<ホド編 第2章> 131.絶妙な間合い
131.絶妙な間合い
いよいよ時ノ圍が解除される。
ビギィィィィィィィン‥‥
時間の流れる速さが通常に戻り全てが一気に動き出す。
ギュワァァァァン‥‥
ディアボロスの発動した黒い鉄格子の鳥籠の中に閉じ込められているニル・ゼントは、気にすることなく無化の球体をさらに両手で引き延ばしている。
「何だいこりゃぁ!いきなり檻に閉じ込められたぞ!」
ガン!ガン!
ザザナールは鳥籠から出ようと試みるが出られない。
鉄格子を斬ろうとザザナールが手刀を繰り出すと鉄格子は最も簡単に斬れたのだがすぐに元通りに修復されてしまう。
「斬っても斬れないから檻ってかよ‥ん?!やべ!」
ザザナールはニル・ゼントが無化の球体をさらに膨張させているのを見て慌てて背後にまわった。
ギュウゥゥゥン‥‥ヒュン‥‥
鉄格子は膨張する瞬間、無化の球体に吸い込まれるようにして消えた。
そして無化の球体はさらに大きくなっていく。
「如何なる手段も無化の領域では消滅する。抵抗は無意味だ」
ゴゴゴゴゴ!
突如吊られた大地が振動し始めた。
「おわ!何だ?!」
ザザナールが周囲を見回しながら言った。
一方ニル・ゼントは一瞬体勢を崩したが、動じることなく無化の球体を膨張させ続けている。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ‥‥
「まさか吊られた大地が上昇し始めたのか?!」
スノウは起き上がると風魔法で浮遊し、大地と周囲の空とを見比べるようにして交互に視線を移しなが言った。
スノウの推測通り吊られた大地は激しい振動とともに徐々に上昇し始めていた。
「ディアボロス‥‥強引にニル・ゼントごと大地を持ち上げるつもりか。カルパで蒸発させるつもりなんだろうが、ニル・ゼントに越界能力があったら意味がないぞ。それにあの無化の球体。あんなものがカルパに持ち込まれて魔力が無化されたらハノキア全体に影響があるかもしれないんだぞ‥‥」
スノウは思案を巡らせた。
(いや違う。やつは焦って判断を誤るタイプじゃない。幾重にもプランを練って必ず自分の思い通りに事を進めるはずだ。‥‥これまでのやつらの動き‥‥瑜伽変容‥‥たしか巨大亀ロン・ギボールは本来ホドの獣神じゃなかったはず‥‥あのまま瑜伽変容が行われたとしたら世界は破滅していた‥‥無化の力がカルパで発動したら‥‥)
バッ!
「まさか!」
スノウは上空に浮遊し一部だけ姿を現しているオルダマトラを見上げた。
「ディアボロス!‥‥ハノキアを破滅させる気か?!」
ドゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
「止めなければ!」
スノウはさらに上空に上がり全景を見て状況を確認し始めた。
ニル・ゼントはさらに無化の球体を膨張させており、その大きさは既に馬車の車輪ほどにまで膨れ上がっていた。
(ニル・ゼントを背後から風魔法で吹き飛ばし吊られた大陸から落とすか!いや、それではホドが無化の球体に飲み込まれる!あの球体を消し去らなければならない!どうすれば!)
「!!」
(これしかない!)
スノウは何かを思いついたのか突如オルダマトラの方へと上昇し始めた。
そして丁度オルダマトラとニル・ゼントの中間に位置する場所で静止し、土魔法で巨大な岩を出現させた。
そこに練り込んだ流動の波動気を流し込む。
そして周囲を水魔法でコーティングし、水魔法に雷魔法を流し込んだ。
「反応してくれよ!はぁ!!」
スノウは魔法で作り出した岩をニル・ゼントに向けて投げつけた。
ギュヒュゥゥゥゥゥン‥‥
岩石は無化の球体に触れた瞬間に吸い込まれはじめたが、吸い込まれたのは周囲にコーティングされた水のみで、水はその場で飛び散るように吸い込まれたのだが、飛び散った水がニル・ゼントに付着した。
付着した水には雷魔法が付与されており、ニル・ゼントの体に電撃が走る。
一瞬怯んだことで体勢を崩したのか、岩石の軌道から無化の球体の位置がずれたことで、岩石がニル・ゼントを直撃の軌道が成立しかけた。
しかし、無化の球体は触れただけで吸い込みながら無に帰す力を持っているため、岩石は完全に無化の球体と離れていなければならないが、接触する位置にあり岩石が無化の球体に接触した瞬間。
ギュショァァァァ‥‥
岩石に練り込まれていた波動気の流動が作用し、無化の力を散らせ流したのだ。
岩石の一部は無化の球体に吸い込まれたが、上手く流されたことで岩石はニル・ゼントに直撃する。
グドジャァァ!!
