<ホド編 第2章> 122.天使回線
122.天使回線
ギュゥゥゥゥン!!ズン!!
『!!』
スノウと守護天使3体は突如凄まじい重力波で地面に落下し、身動きが取れないほどの激しい重力波によって抑え込まれたしまった。
「こ、これは失われたはずの原初精霊アルケーの重力系魔法!」
ラツィエルは驚きの声で言った。
原初精霊魔法アルケー。
光や重力、時空間を操り全ての事象を変えてしまうほどの強大な力を秘めた魔法であり、御伽話でしか聞かないものであった。
各世界における大魔法使いとして名を馳せている者ですらその存在を確認したことがない。
使用者が非常に限られる希少性の極めて高い生死を操るゾス系とは違い、アルケーは古の魔導書などでも確認できないそもそも使用者自体が存在しなかった伝説の魔法なのだ。
その言葉を聞いたスノウは魔法に違和感を感じた。
(ア、アルケー‥‥何処かで聞いたことのある魔法だが、こ、これは魔法なのか?!しかし‥‥なんて重力波だ‥‥)
異常な重力波によってスノウの表情は凄まじい苦痛に耐えていることを示していた。
体が押さえつけられるのではなく、脳や骨や内臓が地面に引っ張られる感覚で、起きあがろうとすると脳や内臓が飛び出たり、骨が皮膚を突き破り引き剥がされたりするような感覚だった。
通常魔法放つと、万空理の空視では因の流れが見える。
だが、ニル・ゼントの放つこの魔法には因の流れが見えないのだ。
よく見極めたいとスノウは思ったが、あまりの強力な重力波によってそれどころではなく、どうやってこの例えようのない苦痛から逃れられるのかを考えもがくことで精一杯だった。
耐え難い苦痛だけでなく、閉所恐怖症のような感覚に陥るほどの身動きの取れない圧迫感による恐怖もスノウを襲った。
だが徐々に苦痛も恐怖も薄れていく感覚があった。
全てが消えていく感覚。
生きている実感や生きようとする気力すら消えていく感覚が生じていた。
視線を守護天使たちに向けると無表情ままもがくこともなく機能を停止しているようにさえ見えた。
さらに視線を移すと、ゆっくりとそして確実に何者をも無に飲み込む恐ろしい虚無のオーラを放つニル・ゼントが近づいてきた。
空中に浮遊し体を動かすことなく進んでくるニル・ゼントはもはや別の存在で、万空理の空視で見ても因の繋がりどころか、因そのものが確認できない状態であった。
(な‥‥ん‥‥だ‥こい‥‥つは‥‥)
「ぐぶべぇ‥‥」
スノウの口や鼻、耳から血が流れ始めた。
(まず‥‥い‥‥意識‥‥が‥‥薄‥‥れて‥‥)
ニル・ゼントはスノウと3体の守護天使たちの前で動きを止めた。
「そこな有機体。オリジナルか?」
突如ニル・ゼントが喋り出した。
それはかつて演説で聞いた口調ではなく、まるで機械が話しているかのような冷たいものであった。
(?‥‥何‥‥を‥‥言って‥‥いる‥‥んだ?)
「理解できぬか」
(‥‥‥‥)
スノウは既に気を失う寸前だった。
ギギギ‥‥ギシシ‥‥
一方3体の守護天使たちは凄まじい重力波の中、金属が軋むような音を立てながら、ゆっくりと立ち上がり始めた。
「元より空虚な存在か。だが生命機能はあるようだ。影響範囲内で許可なく行動することは許されない。抵抗は無意味だ」
別人のニル・ゼントが流暢に話し始めた。
ギギガ‥‥クカカ‥‥
3体の守護天使たちは無表情のまま必死に立ちあがろうとしている。
ニル・ゼントは3体の守護天使たちに向かって右手をかざした。
シュワァァァ‥‥
守護天使たちの体が砂が風に飛ばされるように少しずつ消え始めた。
ヒュゥゥン‥‥ジャバァン!
