<ホド編 第2章> 121.変貌と無の恐怖
121.変貌と無の恐怖
ヒュゥゥゥ‥‥
ニル・ゼントは全くの別人のようになっていた。
目は真っ黒に変わり、髪は逆立ち、強烈な虚無のオーラを放ちながら浮いた状態でゆっくりとザザナール、カヤクの方へと近づいてきた。
「ゼントさん‥」
ザザナールとカヤクは武器を構えて攻撃の隙を窺っている。
そうせざるを得ない雰囲気があるのだ。
虚無のオーラは今にもふたりを飲み込みそうなほど強力で必死に跳ね除けているのだが、その状態を許さない殺意もあるのだ。
虚無に飲み込まれる者を殺し、飲み込ませるという殺意のオーラだった。
そのオーラは防御など無駄であることを示唆しており、唯一生きる方法はニル・ゼントを止めることだった。
そのためには攻撃を繰り出さなければならないのだが、その隙はなく少しでも動けばすぐさま恐ろしい攻撃が来ると確信的直感が働いていたのだ。
洗脳されているはずのカヤクも冷静に攻撃の隙を窺っている。
スゥゥゥゥ‥
ゆっくりと前に進むニル・ゼントに対し、少しずつ後退していくザザナールとカヤクだった。
隙が生まれるまで一定の距離を保つ必要があり、慎重に後ろへ下がっているのだ。
ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥン‥‥ズザザザァァン!
突如空から悪魔が20体ほど降りてきた。
オルダマトラから送り出された悪魔たちであった。
「地上に不穏な動きありと指示を受けて降りてきてみりゃとんでもないものがいるじゃねぇの」
「こいつ、ニル・ゼント‥いや、だったやつか」
「こりゃぁ下級悪魔じゃぁ一瞬で虚無に飲み込まれるぜぇ」
「最悪のミッションを受けてしまったようだなぁ」
悪魔たちは武器を構え一気に張り詰めた空気になった。
「意識を保て。自我を忘れるなよ。でないと一気に飲み込まれるぜ」
「分かっているわ」
悪魔たちも迫り来るニル・ゼントに恐怖し、ゆっくりと後退りしている。
ス‥‥
ニル・ゼントがゆっくりと右手を前に出した。
ズザァァァン!!
突如悪魔たちの中の数体が電池が切れたように力なく倒れ込んだ。
その表情は精気を吸われたように呆然としたものだった。
「距離を保て!あの手に気をつけろ!」
悪魔たちは距離をとった。
ザザナールとカヤクはその後ろで様子を見ている。
ドッゴォォン!!
ニル・ゼントに魔法攻撃が放たれた。
シュゥゥゥゥン‥‥
先ほどと同様に前に出した右手が魔法攻撃を全て吸い取って消し去った。
「ま、魔法は効かないぞ!」
ヒュン!ヒュンヒュン!!
悪魔のひとりが転がっている石を凄まじい速さで複数飛ばした。
シュシュシュシュン!!
ニル・ゼントは右手で石礫を全て掴み取るように消し去った。
「囲め!」
ズザザザザザ!!
悪魔たちを統括していると思われる者が合図を出すと、悪魔たちは一斉にニル・ゼントを囲み出した。
もちろん一定の距離を保っている。
「構え!」
ギュルルルルル!
悪魔たちは目の前に魔法陣を出現させ、その中から弓を取り出し構え出した。
「射て!!」
シャババババババババババババ!!
悪魔たちは一斉に連続して矢を放ち始めた。
ズザザザザザザザザザザザザン!!
無数の矢がニル・ゼントに刺さっている。
「両手を狙え!射て!!」
シャババババババババババ!!
ズダダダダダダダダダ!!ブジュラ!!
ニル・ゼントの両腕が無数の矢で撃ち抜かれてちぎれ落ちた。
「細切れにしろ!!」
ダダシュン!!ズババババババババン!!
悪魔たちは一斉に襲いかかりニル・ゼントに向かって剣や斧を振り下ろして斬り刻んだ。
「ゼントさん!」
ザザナールが叫んだ。
だがニル・ゼントはそれに反応できる状態ではなく、地面に肉片となって転がった。
「マジかよ‥‥呆気ねぇって‥‥」
「いや、違いますよ」
ザザナールの言葉にカヤクが反応した。
そして何かの気配を感じ取ったふたりは統括の悪魔の方へと視線を向けた。
ヌゥ‥
統括の悪魔の背後に突如人影が出現した。
バタン‥‥ズン!