ニル・ゼントの左半身がこそぎ取られるようにして潰された。
「ゼントさん!」
ザザナールは目の前でニル・ゼントの体半分が潰されたのを見て目を見開いて叫んだ。
ニル・ゼントの血と肉片がザザナールの体に飛び散った。
ジュルン!
半身を失ったニル・ゼントはそのままバランスを崩して倒れ込むが、ギリギリのところで左足が再生され、倒れずに堪えた。
そして半分になった頭部のまま顔を真上に向けた。
そこには上空で一部だけ出現しているオルダマトラがあった。
スノウは既にその場から退避しており、離れた場所で様子を窺っていたのだ。
「さぁどうするふたりとも!」
ニル・ゼントは右手で発動し続けている無化の球体を真上のオルダマトラに向けて放った。
ギュワァァァン‥‥
無化の球体がオルダマトラに向けて上昇していく。
キン‥
一瞬オルダマトラの一部が光ったかと思うと、巨大な鉄球が凄まじい速さで落とされた。
ヒュゥゥゥゥゥン‥‥‥ギュゥゥゥン‥‥ギュルル!!
しかし無化の球体に吸い込まれてしまう。
キン‥キン‥
その直後同じようにオルダマトラの一部が2回光った。
ギュギュゥゥゥゥン‥‥
二つの鉄球が弧を描きながら飛んできたのだが、先ほどとは違い無化の球体と同程度の大きさであり、無化の球体を躱すようにして鉄球がニル・ゼントへ飛んできた。
だが先ほどの巨大な鉄球よりも速度は遅く感じられた。
ゴゴォォン‥‥
突如吊られた大地が上空の風で揺れる。
ニル・ゼントは体勢を崩し、片膝をついてしまった。
「ゼントさん!」
ザザナールはニル・ゼントを抱えて回避しようと飛び退くが、鉄球はその動きに合わせて軌道を変えてきた。
(やべぇぞ!あの動き追跡弾だ!)
ダシュン!
ザザナールは凄まじい跳躍を見せて片方の鉄球に対し、螺旋を極限まで練り込んだ力の限りの鉄拳を叩き込む。
ゴォォン!バコギィィン!!
鉄球が粉々に破壊された。
(やべぇ!間に合わねぇ!)
もうひとつの鉄球がニル・ゼントへと迫る。
バッ‥
ニル・ゼントは右手を鉄球に向けて翳した。
無化の球体を再び生み出そうとしていたのだ。
ドッゴォン!ブジュァ!!!
しかし、無化の球体を発動することは間に合わず、鉄球が地面に激突しニル・ゼントは潰され肉片が周囲に飛び散った。
「ゼントさん!!」
ズゴゴゴォォォ‥‥
オルダマトラが上空から消えはじめた。
「まさか無化の球体だけカルパに呼び込む気か!」
スノウはディアボロスの的確な判断と素早い動きに驚きと怒りを覚えていた。
オルダマトラは吊られた大地を引きながら黒雷鳴の鎖だけをホドと繋いだ状態でホドから消え去り、無化の球体との接触を避けつつカルパへの道を開いて無化の球体をカルパへぶつけようとしていたのだ。
一方吊られた大地はそのままオルダマトラによって空へと引かれ、オルダマトラと共に越界をする動きを取ろうとしていた。
まさに絶妙な間合いだった。
「ディアボロス!!!」
スノウの握る拳から血が滴る。
ディアボロスには何度も辛酸を舐めさせられてきたのだが、またしても彼によって窮地に立たされたスノウは怒りと自分への不甲斐なさで握る拳に力が入り過ぎてしまっていたのだ。
(なすすべ無しか!!)
スノウはどうにかして仲間だけは救わなければと思案を巡らせようとしたが詰んでしまう直前の状況とディアボロスへの怒りで頭が回らなかった。
諦めかけていたその時、突如マダラがスノウの体を背後に引っ張る。
グィィィィィ!
「なんだよ!」
だがマダラは無言でスノウをさらに後方へと引っ張る。
次の瞬間。
ドギュルルルルルルン‥‥ドゥワァァン!
突如超巨大な魔法陣が出現した。
そしてそこから信じられないほどの大きさの巨蛇の顔がせり出てきた。
(な、なんだよこれ!!)
スノウは目の前に現れた途轍もない大きさの巨蛇に思わず体が硬直した。
自分の目の前にあまりにも大きく全容が見えないほどの眼が通り過ぎたのだ。
見られているのかどうかすら分からないほどの大きな眼であるにも関わらず、蛇に睨まれた蛙のようにスノウは条件反射的に硬直していた。
ヌチャァァァァァァ‥‥
せり出てくると同時に恐ろしい巨大な口が一気に開いていく。
ガバクゥゥゥン!!
そして一気に口を閉じた。
その中には無化の球体と黒雷鳴の鎖を丸ごと飲み込んでいた。
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