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<ホド編 第2章> 136.問答

136.問答


  ヒュゥゥゥゥゥン‥‥


 「この辺りね」


 エルティエルは何かを探しにきたのか、目的地に到着したようで、周辺を見回すとぐるぐると回りながら飛行し始めた。

 海上であり、陸地アヴァロンやホドカンからもかなり遠い場所だ。

 海上には何もなく、折り重なるような波のうねりが複雑な模様を作り上げている。


 「!」


 そして何かを発見したのか、動きを止めた。

 海上には何もない。

 エルティエルの目は真っ白な状態になっていた。

 おそらく透視能力を発揮しているのだろう。

 天使特有の力であり遠くまでは見通せないがある程度の距離であれば透視が可能なのだ。

 これは天界からニンゲンたちが住まう地上を監視するための能力であった。

 突如エルティエルは驚愕の表情を見せた。


 「な‥‥馬鹿な‥‥あり得ない」


 ヒュン‥‥バッシャァァァン!


 エルティエルは勢いよく海中へと飛び込んでいく。

 炎系の魔法で推進力を得てかなりのスピードで潜っていく。

 そして200メートル以上潜水したところでようやく海底が見えてきた。

 太陽光もかなり遮られ薄暗くなっている。


 ピカァァ‥‥


 エルティエルの目が光り、海底を照らす。

 周囲は青色の海水で澱んだ状態になっている。

 海底は砂が広がっているエリアで何かを見つけやすい状態だった。

 

 「!!」


 エルティエルは視線の先に何かを見つけた。


 「あり得ない‥‥何故こんなことに‥‥」


 エルティエルの目の前にあるのは、バラバラになった人体であった。

 長い金髪の頭部、黒いスーツごと切断された手足、胴体部分も複数に切断されて散らばっていた。

 そして大きな翼が強引に引きちぎられたのか無惨な状態で海水の揺れに合わせて靡いていた。

 

 「ラファエル‥‥」


 エルティエルの目の前に転がっていたバラバラになった部位の主は大天使ラファエルだったのだ。


 エルティエルは魔法を発動しラファエルの体を全て特別な膜で包み手に持つと、そのままかなりの速さで浮上し始めた。

 ニンゲンであればすぐに減圧症になってしまうスピードだ。


 バッシャァァァ!


 ヒュゥゥン‥‥キュィィィン‥‥


 エルティエルは海上を出てそのまま上空へと飛行しながら転移魔法陣を出現させてその中へと入って行った。

 転移魔法陣を潜るとそこはデヴァリエだった。


 「エルティエル!お前が持つそれはまさか!」

 「はい‥‥ラファエルの体です‥‥」

 「!!なんじゃとぉ!」

 「あり得ない‥‥ラファエルが破壊されるなど‥‥」


 デヴァリエにいるカマエルとミカエルは無表情ではあったが驚きを隠せず思わず声を荒げて言った。


 "メタトロンだ"


 突如メタトロンから通信が入った。


 "すぐに緊急のコングレッションを招集する。デヴァリエを所定の位置へと戻し次第コングレッションルームへと来てくれ"


 常に落ち着いているメタトロンの声は若干取り乱しているように感じられた。

 

 「異常事態じゃな。兎に角コングレッションルームへと急ぐぞい」


 カマエルの言葉にミカエルとエルティエルは頷いた。


・・・・・


 ここはどこかの国の裁判所。

 誰1人いない法廷に数名の人影が壁から透過してきたかのように現れた。

 現れたのはメタトロン、カマエル、ミカエル、エルティエルの4体だった。

 

 「先ずは座ってくれ」


 メタトロンに促され、他の3体は傍聴人の椅子に座った。


 「あやつらは何をしておるのじゃ。緊急招集じゃと言うのに」

 「ラツィエル、サンダルフォン、ザフキエルはここへは来ない」

 「どういうことじゃ?!」

 「ラツィエル、サンダルフォン、ザフキエルはホドから消えた。我の部下の目を放ったが、ホドにはその姿はなかった」

 「なんじゃと?!」


 カマエルは思わず立ち上がって声を荒げて言った。


 「越界したということですか?」


 ミカエルが質問したが、メタトロンは首を横に振った。


 「いや、正確には越界したと言える。だが、彼ら単独での越界ではない」

 「?‥‥結論を!メタトロン!」


 メタトロンは一呼吸置くと、ゆっくりと驚きの言葉を口にした。


 「ラツィエル、サンダルフォン、ザフキエルはオルダマトラと共に消えた。つまり、彼らは今、オルダマトラの中にいる」

 『!!』


 ザザン!


