<ホド編 第2章> 104.ふたつの脅威
<レヴルストラ以外の本話の主な登場人物>
【ニトロ】:元三足烏カヤク隊の隊員だったが、カヤクと共に改心しレヴルストラ見習いメンバーとしてカヤクと行動を共にしている。レヴルストラメンバーとして認めてもらうために、カヤクと共に蒼市へと潜入し、現在はニル・ゼント最高議長の護衛をとして活動しつつ情報収集に努めている。
【ニル・ゼント】:ガレム・アセドーの後を継ぎ、元老院最高議長となった人物で、謎多き存在。ガレム・アセドーを大聖堂の最上階テラスから突き落とし殺害している。その後、ホド中央元老院の最高議長となった。また、普通では不可能とされるオーラを自在に操る力を持つ。
【ザザナール】:ニル・ゼントの配下の剣士 昔は冒険者でレッドダイヤモンド級を超えるレベルだったが、その後殺戮への快楽に目覚め悪に堕ちた。その後ニル・ゼントに拾われ用心棒兼ゼントの護衛部隊の隊長を務めている。
104.ふたつの脅威
「これからが本題です。スノウさんたちに伝えたかったこと‥‥ニル・ゼントと三足烏のネンドウってやつには近寄らないで下さい。何なら、このまま別の世界へ越界‥‥でしたっけ‥‥別の世界へ行ってもらいたいんです!」
ニトロから出て来た言葉にロムロナとカヤクは驚きのあまり言葉を失ってしまった。
ニトロはレヴルストラの強さを知っている。
スノウやシルゼヴァ、フランシアを始め全員が天使や悪魔に匹敵する、もしくはそれ以上の戦闘力を持ち、トライブとしての連携も取れるハノキアにおける一つの勢力として認められて然りという強さを誇るのがレヴルストラだ。
そのレヴルストラを持ってしてもニル・ゼントと三足烏のネンドウという人物は逃げるべき脅威と言ったのだ。
嘘や冗談を言っていないことは彼の表情から容易に理解できた。
「ニル・ゼント、ネンドウ。その者らの何が我らレヴルストラの脅威となり得るのだ?」
奥で座っているルナリが言った。
「まずニル・ゼントですが、護衛についている中で1度だけ見たんですが、何やら得体の知れない異形の存在と会話していたんです。我が神と言っていたんで、そういう存在なんでしょうが、恐ろしかったのは会話を聞いているだけで自分の体が崩れ無になっていく感覚があったんですよ。自分の体が崩壊していく恐怖すら消え去る心地良さすら感じたんです。知らぬ間に自分は無になっていく感覚です。自分の太腿をつねって意識を保ちましたが、あれの前では誰ひとりまともに戦わせてくれさえしない‥‥そんな感覚です。それ加えてニル・ゼントの冷静かつ謎の強さと側近のザザナールの存在です。他にも仲間がいるかも知れない‥‥護衛する中で、日々自分が生きているのを確認しないと気がおかしくなる感じですよ」
「異形の神‥‥何だろう?」
「分からんが、候補は幾つかあるだろうな。ケテルの旧神たちやスノウ達が遭遇したヘギャザテとかいう電異霊、多神教の神々も唯一神の牙城を崩さんと虎視眈々と狙っていると聞いた」
「ディアボロスやアドラメレクの可能性はあるかな?」
「可能性はあるだろう」
「ルナリちゃん、唯一神とかいうのは天使の親玉みたいなものよね。永劫の地で緋市の人たちとスノウボウヤがいた場所だけ神の裁きが落とされたけど、蒼市や元老院ボウヤたちの占領している場所には落とされなかったのを考えると多神教の神々ってのは可能性薄いのかしら?」
「一理ある。だが決めつけるのは早計だ。神の裁きとて全てが計画通りに緻密に行えるものとは限らんからな」
「なるほどぉ」
3人が納得した様子を見てニトロは話を続けた。
「そしてネンドウです。あれは異常です。俺も迂闊に近づけないので情報は乏しいですが、巨大要塞、巨大船グルトネイとアーリカを機械生体兵器にしたのはやつです。人の精神を仮想空間ってやつに移してそこで操る技術もやつが持ち込みました。そもそも蒼市全体を覆う防御障壁を形成していたのもネンドウだって話です。それだけでもやばいんですが、そればかりか、やつには攻撃が効かない。当たらないんです」