突如飛んできた何かによってニル・ゼントの右腕が吹き飛んだ。
右腕を吹き飛ばしたのはカヤクだった。
切断に使った円月輪がカヤクの手元に戻って行った。
「やはり手ですね。オーラと無化を操るのは手のようです。手さえ押さえ込めば戦闘不能にすることは可能なようです」
「ゼントさんを殺すんじゃねぇぞカヤク。狙うのは手だけだ。命を狙う素振りを見せた瞬間にお前を殺す。さっきは背後から不意打ちだったからやられたがお前さんは俺の敵として確定した。つまり俺がお前さんに油断することは一瞬たりともないと思え」
「勘違いしていますねザザナール。私はニル・ゼント様の忠実な僕です。得体の知れない何かに憑依されていてそれを取り除こうとしているだけなのです。殺して良いなら苦労はしません」
「ふん。信じないぜ。まぁいい。とにかく俺はお前を敵とみなし見張っている」
「‥‥‥‥」
カヤクは興味なさそうに目線を逸らした。
「!」
その目線の先にあったはずのニル・ゼントの手がないことに気づいて驚いたカヤクは周囲を探し始めた。
「いましたね‥‥」
血も止まっていたため、不気味な色をしているが明らかに生きている感じであった。
吹き飛ばされた腕は自律した状態で動き回っていた。
バシュゥゥゥン!ドドドン!
カヤクは炎球を連続で放った。
その中の一つが命中するが、右手はそのファイヤーボールを手のひらで飲み込むようにして消し去った。
ヒュン‥‥スタッ‥バチュン!
右手は磁石でもあるかのように吸い付くようにして腕にくっついた。
スタタ‥‥
カヤクによって右手が切断されたことでニル・ゼントの重力波が解除され、その隙にスノウと守護天使たちはその場から大きく後退りニル・ゼントから距離をとった。
フシュゥゥゥゥゥゥン‥‥
ニル・ゼントは自身の両腕を光で覆いだした。
何かの魔法のようだが、見当もつかない。
そして真っ黒に光る目をスノウやカヤク、ザザナール、そして守護天使たちに向けた。
眉間に皺を寄せて歯を食いしばった表情はこれ以上ない怒りに満ちたものに見えた。
「完全に私たちを敵対視しているようですね」
カヤクはふたたび円月輪で攻撃をしかける。
ニル・ゼントには迂闊に近づくことが出来ない上、魔法も全て吸い取られてしまうため、自由に操りかつ凄まじい速さで攻撃できる円月輪はニル・ゼントに対し有効な武器となっていた。
ブワン!ヒュルルル‥‥ジュワァァン‥‥カララン‥‥
「何?!」
円月輪はニル・ゼントの腕を覆う光に接触した瞬間、接触面が蒸発するように消え、残った破片がそのまま飛んで転がった。
「どうやらあの光は原初魔法アルケーの光のバリアのようです。あのニンゲン、いやもはやニンゲンではない。未知の生命体とでも呼びましょうか」
「厄介なのはあの手から発する虚無の波動。あれに触れた我らは体が徐々に崩れ消え去っていくのを感じた。いや実際に消え去っていった。まだ浅かったのか、距離を取ったことで元に戻ったが、あのまま崩れ消え去ってしまっていたら、元に戻ることなく無に帰していたはずだ」
ラツィエルの言葉にザフキエルが返した。
いつになく勢いのないザフキエルの反応がニル・ゼントの恐ろしさを物語っていた。
「どのように対処すべきか」
「私に作戦があります。天使回線へと切り替えます」
ラツィエルは天使だけに通じるテレパシーの一種で会話し始めた。
“メタトロン。聞こえますか?”
“聞こえるぞ。ラツィエルだな。今こちらからも繋ごうとしていたところだ”
“そうだったのですね。この状況はご覧になっていましたか?”
