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<ホド編 第2章> 139.ミカエル

139.ミカエル


 その日のうちにスノウはエルティエルにレヴルストラ加入の許可が出たことを伝えた。

 エルティエルはとても喜んでいた。

 天使であった彼女が記憶を失い人間として生活した数年間は彼女にとってとても貴重な記憶であり、天使の精神構造や人体構造に変化にまで影響するものであった。

 守護天使としてネツァクを任されていた重責はプレッシャーもあったとはいえやり甲斐あるものであったのだが、やはりエルティエルにとってスノウ達と過ごした数年間が最も生きている感覚を持てた期間だったのだ。

 そのような時を再び過ごすことが出来るというのは半永久的な生命力を持つ彼女にとってはこの上ない喜びだった。


 「ありがとう師匠!取り敢えずこれは貴方に渡しておきます」


 そう言って手渡してきたのは神域の宝具(ゴッズアイテム)の木ナイフだった。


 「本当にいいのか?」

 「はい。それに私がレヴルストラに入るということは私も越界するわけなので使うことに何ら制約はありませんしね」

 「まぁ、そうだが‥‥でもこれ、有事の際に使うやつなんだろ?」

 「いいんです!私にとって有事の際っていうのは師匠やレヴルストラのメンバーが困っている時なんですから」

 「分かったよ。遠慮なく受け取っておくよ。いつ使用するかもおれに一任でいいんだな?」

 「はい、もちろん!因みにそれを使って次はどちらへ?」

 「まだ決めてないがオルダマトラの行方が掴めているなら先ずはそこだろうな。もし掴めていないなら闇雲に越界しても無駄だから、暫くホドに残って街の復興を手伝いつつアヴァロンとかいう永劫の地を散策するか、もしくはティフェレトへ行くかだな」

 「ティフェレト?なぜですか?」

 「あそこにはおれの仲間がいるんだ。それとおれの知り合いで、いや仲間みたいなものかな、同じ日本、いやマルクトからの越界者でもある科学者がいてな。彼が残した手紙にティフェレトがやばそうな内容の記載があったんだ」


 スノウはそう言ってポーチから取り出した手紙をエルティエルに渡した。

 手紙を開くとこう書かれていた。


 “親愛なるスノウ君。恐らく君がこの手紙を読んでいるということは君が無事にハノキアを旅しているということだろう。私も越界手段を得て君もよく知る優秀な技術者と共にハノキアを渡り歩いている。どこかで会えるかもしれないが、一つ伝えておきたい。ティフェレトには戻って来てはならない。絶対にだ。あそこにはもう何もないのだ。いいかい?ティフェレトには絶対に戻って来てはならない。      君の友人 スメラギ ”


 「スメラギ‥‥確か師匠が昔話してくれた方ですね。魔法に加えて科学という不思議な力の使い手でしたね」

 「科学は不思議な力じゃない。魔法の方がよっぽど不思議だがな」

 「そうなのですね。でも確かに気になります、この手紙の内容は。私の知る限りティフェレトには何も変化がないかと。守護天使であったミカエルが守護していましたから彼から聞くのが良いと思います。お呼びしましょうか?」

 「大天使を呼びつけるってか。まぁ今更驚く話でもないけど。呼べるなら呼んでくれ」

 「分かりま‥」

 「呼びましたか?」

 『!!』


 突如背後からミカエルが現れた。

 見たことのない外見の存在であったがスノウには何故か目の前の存在がミカエルだと分かってしまっていた。

 見た目は少年の姿だったが、感覚的に天使であることが理解でき、さらに懐かしい感覚なったことからミカエルだと理解したのだ。

 その懐かしい感覚とは、ティフェレトで出会った仲間のレンだった。

 レンは特殊な魔法の使い手で音魔法で触れた者に変身できる能力を持っていた青年でスノウを兄と慕っていた。

 あまりにスノウに付き纏うためうざがっていたが、それは仲間以外を信頼できないスノウの拒絶反応が出ていた部分もあり本心では慕ってくれる存在がいることが嬉しかったところもあった。

 憎めない存在であったレンは結局得体の知れない何者かによって殺されてしまったのだが、実はミカエルが体に寄生していて暫く生かされていたのだった。

 レンの体に寄生していたことや、大天使の力があればレンを救えたはずではないかという苛立ちと、暫く生かし続けてくれた感謝が入り混じった感覚を持っていたのだが、いきなりの登場でスノウは少し面食らってしまった。


 「ミカエル‥‥」

 「如何にも。初めてではありませんね」

 「ああ」

 「私に聞きたいことがありますね?」

 「ああ。だが盗み聞きとは趣味が悪いな」

 「盗み聞きとは失礼ですね。全てが聞こえてしまうのですから盗み聞きではありませんよ。貴方は夜道に潜む虫が騒音のような羽音をたてているのを聞いて盗み聞きだと言われたら心外でしょう?」