「攻撃が当たらない?素早く避けるってことですか?」
「いえ、違いますよ。実はこんなことがありました。やつは蒼市の研究施設にいることが多いんですが、気に食わない研究員をジライに命じて解雇させてましてね。それを恨んだ元研究員がネンドウに飛び道具と魔法を放ったって事件があったんですね。普通ならそれを受け切るか払いのけるか、避けるかしますよね。たかが元研究員ですけど、戦闘技術を研究していた者だからそれなりに殺傷目的が機能するように攻撃したはずで確かにまともにヒットすれば命の危険すらある攻撃でした。でもやつには当たらなかったんです。やつに当たる直前で消え去ったんですよ、飛び道具と魔法が‥‥いや正確にはやつの目の前で止まったというべきでしょうか。飛び道具は空中で止まり、勢いを失って地面に転がり、魔法は発動しましたがネンドウには当たらずに効果を失った‥‥今思い出しても不思議な現象です」
「確かに‥‥不思議だ‥‥エレメント系バリアとも違う感じですね」
「ええ。さらにやつは三足烏の上層部の者。さらに上がいるし、やつと同等以上の強さを持った者もいるかも知れない。三足烏ってのはそんな謎で恐ろしい組織なんですよ。以前はホウゲキさんが強烈な恐怖で仕切ってましたから、俺たちはホウゲキさん分隊長の指示に従ってさえいればよかった。でもホウゲキさんがいなくなってようやく分かったんですよ。三足烏って組織について自分たちが何も知らなかったってことに。分隊長だったカヤクさんですらね‥‥」
「恐ろしい組織ねぇ‥‥よくよく考えてみればホウゲキボウヤが元老院に素直に従っているのも違和感あったのよねぇ。裏を返せばホウゲキボウヤほどの男が従うほどの組織だってことよね。元老院も三足烏も」
「そういうことですね姉さん。興奮して話が長引いてしまいましたね。そろそろ解散にしましょう。カヤクさんは定期的に外出しますんでその時を見計らってまたコンタクトしますよ」
「僕らの宿泊している場所は分かりますか?」
「もちろん」
「よかった。それとこちらからお願いが1点あるんですけどもう少しだけいいですか?もちろん手短にです」
「いいっすよ。何ですか?お願いって」
「漆市にヨルムンガンドが幽閉されているのは知ってますよね?」
「ええ」
「ヨルムンガンドを解き放ちたいのであれを幽閉している鍵を手に入れてもらいたいんです」
「ええ‥‥えっ?ええええ?!」
ニトロは二度見するほど驚いた。
「あれを解放するんですか?ホドが崩壊しませんかね‥‥」
「それは大丈夫です。スノウさんや天使のラファエルが何とかするはずですからね」
「マジか‥‥スノウさんって一体何者なんですかね。人間ですよね?とっくに人の限界を超えてますよ‥‥」
「ははは‥‥それは僕に聞かれても‥‥僕も知りたいくらいですからね。とにかくレヴルストラの今の活動の目的のひとつはヨルムンガンドの解放なんです。鍵は蒼市の大聖堂の中にあるはずで、それを何とか探し出して欲しい。いえ、在処さえ分かれば僕らが取りに行きます」
「分かりましたよ。少し時間はかかるかもしれませんが、探ります。俺が情報を得てお伝えするまで身を潜めていてくださいよ?迂闊に行動すれば、一気に危険にさらされます。いいですか?姉さんは既に顔バレしてるんすから」
「やっぱりバレちゃってた?」
「当たり前ですよ。俺ですら気づいたんですから。ザザナールは確実に気づいてますよ。やつの放ったオーラを感じましたらかね」
「そうよね。でもニトロボウヤも無理は禁物よ。生きてなんぼの人生だわ」
「流石姉さんだ。それじゃぁ俺は行きます。出る時はこの奥の階段から降りて、地下道を通ってどこか適当な場所から出てください。下水が通っている場所ですから鼻は曲がりますが、安全は保証します」
「ありがとう」
ニトロは笑みを見せると建物から出ていった。
ロムロナは少しホッとしているようだった。
