ていた。
一方ソニアが酔った挙句に気絶してしまったことで、この一連のやりとりを見ることができずにソニックは精神の部屋でしょげていた。
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