 カマエル、ミカエル、エルティエルは衝撃のあまり言葉を失った。


 『‥‥‥‥』

 「オルラマトラ‥‥つまりディアボロスたちよって彼らは拐われたのだと疑った。だが、ザドキエルが消失し、アドラメレクもスノウたちとの戦闘で身動きが取れなかった。ディアボロスも時ノ圍(トキノイ)を展開してまで出現せざるを得なかった状況だ。やつら以外に仲間がいたとしてもラツィエルたち3体を相手にして連れ去ることなど不可能なのだ」

 「ルシファーが手を貸したのではありませんか?!彼ならばラツィエルたち3体を捕縛し連れ去ることなど造作もありません」

 「それはないですよエルティエル。ルシファーがオルダマトラに関与しているのであれば、アヴァロン全体が吊られた状態の大陸引きになっていただろうし、未知の存在(アンノウン)にあそこまでさせはしなかったはずだからね」

 「ミカエルの言う通りかもしれん」


 カマエルが疲れたように座って言った。

 

 「これはわしの勘じゃがな‥‥ラツィエルは遥か昔、わしと問答をしておるときに気になることを言ったんじゃよ」


 カマエルは回想し始めた。


・・・・・


――ゲブラーのプロメテウス大火山の山頂――


 カマエルは灼熱のマグマが煮えたぎる火口付近で座禅を組んでいた。

 この頃のカマエルは3メートルはあろう大男の姿に扮していた。

 赤褐色の肌に分厚い胸板、刃をも通さない腕、逆立つ髪の毛は炎となっていた。

 

 「へぇ、ここがプロメテウスがニンゲンに火を教えたという場所ですか」


 突然現れたのはラツィエルだった。


 「これは驚いたな。とんだ珍客がいたものだ。勝手に越界したことがメタトロンに知れれば懲罰ものだぞラツィエル」


 「問題ありませんよ。コクマには私の分身を置いてきました。比率は7割程度。ほぼ本体はコクマにいるわけですから職務を放棄したとは取られません」

 「屁理屈だな。それで何用だ?ここはお前のような頭でっかち者が来るところではないはずだが?」

 「随分な言われようですね。ここで力比べでもしてみますか?」


 ズザン!


 カマエルは立ち上がった。


 「冗談ですよ」

 「何だくだらんことを言いにきたのならとっとと帰れ」

 「いえいえ、本題は、貴方と会話するためです。少し付き合ってくれませんか?」

 「会話だと?」

 「そうです。パワーズの大軍勢を率いて戦った赤豹の大天使の名の裏では愛と思いやりを知り教えることの出来る頭脳をお持ちだ。皆貴方の攻撃性の側面しか見ていないですが、私にはその奥にある本質、愛を知る者としての貴方に興味があるのです」

 「なるほど。いいだろう。話を聞いてやる」


 カマエルは再び座禅を組んだ。

 そしてラツィエルは向かい合うようにして座禅を組んだ。


 「いきなりですが、カマエル。貴方はハノキアをどう思われますか?」

 「随分と唐突に漠然とした質問を言い出したものだ。今のハノキアか。俺にとっては違和感の塊だな。本来調和があるべきだ。だが、5大エレメントは引き裂かれ、散っている。炎は風に力を得て、風は水から勢いを生み出す。水は大地によってその姿を如何様にも変え、大地は炎によって作り出される。その循環の中で生き物も生命を育み、伝え、そして成長する」

 「流石は下界の生き物に愛を教える役割を担っているだけのことはありますね」

 「お前はどう思うのだ?質問したからにはお前自身にも考えがあるのであろう?」

 「そうですね。私も同感です。ハノキアは本来の形ではないと思っています」

 「本来の形とは何だ?」

 「真理に辿り着くことができる形ということです」

 「真理‥‥お前の言う真理とは何だ?」

 「役割を知り、全うすることです。真理とは私や貴方も含め全ての生ある者が自分に与えられた役割を知り、それを確実に、適切なタイミングで実行し続けることなのです。その一つ一つの役割の確実な実行が噛み合う時に世界は真理を生み出すのです」

 「ふん。お前の言う真理とは手段だな。到達点ではない。手段はどこまで突き詰めても手段に過ぎない。選択の連続性だ。選択は結果を生むが、到達点に行きつかない限り新たな選択を生む。そこに真理など存在するはずもない」