 「あんた、天使のくせに表現が下手くそだな」

 「クス‥」

 「エルティエル。今笑いましたね?その笑いは明らかに私を侮辱したものですね?スノウ・ウルスラグナが私に指摘した内容を聞いて、私をバカにして笑ったということですね?」

 

 思わず笑いが出てしまったエルティエルはミカエルの面倒な言い方にウンザリしたような表情を一瞬だけ見せたがミカエルはそれを見逃さずに再び質問責めし始めた。


 「今の苦虫を噛み潰したような顔は私を面倒くさいと思ったことによって自動的に表現されたものですね?」

 「もういいって」


 スノウがウンザリしたような表情を見せるとミカエルは嬉しそうに続けて話しかけてきた。


 「私は嬉しいのです。今まで守護天使としての責務を全うするために様々なことを捨ててきました。貴方の弟分であったレンもそうです。私が守護天使でなかったなら、救えたかも知れません」


 ガシッ!


 スノウはミカエルの胸ぐらを掴んだ。

 少年の姿であるにも関わらずまるで巨大な岩であるかのようにスノウが胸ぐらを掴んでもびくともしない。


 「貴方の気持ちは少しだけ分かります。貴方は私を責めたいのでしょう。でも責めても意味がないことを分かっています。貴方は賢いニンゲンだ。賢くそして感情豊かで仲間思いだ。私はね、貴方の仲間が羨ましいのですよ。守護天使でいる限り、いや、天使でいる限り、そのように大切にされることはない。他者を大切にすることもない。個々が与えられた責務を全うするのみなのです」

 「よく言えば自立している。悪く言えば愛を知らない孤独な存在だな」

 「否定はしません。これは私の持論ですが、愛とは神のみが持ち得るもの。私たち天使にはそれがありません。我らが主によって教えられた定義を説いているに過ぎません。ですが愛を知りたいという望みはある。だからこそ貴方がたが羨ましいのです。これは私がレンの中で彼の愛情に触れたからそう思うのかも知れません」

 「分かったよ。っていうか正直あんたの愛への憧憬なんて興味ない。あるのは今、ティフェレトがどうなっているかだけだ。知っていることを教えてくれ」

 「なるほど。ティフェレトにいる仲間が心配なのですね。ですが残念ながら、スメラギジョウタロウの記した手紙にような状況には陥っていません。貴方の仲間のエストレア・マッカーバイ女王やゴーザノル・ロロンガイアも無事です。元気に暮らしています」

 「そうなのか?てか何もないなら残念ではなく寧ろ嬉しいんだが」

 「間違いありません。今からその証拠をお見せしましょう」


 ミカエルは額をスノウに近づけてきた。


 「おわ!何だよ!」

 「意識の共有ですよ。距離が重要なのです」


 そう言うとミカエルはスノウの額に自身の額をくっ付けた。

 それを見たエルティエルは羨ましそうに見ている。


 「!」


 スノウの脳裏に突如何かの情景が浮かんできた。


 (これは?!)


 かなり高い場所から見下ろしているのだが、スノウにはそこがティフェレトであることがすぐに分かった。


 (あれはマルシュアース山だ。そして右にある山‥‥あの特徴的な形状の山はロアース山だ。かなり小さく見えるが頂上にあるのはスメラギさんの作った天文台だな)


 視界は徐々に地上へと降りていく。

 その方向はラザレ王宮都だった。


 (あれは!)


 スノウの視界に懐かしい顔が飛び込んできた。

 エストレアとゴーザだった。


 (エスティ!それにゴーザも!良かった‥‥無事だったんだな‥‥)


 楽しそうに会話しているのが見えた。

 声は聞こえないのだが、笑顔が見えたからそう思ったのかスノウはどこか違和感を感じていた。


 (何だ?‥‥なんか変だな‥‥)


 ス‥‥


 ミカエルは額を離した。

 同時にスノウの脳裏からもティフェレトの様子が見えなくなってしまった。


 「どうでしたか?納得しましたか?」

 「あ、ああ」


 スノウは消化不良のような反応で返事をした。

 

 「ティフェレトへ赴く必要は無さそうですね。それでは私は天界へと戻るとしましょう」


 ヒュン!


 ミカエルは一瞬で消え去った。


 「どうかしましたか師匠?」

 「あ、いや‥‥」

 

 スノウ納得できずモヤモヤした状態で暫くその場から動けないでいた。


いつも読んで頂き本当にありがとうございます。

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