<ホド編 第2章> 107.抑えきれない感情の揺れ
<レヴルストラ以外の本話の主な登場人物>
【ジライ】:三足烏サンズウー・烈の連隊長代理。かつてレヴルストラにライジという名でスパイとして潜り込んでいた。戦闘力が高く策士。
【ザザナール】:ニル・ゼントの配下の剣士 昔は冒険者でレッドダイヤモンド級を超えるレベルだったが、その後殺戮への快楽に目覚め悪に堕ちた。その後ニル・ゼントに拾われ用心棒兼ゼントの護衛部隊の隊長を務めている。
107.抑えきれない感情の揺れ
「うぅ‥‥」
ジライはゆっくりと意識を取り戻した。
まだ体が痺れている。
(ここは‥‥確かいきなり囲まれた後、背後から殴打と魔法があったような‥‥)
ジャラン!ガァン!ガァン!
「!」
ジライは自分の両手両足が枷と鎖で繋がれていることに気づいた。
「うぅ!」
ジライは両手首に痛みを感じて視線を向けると両手首と両足首に枷が嵌められているのが見えた。
しかもその内側には棘があり、無理に引き抜こうとすれば棘が皮膚に刺さり出血することが容易に想像できた。
この種の拘束の場合、無理に両手両足を引き抜こうとすると出血し出血多量で死に至る可能性があるため、両手両足を切断して、動脈を抑えて止血して逃れるのが定石だが、今両手両足を失うわけにはいかないジライはまずは冷静に今の状況を把握することに意識を集中させた。
(何だ‥‥私はニル・ゼントに捕えられた‥‥ということか‥‥)
その時、ジライの脳裏にネンドウとの会話が浮かんだ。
"ジルアースとは猛魅禍槌を遥かに上回る破壊力を持つ兵器だ。機械生命兵器で人の意思で動かすことの出来るものだ。元々は我と三足烏の開発チームで作り上げた技術だが、ニルヴァーナはそれを奪い取り独自に強化したのだな。決定的に違うのはそのエネルギー源である人の生命力と魔力の消費量だ。そのあまりの破壊力からエネルギー源となっている者は1〜2度程度の攻撃で死を迎える"
(ニル・ゼントの狙いは三足烏の私の部下じゃなく、私自身だったんだ‥‥)
ジライの全身から冷や汗が吹き出し始めた。
(私はおそらく近くに停泊しているはずのグルトネイの中にいるんだろう。そしてこのグルトネイにはネンドウ様が言っていたジルアースが積まれている。私はその破壊兵器の燃料になる。1〜2回の攻撃で絶命する運命ということか‥‥)
ジライの心に自分の人生の最期を意識する感情が生まれた。
(ニル・ゼントは恐らくこのために私に近づいたのだ。いや、それだけじゃ無い。グルトネイを起動し命令を与えられる権限は最高議長にしか無い‥‥)
「まさか!」
ジライの脳裏にとある仮説が浮かんだ。
(ニル・ゼントが自分に近づいて来たタイミングよりも後にガレム・アセドーは大聖堂最上階テラスから落下して死亡した。つまり、自分がこのタイミングでグルトネイを自由に扱える最高議長になるために‥‥ガレム・アセドーは大聖堂最上階テラスから突き落とされたんだ‥‥ニル・ゼントによって!)
ジライの脳裏に確信に近い憶測が巡っていく。
“御名答”
「!」
突然脳裏に誰か全くの他人の声が響いた。
「誰だ?!」
“おいおい、そんなに大声出すんじゃねぇって。鼓膜が破れそうになるじゃないか”
「!!」
(明らかに私の言葉に反応した!誰なんだ一体?!)
“俺はザザナールだ。ニル・ゼントさんの唯一の護衛だな”
「ザザナール!」
“おいおい、少しは学べよ。声は出すんじゃねぇ。心の中で話せ。それで理解が出来る。今お前の頭には最先端の生体科学とかいうやつの装置が繋がってんだ。そのおかげで喋らなくても言葉が伝わることになっているんだよ。まぁ一方で隠し事はできないんだがなぁ”
「!‥‥‥‥」
“無駄だ。何も考えないようにしようったってな。感情を持つ生き物ってのは思考を止めることなんて出来ねぇんだ。なぜだか教えてやろうか?頭の中をコントロール出来てないからだ。コントロールするためには一度感情を殺し切り離さなきゃならない。感情を殺す行為ってのは楽じゃないぜ?自分自身が死ぬのと同然の出来事を経験しなきゃならないんだからな。死を覚悟し、死を受け入れ、死を実感した先にある ”生きる衝動” が全てを凌駕する時初めて感情をも支配下に置ける。とある宗教じみた活動しているやつらは悟りだなんだと修行したりしているが、そんなもんで感情のコントロールなんて出来ねぇのさ”
「‥‥‥‥」
“お、粘るねぇ。まぁいい。この話を聞いたらお前はおそらく怒りのあまり発狂寸前になるぜ”
「‥‥‥‥」
ジライは必死に思考を殺し心に無をイメージし続けた。
“御推察の通り、今お前はグルトネイの中にいる。そしてジルアースの燃料になるため薪として釜に焚べられる運命だ。俺はグルトネイとジルアースを動かしている。だからお前とこうして会話が出来るんだがな。それでだ。ここで質問だジライ。何故お前はこうも簡単に捕らえられ、今ここにいると思う?”