統括者の悪魔は突然糸が切れた操り人形のようにその場に力なく倒れ込んだ。
それによって姿を現したのはニル・ゼントだった。
『!!』
悪魔たちは武器を構え警戒した。
そして自分たちの足元に転がっている肉片を確認すると、そこには青い血が流れているのが見えた。
いつの間にか悪魔の1体とすり替わっていたのだ。
「何が起こった?!」
「どうなっているんだぁ?!」
フワン‥‥バタタタタタン‥‥
ニル・ゼントは右手を前にかざしながら軽く左から右に動かした。
すると悪魔たちが一斉に倒れ込んだ。
「おいおい、どんどん威力を増してるじゃないか」
ザザナールはニル・ゼントの生存を喜んでいるようにも見えたが、目の前の恐ろしい力を目の当たりにし、こめかみから汗を滴らせて後退りした。
ニル・ゼントは何かを感じているのか、周囲を見回している。
そして対象のものを見つけたのか、一点を見つめている。
スゥゥゥ‥‥
無表情のまま空中に浮いているニル・ゼントはそのまま進み始めた。
「どうやら我らには興味がないようですね」
「そのようだが、放っておけねぇ。俺はゼントさんを追うぜ。お前はどうするんだ?邪魔するなら殺すが」
「私も追いますよ」
「ふん‥」
ザザナールとカヤクはニル・ゼントと距離を置きながら後を追った。
――レヴルストラとアドラメレクたちの戦闘の場――
『!!』
激しい戦闘を繰り広げているアリオクとアドラメレクは何かに気づきお互いを牽制し合って手を止めた。
「アリオク。ここは一旦休戦とした方が良さそうですねぇ」
「大勢の生命反応が消えた。お前の部下たちのようだが、本来であれば冥府に還されるはずの精神体の帰還の動きが全く感じられなかった」
「私も全く同じことを感じましたよ。この意味は存在そのものが完全に消失したということ。つまり無となったということです。そしてそれを行った存在が徐々にこちらへと近づいてきますね」
「そのようだ。このまま戦いを続けてもその全てを無に帰す者に対処しなければ双方全滅だ。いや、存在自体が消えることになるレヴルストラは休戦を受ける。すぐに部下に指示するがいい」
「ふん。偉そうに言ってくれますねぇ。いいですか?全てを無に帰す者への対応が済んだら戦いは再開ですよ。我らは貴方がたを排除することに決めたのですからねぇ」
「構わん。全力で叩き潰すのみだ」
「チッ‥バラム、ストラス!」
アドラメレクは転移魔法陣を出現させると強引に戦っている最中のバラムとストラスを呼び寄せた。
「どうかされたか?!」
「戦っている最中にお呼びとは緊急事態ですな?」
「その通りです。何か異系の存在が近づいています。それは全てを無に帰す存在です。その者の攻撃を受ければ、我らは冥府へ還されることなく、精神体そのものが消滅します」
「なんと!」
「すぐにでもその者を排除せねばなるまい!」
「分かっていますよ!だからあなた方をここへ呼んだのではありませんか!すぐさま戦っている者たちに指示を出し編成を組ませなさい。いいですか?相手は何者か分からない脅威です。下手に動かないようにあなた方の采配で規律を保つのですよ。無駄に戦力を失うことは許しませんからね」
『はっ!』
バラムとストラスは転移魔法陣で元の場所へと戻っていった。
すぐに悪魔の軍勢は戦いを止め、指示のあった場所へと移動し始めた。
アリオクはヘラクレスたちのもとへと降りていった。
「一体何があったんだ?悪魔どもが一斉に血相変えて逃げていったぜ?」
「流石にオレたちに恐れをなして逃げ出したってことはないだろう?」
「ああ。我らの存在を無に帰して消滅させてしまうほどの脅威となる者が近づいている。スノウがいる方向の先からだ。我らも急ぎスノウと合流し、この浮遊大陸から脱出すべきだ」
「だが、シルゼヴァやシア、ルナリはどうする?」
「ルナリなら大丈夫ですよ」
「シンザ!動いて大丈夫なのか?」
「大丈夫です。回復魔法をかけてもらっていますからね。ルナリは逆負の情念を吸いすぎて力を失っているだけなんです。地上に戻り、負の情念を吸収すれば力を取り戻し復活します。僕が責任を持って彼女を守り地上へと連れていきます。急ぐ必要があるので、一旦戦線離脱しますが許可願えますか?」
皆ソニックの方を見た。
ソニックはスノウ不在時のリーダー代理であり、皆の頼れる存在なのだ。
「もちろんだよシンザ。すぐにルナリを連れてここから離脱し、一旦ヴィマナに帰還して」
「ありがとうソニック。みなさんご武運を!」
シンザはルナリを抱えて炎魔法で浮遊し飛び去った。
「さて、おれたちはどうするんだ?」
「当然スノウを助けてオレたちもこの大陸から離脱だろ」
「そうですね。ですが、シルゼヴァとシアが心配です。アリオク、二人に一体何が起こっているんですか?」
「あれはアドラメレクの言霊の影響を受けているのだ。本来であれば言霊の影響を受けるふたりではないのだが、やつの姑息な手にかかってしまった。言霊は俺でも解除が可能だ。解除してから向かう。皆は先にスノウのところへ向かってくれ」
「分かりました。ふたりを頼みます。長居は無用ですから早速出発しましょう!」
『おう!』
ソニック、ワサン、ヘラクレスの3人はスノウのいる方へと向かっていった。
――スノウと守護天使の戦場――
ビキィィィィィィィィン!
突如戦場に虚無のオーラが広がった。
それを感じ取った瞬間、スノウと守護天使たちの手が止まった。
「何なのだこれは?!」
「悪魔どもの気配が消えました‥‥冥府に還されてもいません‥‥精神体の軌跡が感じられませんでしたから‥‥」
「最上級の警戒が必要だと体が警告を発しています。今すぐに逃げる必要があります」
ザフキエル、ラツィエル、サンダルフォンは表情は変わらないが明らかに恐れ慄いていることが口調で感じれらた。
そしてスノウも同様に警戒している。
(何だ?!‥‥いや、この感覚‥‥以前も感じたことがあるぞ‥‥まさか!)
その直後、視界に人影が映り込んできた。
体は全く動かすことなく空中を浮遊し、真っ直ぐスノウたちの方へと向かってくる存在。
ニル・ゼントだった。
「やはりニル・ゼントか!」
スノウは本能で彼から距離を取るために上空へと浮上し始めた。
ギュゥゥゥゥン!!ズン!!
『!!』
スノウと守護天使3体は突如凄まじい重力波で地面に落下した。
そして身動きが取れないほどの激しい重力波によって抑え込まれたしまった。
「こ、これは失われたはずの原初精霊の重力系魔法!」
ラツィエルは驚きの声で言った。
そしてゆっくりとそして確実に何者をも無に飲み込む恐ろしい虚無のオーラが近づいてきた。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。




