<ホド編 第2章> 133.悍ましい存在
133.悍ましい存在
落ちた大地の一角に悍ましいオーラを発する場所があった。
オルダマトラの落とした鉄塊によって潰されたニル・ゼントの肉片が散らばっている一帯だ。
スノウは上空を見上げたが、既にオルダマトラの痕跡はなかった。
ヨルムンガンドによって黒雷鳴の鎖が噛みちぎられたことで大陸引きが出来なくなったことから越界したのだと思われた。
ヨルムンガンドが登場し、無化の球体ごと黒雷鳴の鎖を噛みちぎって飲み込み吊られた大地を落とさなければ今頃カルパに無化の球体が放り込まれ、ハノキアの世界の繋がりや魔力の流れがどうなっていたのか想像もつかない状態だったが、その難局は乗り切ることが出来た。
だが、落とされた大地から発せられる悍ましいオーラはさらなる難局を迎えていることを感じさせていた。
ヒュゥゥン‥‥スタ‥‥
ザザナールが落とされた大地に着地した。
もちろんニル・ゼントの肉片が散らばった場所だ。
「スゥゥゥゥ‥‥」
ザザナールは戦闘の構えをとり、特殊な呼吸を始めた。
波動気を練り上げる呼吸で、ザザナールがとてつもない波動気を練り上げるのに必要な過程だった。
スノウはその呼吸法を知らない。
氣の流れを把握し波動気を練り上げているのだが、呼吸によって波動気がさらに深く濃く練り上げられるのをスノウは初めて知った。
ドゴゴォン!!
ザザナールはニル・ゼントを潰した鉄塊を手刀で破壊した。
鉄塊はかなり小さな粒のレベルで粉々になっていることから物理的なダメージで破壊したというより、鉄塊を分子レベルで結合を切り、破壊したように見えた。
ザザナールは少し後方に下がり片膝をついて首を垂れた。
暫くすると飛び散った肉片が僅かに震え出した。
ビリビリリリ‥‥
ガササササ‥‥
ジュルル‥‥
少しずつ肉片が動き出し、ザザナールが片膝をついている前に集まり始めた。
カシシン‥‥ココン‥‥ジュルル‥‥ビチヤ‥ピチァァ‥ヒュン‥ピチャァ‥‥
骨格が組み上がっていくのに合わせて肉片が逆再生のように融合し、臓器を形成し始めた。
やがて筋肉が繋がっていき、皮膚が張り巡らされて全裸の状態でニル・ゼントが復活した。
ズズン!
だが、突如力が抜けたようにニル・ゼントは両膝をついた。
「!」
ザザナールが慌てて支える。
ガッ‥
「大丈夫ですかゼントさん?」
ザザナールの言葉に反応しない上、真っ黒の眼球はどこに視線を向けているのか分からないため、声が届いているのかも分からない。
まるで関節が錆びたブリキの人形のようにぎこちなく動き、痙攣も起こしている。
ザザナールは倒れそうになるニル・ゼントを支えようと寄り添うが、直感的に触れてはならないと感じ支えることが出来ない。
再生はしたが、前回と同様というわけにはいかなかったようだ。
「ゼントさん‥‥復活しきれてないってことか?‥‥どうすりゃいい‥‥」
ザザナールは険しい表情でニル・ゼントを見ていた。
ピキィィィィン‥‥
「な?!何だよこのやばい氣は?!」
ザザナールは突如慌てたように立ち上がり周囲を見渡しながら特殊な呼吸で体の中で波動気を練り上げて防御し始めた。
ギュワァァァァン‥‥‥
突如精神が抉られるような感覚が広がった。
離れているレヴルストラメンバーも皆胸を掴むように押さえている。
ジュギュワァァァァ‥‥
ニル・ゼントの背後で布を切り裂くような形で空間が裂け始めた。
しかもその裂け目は2箇所出現していた。
ヌゥゥゥ‥‥
二つの裂け目それぞれに何者かの手がかけられた。
そしてゆっくりと裂け目の中から人らしき存在がせり出てきた。
ザッ!ギュュゥゥン‥‥ザッ!
ズッ‥‥グジュュァァァ‥‥ザッ!