 「そうでしょうか。この世界に到達点などありはしない。存在するのは永遠に続く時間の流れです。4次元であろうと5次元であろうと終わりはありません。ただ永遠に紡がれる一瞬が連なるだけです。だとすればそれらが完璧に噛み合った状態こそが真理だと私は思うのです」

 「空論だな。選択の先には結論があり、必ずしも連続し続けるものではない。すべての事象に関連性や連続性を見出すのは矛盾に他ならん」

 「そうです。矛盾‥‥それが真理に辿り着けていない証拠。全ての矛盾が取り払われた状態が永遠に続く姿。それが真理だということです」

 「証明しようがない。現実的に不可能だ。生命の数だけ複雑性が増し、選択の歪みが無限に生まれる。仮にひとりだけしか存在しない宇宙があったとしたら成立もしよう。いや、それすら難しいはずだ。何故なら予測不可能な自然現象があるからだ」

 「それこそ空論ですね。たった一人を残して全宇宙の生命を消し去るなど、我らが主が許しません」

 「ふん‥‥一体何を問答しに来たのだラツィエル。我を否定しに来ただけか?」

 「いえ、そうではありません。貴方なら私の苦悩と理想を理解してくれると思ったからこうやってわざわざやってきたのです。愛の伝導者でありながら、大軍勢を率いる大戦天を担わされた、大きな苦悩を抱え続けた貴方なら、理解できると思ったからですよ」

 「‥‥‥‥」


 カマエルは言葉を失った。


 「私はコクマで無数の記憶を守ってきました。記憶とは曖昧そのものです。嫌な出来事を何もなかったかのように書き換え、妬みや恨みを正義にも変えうる。偽りの世界なのです。そこに真理は存在し得ません。生命に記憶など不要なのかもしれませんね。過去の何にも左右されず、影響を受けずに今できる自分の役割を全力で成し遂げ続ける。それこそが私の思う真理なのです」

 「理解は出来る。だが、実現は不可能だ。我らが主はニンゲンにその曖昧さを態々授けたのだ」

 「いいえ、智慧のリンゴを与えさえしなければ、私の思い描く真理の世界は実現していたに違いありません」

 「そうかもしれん。だが、時を遡ったとしても実現は不可能だ。我らが主はニンゲンに智慧のリンゴを与えた事実を変えはしないはずだからだ」

 「‥‥そうかもしれませんね‥‥」


 ザッ‥‥


 ラツィエルは立ち上がった。


 「有意義な問答が出来ました。貴方と話が出来たことで私の思考はより鮮明に整理されましたよ。感謝しなければなりませんね」

 「感謝など不要だ。そろそろ戻るがいい。寛容なメタトロンもこれ以上は許しはしまい」

 「そうですね。ではまた」


 そう言ってラツィエルは消えた。


・・・・・


 「あの頃のわしは、怖い者なしじゃったが、わしはあやつに‥‥そう、恐怖を感じた。言葉の奥で何を考えているのか分からない恐怖をな。あやつはあやつの思う真理とやらを実現しようとしてるのかもしれん」

 「まるでラツィエルが全ての首謀者のように聞こえますよカマエル。仮に貴方の感じた恐怖が本物で、ラツィエルが何かを企んでいたとしても、首謀者はディアボロスのはず。何らかの利害が一致したために行動を共にしているのではと思います。つまりまだ彼らを引き戻すことは可能だと私は思います」


 ミカエルの発言にメタトロンが立ち上がった。


 「ミカエルの意見も一理ある。そしてカマエルの感じた恐怖にも納得感がある。我もラツィエルのどことなく得体の知れない思考には違和感を感じていた。おそらくだが、サンダルフォンやザフキエルにはそのような恐怖も信念もない。むしろラツィエルに賛同して行動を共にしているといったところだろう」

 「とにかくじゃ。一刻も早くオルダマトラを見つけ、あやつらを引き戻さなければ恐ろしいことが起こるやもしれん」

 「どうやって?」


 カマエルの言葉に反応にしたミカエルに発言に皆黙ってしまった。

 今の守護天使は明らかに戦力不足なのだ。

 その時、エルティエルがゆっくりと立ち上がった。


 「スノウ達と組むのです」

 『!!』


 皆無表情のままエルティエルに視線を向けた。

 


いつも読んで下さって本当にありがとうございます。

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