“もちろんだ。ニル・ゼントというニンゲンであったはずの者は既に異質の者へと変貌している。これ以上その者に関わることを禁ずる。守護天使と言えど、無に帰しては復活することは出来ない。その者の目的は不明だが、ある意味、オルダマトラ壊滅の起爆剤になるやもしれん。一旦引き、様子を見る」
“それはなりませんよメタトロン。この大地はアヴァロンです。神の大地を異界へと移してはならない。それは貴方が一番分かっているはずです”
“一時的にアヴァロンの一部の越界を受け入れるだけだ。ことが済めばあるべき場所へと戻す。ここで無理をしてお前たち守護天使を失い、さらにアヴァロンまで異界へと転移されるのだけは避けなければならないのだ”
“ひとつだけ試す価値のあることがあります”
“何だ?”
“あの未知の生命体に神の炙朶破を撃つことです”
“!!‥‥バカな!有り得んぞ!神の炙朶破は攻撃の対象を選ぶことのできる神の滅祇怒と違い破壊に特化している分対象全てを破壊するのは知っているはずだ。黒雷鳴の鎖ほど対象物が大きければ狙いを外すことは無いが、デヴァリエから異質の者を撃ち抜くにはそれこそアヴァロンを破壊しかねん!とても承認は出来ない”
“兄者。我らが未知の生命体を空中に誘き寄せます。その瞬間を狙い神の炙朶破を撃つのです。それならばアヴァロンが破壊されることはないはず”
“サンダルフォン。お前の言うことは分かるが、どうやってあの異質の存在を空中に誘導するというのだ?それこそ自殺行為だ。我ら天使にはそのような行為は許されてはいない”
“違います兄者。これは世界を救うための自己犠牲です。どうか許可を”
“‥‥‥‥”
メタトロンは沈黙した。
どのような行動の連鎖が成功するのかを確率算出し、最善の手段を導き出そうとしているのだ。
“分かった。許可しよう。だが、エネルギー充填中であり、今すぐ撃てる状態ではない。30分だ。30分耐え続け、異質の存在を空中へと誘導せよ。それが出来なければ神の炙朶破を撃つことはない。そしてお前らを強制的に天界へと帰還させる。よいな?”
“いいでしょう。ラツィエル、ザフキエル、異論は有りますか?”
“いや、我には異論はない”
“いいえ、私も異論ありません。一刻を争います。さぁ、早速のカウントダウンをお願いいたします”
“分かった。これで天使回線を切る。くれぐれも無茶はするな、以上だ”
プツン‥‥
天使回線は切れた。
「さて、どうしたものでしょうか」
「闇雲に仕掛けては我らの命が危険に晒されるぞ」
「利用できるものは利用しましょう」
3体の守護天使は何かの作戦を練った。
タッタッタ!‥‥ズザザァ!
その時スノウの後方から複数の何者かが現れた。
「シア!シルゼヴァ!ソニックにヘラクレス、ワサン、アリオクまで!皆どうしたんだ!?」
現れたのはレヴルストラのメンバーたちだった。
「お前を迎えに来たんだよスノウ」
「マスター。もはやここには用はありません。離脱しましょう」
「そうだスノウ。ここで戦う理由は、今はない。というかこの大陸が完全にこの世界から消える前に地上に戻るべきだな」
「ヌハハ!そうはさせませんよ!」
「!!‥‥アドラメレク!貴様‥‥」
「まぁそんなに目くじら立てなくてもよいでしょう?ここは一時休戦です!我らもあの化け物を消し去る準備をし なければなりません。ここは共闘ですよ!もちろん我らが前衛を務めて差し上げますがねぇ」
アドラメレクとバラム、ストラス、そして400人近い悪魔たちが揃って登場した。
この場に居合わせた者たちが再び集結した。
その中心には虚無のオーラを放ちながら空中に浮いて腕を組み、真っ黒に輝く目を光らせながら周囲を見渡しているニル・ゼントがいた。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。