「あ、ありえねぇ‥‥何故奴らがホドに来るんだ?!い、いやそもそも生きていたのか?!」
スノウは驚愕の表情を浮かべた。
その視線の先には空間の裂け目から現れた2体の存在がいた。
「スノウ‥私亡霊を見ているの?」
精神の部屋で入れ替わったソニアが両目を見開いて驚きの表情で言った。
他にもフランシア、ワサン、シンザ、シルゼヴァ、ヘラクレスが驚きの表情を見せていた。
「いや、亡霊なんかじゃない‥‥紛れもない‥‥ヘクトルとカエーサルだ!」
スノウの言葉に彼らを知るものはこの後に不吉なことが起こる予感を拭えなかった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ‥‥
レヴルストラメンバーに緊張感が走る。
ニル・ゼントの背後に現れたふたり。
その一人ヘクトル・イリオースはゲブラーを支配し、他人の体を乗っ取って200年以上生きたゾルグ王国の元国王だ。
グランヘクサリオスという闘技大会を行い、その優勝者の体を乗っ取って命を繋いでいた。
ゲブラー最大の強国の王としての権力を利用し、禍々しい人体実験を繰り返した末に精神体を別の肉体へ転移させる術を得て、現在はモウハン・ゲキの体に精神体を移している。
モウハンは人間でありながら強靭な肉体と凄まじく高い戦闘力を有していたため、それまで年老いていたヘクトルは無類の強さを得ているのだが、スノウをはじめ多くの強者たちの活躍によってヘクトルの永遠に生き続けるという野望は潰えたはずだった。
そしてもうひとりの人物、カエーサル・ガイリウス。
彼はケテルで人類議会のマスターヒューを務めていた人物だ。
神々がひしめき合い争うケテルで多くの神々を欺き利用して人間社会の基盤を確立した大胆かつ迅速な判断力と、見た目からは想像つかない高い戦闘力を有している男であった。
だが、最終的には死んだと思われていた。
死んだ、もしくは行方不明状態であった2人を見て、スノウ達は明らかな違和感を感じていた。
「あれらは本当におれ達が知るヘクトルとカエーサルなのか?」
「いや、少なくともニンゲンではない」
スノウの言葉にシルゼヴァが反応した。
「人間じゃないって‥一体どうい‥‥」
「なんだい、とんでもないもんが入り込んだねぇ。小童ども、あれらには関わるんじゃないよ」
突如スノウの頭部に切れ長の目が出現した。
切れ長の目の正体はオボロであり、スノウの髪の毛が逆立っている。
ザドキエルの精神体を飲み込んで精気を吸収したためか、明らかに以前とは違う生き生きとした様子だった。
「お、オボロじゃないか!何となく懐かしい氣を感じていたんだがあんただったかよ」
ヨルムンガンドがオボロの出現にいち早く反応した。
どうやらヨルムンガンドとオボロはお互い面識があるようだ。
「馴れ馴れしいじゃないかクソジジイ。解放されたからといって無闇矢鱈に力使うんじゃないよ。次元の狭間はゴミ箱じゃないんだからねぇ」
「ヒョホホホォォ!その威勢の良さは健在か!それはそうとスノウ・ウルスラグナに憑いているってのは考えたモンだな」
「それ以上余計なこというんじゃないよ老いぼれが。それより早いところここから逃げた方が良さそうだね。あれはあたしらが触れていいモンじゃない。生きとし生けるものの輪廻から逸脱した存在だ。生き死にの範疇を超えて終わらない苦痛が待っている」
「どういう意味だオボロ。詳しく教えてくれ」
シルゼヴァが話しかけてきたが、オボロは目を瞑って拒否した。
「ありゃぁあたしらも正確には知らないんだよ。だが、感じる限りで十分恐ろしさが分かるってことだ。理屈じゃないのさ。老いぼれジジイ、早くここから立ち去りな」
「いや、ダメだ」
スノウが前に出て言った。
「あいつらは厄災だ。生かしておいちゃダメだとおれの細胞が伝えてくる。今は逃げ切れてもいずれ捕まり無化されるだろう。今なら、油断している今なら奴らを殺すチャンスがあるはずだ」
「そうか。ならば俺たちもつきあうまでだ」
「そうね。スノウが言うならあたしたちはあれを殺すまでね」
「バカだねぇ。やめときな小童ども。冗談抜きで死ぬよ。いや消えるよってのが正解だね」
「オボロの言う通りだ。ここはおれだけが行く。みんなはこの場にいてくれ」
『!!』
スノウの言葉に全員が反論仕掛かっていたが、飲み込んだ。
皆スノウを信頼していたゆえにその場所に止まることにしたのだ。
「何かあっても助けには来るな。おれは自力で戻ってくる」
「分かりました。でもマスター‥くれぐれも無茶はしないで」
「分かったよシア」
ス‥‥
ダシュゥゥゥゥン‥‥
スノウは軽く手をあげると凄まじい速さでニル・ゼントたちの方へと飛んでいった。
バシュゥゥゥゥゥゥゥン‥‥スタ‥‥
「スノウじゃないか!何しに来たんだ?」
ザザナールの反応にスノウは無表情のまま返す。
「こいつらを殺しに来た」
スノウは静かにフラガラッハを抜いた。
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