「‥‥‥‥」
ジライはザザナールの言葉に耳を傾けないようにしつつ、ひたすら無を心にイメージし続けている。
過去様々な修羅場において冷静さを失わなかったジライは、このような拷問状態で心を落ち着かせることを何度も経験しているため、ザザナールの言葉にも反応せずにいられた。
“本来なら元第2分隊長のカヤクや他の雑魚護衛に遅れをとるなんざありえねぇだろ?”
「‥‥‥‥」
“そもそもだ。なんでお前、ひとりだったんだ?お前らが占拠している拠点の敷地内とはいえ、最高議長のニル・ゼントさんのアテンドだぜ?普通はもう少し護衛をつけるのが当たり前だ。その護衛がいたら少しはお前も対処できたと思わねぇか?カヤクや他の雑魚護衛の攻撃を避けるとか受けるとか”
「!!」
“おお、心が動いたな。お前は何故ひとりでゼントさんに付き添ってたんだ?考えろジライ”
「!!」
”ククク。そろそろ気づき始めたんじゃねぇか?言葉にしなくてもお前の頭ん中に何となくイメージが生まれ始めてるぜ?さぁジライ!お前にジルアースのことを教えた男は誰だ?”
「!!」
“そいつは何故、お前自身もジルアースの燃料になる対象だって言わなかったんだろうな?もしかして、守ってやるから安心しろとか言われたか?”
「や‥‥」
“じゃぁ何故お前はここにいる?守られてねぇな!この事実を一体お前はどう受け止める?さぁ答えろ!ジラ‥”
「やめろ!!」
“くぅぅ!鼓膜が破れそうだぜ。だが、お前の心は完全に感情に飲まれたな。さぁ思考を回せ。お前を嵌めた者は誰だ?さぁ言えよジライ!”
「がぁぁぁぁ!」
言葉にせずともジライの脳裏にとある人物が思い浮かんだ。
ネンドウだった。
三足烏の幹部であり、自分に指示を出し自分を信頼してくれているはずの強き上官の姿が脳裏に浮かび、かき消そうとしても消すことができなかった。
(ネンドウ様は三足烏の理念も私に説明してくれたんだ!迅や黙の連隊長は信用ならないと!今、連隊長の中で信頼できるのは私だけだと言ったんだぞ!)
“笑わせるぜ。お前が他の連隊長よりも信頼されているって?お前、ただの連隊長代理だろ?代理。信頼されているなら、何で代理なんだよ、ククク。もしかして勝手に連隊長に格上げになったつもりでいたか?ゼントさんに連隊長と呼ばれても訂正しなかったな。浮かれてたか?全く哀れなやつだよお前は!“
「違う!違う違う違う違う違う!」
(いや、おかしい!何故私を救わなかったネンドウ様!)
「違う違う違う違う違う違う違う!」
(ニル・ゼントとネンドウ様は裏で繋がっていたってのか?!)
「違う違う違う!」
(ネンドウ様‥‥)
ジライの表情が次第般若のように変貌していく。
「ネンドウ‥‥ニル・ゼント‥‥許さないぞ‥‥この恨み‥‥はらさでおくべきか!」
ジライから凄まじい怒りと恨みのオーラが吹き出した。
――グルトネイ内コックピット――
「落ちたな」
機械生命装置を被ったザザナールが言った。
彼は今、同じグルトネイ内に捕らえられているジライの精神世界に侵入し会話していた。
「これでジルアースを起動するエネルギーは確保できたわけだ」
ザザナールはグルトネイを操縦するため、仮想空間へと入った。
ギュワァァァァァァン‥‥
「さて、ゼントさんに合図を送るか」
海中に潜航しているグルトネイは真上に猛魅禍槌を放った。
「本当にいいんだなゼントさん。正式に唯一神に喧嘩を売ることになるぜ?まぁ俺にとっちゃあんたの天啓執行を見てみたい夢が叶うのと、いけ好かねぇ天使ども相手に思う存分暴れられることになるから楽しみしかねぇんだけどさぁ」
ザザナールは嬉しそうに言った。
しばらくして元老院の調査団が占拠しているアヴァロンの拠点から青い閃光弾が海上に放たれた。
「うは!覚悟を決めたってか!よぉし!それじゃぁ行くぜぇ!世界を滅ぼしたと言われる古の厄災砲ジルアース!」
ザザナールがそう言うと、グルトネイは上昇し海面から姿を現した。
その姿はこれまで登場したものとは違い異様な形をしていた。
ジルアースという破壊砲を放つ形態へと変化したグルトネイだった。
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