「それじゃぁ僕らも戻りましょう。下水だって話ですから、布でマスクを作って入りましょう。宿に着いたら即風呂ですね」
そう言って3人も宿へと戻っていった。
・・・・・
数日後。
「お呼びでしょうか」
ニル・ゼントの執務室に呼ばれたのはザザナールだった。
「鼠が紛れ込んでいるようですね」
「はい。把握してます」
「たしか君の師匠だった魚人でしたか」
「イルカの亞人ですね。師匠というより育ての親のようなやつです。ですがもう何の関係もありませんし未練もない。殺せとご命令頂ければ殺します」
「トライブ “イーシャ” と言えばハノキアでも有名でしたからね。異世界を跨いで活躍していたトライブでしたし」
「あの頃はアガティンが越界アイテムを持っていましたらね。それだけです。あのアイテムがあれば大体の者はそこそこ強くなりますよ」
「珍しく謙遜ですね。私も幼少の頃アガティンには会ったことがありますが、かなりの強さを感じましたよ。越界出来る環境があるからといってあそこまで強くはならないでしょう?彼は今どこにいるのでしょうね?」
「さぁ。珍しいもの好きでしたからね。マルクトにでもいるんじゃないですかね」
「君がヴェルトを殺したことで君を敵視しているという噂もありますがね」
「まぁ殺したのは事実ですが、逆ですよ。アガティンは私から逃げているはずです。私には勝てませんからね」
「それは納得です」
「それで今日はどのようなお話でしょう?」
「いよいよ手に入れました。私の得るべき天啓を」
「おお!内容はお聞きしませんが、いよいよ天啓を為す時が来たんですね。最後まで見届けるのが私の夢ですからね。どこまでもお供しますが、私に何かご指示があるのでは?」
「流石はザザナール。鋭いですね。実はまもなく、超強力な兵器が蒼市に運ばれてくるのです」
「超強力な兵器?」
「ええ。永劫の地を大きく抉り、大地を裂くほどの破壊力を持った兵器です。その威力は猛魅禍槌の優に10倍はある代物です」
「あれの10倍とは‥‥確かに大地を破壊するレベルですね」
「それの指揮をとってもらいたいです」
「私にですか?」
「ええ。天啓の一部にその兵器で永劫の地の特定の場所を攻撃することが含まれているのですが、その座標を正確に捉えることが必要なのですよ。君ならそれを正確に操り、座標を捉えて兵器を発動出来るはずです。いや、他の者には託せない」
「なるほど。そこまで仰るのならお引き受けしましょう」
「ありがとうザザナール」
「ですが、その間のゼント様の警護に不安が残りますね。何せ今の相手は天使であり悪魔ですからね。ゼント様なら迎撃することは重々承知していますが、天啓を為す計画に影響を及ぼしかねないかと」
「それならば大丈夫です。私は今後自分の力を全て解放しますから」
「!!‥‥なるほど。そりゃぁいらぬ心配でした。いえ、寧ろそれを間近で見られないことが残念です」
「ふふふ‥‥大丈夫ですよ。機会はいくらでもあります。兵器がニルヴァーナから越界されるのは1週間後です。それまでは天使を警戒ですが、兵器を動かす体制も準備いただくことになるでしょう。兵器が越界される前にね」
「分かりました」
「それと、その兵器には人体を燃料にする必要がありますが、焚べる薪は優れていればいるほど火力が上がる仕組みなんです」
「候補者は?」
「いますよ。そのためにこちら側に引き込んでいたんですからね」
「あぁ、やつですね。分かりました。私は早速準備に取り掛かります。改めて座標はご指示ください」
「もちろんです。よろしく頼みましたよ」
「は‥」
ザザナールは掻き消えるように部屋から出ていった。
パタ‥‥
ニル・ゼントは自身の描いた天啓に基づくシナリオを記載した羊皮紙のノートをゆっくりと閉じた。
(いよいよだ)
ニル・ゼントは不気味な笑みを浮かべていた。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。




